占いと統計
占いとは、一種の統計学である。星占いも、手相も、それまでのデータの蓄積と人間観察を元にして、未来を読んでいる。統計で出てくるのが、「その確率が高い」「こういう傾向がある」と言う百パーセントの保証でないのと同様に、占いで出力される未来も、その方向に進みやすい、と言う指針でしかない。
要するに、絶対に当たる占いなんて、この世には存在しない。
かと言って、全くの嘘かというとそうでもなく、ある一定の確率で起こりやすいことを示している。その表現の仕方を個人の解釈に委ねるような抽象化を行うことで、神秘性の付与と不確実性への保険をかけていると言っていい。
もろもろを総合して、エンターテイメントとして仕上げている。人気が出るものには統計の確度が高いとか、世界観を含めた表現力が優れているとか、そう言った理由があるものだ。だから、占いの館的な場所の怪しい雰囲気、というのは理に適った物なのだ。
ここへくる前に、穂村から受けた説明を水森は思い返した。理に適っていると説明されたものの、この場所の胡散臭さはちょっと受け入れ難い。
明るさの足りない照明、どこかエキゾチックに感じるルームフレグランスの香り、紫色を基調にして配置された机と布の数々。この占い師は星占いが専門のはずだが、何に使うのか水晶が飾られている。
極め付けは埴輪である。二十センチほどの大きな埴輪が、壁に三体ほど並べられている。なんとなく神秘性があるから並べてみました、という感じで、この空間が表現したい世界観、と言うものをぼやけさせていた。
それでも、先ほどまでいた待合い室は若い女性で混み合っていたし、今日この日の予約を取るのもキャンセル待ちをしてようやく、と言った盛況ぶりだった。水森には、今自分の目の前に座る女性に何ら神秘性を感じることはできなかったが、ここに来る客にとっては別なのだろう。皆、不安げな目で順番を待っていた。
「それで、今日は何を占って欲しいんでしょう?」
女性の問いかけに、水森の隣に座った鉄がつまらなそうに答えた。
「ウチの、蒸発したクソ親父の行方とかって、イケる?」
およそ、占いにお願いするような内容ではなかった。
二人が占いの館に行く数日前。COSMOSの社内で水森は穂村と向き合っていた。
「百パーセント当たる占い?」
水森の言葉に、穂村は首肯した。いつもの会社のミーティングで、話題に出されたのはなんとも胡散臭い話だった。
「えー、やばっ!やってみたい!」
鉄はきらきらと目を輝かせている。オカルトは苦手なのに、占いは信じているらしい。テンションの高い先輩の隣で、水森は小さく手を挙げて質問した。
「前に会った、元アクチュアリーの人みたいな感じですか?」
穂村はまた頷くと、手元の資料を配り始めた。
「ロナのことですね。私たちもその可能性を疑っています。占いは統計ですから」
「本物だったら、うちにヘッドハンティングしたい人材ですね」
パラパラと資料に目を通しながら、砂噛が相槌を打つ。水森もそれに倣って資料を捲っていく。占いの館の所在地や、客層、占い師の情報に加えて、見覚えのある名前が目に入った。
「あれ、Lilyちゃんだ」
「え、水森もリリたん観てるん?」
水森の呟きに反応したのは鉄だった。口ぶりからして、彼女もLilyのことを知っているのだろう。水森は慌てて否定する。
「いや、オレじゃなくて、さくらが……妹が観てて」
「誰だよ、そのリリーって」
逆に砂噛は知らないようで、説明を求められる。資料には動画配信者としか書いていないので、補足するように水森は説明を始めた。
「えーっとLilyちゃんは、若い女の子に人気の配信者で。メイク動画とか悩み相談の配信を妹がたまに観てますね」
「リリたん、案件でも忖度しないでコスメの感想言ってくれるから、マジで参考になる」
鉄が水森の説明に被せてくる。愛称で呼んでいることもあり、ファンなんだなと言うことが伝わってくる熱弁ぶりだ。
