短編
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鬼の大将のカイは人に近い姿をしている。立派な角を持ち、性格もまた鬼らしく好戦的だが、姿だけはどういう神の悪戯かどちらでもない半端者。
――というのが反カイ派の主張らしいが、ナマエはカイのことを心から尊敬しているし、自身もまた人に近い姿をしているせいか半端者と言われても「こうなんだから仕方ないだろ」と力でねじ伏せる。言っても聞かない奴ばかりだ、強い方の言う事を聞け。
ナマエにはカイがいた。だから何も恐れるものなどなかった。格好良くて強い兄貴分。ずっと、ずっと大好きだ。
だがカイはウラとの戦いに負け、根の国を出た。たった一人で。ナマエは連れて行ってもらえなかった。
カイにとってナマエは居なくてもいい存在だったのだと、その時ようやく痛感した。カイより少し小さい体、そこらの鬼よりは強くとも鬼神に及ばぬ力。こんな子分、連れて行ったところで何の役にも立たないと思われたのだろう。悲しかったし悔しかった。
暫く悩んだが、考えた末に追いかけることにした。
鬼が我慢なんてするもんじゃない。そばに居たいなら、行けばいい。
答えはあの人が教えてくれる。
「……テメェ、何しに来た」
秋の里にある小さな居酒屋でその人は酒を呑んでいた。根の国でも楽しそうに酒を呑むひとだ、ここでも楽しみを見つけられたのなら幸いだ。
だけど、一人だなんて。つれないにも程がある。
「俺はカイ様の子分ですよ。親分を追いかけちゃ悪いですか?」
「……ああ、悪いな。お前みたいな弱っちい鬼、もう子分なんかじゃねえ」
目の前が真っ暗になった。
体がよろめき、その場に膝をつく。だめだと分かっているのに、こういう弱さがカイに嫌われる要因だというのに。
いらないから置いていかれたのに、言葉を聞かなきゃ分からないなんて理由をつけて追いかけて。結果はこの様。
狭い部屋から外に連れ出してくれたひと。貴方にどこまでもついて行きたいと思っていた。
俺の勝手な願いは、迷惑でしかなかったんだ。
「お、おい……ナマエ、」
「……押しかけて、申し訳、ありませんでした」
頭を下げて、地面に角が刺さってぐらついた。間抜けだなあ、ほんと。
カイの顔を見る勇気がなくて、下を向いたまま立ち去った。
あーあ。どうしようかな、これから。カイのいないつまらない日々に戻るなんて。俺の自業自得なんだけど、泣きそうなほど悔しくて、情けない。……なら、鍛えるしかねえよな。弱いのがダメなんだから、強くなれば、もしかしたら。
またお側に置いてくれるだろうか。
「……て、おい待てって言ってるだろうが!」
「わっ」
後ろから腕を掴まれ、よろめきそうになったがどうにか踏みとどまる。振り返るとカイが怒った顔をして立っていた。仮面をつけていたって、それくらい分かる。
「か、カイ様……」
「ったく、話を……って、俺があんなこと言ったからだよな。悪い……」
「えっ、いえ! カイ様が謝られることなんてありません! おれ、俺が……。……えっと、どうされましたか」
カイがわざわざ追いかけてくるなんて、大事な話に違いない。呼ばれていたことに気づかなかったなんて愚の骨頂、反省は後でいくらでもすればいい。悲しい事にこれから時間はいくらでもあるのだから。
掴まれていた手が放され、温もりが遠ざかる。もう相撲とったり戯れ合ったりするなんて事もないんだろうな。
カイが根の国に戻らない限り、もう会えないかもしれない。そう思うとその姿を目に焼き付けておきたくて、顔を上げて正面から見つめる。カイが息を呑むのを感じた。
「……さっきは、その……言い過ぎた。というか、どれも本心じゃねえ。あれはお前じゃなくて、全部……俺のことだ」
全部、とは。
疑問に思ったのが顔に出ていたのか、だから、とカイが続けた。
「弱いのも、親分でいられねえのも……」
「カイ様は弱くないです」
「……ウラの野郎に負けただろうが」
