徒花と呼ばないで
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立ち寄った馬宿で話を聞いて回り、日も暮れてきたし今日はここに泊まろうとナマエに提案しようとして辺りを見回す。いつものように火に当たっていると思っていたが、そこには先ほどリンクが話を聞いたご老人しかいない。
そう遠くへは行かないはず、と馬宿の周囲を見に行こうとしたところで、目的の人物はすぐに見つかった。
「いつもありがとう」
道中ずっと一緒だった馬を撫で、頬を寄せるナマエ。愛おしくてたまらないといった表情で愛馬に接するその姿にドクリと心臓が鳴る。
ナマエと愛馬の付き合いは、リンクと出会うよりも前だ。一人で旅をしていた彼女の相棒。信頼も愛情も、リンクよりも深くて当然だ。ましてやナマエとリンクはただの友人、今はまだ馬にも敵わない。今は、まだ。
頭では理解していても面白くなくて、邪魔してやりたい気持ちと彼女の穏やかな時間を守りたい気持ちがせめぎ合う。旅に出る前、特に行き先がないのなら一緒にどうかと提案したのはリンクだ。俺が守るから、と。ナマエには「お荷物になっちゃうから」とあっさり断られたのを何度も説き伏せてようやく今に至る。リンクには目的があることが分かっていたから首を振られたんだろうが、どうしてもあの街限りの縁にしたくなくて、一人旅をさせるのも不安で、とにかく一緒にいたかった。
戦いとは無縁でいてほしい、そう願ってしまうような儚さを持つひと。けれど実際は一人でやってきたし、これからもそうしていく覚悟を持っているひと。
早くガノンを倒し、姫を救い、ハイラルに安寧を取り戻さなければ。ナマエが何の心配もなく過ごせるようになるためにも。
改めてそう決意を固めていると、視線に気付いたようでナマエが振り向く。
「リンク。お話は終わったの?」
「うん、それで、今日はもう日が暮れるし泊まっていこうかなって」
「わかった」
ナマエの愛馬とそばにいたリンクの馬を共に馬宿に預け、ポーチの中身を取り出して夕飯の準備をする。旅に出る前に話し合い交代で作り合う事にしていて、今日の夕飯当番はリンクだった。これまで食べられるものは何でも食べるクチだったが、ナマエに良いものを食べさせたくて研究するようになった。馬宿では旅人や冒険者から食事のアドバイスを貰える事も多く、今日も早速収穫があった。材料も蓄えてる分で足りる。よし。さっと二人分火にかけて、いつだったかナマエが言っていたのを思い出す。
「おいしくなーれ」
魔法の言葉がかけられたそれは、自分が作るよりとびきり美味しかったのを覚えている。
「出来上がり! ふわとろオムライス!」
「ふわとろ……?」
洗ったナイフで焼き上げた卵を割ると、とろりと白米の上に広がった。それを見たナマエが感嘆の声を上げるのを聞きながら、料理を乗せた皿とスプーンを差し出す。二人分揃ってから食べ始めるのはナマエのやり方で、自然と二人の約束のようになっていた。
食べるよう促すとナマエが口をつけ、ぱっと表情が明るくなる。
「美味しい! 本当にふわとろだ……」
目を細めて味わうように頬張るのを見て、心が満たされていくのを感じる。かつて木に登った甲斐があるというもの。
「ここの奥さんからさっき教わったんだ。子ども達に人気で、よく作るって言ってたよ」
「教わっただけで作れちゃったの……? すごいね……」
なんだかオムライスだけじゃなく、ナマエまでとろけている。ゆったりとした動作、半分閉じられた瞼、赤みの増した頬。食事を招き入れる口内から覗く舌。
ごくり、喉が鳴る。
「食べないの?」
小首を傾げて尋ねられ、慌てて食べ始める。うん、柔らかな卵と米が合わさって、とても美味しい。
