占いと統計

『返済する金がないって言ってんのに、店貸し切ってイベントなんて矛盾してないか?』
「こういうイベントって、参加費とるし配信での投げ銭もいつもより多いんスよ」
 先日も感じたが、砂噛はあまり動画配信の文化に明るくないようだった。イヤホンから聞こえてくる声に、水森は小声で答えた。
 
 先日の占いの館での調査を受けて、穂村は占い師の狙いはLilyに集中していると結論づけた。鉄が受けた占いの内容と、Lilyから聞いた内容では明らかに具体性が違っている。おそらく、一般的な客に対しては統計を元にした受け応えしかしていないのだろう。実際に、具体的な発言以外には嘘はなかった。
 なぜ、Lilyが狙われているのかは、現時点ではわからない。知名度もそこそこで、金づるにするには心もとないだろう。それでも、彼女への予言めいた占いは続いている。
 会社に呼び出してLilyに話を聞いたところ、新たに受けた占いの内容は「イベントを行うとトラブルはあるものの、それが話題になって人気は飛躍するだろう」と言うものだった。もはや、星の運行など何も関係のない、具体性である。それでもLilyは占い師に心酔しており、その言葉を元に、カフェを貸し切ってのコスメイベントを企画した、と楽しげに話していた。その言葉に嘘はなかった。ただ、言葉の端々に焦りのようなものが感じられて、それが水森には気がかりだった。
 
『会社のお金で、イベント参加できるなんて、マジでラッキー』
『仕事ですからね、忘れないように』
 浮かれた鉄の言葉と、それを嗜める穂村の声が聞こえる。
 面談した際のLilyの様子から、イベントの中止や占い師への警戒を促すことは無理であると穂村は判断した。かといって、何か占い師が仕掛けて来るであろうこのイベントを見過ごすことはできなかった。そのため、イベント参加者として鉄、会場となったカフェの臨時バイトとして水森が現場に入ることとなった。穂村はLilyに顔が知られているし、砂噛は会場にいると浮く、と言う理由から、外で待機している。
 それにしても、と水森はカフェを見渡して小さく息をついた。見事に若い女性ばかりだった。今日のイベントは、動画で紹介したメイクの改めての紹介や、メイクの悩み相談、Q and Aのコーナーなど、ごくごく一般的な内容で、目新しいものはない。同時にライブ配信もある中、カフェに来てイベントに出るにはそれなりの参加費を払う必要がある、と言う状況にも関わらず先着順の枠は一瞬で埋まった。妹のさくらも「参加枠とれなかったー!」と嘆いていた。
 会場を埋めている女性たちは、全員熱心なLilyのファンと言えるだろう。そわそわと、Lilyが出て来るのを待っている様子は、先日Lilyが占い師に対して見せた心酔した態度にダブって見えた。ファンはLilyに、Lilyは占い師に、一方的な信頼と好意を示していると言うこの状況が、水森にはどこか歪に思えた。さくらや鉄といった身近な存在が彼女のことを好意的に捉えていると言う点も、Lilyに疑問を抱く一端になったのかもしれない。占い師ではなく、もっと彼女たちファンの方を向いてやればいいのに。そう思わずにはいられなかった。
 

『どうだ、占い師いそうか?』
「カフェの臨時バイトの中にはいなさそうです」
『参加者の中にも見当たんない』
 今まで当たった占い師の予言は『ライバル配信者が怪我をする』『熱狂的なファンが襲ってくる』『炎上してそのあと人気になる』と言うものだ。このうち、熱狂的なファンの事件についてはニュースにも取り上げられており、調べることができた。襲ったファンの証言では直前にやりとりしていた相手から唆され、犯行に及んだというが、そのような人物の痕跡は見当たらなかったと言う。炎上の案件と合わせてネットの情報を操作できる人物が噛んでいる可能性がある。
 一方で、ライバル配信者の怪我や、先日鉄を狙って落とされた植木鉢のような物理的な攻撃もされている。占い師単独の犯行ではない可能性も考慮しながら、水森たちは周りを警戒していた。
『あ、始まるみたい』
 鉄の言葉のすぐ後に、店内は歓声に包まれた。Lilyが登場したのだ。
「みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
 陽気な声で挨拶しながら、一同に手を振る様子は不安感を一切感じさせなかった。プロだな、と感心しながら、水森は参加者にドリンクをサーブする。臨時バイトの仕事もしていないと、この会場に留まれない。
 鉄に飲み物を渡すと、小声で話かけられる。
「あの赤い髪の男も臨時?」
「そうっス」 
 このカフェは、元々大人数に対応するようには作られていない。それを、大きめのテーブルを取り払って、人数が入れるようにレイアウトを変えていた。そのため、足りなくなった人手は臨時バイトという形で雇われていた。赤髪の男は、裏で簡単なオペレーションを説明されたときにも一緒にいた。
『何か、気になることでもあったか?』
 二人の会話はイヤホンと小型マイクで外にいる穂村にも共有される。
「あの男、なんか変なもの持ってる。腹のところで、金属がかちゃかちゃする音がする」
 水森は、男の腹部を盗み見る。このカフェは制服などなくエプロンだけ貸し出されるスタイルだ。ゆったりとしたエプロンに隠れて、何か隠し持っているかなんて見えなかった。
「あいつが占い師の仲間かはわかんないけど、注意しておいて」
「了解っス」
 二人が話している間にも、イベントは進行していく。今のところ、Lilyは笑顔を保っているし、観客にも怪しい動きはない。穂村や砂噛から連絡がないことを考えると、外部からの干渉も今のところはなさそうだ。イベントでトラブルが起こるという予言は、他の占いと比べて具体的であると感じられたものの、いざ備えるとなると、ひどく抽象的なものに思えた。
 赤髪の男がドリンクを配り終えイベントのスペースから出ていく。水森は追いかけるために、自分の担当分を手早く並べていった。
 イベント中は、店員は邪魔にならないように、調理スペースで待機することになっている。男に続いて、そちらに戻ろうと背を向けた時だった。
「課長!」
 鉄の叫ぶ声と同時に、銃声がした。