ふーん、と砂噛は興味なさそうに相槌を打っている。自分には分からない世界と理解を諦めているようだ。
次に口を開いたのは意外にも穂村だった。
「そして、うちの顧客でもあります」
「「え?」」
綺麗にハモって鉄と水森は驚きの表情を見せた。顧客、ということは、つまり。
「が、外星人配信者……?」
「そうなりますね」
穂村はあっさりと頷いた。いや、学生もいれば、漫画家もいるんだから、驚くべきことじゃないのかもしれないが。部下二人の驚きには意も介さず、穂村は話を進めていく。
「この、Lilyさんは例の占いに通っています」
「あ、確かに。ちょっと前の配信で占いの話してた」
鉄の言葉に、穂村が頷く。
「彼女の配信の影響もあってか、この占いは今客足を伸ばして行っています。一方で」
穂村はそこで言葉を区切った。場の空気が緊張したものに変わる。すぅっと目を細めた穂村の視線は、戦闘中のように鋭い。
「この顧客の周りでは妙な幸運が続いている」
ライバルのようなポジションの配信者が顔に怪我をして棚ぼたの形で案件が舞い込む。熱狂的なファンに襲いかかられるも、たまたま持っていた催涙スプレーのお陰で事なきを得る。小さな炎上をしたかと思ったら、むしろそれで注目を浴びて、チャンネル登録者が飛躍的に伸びる。
それらは全て、占いで予言された事だと言う。
「占いで言われた言葉は、抽象的な部分はあれど全て彼女の身に起こったことを当てている。それもあって彼女はこの占い師に心酔している」
直近の保険の返金を待ってほしいと申し出があり、訳を問いただしたところ、占いに注ぎ込んでいることが分かったという。
話を聞いて、水森は違和感を覚えた。占いで、そんな細かい未来まで観れるのなら、危機一髪の状況を作るよりも、もっと手前で回避させるべきではないか。
「えっと、じゃあ今回のオレたちの仕事って……?」
「この占いの真偽の見極めだ」
穂村の言葉に、合点がいった。会社としては、能力が本物なら有用な人材だが、偽物の場合は顧客を騙す害でしかない。
「予言か、詐欺か、統計か。見極めようじゃないか」
課長からの言葉に、三人は重々しく頷いた。
そうして今に至る。嘘をかぎ分ける水森と、館に細工がないかを感じ取れる鉄が調査担当として乗り込んでいた。
正直、部屋の埴輪を見た時点で、詐欺でいいんじゃないかと水森は思った。埴輪のぽっかりと空いた目が、こちらを見張っているようで気分が悪かった。待合い室ではうきうきと機嫌良さげだった鉄も、不機嫌な顔をしている。期待外れだったのだろう。
気怠げに問いかけられた、なかなかに重い鉄の問いに、占い師の女は少し目を見開いた。
「正確な位置情報は、無理ですね。それは、占い師ではなく警察の仕事です」
女は紫のベールを被り、口元も同系色の布で覆っていたので、年齢は分からなかった。布越しのくぐもった声だが、想像していたよりは高く響いたそれに若さを感じた。
「私が読み解けるのは、星の導きだけです。具体的な未来ではなく、進むべき方向性、避けるべき危機、そう言ったものをお伝えしています」
今のところ彼女の言葉に嘘はない。変に万能感を出さずにできることのみを伝えてくる所には、むしろ誠実さを感じた。水森は、目線だけで鉄に合図した。もう少し、会話を続けてほしい。
「えーっと、じゃあ、親父を見つける、を目標にして。さっき言ってた、導きだっけ、教えてくれる?」
「分かりました」
女は、手元の紙に目を通している。待合いで書いた、生年月日や家族構成といったこちらの基本情報だ。水森も記入している。
「あなたの星周りは、今年、大きな転機を迎えます」
「追い求めていたものに、思いがけない形で辿り着きます」
「一人では難しいかもしれません」
「勇気を持って、飛び込むことも時には必要です」