「確かに勝負に負けましたが、一回や二回がなんですか。カイ様は誰よりも格好良くて強い鬼です。それに国の主が部下より必ず強いなんて歴史、ありませんよ。人間の国じゃ特に」
頭は回るが腕はからっきし、なんて王族がごまんといるのだとナマエは書物で学んでいる。それでも人間と比べるなんて、と呆れられたかもしれないと様子を窺うと、カイは呆気に取られたように口を開けていた。
「お前……」
「すみませんカイ様のお気持ちも考えず生意気な……」
どうしよう。やっぱり怖い。カイは先程言い過ぎたとか本心じゃないと言ったが、今度こそ嫌われたかもしれない。
半べそをかきながらそれでも目を逸らさずにいると、小さな声が耳に届く。
「……幻滅、しなかったのか」
「…………はい? え? まさか、俺がカイ様に幻滅したとでも?」
「そう思っても仕方ねえ事だろ……」
「カイ様って馬鹿だったんだ……」
「んだとコラ」
「すみません」
反射的に謝罪したが、いやいや、と首を振る。
「カイ様を慕う者達は誰一人として幻滅してませんよ。筆頭の俺が言うんです、間違いありません」
「…………そうかよ」
顔を逸らされたけれど、その横顔は安堵しているように見える。その事に張り詰めていた緊張が解れて、ふと笑みが溢れた。
「カイ様。これからも、俺の親分でいてくれますよね」
「……おう。お前の面倒見るって決めたのは俺だからな」
「じゃあ、また側に置いてくれます?」
「こんなところまで追いかけてくる子分だからなあ。いちいち帰らせるのもな」
「どこまでもついて行きますよ。なんたって、カイ様一の子分ですから」
「ははっ、そうだな。そうそう離れるわけねえよな」
「ええ、たとえ地獄の果てでもお供します」
「頼もしいこって」
豪快に笑った後、カイは「呑みなおすからついて来い」と言って先程の居酒屋へナマエを誘った。嬉々として頷くと、満足そうな笑みが浮かべられ早速目的地へ向かう。
その背中を追いながら、やはり離れたくないと改めて思った。
2025.
2026.03. 加筆修正
――というのが反カイ派の主張らしいが、ナマエはカイのことを心から尊敬しているし、自身もまた人に近い姿をしているせいか半端者と言われても「こうなんだから仕方ないだろ」と力でねじ伏せる。言っても聞かない奴ばかりだ、強い方の言う事を聞け。
ナマエにはカイがいた。だから何も恐れるものなどなかった。格好良くて強い兄貴分。ずっと、ずっと大好きだ。
だがカイはウラとの戦いに負け、根の国を出た。たった一人で。ナマエは連れて行ってもらえなかった。
カイにとってナマエは居なくてもいい存在だったのだと、その時ようやく痛感した。カイより少し小さい体、そこらの鬼よりは強くとも鬼神に及ばぬ力。こんな子分、連れて行ったところで何の役にも立たないと思われたのだろう。悲しかったし悔しかった。
暫く悩んだが、考えた末に追いかけることにした。
鬼が我慢なんてするもんじゃない。そばに居たいなら、行けばいい。
答えはあの人が教えてくれる。
「……テメェ、何しに来た」
秋の里にある小さな居酒屋でその人は酒を呑んでいた。根の国でも楽しそうに酒を呑むひとだ、ここでも楽しみを見つけられたのなら幸いだ。
だけど、一人だなんて。つれないにも程がある。
「俺はカイ様の子分ですよ。親分を追いかけちゃ悪いですか?」
「……ああ、悪いな。お前みたいな弱っちい鬼、もう子分なんかじゃねえ」
目の前が真っ暗になった。
体がよろめき、その場に膝をつく。だめだと分かっているのに、こういう弱さがカイに嫌われる要因だというのに。
いらないから置いていかれたのに、言葉を聞かなきゃ分からないなんて理由をつけて追いかけて。結果はこの様。
狭い部屋から外に連れ出してくれたひと。貴方にどこまでもついて行きたいと思っていた。
俺の勝手な願いは、迷惑でしかなかったんだ。
「お、おい……ナマエ、」
「……押しかけて、申し訳、ありませんでした」