リンクはあっという間に食べてしまったが、ナマエはゆっくり食べていて「ごちそうさま」腹が満たされて満足そうな笑みをじっくり見ることが出来た。分担作業として片付けてくれるナマエの背中を見ながら、今後の予定について考える。
四神獣は取り戻した。次に、厄災ガノンに打ち勝つために必要なもの――退魔の剣を探す。おおよその場所の検討はついているが、まだ挑むには早いように思う。記憶が戻っていないこと、百年前ほどの力がないという自覚が二の足を踏ませる。もっと試練に挑んで、力も自信もつけて、それから。
「リンク」
はっと意識を現実に戻して視界に広がっていたのは、真っ赤なりんご。生とも焼いたのとも違う。
皿を持つ手を伝って視線を上げると、ナマエが微笑を浮かべて「食後のデザート」と言って渡してくれた。
「……えっ、ナマエが作ってくれたの?」
「馬宿の主人が、さっきのご飯のあとはこれを食べるのが美味しいんだって教えてくれたの」
りんごの甘煮だというそれは、確かに香しい匂いがする。
ナマエが隣の丸太で出来た椅子に腰掛け、フォークでつつくのを眺める。リンクもそれに倣い、口に運んでいく。
「……リンクが考えてること、頑張ってること……全部は分からないけどさ。たまには休んで、いつかに備えるのを応援させてほしいな」
温かく煮詰まったりんごの甘さが口いっぱいに広がって飲み下すと、じんわりと胸もあたたかくなった。
目頭が熱くなったのは、たぶん、気のせい。
ナマエと出会った時も、こんな感じだった。
神獣や街のことを聞いて回って、やるべき事を順序立てていた時。話を聞き終わっていたナマエと偶然鉢合わせして挨拶を交わしただけなのに、何か考え込んだナマエが「あげる」と、ポーチからスタミナ薬をくれたのだ。不思議に思って見ていたら、うーん、と一つ唸り声。
「何かやる事があって、頑張る、って雰囲気だったから。だから、何も知らない私があげられるのはこれくらいなんだけど……」
がんばれ。
その言葉は重すぎず、かといって軽くもなく、すとんとリンクの胸に落ちた。
まさに頑張るぞ、と気合いをいれていたから、背中を押そうとしてくれたんだと分かって、嬉しかった。ナマエは薬師として行商にこの街に来たと言うだけあって、この時リンクが作れる薬よりも強いものを渡してくれたのも有り難かった。
戦いを終えて神獣の件も落ち着き、街の様子を見に行った時にはひんやりメロンをくれた。「疲れた時には甘いものがいいって言うからね」何をしたとか、何者だとか明かしていないのに。聞き込みをしていた神獣が鎮まったから察するものがあったのかもしれないが、心遣いが沁みた。
――これでお別れ、か。
リンクにはまだやるべき事があり、この地にいつまでも留まってはいられない。けれどまた会いに来る事は出来る。そう思ってお礼と共に次の再会を楽しみにしている事を伝えた、のだが。
「そうだね、生きてればまたどこかで会えるよね。元気でね」
忘れてたんだ。ナマエは行商人としてここへ来ていたこと。神獣騒ぎで街を出るのが不安だったから、この地で生活費を稼いでいただけで、淑女の服がとても似合うけれどゲルドの街に永住するつもりはない、旅人だということ。
「私も荷物は纏めてあるから、街のみんなに挨拶をしたら出て行こうと思ってるんだ」
「えっ、でも、一人……だよね? 女の子の一人旅って、危ないんじゃないかな!?」
「うーん……まあ、危険がない事はないけど、なんとかなるものだよ」
「けど、さ? この街にもだいぶ馴染んでるみたいだし……もう少しここにいても」
「ゲルド族の皆さんにはすごく良くしてもらったよ。だからお礼に薬を沢山作って持ってくるためにも、一度街を出て材料を取りに行ってくる」