ぽつりぽつりと語られる内容は、どれも抽象的だ。今のところ嘘はないが、これは内容の真偽というより、「星の配置を統計的に見ると、こうだよ」とただ解説を受けているようなものだ。
「ふーん、がんばれば見つかるかもって感じか」
鉄が相槌を打つ。「そうですね」と首肯する占い師に、剣呑な目を向ける。
「リリたんおすすめの占い師さんだから、期待してたんだけどなー」
「期待はずれでした?」
「うん、もっとバシッと予言されると思ってた」
ずばずばと言う鉄に、水森は内心冷や汗をかいた。今のところ彼女はグレーであり、ただの善良な占い師の可能性もある。その場合、こちらが嫌なクレーマーだ。
煽られる形となった占い師は、案の定目を吊り上げてこちらを見ている。
「そうですか、では一つだけ」
それまでは淡々と話していた占い師だが、やや語気が荒くなる。
「小さな災いが、近いうちに降ってきます。怪我しないようにせいぜい気をつけて」
先ほどよりはやや具体的な話をされる。予知、というには情報が少なく、まさに予言と言った形だ。不快なことを言われたこともあり、鉄は苛立ちを隠さずに言い返した。
「親父のことじゃないじゃん」
「予言は、内容を選べませんから」
女はくすくすと笑う。
嘘だな、と水森は気がついた。予言の言葉には感じなかったが、「内容を選べない」という点で一気に臭いが立ち込めた。
水森が顔をしかめたのを見て、鉄も気がついたようだ。もう用はないと判断したのか「気分悪っ、帰ろ」と立ち上がった。
「避けられるといいですね。道の真ん中でも歩くといいですよ」
嘲るような女の言葉を背に、鉄はさっさとドアに向かっている。それを追いかけるように、立ち上がった水森にも、女が話しかけてきた。
「そちらの彼。恋愛で悩んでいるようですね。近いうちに悩みは解決に向かいますよ。望まない形でですが」
急にそこそこ嫌なことを言われた。流れ弾の形だ。勘弁してくれよ、と水森は思った。身に覚えがある上に、嘘の臭いがなかった。
占いの館を出ると、鉄は普段よりもゆっくりと歩き出した。おや、と思ったが水森も歩調を合わせて歩く。
「水森さー、ドラ男とのことなんか悩んでんの?」
「さっきの話っスか?いや、大した話じゃなくて……」
鉄の問いかけに、水森はごにょごにょと言葉を濁す。鉄は、自分と砂噛が交際していることを知っている数少ない人間の一人だ。それもあって、よく愚痴とも惚気ともつかない話をしているが、今回のことは話したくない。
「つーか、鉄先輩、なんであんなに機嫌悪かったんスか?」
話題をそらしながら、水森は気になっていたことを口にした。鉄はつまらなそうに口を尖らせた。
「ハニワいたじゃん」
「はぁ、いましたね」
やはり、怪しい埴輪が気に食わなかったのだろうか。自分も感じた不満なので、共感していると鉄は予想外のことを言った。
「あん中から、機械音がした。多分、カメラとマイク。あと、あのおねーさんの耳にもイヤホンついてる」
「え!?」
あの時埴輪から感じた視線は、勘違いではなかったようだ。話しながら、鉄は人通りの少ない道へと入っていく。帰路から外れることに疑問を覚えたが、水森はそのまま着いて行った。
「水森も、嘘、感じたっしょ?」
「部分的にですが、はい」
「楽しみだったのに、ケチついたなー」
あーあ、と鉄は残念そうだ。カメラとマイクということは、客の様子を観察していたということになる。イヤホンは、誰か指示役がいるということだろうか。だが、と水森は首を捻った。
「でも、最初の方の星占いは、嘘なかったっスよ」
「そこは、本当に統計とかじゃね。どうとでも取れること言ってたし」
善良な一般市民ではないことは確かだが、まだ全容はつかめない。水森は改めて、嘘とそうでない部分の会話を思い返した。考え事をしながら、道の端を歩いていると、急に横から腕を引かれた。鉄が引っ張ったのだ。