頭を下げて、地面に角が刺さってぐらついた。間抜けだなあ、ほんと。
カイの顔を見る勇気がなくて、下を向いたまま立ち去った。
あーあ。どうしようかな、これから。カイのいないつまらない日々に戻るなんて。俺の自業自得なんだけど、泣きそうなほど悔しくて、情けない。……なら、鍛えるしかねえよな。弱いのがダメなんだから、強くなれば、もしかしたら。
またお側に置いてくれるだろうか。
「……て、おい待てって言ってるだろうが!」
「わっ」
後ろから腕を掴まれ、よろめきそうになったがどうにか踏みとどまる。振り返るとカイが怒った顔をして立っていた。仮面をつけていたって、それくらい分かる。
「か、カイ様……」
「ったく、話を……って、俺があんなこと言ったからだよな。悪い……」
「えっ、いえ! カイ様が謝られることなんてありません! おれ、俺が……。……えっと、どうされましたか」
カイがわざわざ追いかけてくるなんて、大事な話に違いない。呼ばれていたことに気づかなかったなんて愚の骨頂、反省は後でいくらでもすればいい。悲しい事にこれから時間はいくらでもあるのだから。
掴まれていた手が放され、温もりが遠ざかる。もう相撲とったり戯れ合ったりするなんて事もないんだろうな。
カイが根の国に戻らない限り、もう会えないかもしれない。そう思うとその姿を目に焼き付けておきたくて、顔を上げて正面から見つめる。カイが息を呑むのを感じた。
「……さっきは、その……言い過ぎた。というか、どれも本心じゃねえ。あれはお前じゃなくて、全部……俺のことだ」
全部、とは。
疑問に思ったのが顔に出ていたのか、だから、とカイが続けた。
「弱いのも、親分でいられねえのも……」
「カイ様は弱くないです」
「……ウラの野郎に負けただろうが」
「確かに勝負に負けましたが、一回や二回がなんですか。カイ様は誰よりも格好良くて強い鬼です。それに国の主が部下より必ず強いなんて歴史、ありませんよ。人間の国じゃ特に」
頭は回るが腕はからっきし、なんて王族がごまんといるのだとナマエは書物で学んでいる。それでも人間と比べるなんて、と呆れられたかもしれないと様子を窺うと、カイは呆気に取られたように口を開けていた。
「お前……」
「すみませんカイ様のお気持ちも考えず生意気な……」
どうしよう。やっぱり怖い。カイは先程言い過ぎたとか本心じゃないと言ったが、今度こそ嫌われたかもしれない。
半べそをかきながらそれでも目を逸らさずにいると、小さな声が耳に届く。
「……幻滅、しなかったのか」
「…………はい? え? まさか、俺がカイ様に幻滅したとでも?」
「そう思っても仕方ねえ事だろ……」
「カイ様って馬鹿だったんだ……」
「んだとコラ」
「すみません」
反射的に謝罪したが、いやいや、と首を振る。
「カイ様を慕う者達は誰一人として幻滅してませんよ。筆頭の俺が言うんです、間違いありません」
「…………そうかよ」
顔を逸らされたけれど、その横顔は安堵しているように見える。その事に張り詰めていた緊張が解れて、ふと笑みが溢れた。
「カイ様。これからも、俺の親分でいてくれますよね」
「……おう。お前の面倒見るって決めたのは俺だからな」
「じゃあ、また側に置いてくれます?」
「こんなところまで追いかけてくる子分だからなあ。いちいち帰らせるのもな」
「どこまでもついて行きますよ。なんたって、カイ様一の子分ですから」
「ははっ、そうだな。そうそう離れるわけねえよな」
「ええ、たとえ地獄の果てでもお供します」
「頼もしいこって」
豪快に笑った後、カイは「呑みなおすからついて来い」と言って先程の居酒屋へナマエを誘った。嬉々として頷くと、満足そうな笑みが浮かべられ早速目的地へ向かう。
その背中を追いながら、やはり離れたくないと改めて思った。
2025.
2026.03. 加筆修正
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