神様も暇じゃない
それからきっちり二時間後、二人はコーヒーチェーン店で再度向き合っていた。さすがに先ほどとは別の店だし、飲んでいる物も違う。
少し湿った髪が気になるのか、くるくると指でいじりながら、水森はぽつりと呟いた。
「……できましたね」
「そうだな」
水森の言葉に、砂噛は複雑な気持ちになった。
先ほどまで組み敷いていた恋人はとても愛らしく、こちらの欲情を誘うものだったのに、今は色気が全くない。だが、その気持ちもわかる。ようやくできたという妙な達成感は、砂噛も感じていた。
「どの神頼みが効いたんだろ」
「いいかげんその考えから離れてくれよ」
「えー?」
楽しげに笑う恋人は、どうやら本気ではないようだ。
「で、どうだった?」
「どうって……」
水森は性行為自体初めてだと言っていた。痛いところはないか、無理させていないか。そうやって、相手を気遣っての質問をしたつもりだったのだが。
「き、気持ち良かったっスけど。……何言わすんですか」
変態、とでも言いたげな目線を向けられて、砂噛はイラっとした。このエロガキ、人の気遣いをなんだと思ってやがる。
「ちげぇよ、痛いとこないか聞いてんだよ」
「ああ、そういう……」
水森は、体を捩ったり、力を入れたりと、調子を確かめている。
「ちょっと痛いけど、大丈夫っス」
そう言う水森の顔は晴れやかだ。よほど思い詰めていたのだと改めて思い知らされた。
しまりなく緩んだ笑顔に誘われて、つい伸ばしそうになった手を引っ込める。頭を撫でてやりたいし、なんならキスもしたい。さっきまで好きなだけできたのに、また触れたくなるのは、関係が深まったからだろうか。
できて良かった。砂噛は静かに息を吐いた。
「しっかし、なんでできたんスかね?」
先ほどとは違いコーヒーをブラックで啜りながら、水森は宙を見つめている。
「なんだよ、できないほうが良かったのか?」
嫌味な物言いになったのは自覚しているが、このくらいのことは許して欲しい。セックスできるか否かで別れ話になりかけたのだ。動揺したし、怒りも感じていた。
「いや、できて良かったっスけど」
でも、と水森は言い募る。
「なんでうまくいったかわからないと、。次また失敗したくないじゃないっスか」
「あのなぁ、失敗失敗言うけど、男女だろうが、同じ星のやつだろうが、やろうとしてできない、なんてこと普通にあるからな」
「……ふーん」
あ、まずい受け答えだったな、と砂噛は表に出さずに後悔した。次失敗しても、間違いだとか、別れるべきとか言わせないように言った言葉だったが、水森はみるみる不機嫌になっていく。過去の経験からの言葉だと察知したらしく、妬いているのか、拗ねているのか。いずれにしても話を逸らしたくて、砂噛は早口で捲し立てた。
「あー、あれだ。今回うまくいったのは、失敗要因取り除いたからだろ」
最初と二回目の失敗は場所の選択が悪かった。だから砂噛は今回もラブホを選んだ。外観が割としっかりした、壁が厚そうな所を。
入った後に、まず水森にさせたのはスマホの電源を切ることだ。三回目と四回目はこれで失敗している。今日は休日だし、先ほどまで仕事をしていたのだから、二時間くらい連絡が取れなくても責められないだろう。自分の分もしっかりとオフにした。
今日の午前中の出来事に関して言えば、対策のしようがないのだが、そう何度も起こらないだろうと踏んでいた。
「積み重ねていけば、いずれは成功するんだよ」
仕事中には言わない先輩めいたことを、今言ってどうする、と思いつつ砂噛はそう締め括った。懇切丁寧にセックスのための対策を説明させられるのは羞恥でしかなかったし、やったことは大したことではないのだが、水森は真剣な顔をして聞いていた。
そうして、一つ頷くと、キラキラした目で砂噛を見つめてきた。
「なるほど、PDCAサイクルってやつっスね!研修で習いました」
どやっ!とピースを見せてくる水森に砂噛は頭を抱えた。確かに、失敗の原因追及をして、次に活かす、という流れは水森の言う通りそのサイクルに当てはまる。だが、セックスに至るまでのあれこれに応用されるなんて、研修講師も思わなかっただろう。
普段は感じない尊敬の眼差しを向けられて、嬉しいような、悲しいような気持ちになる。仕事で尊敬してくれよ、と思わないでもないが、恋人として向けられる視線も悪くはない。