一拍遅れて、先程まで水森が居た位置に、植木鉢が落ちてくる。当たっていたら、確実に怪我をするサイズだ。
青ざめる水森に、鉄は暗い目で呟いた。
「ほらね、あの館、真っ黒っしょ」
要するに、絶対に当たる占いなんて、この世には存在しない。
かと言って、全くの嘘かというとそうでもなく、ある一定の確率で起こりやすいことを示している。その表現の仕方を個人の解釈に委ねるような抽象化を行うことで、神秘性の付与と不確実性への保険をかけていると言っていい。
もろもろを総合して、エンターテイメントとして仕上げている。人気が出るものには統計の確度が高いとか、世界観を含めた表現力が優れているとか、そう言った理由があるものだ。だから、占いの館的な場所の怪しい雰囲気、というのは理に適った物なのだ。
ここへくる前に、穂村から受けた説明を水森は思い返した。理に適っていると説明されたものの、この場所の胡散臭さはちょっと受け入れ難い。
明るさの足りない照明、どこかエキゾチックに感じるルームフレグランスの香り、紫色を基調にして配置された机と布の数々。この占い師は星占いが専門のはずだが、何に使うのか水晶が飾られている。
極め付けは埴輪である。二十センチほどの大きな埴輪が、壁に三体ほど並べられている。なんとなく神秘性があるから並べてみました、という感じで、この空間が表現したい世界観、と言うものをぼやけさせていた。
それでも、先ほどまでいた待合い室は若い女性で混み合っていたし、今日この日の予約を取るのもキャンセル待ちをしてようやく、と言った盛況ぶりだった。水森には、今自分の目の前に座る女性に何ら神秘性を感じることはできなかったが、ここに来る客にとっては別なのだろう。皆、不安げな目で順番を待っていた。
「それで、今日は何を占って欲しいんでしょう?」
女性の問いかけに、水森の隣に座った鉄がつまらなそうに答えた。
「ウチの、蒸発したクソ親父の行方とかって、イケる?」
およそ、占いにお願いするような内容ではなかった。
二人が占いの館に行く数日前。COSMOSの社内で水森は穂村と向き合っていた。
「百パーセント当たる占い?」
水森の言葉に、穂村は首肯した。いつもの会社のミーティングで、話題に出されたのはなんとも胡散臭い話だった。
「えー、やばっ!やってみたい!」
鉄はきらきらと目を輝かせている。オカルトは苦手なのに、占いは信じているらしい。テンションの高い先輩の隣で、水森は小さく手を挙げて質問した。
「前に会った、元アクチュアリーの人みたいな感じですか?」
穂村はまた頷くと、手元の資料を配り始めた。
「ロナのことですね。私たちもその可能性を疑っています。占いは統計ですから」
「本物だったら、うちにヘッドハンティングしたい人材ですね」
パラパラと資料に目を通しながら、砂噛が相槌を打つ。水森もそれに倣って資料を捲っていく。占いの館の所在地や、客層、占い師の情報に加えて、見覚えのある名前が目に入った。
「あれ、Lilyちゃんだ」
「え、水森もリリたん観てるん?」
水森の呟きに反応したのは鉄だった。口ぶりからして、彼女もLilyのことを知っているのだろう。水森は慌てて否定する。
「いや、オレじゃなくて、さくらが……妹が観てて」
「誰だよ、そのリリーって」
逆に砂噛は知らないようで、説明を求められる。資料には動画配信者としか書いていないので、補足するように水森は説明を始めた。
「えーっとLilyちゃんは、若い女の子に人気の配信者で。メイク動画とか悩み相談の配信を妹がたまに観てますね」
「リリたん、案件でも忖度しないでコスメの感想言ってくれるから、マジで参考になる」
鉄が水森の説明に被せてくる。愛称で呼んでいることもあり、ファンなんだなと言うことが伝わってくる熱弁ぶりだ。
ふーん、と砂噛は興味なさそうに相槌を打っている。自分には分からない世界と理解を諦めているようだ。
