占いと統計

 土曜日は、よほどのことがない限りCOSMOSも休みだ。事件も解決して、ゆったりとした気持ちで朝食を食べていると、暗い顔のさくらがリビングに入ってきた。水森を一瞥すると、普段よりも小さな声で挨拶する。
「……おはよう」
「おはよ……なんかあった?」
 あんまりな様子に水森が問いかけると、さくらは持っていたスマホの画面をこちらに向けた。
「Lilyちゃん、しばらく活動休止するって」
 見せられた画面にはSNSが映っており、先日のイベントでの騒動の謝罪とその反省のためしばらく活動をストップすると書いてあった。
「ショックー……配信楽しみにしてたのに」
 さくらは本気で落ち込んでいるようだ。慰めの言葉が思いつかず、せめてもの労りとしてコーヒーを渡してやる。
「ありがと」
「お前さ、いつからLilyちゃん好きなの?」
 ふと気になって、水森は尋ねた。先日の事件で見た涙が思い出された。あの人は、占いの力がなければここまで来れなかったと泣いていたが、身近な妹はどうなのだろう。
「え?えーと、ちょっと前に炎上して話題になったじゃん。その時、友達が本当はいい子なのにって言ってて気になって」
 それでハマった、とさくらは言う。これは、彼女の言う「占いの力」とは別だろう。きっかけこそ、炎上だったが人を惹きつける力が、確かにあったのだ。
 あの事件の現場で、鉄に抱きしめられたLilyは、それでもしばらく泣いていた。子供のように感情を発露させる女性の背を、優しく撫でる鉄は母親のようだった。
 やがて、落ち着きを取り戻したLilyは「変な占いを広めちゃったし、しばらく活動休止する」と宣言した。鉄は、一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に切り替え「戻ってくるのを待ってる!」とウィンクした。その様子にLilyは、ちょっと笑った。彼女なら、きっときちんと自分と向き合って、魅力を増して帰ってくる、そう水森は感じた。
「まぁ、引退じゃないから、そのうち戻ってくるだろ」
「そっか、そうだね……待ってるね、Lilyちゃん」
 水森の言葉に、さくらも少し表情を明るくする。鉄の言葉ではないが、さくらもネットの上では数字の1でしかない。それでも、彼女たちの純粋な気持ちが、Lilyに伝わっているといい、そう思えた。

 
 砂噛の家への訪問は、休日の習慣になっている。二週空けると掃除と洗濯の手間が倍になるから、というのが表向きの理由だが、単純に会いたいので遊びに行っている。
 この日玄関で出迎えてくれた砂噛は寝巻きではなかった。先週と異なり、呼び出しはなかったようだ。きちんと目も開いてる。
 起きてはいても、部屋は汚いので、まずは掃除に取り掛かる。ソファの上で所在なさげにしている恋人に、水森は手を止めずに話しかけた。
「そういえば、占い師のほうが捕まったんですね」
 Lilyの事件は小さいがネットニュースに取り上げられていた。関わったこともあり、目を通していると、占い師の女性を逮捕、とだけ書かれており、あの場にいた外星人の男については触れられていなかった。
「地球人だったからな」
 砂噛はこともなげに返事をする。外星人は混乱を避けるために秘密裏に処理されるという。
「男の記憶も消されて、記憶が曖昧なまま、一人で捕まる……。エグいっスね」
「なんだ、同情してんのか?」
「まさか」
 大変そうだとは思うが、同情はできなかった。取り調べた男が言うには、Lilyに介入することを提案したのは占い師の女の方だと言う。
 たまたま、占い師の女がLilyの配信を見ていた。元々ファンだったらしい。その相手が自分の店に来て、人気が出ないことに悩んでいる。占いの傍ら、愚痴ともつかない悩み相談を受け、ライバル配信者を蹴落とすことを考えたという。励ますつもりで、Lilyに予言めいたことを伝えて、他の配信者を外星人の恋人に襲わせた。
 次に会ったLilyは目に見えて明るい表情をしていた。そして、女のことを神のように崇め、言葉を欲しがったと言う。ファンとして応援していた相手から頼られる快感、心酔した目線をもらえる優越感、それらを味わいたくて、女の行為は続いていったという。
 外星人の男のほうは、女のヒモのような生活をしていたので、彼女の逆らえなかった。最初はしぶしぶやっていた行動だったが、Lilyが占い師を紹介し、繁盛するようになってからは考えが変わった。
 もっと、Lilyを有名にして、懇意にしている占い師の知名度も上げていく。そのための計画を立て始めた。文明レベルの高い星から来た彼にとって、SNSのサーバーに侵入して印象を操作しLilyを炎上させることなど簡単だった。その後の擁護派の意見も捏造し、計画的にLilyの人気を押し上げた。
 この段階になると、占い師の方ももはやLilyを下に見ていた。繁盛し始めて「先生」と呼ばれることに慣れた彼女は、自分に本当に力があると錯覚すらしていた。最初はLilyのためだけに行っていた、予言に合わせた犯罪行為は、彼女の苛立った相手や店の評判を下げそうな客には簡単に行われるようになっていった。
 そうして、金払いの悪くなったLilyを、再び注目させて搾り取るため、計画されたのが先日の事件だと言う。
 聞けば聞くほど自分本位で、胸糞の悪い話だ。同情する余地はなかった。