「それは……すごくいいと思う。ナマエらしいっていうか……」
「ふふ、ありがとう」
「か、かわい……じゃなくて! 心配なんだよ」
「リンクの方が無茶しそうで心配だな」
「お、わ、わたしの事はいいの! そもそも、ナマエって戦えるの?」
「弓なら心得はあるよ。逃げ足だって一丁前なんだから」
「うううーんん……!!」
普段大人っぽい子が突然子どもみたいに胸を張る姿はギャップも相まって可愛らしいけれど、戦いとは無縁のような薄い筋肉のついた体つきは、快く送り出すには心もとない。決して変にまじまじと眺めた訳ではない、淑女の服の露出度が高いだけで、自然と見えてしまうだけで。あ、よく見ると傷跡がある。一気に生々しく感じて、やはりこれ以上傷を増やさせたくないと思った。
「提案なんだけど。お、……わたしと一緒に行かない?」
「行かない」
「即決……! その判断力は確かに旅には必要、だけど今はもう少し考えてほしかった」
「行けないよ。リンクは、まだやる事があるんでしょう、きっと。私は邪魔になるよ」
邪魔ではない。ただ、巻き込んでしまう可能性はある。リンクを狙うイーガ団や、祠の場所によっては危険が伴う。ゲルドの戦士に守られたこの街とは、全く違う景色が外には広がっている。
リンクの事情は知らずとも、外の危険性をナマエはよく分かっている。
だけど。
それでも。
「俺は……ナマエと一緒にいたい」
ナマエがいてくれたら、もっと頑張れる気がするし、強くなれる気がする。絶対に守りたいものがあるっていうのは、それだけで力になる。と思う。
しどろもどろで、気がするだの思うだの。情けない言葉を連ねてしまったが、これだけははっきりと、強く宣言する。
「ナマエのことは俺が守るよ」
「お荷物になっちゃうから、嫌」
頑として曲げない芯があるのも素敵だ、だけどやっぱり少しは考えてみてほしかった。
ナマエはリンクと一緒に行くのを嫌がっているのではなく、リンクの荷物になる事を懸念している。それが分かったからこそ、引く気にはなれない。
何をどう伝えれば折れてくれるだろうかと思案していると、周囲を気にするように視線をやってからナマエが歩み寄ってきて声を潜めた。
「あんまり大きい声で『俺』って言ってると、気づかれちゃうかも……」
あ。
……え?
あれ、もしかして。
「…………バレる前に『うん』って言って。早く」
「え、ええ……? 開き直ってない?」
気づいてて黙ってたなんて。早く言って欲しかった。他の人には言ってほしくないが。男だとバレたら街を追い出されるので。
俺の方が騙された、と謎の追及をしてナマエに白旗を上げさせたが、街を出てから改めてお願いした。
「これが普段の俺、なんだけど。一緒に来てほしい」
英傑の服を身に纏い、懇願する。
するとナマエは徐にハイリアのフードを取り出し、目深に被った。
「これが外での私。今までとはちょっと違うかも。いい?」
声がかたい、というか冷たい空気に少し驚く。だけど構わなかった。
にっこり笑って手を差し出すと、一瞬躊躇ったようだが手を重ねてくれた。逃がさないようにぎゅっと握る。
「捕まえた」
「……もう。なにそれ」
ふ、と笑ったナマエはいつものナマエだった。
ナマエはあの時、あれが普段のナマエだとは言わなかった。外での在り方であって、素顔とはきっと違う。
言うなれば生きる為の、ナマエなりの盾だ。
旅を始めてから、ナマエはあまりフードを外す事をしない。二人きりの野営の時なんかは外してくれるけれど、そういう時こそ無防備にならない方がいいんじゃと思うのは……下心があるからだろうか。気を許してくれているのは嬉しいが、男として意識されていないのではと不安にもなる。
というか、性別なんて気にしてないんじゃないか?