次に口を開いたのは意外にも穂村だった。
「そして、うちの顧客でもあります」
「「え?」」
綺麗にハモって鉄と水森は驚きの表情を見せた。顧客、ということは、つまり。
「が、外星人配信者……?」
「そうなりますね」
穂村はあっさりと頷いた。いや、学生もいれば、漫画家もいるんだから、驚くべきことじゃないのかもしれないが。部下二人の驚きには意も介さず、穂村は話を進めていく。
「この、Lilyさんは例の占いに通っています」
「あ、確かに。ちょっと前の配信で占いの話してた」
鉄の言葉に、穂村が頷く。
「彼女の配信の影響もあってか、この占いは今客足を伸ばして行っています。一方で」
穂村はそこで言葉を区切った。場の空気が緊張したものに変わる。すぅっと目を細めた穂村の視線は、戦闘中のように鋭い。
「この顧客の周りでは妙な幸運が続いている」
ライバルのようなポジションの配信者が顔に怪我をして棚ぼたの形で案件が舞い込む。熱狂的なファンに襲いかかられるも、たまたま持っていた催涙スプレーのお陰で事なきを得る。小さな炎上をしたかと思ったら、むしろそれで注目を浴びて、チャンネル登録者が飛躍的に伸びる。
それらは全て、占いで予言された事だと言う。
「占いで言われた言葉は、抽象的な部分はあれど全て彼女の身に起こったことを当てている。それもあって彼女はこの占い師に心酔している」
直近の保険の返金を待ってほしいと申し出があり、訳を問いただしたところ、占いに注ぎ込んでいることが分かったという。
話を聞いて、水森は違和感を覚えた。占いで、そんな細かい未来まで観れるのなら、危機一髪の状況を作るよりも、もっと手前で回避させるべきではないか。
「えっと、じゃあ今回のオレたちの仕事って……?」
「この占いの真偽の見極めだ」
穂村の言葉に、合点がいった。会社としては、能力が本物なら有用な人材だが、偽物の場合は顧客を騙す害でしかない。
「予言か、詐欺か、統計か。見極めようじゃないか」
課長からの言葉に、三人は重々しく頷いた。
そうして今に至る。嘘をかぎ分ける水森と、館に細工がないかを感じ取れる鉄が調査担当として乗り込んでいた。
正直、部屋の埴輪を見た時点で、詐欺でいいんじゃないかと水森は思った。埴輪のぽっかりと空いた目が、こちらを見張っているようで気分が悪かった。待合い室ではうきうきと機嫌良さげだった鉄も、不機嫌な顔をしている。期待外れだったのだろう。
気怠げに問いかけられた、なかなかに重い鉄の問いに、占い師の女は少し目を見開いた。
「正確な位置情報は、無理ですね。それは、占い師ではなく警察の仕事です」
女は紫のベールを被り、口元も同系色の布で覆っていたので、年齢は分からなかった。布越しのくぐもった声だが、想像していたよりは高く響いたそれに若さを感じた。
「私が読み解けるのは、星の導きだけです。具体的な未来ではなく、進むべき方向性、避けるべき危機、そう言ったものをお伝えしています」
今のところ彼女の言葉に嘘はない。変に万能感を出さずにできることのみを伝えてくる所には、むしろ誠実さを感じた。水森は、目線だけで鉄に合図した。もう少し、会話を続けてほしい。
「えーっと、じゃあ、親父を見つける、を目標にして。さっき言ってた、導きだっけ、教えてくれる?」
「分かりました」
女は、手元の紙に目を通している。待合いで書いた、生年月日や家族構成といったこちらの基本情報だ。水森も記入している。
「あなたの星周りは、今年、大きな転機を迎えます」
「追い求めていたものに、思いがけない形で辿り着きます」
「一人では難しいかもしれません」
「勇気を持って、飛び込むことも時には必要です」
ぽつりぽつりと語られる内容は、どれも抽象的だ。今のところ嘘はないが、これは内容の真偽というより、「星の配置を統計的に見ると、こうだよ」とただ解説を受けているようなものだ。