「つーか、すっごく体力使った……」
明日筋肉痛になるかも、と水森は肩を回している。慣れてないとそうなるよな、と言いかけて砂噛は口をつぐんだ。そんなこと言ったらさきほどの二の舞だ。
「あと、めちゃくちゃ腹減ったっス」
「そういや昼飯食べてないな」
昼前から由梨の騒動に巻き込まれて、お互いに食事を忘れていた。性欲が満たされたら食欲が思い出されて、なんだか自分がとても即物的に思えるが、本能なのだから仕方がない。
「先輩、なんか食べいきましょうよ」
「いや、お前もう帰れよ」
「え、やったら用済み?」
人聞きの悪い。砂噛は向かいに座る恋人の頭を軽く叩いた。
「ちげぇよ。あんまり遅いと親が心配するだろ」
水森は、痛い所をつかれた、という顔をしている。そうして、負け惜しみのように、ぼそぼそと文句を言ってくる。
「まだ一緒にいたいのに」
ずるい言い方だな、と思った。同じ気持ちではあるが、だからといって先ほどの言葉を撤回することはできない。
「あのなぁ、あんまり連れ回していると、オレの印象悪いだろ」
すぐにどうこうということはない。ただ、いつかの未来、水森の家族にきちんとこの関係を話さなくてはならない。そう砂噛は考えている。そのとき、少しでもいい人、として認識されたかった。
筋を通す、と言えば聞こえはいいが、外堀を埋め、万が一にも水森が逃げられないようにしたかった。今回のように、ふとしたことで別れ話になってはたまらない。
そんな砂噛の考えを、どこまで理解できたのかはわからない。ただ、水森はようやく納得したようで、黙って頷いた。
「じゃあ、今日は帰りますけど」
砂噛の手に、水森のそれが重ねられる。そっと優しい手つきで、二時間前の自分とは大違いだった。
「次は、いつ?」
じっとこちらを見つめる目に焦燥はない。そこにあるのは欲だけだ。
エロガキ。学生は性欲盛んだな。ちょっと落ち着け。
静止するための言葉が砂噛の頭の中でいくつも駆け巡った。しかし、結局彼が口にしたのは、全く別の言葉だった。
「……明日とか」
にんまりと笑う恋人に、なぜだか負けたような気分になる。けれど、仕方ない。本能なのだから。
少し湿った髪が気になるのか、くるくると指でいじりながら、水森はぽつりと呟いた。
「……できましたね」
「そうだな」
水森の言葉に、砂噛は複雑な気持ちになった。
先ほどまで組み敷いていた恋人はとても愛らしく、こちらの欲情を誘うものだったのに、今は色気が全くない。だが、その気持ちもわかる。ようやくできたという妙な達成感は、砂噛も感じていた。
「どの神頼みが効いたんだろ」
「いいかげんその考えから離れてくれよ」
「えー?」
楽しげに笑う恋人は、どうやら本気ではないようだ。
「で、どうだった?」
「どうって……」
水森は性行為自体初めてだと言っていた。痛いところはないか、無理させていないか。そうやって、相手を気遣っての質問をしたつもりだったのだが。
「き、気持ち良かったっスけど。……何言わすんですか」
変態、とでも言いたげな目線を向けられて、砂噛はイラっとした。このエロガキ、人の気遣いをなんだと思ってやがる。
「ちげぇよ、痛いとこないか聞いてんだよ」
「ああ、そういう……」
水森は、体を捩ったり、力を入れたりと、調子を確かめている。
「ちょっと痛いけど、大丈夫っス」
そう言う水森の顔は晴れやかだ。よほど思い詰めていたのだと改めて思い知らされた。
しまりなく緩んだ笑顔に誘われて、つい伸ばしそうになった手を引っ込める。頭を撫でてやりたいし、なんならキスもしたい。さっきまで好きなだけできたのに、また触れたくなるのは、関係が深まったからだろうか。
できて良かった。砂噛は静かに息を吐いた。
「しっかし、なんでできたんスかね?」
先ほどとは違いコーヒーをブラックで啜りながら、水森は宙を見つめている。
「なんだよ、できないほうが良かったのか?」
嫌味な物言いになったのは自覚しているが、このくらいのことは許して欲しい。セックスできるか否かで別れ話になりかけたのだ。動揺したし、怒りも感じていた。
「いや、できて良かったっスけど」
でも、と水森は言い募る。
「なんでうまくいったかわからないと、。次また失敗したくないじゃないっスか」