ゲルドでの格好をどう思ったか聞いた時だって「初めは本当に女の子かと思ったくらい、可愛かったよ」と喜んでいいのかよく分からないことを言われたし。潜入という面では良かったし、違う面でも利用したくらいだから自分でも悪くないと思っているが、好きな子に言われるのはなんか、違う気がする……。
「……リンク? 美味しくなかった? それとも見当違いでいらない話しちゃったかな……ごめんね、お節介だったね」
ああ、もう、そんなわけないのに。急に落ち込んだのを自分のせいだと責めるナマエに、罪悪感を抱くやらある意味正しい反省にため息をつきたくなるやら。我ながら忙しい。
一度深呼吸して、首を振った。
「ナマエは悪くない。色々考えてて……前途多難だなって思っただけ」
「……そっか」
他人事みたいに思案顔されたけど、きみのことだからね。
「でも頑張るよ。諦めるつもりはないから」
「リンクなら、きっとどんな事も成し遂げるよ」
「そう思う?」
「うん。少しだけど、リンクを見てきてそう思ったよ」
「……そうだな。そうだ。ここまで来たんだし」
最初はずっと断られてたけど、結果として今は一緒にいるし。
希望はある、そう思ったら俄然やる気が出てきた。
前向きになったのが伝わったのか、ナマエが笑ってくれた。馬宿にはそこそこ人がいるからフードの陰になっているが、明るい太陽の下で惜しげなく振り撒かれていたそれを、俺は見ている。彼女が本当はどうありたいのかを、知っている。
「ねえ、ナマエ」
「なあに」
その柔らかな声を、表情を、守りたい。そして、俺に向けてほしい。
「これからはナマエの方から離れたくないって言わせてみせるから」
「え?」
「覚悟しといて」
「……えっ?」
「さて、明日に備えて武器の手入れでもしようかな」
早めに寝るのもいいが、こうした備えも必要だ。守りたいものが多いのだから、尚更やれる事はしておきたい。
その場を離れる際に盗み見たフードの下は、鍋の火によるものか少し赤いように見えた。
2026.02.
そう遠くへは行かないはず、と馬宿の周囲を見に行こうとしたところで、目的の人物はすぐに見つかった。
「いつもありがとう」
道中ずっと一緒だった馬を撫で、頬を寄せるナマエ。愛おしくてたまらないといった表情で愛馬に接するその姿にドクリと心臓が鳴る。
ナマエと愛馬の付き合いは、リンクと出会うよりも前だ。一人で旅をしていた彼女の相棒。信頼も愛情も、リンクよりも深くて当然だ。ましてやナマエとリンクはただの友人、今はまだ馬にも敵わない。今は、まだ。
頭では理解していても面白くなくて、邪魔してやりたい気持ちと彼女の穏やかな時間を守りたい気持ちがせめぎ合う。旅に出る前、特に行き先がないのなら一緒にどうかと提案したのはリンクだ。俺が守るから、と。ナマエには「お荷物になっちゃうから」とあっさり断られたのを何度も説き伏せてようやく今に至る。リンクには目的があることが分かっていたから首を振られたんだろうが、どうしてもあの街限りの縁にしたくなくて、一人旅をさせるのも不安で、とにかく一緒にいたかった。
戦いとは無縁でいてほしい、そう願ってしまうような儚さを持つひと。けれど実際は一人でやってきたし、これからもそうしていく覚悟を持っているひと。
早くガノンを倒し、姫を救い、ハイラルに安寧を取り戻さなければ。ナマエが何の心配もなく過ごせるようになるためにも。
改めてそう決意を固めていると、視線に気付いたようでナマエが振り向く。
「リンク。お話は終わったの?」
「うん、それで、今日はもう日が暮れるし泊まっていこうかなって」
「わかった」