 掃除が終わり、洗濯物も回している。ようやく一息つけるな、と水森はコーヒーを淹れることにした。
「先輩、コーヒー飲みます?」
「飲む」
 先週自分が使ったときから、全く様子が変わらないコーヒーメーカーを起動する。この人、コーヒー嫌いじゃないくせに、自分では淹れられないんだな、と水森は呆れたような、むずがゆいような気持ちになった。
「どうぞ」
「悪いな、いつも……」
 申し訳なさそうな砂噛に、いいですよ、と返しながら水森はソファに座った。毎度謝られてしまうが、あまり気にしないで欲しいと思っている。ダメなところがかわいいと思っているので、本音は伝えられないが、もっと気軽に自分を頼って欲しい。
 自分を頼り、時に弱みを見せて甘えて欲しい。それが、今の欲だった。もちろん、健康な男子高校生であるし、性欲も消えた訳ではない。だが、相手の望まぬ行為を強要して、関係を崩したくなかった。だったら、他の欲に転換した方がいいだろう。
 占い、当たっちゃったな、と水森はため息をついた。悩みの望まぬ形での解決、はきっとこのことだ。水森が諦めることを示していたのだろう。
「どうした?」
 ため息に気がついた砂噛が尋ねてくる。詳細は言えないので、曖昧に笑って誤魔化した。
「ちょっと。占い当たっちゃったなって」
 ふーん?と訝しげな返事を返されるが、それ以上追及されなかった。言葉はなかったが、砂噛の腕が伸びてきて水森の頭を撫でる。深くは聞かない一方で、慰めてくれているようだった。
 頭をわしゃわしゃとかき回される様子は、犬を撫でるようだ。だがその手が心地よくて、水森は目を細めて笑った。
 頭を撫でていた手は、前髪をかきあげるように動く。あれ、と思った時には、額に暖かいものを感じた。おでこにキスされたのだと分かり、水森は砂噛の目をじっと見た。慰めの延長なのか、自分を見る目は相変わらず柔らかい気がする。
 いい雰囲気、と言って差し支えない空気感だが、今日もこれ以上は進まないだろう。水森はそう諦めていた。それでも、未練がましい心は、もうちょっとこの感じを味わっていたいと思ってしまう。
 だが、それも恋人が口を開いたことで崩されてしまう。
「寝室行くか?」
「え?は、はい」
 砂噛の唐突な言葉に、水森は反射的に頷いた。あの優しげな空気感がなくなったことを残念に思いながらも恋人の後について寝室に向かった。
 先週引きずりこまれたベッドに、水森は自分から潜り込んで砂噛の分のスペースを空ける。今日は寝巻きじゃないし、しゃっきりと起きているなと思っていたのに、眠かったのか。添い寝が増えるなら、枕買おうかな。そんなことを呑気に考えていると、自分の上に影が落ちるのを感じた。
 隣に来るはずの砂噛が覆い被さるように、こちらを見下ろしていた。
 