「あのなぁ、失敗失敗言うけど、男女だろうが、同じ星のやつだろうが、やろうとしてできない、なんてこと普通にあるからな」
「……ふーん」
あ、まずい受け答えだったな、と砂噛は表に出さずに後悔した。次失敗しても、間違いだとか、別れるべきとか言わせないように言った言葉だったが、水森はみるみる不機嫌になっていく。過去の経験からの言葉だと察知したらしく、妬いているのか、拗ねているのか。いずれにしても話を逸らしたくて、砂噛は早口で捲し立てた。
「あー、あれだ。今回うまくいったのは、失敗要因取り除いたからだろ」
最初と二回目の失敗は場所の選択が悪かった。だから砂噛は今回もラブホを選んだ。外観が割としっかりした、壁が厚そうな所を。
入った後に、まず水森にさせたのはスマホの電源を切ることだ。三回目と四回目はこれで失敗している。今日は休日だし、先ほどまで仕事をしていたのだから、二時間くらい連絡が取れなくても責められないだろう。自分の分もしっかりとオフにした。
今日の午前中の出来事に関して言えば、対策のしようがないのだが、そう何度も起こらないだろうと踏んでいた。
「積み重ねていけば、いずれは成功するんだよ」
仕事中には言わない先輩めいたことを、今言ってどうする、と思いつつ砂噛はそう締め括った。懇切丁寧にセックスのための対策を説明させられるのは羞恥でしかなかったし、やったことは大したことではないのだが、水森は真剣な顔をして聞いていた。
そうして、一つ頷くと、キラキラした目で砂噛を見つめてきた。
「なるほど、PDCAサイクルってやつっスね!研修で習いました」
どやっ!とピースを見せてくる水森に砂噛は頭を抱えた。確かに、失敗の原因追及をして、次に活かす、という流れは水森の言う通りそのサイクルに当てはまる。だが、セックスに至るまでのあれこれに応用されるなんて、研修講師も思わなかっただろう。
普段は感じない尊敬の眼差しを向けられて、嬉しいような、悲しいような気持ちになる。仕事で尊敬してくれよ、と思わないでもないが、恋人として向けられる視線も悪くはない。
「つーか、すっごく体力使った……」
明日筋肉痛になるかも、と水森は肩を回している。慣れてないとそうなるよな、と言いかけて砂噛は口をつぐんだ。そんなこと言ったらさきほどの二の舞だ。
「あと、めちゃくちゃ腹減ったっス」
「そういや昼飯食べてないな」
昼前から由梨の騒動に巻き込まれて、お互いに食事を忘れていた。性欲が満たされたら食欲が思い出されて、なんだか自分がとても即物的に思えるが、本能なのだから仕方がない。
「先輩、なんか食べいきましょうよ」
「いや、お前もう帰れよ」
「え、やったら用済み?」
人聞きの悪い。砂噛は向かいに座る恋人の頭を軽く叩いた。
「ちげぇよ。あんまり遅いと親が心配するだろ」
水森は、痛い所をつかれた、という顔をしている。そうして、負け惜しみのように、ぼそぼそと文句を言ってくる。
「まだ一緒にいたいのに」
ずるい言い方だな、と思った。同じ気持ちではあるが、だからといって先ほどの言葉を撤回することはできない。
「あのなぁ、あんまり連れ回していると、オレの印象悪いだろ」
すぐにどうこうということはない。ただ、いつかの未来、水森の家族にきちんとこの関係を話さなくてはならない。そう砂噛は考えている。そのとき、少しでもいい人、として認識されたかった。
筋を通す、と言えば聞こえはいいが、外堀を埋め、万が一にも水森が逃げられないようにしたかった。今回のように、ふとしたことで別れ話になってはたまらない。
そんな砂噛の考えを、どこまで理解できたのかはわからない。ただ、水森はようやく納得したようで、黙って頷いた。
「じゃあ、今日は帰りますけど」
砂噛の手に、水森のそれが重ねられる。そっと優しい手つきで、二時間前の自分とは大違いだった。
「次は、いつ?」
じっとこちらを見つめる目に焦燥はない。そこにあるのは欲だけだ。
エロガキ。学生は性欲盛んだな。ちょっと落ち着け。
静止するための言葉が砂噛の頭の中でいくつも駆け巡った。しかし、結局彼が口にしたのは、全く別の言葉だった。
「……明日とか」
にんまりと笑う恋人に、なぜだか負けたような気分になる。けれど、仕方ない。本能なのだから。
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