ナマエの愛馬とそばにいたリンクの馬を共に馬宿に預け、ポーチの中身を取り出して夕飯の準備をする。旅に出る前に話し合い交代で作り合う事にしていて、今日の夕飯当番はリンクだった。これまで食べられるものは何でも食べるクチだったが、ナマエに良いものを食べさせたくて研究するようになった。馬宿では旅人や冒険者から食事のアドバイスを貰える事も多く、今日も早速収穫があった。材料も蓄えてる分で足りる。よし。さっと二人分火にかけて、いつだったかナマエが言っていたのを思い出す。
「おいしくなーれ」
魔法の言葉がかけられたそれは、自分が作るよりとびきり美味しかったのを覚えている。
「出来上がり! ふわとろオムライス!」
「ふわとろ……?」
洗ったナイフで焼き上げた卵を割ると、とろりと白米の上に広がった。それを見たナマエが感嘆の声を上げるのを聞きながら、料理を乗せた皿とスプーンを差し出す。二人分揃ってから食べ始めるのはナマエのやり方で、自然と二人の約束のようになっていた。
食べるよう促すとナマエが口をつけ、ぱっと表情が明るくなる。
「美味しい! 本当にふわとろだ……」
目を細めて味わうように頬張るのを見て、心が満たされていくのを感じる。かつて木に登った甲斐があるというもの。
「ここの奥さんからさっき教わったんだ。子ども達に人気で、よく作るって言ってたよ」
「教わっただけで作れちゃったの……? すごいね……」
なんだかオムライスだけじゃなく、ナマエまでとろけている。ゆったりとした動作、半分閉じられた瞼、赤みの増した頬。食事を招き入れる口内から覗く舌。
ごくり、喉が鳴る。
「食べないの?」
小首を傾げて尋ねられ、慌てて食べ始める。うん、柔らかな卵と米が合わさって、とても美味しい。
リンクはあっという間に食べてしまったが、ナマエはゆっくり食べていて「ごちそうさま」腹が満たされて満足そうな笑みをじっくり見ることが出来た。分担作業として片付けてくれるナマエの背中を見ながら、今後の予定について考える。
四神獣は取り戻した。次に、厄災ガノンに打ち勝つために必要なもの――退魔の剣を探す。おおよその場所の検討はついているが、まだ挑むには早いように思う。記憶が戻っていないこと、百年前ほどの力がないという自覚が二の足を踏ませる。もっと試練に挑んで、力も自信もつけて、それから。
「リンク」
はっと意識を現実に戻して視界に広がっていたのは、真っ赤なりんご。生とも焼いたのとも違う。
皿を持つ手を伝って視線を上げると、ナマエが微笑を浮かべて「食後のデザート」と言って渡してくれた。
「……えっ、ナマエが作ってくれたの?」
「馬宿の主人が、さっきのご飯のあとはこれを食べるのが美味しいんだって教えてくれたの」
りんごの甘煮だというそれは、確かに香しい匂いがする。
ナマエが隣の丸太で出来た椅子に腰掛け、フォークでつつくのを眺める。リンクもそれに倣い、口に運んでいく。
「……リンクが考えてること、頑張ってること……全部は分からないけどさ。たまには休んで、いつかに備えるのを応援させてほしいな」
温かく煮詰まったりんごの甘さが口いっぱいに広がって飲み下すと、じんわりと胸もあたたかくなった。
目頭が熱くなったのは、たぶん、気のせい。
ナマエと出会った時も、こんな感じだった。
神獣や街のことを聞いて回って、やるべき事を順序立てていた時。話を聞き終わっていたナマエと偶然鉢合わせして挨拶を交わしただけなのに、何か考え込んだナマエが「あげる」と、ポーチからスタミナ薬をくれたのだ。不思議に思って見ていたら、うーん、と一つ唸り声。
「何かやる事があって、頑張る、って雰囲気だったから。だから、何も知らない私があげられるのはこれくらいなんだけど……」
がんばれ。
その言葉は重すぎず、かといって軽くもなく、すとんとリンクの胸に落ちた。
まさに頑張るぞ、と気合いをいれていたから、背中を押そうとしてくれたんだと分かって、嬉しかった。ナマエは薬師として行商にこの街に来たと言うだけあって、この時リンクが作れる薬よりも強いものを渡してくれたのも有り難かった。