「え?え?あれ?」
 あまりにも予想外の展開に、水森は目を白黒させる。そんな様子にお構いなしに、砂噛の手が無遠慮に水森へと伸びた。
 パーカーの裾から差し入れられた手は、するすると動き水森の腰を撫であげる。くすぐったくすら感じる触れ方に戸惑っていると、覆い被さっていた砂噛の顔が近づいてくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!ストップ、ストーップ!!」
「……なんだよ」
 右手で砂噛の胸を押さえて、これ以上近づけないようにする。キスを拒まれて、砂噛は不機嫌そうだ。なぜか、そういう流れになっているが、さすがになぁなぁで受け入れられる展開ではなく、水森は慌てて言葉を紡いだ。
「せ、先輩って、性欲あるんスか!?」
「……普通にあるけど。ない、なんて言ったか?」
 言われてはいない。言われてはいないのだが、今まで、そんな素ぶり見せなかったじゃないか。それこそ、一緒に寝ても何にもしなかったくせに。水森は混乱し始めた。
 関係が進まない、と本気で悩んでいた。そして、それを諦め今の関係を受け入れようと決意したばかりだ。それなのに、急にひっくり返されてしまった。
 砂噛の方が進める意思を示してくれたのは、嬉しいと思う気持ちもある。諦めると決めたものの、やっぱり性欲はあるし、進みたい気持ちは残っている。だが、水森には素直に納得できないこともある。
「ちゃんと、言葉にして言ってください!」
 あまりにも、砂噛の行動には言葉が足りなさすぎる。プラトニックな関係を望んでいるのかと思い詰め、受け入れる決断までしたのに。そうかと思えば、今度は急に押し倒してくる。全くと言っていいほどこちらの都合を考えてない。ないがしろにされているように感じて、水森はちょっと悲しくなった。
「オレの気持ちとか、準備とかも、あるでしょ……」
 顔を歪めた水森に、砂噛は訝しげな顔をした。なんでそんなことを言うのか、と言わんばかりだ。
「いや、お前先週『なんで手を出してくれないのか』みたいなこと言ってたよな」
「……え?」
「ちょうどここで寝る前に」
 確かに言った。だが、それは砂噛が寝ていると思ったかだ。まさか聞かれていたとは思わず、水森は自分の頬が羞恥で熱くなるのを感じた。
「ちょっと前まで、明らかに緊張していたから、何もしなかったが、もういいのかと思った」
「え、あ、き、気づいてたんですね……」
 思いのほか、砂噛は自分のことを観察していたようだ。考えが読まれていたことに、水森は恥ずかしくなった。嘘が分かる自分の方が、相手の気持ちを読みやすいはずなのに、どうにも砂噛相手だと上手くいかない。
「で、ダメなの?」
 少し拗ねたように砂噛がこちらを見てくる。そんな表情はずるい。ねだるような、甘えるような、それでいてこちらを射抜くような光もあって。
「だ、ダメじゃないです」
 砂噛を押し留めていた右手を下ろす。断れる訳なかった。だって、元々は自分もしたかったのだ。
 水森の態度に、砂噛は満足げに笑った。子供みたいに嬉しそうで、そのくせ右手は不埒にこちらの腰を撫でてくる。
 ふと、占いの文言を思い出した。望まぬ形で悩みは解決するでしょう、だったはずだ。巡り巡って、今の形は望んだ形と言っていい。やっぱり、占いは統計だ。当たることもあれば外れることもある。
 キスを受け入れながら、そんなことを考えた。だんだんと深くなるそれに、水森の思考は溶けていき、占いのことはそれ以上考えられなかった。
 
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