「ふーん、がんばれば見つかるかもって感じか」
鉄が相槌を打つ。「そうですね」と首肯する占い師に、剣呑な目を向ける。
「リリたんおすすめの占い師さんだから、期待してたんだけどなー」
「期待はずれでした?」
「うん、もっとバシッと予言されると思ってた」
ずばずばと言う鉄に、水森は内心冷や汗をかいた。今のところ彼女はグレーであり、ただの善良な占い師の可能性もある。その場合、こちらが嫌なクレーマーだ。
煽られる形となった占い師は、案の定目を吊り上げてこちらを見ている。
「そうですか、では一つだけ」
それまでは淡々と話していた占い師だが、やや語気が荒くなる。
「小さな災いが、近いうちに降ってきます。怪我しないようにせいぜい気をつけて」
先ほどよりはやや具体的な話をされる。予知、というには情報が少なく、まさに予言と言った形だ。不快なことを言われたこともあり、鉄は苛立ちを隠さずに言い返した。
「親父のことじゃないじゃん」
「予言は、内容を選べませんから」
女はくすくすと笑う。
嘘だな、と水森は気がついた。予言の言葉には感じなかったが、「内容を選べない」という点で一気に臭いが立ち込めた。
水森が顔をしかめたのを見て、鉄も気がついたようだ。もう用はないと判断したのか「気分悪っ、帰ろ」と立ち上がった。
「避けられるといいですね。道の真ん中でも歩くといいですよ」
嘲るような女の言葉を背に、鉄はさっさとドアに向かっている。それを追いかけるように、立ち上がった水森にも、女が話しかけてきた。
「そちらの彼。恋愛で悩んでいるようですね。近いうちに悩みは解決に向かいますよ。望まない形でですが」
急にそこそこ嫌なことを言われた。流れ弾の形だ。勘弁してくれよ、と水森は思った。身に覚えがある上に、嘘の臭いがなかった。
占いの館を出ると、鉄は普段よりもゆっくりと歩き出した。おや、と思ったが水森も歩調を合わせて歩く。
「水森さー、ドラ男とのことなんか悩んでんの?」
「さっきの話っスか?いや、大した話じゃなくて……」
鉄の問いかけに、水森はごにょごにょと言葉を濁す。鉄は、自分と砂噛が交際していることを知っている数少ない人間の一人だ。それもあって、よく愚痴とも惚気ともつかない話をしているが、今回のことは話したくない。
「つーか、鉄先輩、なんであんなに機嫌悪かったんスか?」
話題をそらしながら、水森は気になっていたことを口にした。鉄はつまらなそうに口を尖らせた。
「ハニワいたじゃん」
「はぁ、いましたね」
やはり、怪しい埴輪が気に食わなかったのだろうか。自分も感じた不満なので、共感していると鉄は予想外のことを言った。
「あん中から、機械音がした。多分、カメラとマイク。あと、あのおねーさんの耳にもイヤホンついてる」
「え!?」
あの時埴輪から感じた視線は、勘違いではなかったようだ。話しながら、鉄は人通りの少ない道へと入っていく。帰路から外れることに疑問を覚えたが、水森はそのまま着いて行った。
「水森も、嘘、感じたっしょ?」
「部分的にですが、はい」
「楽しみだったのに、ケチついたなー」
あーあ、と鉄は残念そうだ。カメラとマイクということは、客の様子を観察していたということになる。イヤホンは、誰か指示役がいるということだろうか。だが、と水森は首を捻った。
「でも、最初の方の星占いは、嘘なかったっスよ」
「そこは、本当に統計とかじゃね。どうとでも取れること言ってたし」
善良な一般市民ではないことは確かだが、まだ全容はつかめない。水森は改めて、嘘とそうでない部分の会話を思い返した。考え事をしながら、道の端を歩いていると、急に横から腕を引かれた。鉄が引っ張ったのだ。
一拍遅れて、先程まで水森が居た位置に、植木鉢が落ちてくる。当たっていたら、確実に怪我をするサイズだ。
青ざめる水森に、鉄は暗い目で呟いた。
「ほらね、あの館、真っ黒っしょ」