戦いを終えて神獣の件も落ち着き、街の様子を見に行った時にはひんやりメロンをくれた。「疲れた時には甘いものがいいって言うからね」何をしたとか、何者だとか明かしていないのに。聞き込みをしていた神獣が鎮まったから察するものがあったのかもしれないが、心遣いが沁みた。
――これでお別れ、か。
リンクにはまだやるべき事があり、この地にいつまでも留まってはいられない。けれどまた会いに来る事は出来る。そう思ってお礼と共に次の再会を楽しみにしている事を伝えた、のだが。
「そうだね、生きてればまたどこかで会えるよね。元気でね」
忘れてたんだ。ナマエは行商人としてここへ来ていたこと。神獣騒ぎで街を出るのが不安だったから、この地で生活費を稼いでいただけで、淑女の服がとても似合うけれどゲルドの街に永住するつもりはない、旅人だということ。
「私も荷物は纏めてあるから、街のみんなに挨拶をしたら出て行こうと思ってるんだ」
「えっ、でも、一人……だよね? 女の子の一人旅って、危ないんじゃないかな!?」
「うーん……まあ、危険がない事はないけど、なんとかなるものだよ」
「けど、さ? この街にもだいぶ馴染んでるみたいだし……もう少しここにいても」
「ゲルド族の皆さんにはすごく良くしてもらったよ。だからお礼に薬を沢山作って持ってくるためにも、一度街を出て材料を取りに行ってくる」
「それは……すごくいいと思う。ナマエらしいっていうか……」
「ふふ、ありがとう」
「か、かわい……じゃなくて! 心配なんだよ」
「リンクの方が無茶しそうで心配だな」
「お、わ、わたしの事はいいの! そもそも、ナマエって戦えるの?」
「弓なら心得はあるよ。逃げ足だって一丁前なんだから」
「うううーんん……!!」
普段大人っぽい子が突然子どもみたいに胸を張る姿はギャップも相まって可愛らしいけれど、戦いとは無縁のような薄い筋肉のついた体つきは、快く送り出すには心もとない。決して変にまじまじと眺めた訳ではない、淑女の服の露出度が高いだけで、自然と見えてしまうだけで。あ、よく見ると傷跡がある。一気に生々しく感じて、やはりこれ以上傷を増やさせたくないと思った。
「提案なんだけど。お、……わたしと一緒に行かない?」
「行かない」
「即決……! その判断力は確かに旅には必要、だけど今はもう少し考えてほしかった」
「行けないよ。リンクは、まだやる事があるんでしょう、きっと。私は邪魔になるよ」
邪魔ではない。ただ、巻き込んでしまう可能性はある。リンクを狙うイーガ団や、祠の場所によっては危険が伴う。ゲルドの戦士に守られたこの街とは、全く違う景色が外には広がっている。
リンクの事情は知らずとも、外の危険性をナマエはよく分かっている。
だけど。
それでも。
「俺は……ナマエと一緒にいたい」
ナマエがいてくれたら、もっと頑張れる気がするし、強くなれる気がする。絶対に守りたいものがあるっていうのは、それだけで力になる。と思う。
しどろもどろで、気がするだの思うだの。情けない言葉を連ねてしまったが、これだけははっきりと、強く宣言する。
「ナマエのことは俺が守るよ」
「お荷物になっちゃうから、嫌」
頑として曲げない芯があるのも素敵だ、だけどやっぱり少しは考えてみてほしかった。
ナマエはリンクと一緒に行くのを嫌がっているのではなく、リンクの荷物になる事を懸念している。それが分かったからこそ、引く気にはなれない。
何をどう伝えれば折れてくれるだろうかと思案していると、周囲を気にするように視線をやってからナマエが歩み寄ってきて声を潜めた。
「あんまり大きい声で『俺』って言ってると、気づかれちゃうかも……」
あ。
……え?
