豪雨の中の葛藤
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「雨きらーい」
「レイカ、雨が降るたびにそう言ってるよ」
「だって雨だと外出れないし寒いしジメジメするし髪が爆発するし、いいことが1つもない!」
「雨は自然のめぐみだよ。例えば、雨がなければ作物は不作になってしまう。そうなってしまったら君だって困るだろう?」
「そういうめぐみはそこの部分だけ降ってもらいたいね。あたしに水分やったところで苛立ちしか沸かないから!怒りで体温上げて地球の温度も上げてやろうか!?」
「…誰に怒っているんだい?」
先生とそんな会話をしたのはつい数日前のこと。
その矢先に雨だ。
あたしの嫌いな雨。しかも珍しく結構強め。天気予報では夜遅くから降るって言ってたのにまだ昼過ぎだぞ。
こんな日は絶対に家から出たくない。誰が好き好んであの過酷な環境へ赴くというのだ。
今日はもうおうちで平和にゴロゴロしていよう!
そう決意した瞬間、突如脳裏に浮かぶ先生の姿。…そういえば昨日から車を修理に出してるから、先生は当然歩きで、この雨に打たれて帰ってくるのか。
なんとなく玄関の傘立てを覗いてみた。そこにはあたしと先生の傘が置かれている。
小雨程度なら気にならないが、今降っている雨は家の中まで轟音が響いてくるほど強い。この状況で傘なしはさすがに無謀だろう。
「………」
バサッと赤い傘を広げて雨の街へ歩みを進める。先生に傘を届けるか否かの論争は未だに脳内で繰り広げられているが、届ける派が優勢なので仕方なく傘を届けに行くことにした、あくまで仕方なく。
だって、もし先生がずぶ濡れで帰ってきたらさすがに可哀想だし風邪を引いたら大変だし、何より家でぬくぬくしてたのがバレたら延々と小言を聞かされそうだから。
豪雨の街は薄暗く、止まらない雨音が四方八方から聞こえてくる。家から少し歩いただけなのにすでに足元はびしゃびしゃだしもう気分最悪だ。
しばらく滝のような雨に耐えながらバス停で佇んでいるとヘッドライトを光らせた目当てのバスがやって来た。
屋根が恋しくてドアが開いた瞬間にすぐ乗り込んだ。中にいる乗客はまばらで、あたしは空いている右側の席に座った。大学までの束の間の休息にふうと息を吐くと、鼻腔をくすぐるいい匂いがした。
「ほら、いっぱい降ってきちゃったよ!」
「困ったわね、せっかく焼きたてのパンを買ったのに」
「これじゃあびしょびしょになっちゃうよ…」
左側の席に座っている小さい女の子とお母さんの会話が耳に入り、自然と意識がそちらに向く。聞いた感じ、どうやら傘を持っていないようだ。
あぁ、この香ばしい匂いは焼きたてのパンだったのか。いいなぁ、きっと今日の夜ご飯にでも出すつもりなんだろうなぁ。なのにこの雨の中を傘なしで帰ったらパリパリの食感がしなしなになっちゃうだろうなぁ。
見知らぬ親子のパンの未来を哀れんでいると、不意に女の子があたしの傘をガン見し始めた。
あ、絶対今この子、『どうして傘2本持ってるんだろう?傘を持っていない可哀想な親子の前でわざわざ見せびらかすなんて酷いお姉さんだな』とか思っただろうな。お嬢ちゃん、ごめんよ。そんな酷いお姉さんのつもりはないし、パリパリのパンの方が好きだけどあたしはそこまで親切なお人好しじゃないんだよ。
心の中で弁明していたら目的の停留所がすぐそこだった。降りなきゃと席を立った瞬間、女の子と目が合った。
「あの、これ使ってください」
「えっ、そんな…」
「大丈夫です!もう一本あるので気にせず使ってください」
「でも…」
突然の申し出に困惑しているお母さんに傘を渡し(半ば押しつけた)、あたしはバスを降りてもう一本の傘を開いた。
出発したバスの中から女の子が手を振ってくれたので笑顔で振り返しそれを見送った。傘を打つ雨音がさっきと違うなと感じ見上げると黒い天井。そこで気付く。渡す傘がなくなったことに。
すると途端に脳内会議が盛り上がり、あたしは大学のエントランス前で立ち尽くした。
何やってんだよ傘持ってきたやつが自分の傘持ってないってどういうことだよ。傍から見たらただ傘さして散歩しにきた完全なる冷やかしになっちゃうんだけど。そんなことを先生にやってみろ、絶対傘をカツアゲされて終わるぞ。でもだからと言って正直に、先生のために傘を持ってきたけど途中で会った親子に自分の傘をあげた、と報告するのも気が引ける。何だその道徳の教科書に出てきそうないい話は。事実ではあるんだけど。
問題は、その話を聞いた先生の反応だ。きっと微笑ましいものを見るような目で笑うんだ。あたしはあの笑顔が苦手だ。イヤとかじゃないけど…、なんか恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくなる。
そんな空気になるくらいなら適当な作り話で誤魔化して場を和ませた方が百倍マシだ。
どんな壮大な話にしようかと考えながらエントランスに入って傘を閉じた。傘の水滴を払い、先生の傘をなんとなく見つめる。
待てよ、よく考えたら研究室に泊まれば雨に当たることもない、つまりあたしの気まぐれな親切がなくたって何の問題もないじゃないか。あーあ、変にいいことなんてするもんじゃないな。傘一本じゃ格好がつかないしもう黙って帰ろっと。
「レイカ?」
「うっ」
家に帰ろうと踵を返した瞬間、今最も遭遇したくない先生の声が背後からした。ゆっくりと振り返ると、先生が心底不思議そうな顔をしてあたしに向かって小首を傾げていた。
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