 カフェの中は騒然としていた。銃声と共に、Lilyの上にあった照明が落ちたのだ。散乱するガラスの破片と、照明を支える骨組みによってへこむ床が事の重大さを物語っていた。
 照明の傍らには、Lilyを抱えた穂村が立っている。MESを起動しているので、鉄の発言を受けて認識阻害をしながら中に入っていたようだ。
「待てよ!お前だろ、リリたん狙ったの!」
 鉄が赤髪の男を取り付くように抑えている。男は焦ったような顔で鉄を振り払った。
「言いがかりはよせ!オレは銃なんて持ってない!」
 嘘だな。水森もMESを起動して男に近づくと、エプロンの下の機械を抜き取った。
「なっ……!お前いつの間に」
「これが、銃?」
 水森が手に取ったのは、懐中電灯のような見た目の機械だった。銃だとすると引き金がどこかも分からない。
「外星の銃じゃねぇか。物騒なもん持ってんな」
「ドラ男!」
 カフェの入り口から入って来た砂噛が、水森の手元に鋭い視線を向けている。物騒な物という言葉に、水森が機械を握る手に力が入った。
「あれ、占い師のおねーさんじゃん」
「外から店の様子伺ってたから、捕まえて来た」
 砂噛は占い師の女性の腕をがっちりと拘束していた。女の様子は大人しく暗い目で赤髪の男を見つめていた。
「ほら、お前も観念しろし」
 鉄が、赤髪の男に再び近づく。入り口に砂噛が居て、武器を水森に取られたこの状況では、男も逃げられないだろう。
 だが、男は鉄に襲いかかって来た。人質にでもするつもりだったのか。あるいは、逃げられないと悟って逆上したのか。いずれにしても、その目論見は失敗に終わった。
「お前にはたくさん聞きたいことがある。大人しくしろ」
 鉄の目の前で、穂村が男を取り押さえた。床に押し付けられた男は、自分よりも小柄な女性に鎮圧されたことに、驚きの表情を浮かべている。
 あっけない幕切れだった。
 

 
 カフェの裏の更衣室で、Lilyは青ざめた表情で座っていた。落ち着くまで一緒に居てやれ、と穂村に指示された水森と鉄は、気まずい雰囲気の中、黙って彼女と向かい合っていた。
 穂村が取り押さえた男と、砂噛が捕らえた占い師は二人によってCOSMOS本社に連れていかれた。明らかに外星の技術を使った銃の存在から、そのまま警察に突き出すのではなく一度こちらでの取り調べが必要と判断したようだ。参加者たちは、MESで記憶改竄を施した後帰らせている。
 呆然とした様子の彼女になんて声をかけて良いか分からず、水森は無言で水を差し出した。カフェの備品を勝手に使う形だが、これくらい許してほしい。
「ねぇ、今回のトラブルって、ニュースになるかな?」
 Lilyの問いかけに、水森は返答に詰まった。参加者の記憶からは銃が使われたことが消えている。事故として処理されるか、事件になるかは、今会社で行われている取り調べ次第だろう。公表できる内容であれば、事件になるし、銃が使われたとあれば話題にはなるだろう。だが、難しいかもしれない。外星の存在を示すような内容は、COSMOSが事故として処理してしまうだろう。
「ニュースになったら、先生が言ってたみたいに、私のファン増えるかな?」
 Lilyの目はどこか虚だった。目の前で裏切られたにも関わらず、占い師のことをいまだに先生と呼び、その予言に縋るさまは哀れですらあった。
「リリたんはさ、なんでファンが増えて欲しいの?」
 黙って聞いていた鉄が口を開いた。普段の明るい様子とは異なり、淡々とした問いかけだが、冷たい印象はない。むしろ、子供を諭す時のような優しい響きだった。
「なんでって……、登録者数が増えればその分仕事も増えるし、やれることも多くなるし」
 戸惑いながらも、Lilyは自分の気持ちを語り始める。鉄は否定も肯定もせず、頷きながら相槌をうっている。
「有名じゃない、ただの私が紹介しても誰も話聞いてくれないでしょ。数字が必要なの、それが私を支えてくれるの」
 先ほどのイベントや、妹が見ている動画から漏れ聞こえる陽気な声とは全く異なる、気弱な響き。Lilyは話ながら泣き始めていた。その背中を鉄は優しく撫でている。
「ウチね、リリたんの配信、好きだよ。それこそ、人気が出る前から」
 Lilyは疑わしげに眉を顰めている。慰めるための嘘ではないかと疑っているようだ。それに、ニカっと笑って鉄は返した。
「メイクの系統ウチと全然違うけど、似合うかどうかよりも、気に入ったものを使うっていうリリたんのスタンス、好きなんだ」
 鉄の言葉に嘘はないと、水森には分かる。目の前の彼女にもそれが伝わったらしく、徐々に眉を下げ、子供のような表情で、涙をただただ流している。
「ウチも、他のファンもさ、数字では1でしかないけど、リリたんのこと好きだよ。それだけじゃ、支えにならないかな?」
 Lilyは大きく首を横に振った。「ありがとう」というセリフだけはなんとか聞き取れたが、あとは泣きじゃくるばかりだ。
 落ち着くまでまだまだ時間がかかりそうだな、と水森は判断してそっと部屋をでた。カフェの店長にもう少し裏を貸して欲しいとお願いしなくてはならない。
 
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