あれ、もしかして。
「…………バレる前に『うん』って言って。早く」
「え、ええ……? 開き直ってない?」
気づいてて黙ってたなんて。早く言って欲しかった。他の人には言ってほしくないが。男だとバレたら街を追い出されるので。
俺の方が騙された、と謎の追及をしてナマエに白旗を上げさせたが、街を出てから改めてお願いした。
「これが普段の俺、なんだけど。一緒に来てほしい」
英傑の服を身に纏い、懇願する。
するとナマエは徐にハイリアのフードを取り出し、目深に被った。
「これが外での私。今までとはちょっと違うかも。いい?」
声がかたい、というか冷たい空気に少し驚く。だけど構わなかった。
にっこり笑って手を差し出すと、一瞬躊躇ったようだが手を重ねてくれた。逃がさないようにぎゅっと握る。
「捕まえた」
「……もう。なにそれ」
ふ、と笑ったナマエはいつものナマエだった。
ナマエはあの時、あれが普段のナマエだとは言わなかった。外での在り方であって、素顔とはきっと違う。
言うなれば生きる為の、ナマエなりの盾だ。
旅を始めてから、ナマエはあまりフードを外す事をしない。二人きりの野営の時なんかは外してくれるけれど、そういう時こそ無防備にならない方がいいんじゃと思うのは……下心があるからだろうか。気を許してくれているのは嬉しいが、男として意識されていないのではと不安にもなる。
というか、性別なんて気にしてないんじゃないか?
ゲルドでの格好をどう思ったか聞いた時だって「初めは本当に女の子かと思ったくらい、可愛かったよ」と喜んでいいのかよく分からないことを言われたし。潜入という面では良かったし、違う面でも利用したくらいだから自分でも悪くないと思っているが、好きな子に言われるのはなんか、違う気がする……。
「……リンク? 美味しくなかった? それとも見当違いでいらない話しちゃったかな……ごめんね、お節介だったね」
ああ、もう、そんなわけないのに。急に落ち込んだのを自分のせいだと責めるナマエに、罪悪感を抱くやらある意味正しい反省にため息をつきたくなるやら。我ながら忙しい。
一度深呼吸して、首を振った。
「ナマエは悪くない。色々考えてて……前途多難だなって思っただけ」
「……そっか」
他人事みたいに思案顔されたけど、きみのことだからね。
「でも頑張るよ。諦めるつもりはないから」
「リンクなら、きっとどんな事も成し遂げるよ」
「そう思う?」
「うん。少しだけど、リンクを見てきてそう思ったよ」
「……そうだな。そうだ。ここまで来たんだし」
最初はずっと断られてたけど、結果として今は一緒にいるし。
希望はある、そう思ったら俄然やる気が出てきた。
前向きになったのが伝わったのか、ナマエが笑ってくれた。馬宿にはそこそこ人がいるからフードの陰になっているが、明るい太陽の下で惜しげなく振り撒かれていたそれを、俺は見ている。彼女が本当はどうありたいのかを、知っている。
「ねえ、ナマエ」
「なあに」
その柔らかな声を、表情を、守りたい。そして、俺に向けてほしい。
「これからはナマエの方から離れたくないって言わせてみせるから」
「え?」
「覚悟しといて」
「……えっ?」
「さて、明日に備えて武器の手入れでもしようかな」
早めに寝るのもいいが、こうした備えも必要だ。守りたいものが多いのだから、尚更やれる事はしておきたい。
その場を離れる際に盗み見たフードの下は、鍋の火によるものか少し赤いように見えた。
2026.02.
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