神様も暇じゃない
「疲れましたね……」
そう言うと、水森は太めのストローを咥えて、クリームまみれの飲み物を飲んでいる。砂噛もコーヒーに砂糖とミルクを普段入れない量投入した。あまりにも疲れたので、今は甘いものが欲しい。
会社から近いコーヒーチェーン店。そこで二人は向かい合って座っていた。
由梨の保護から報告まで、かなりのスピードで済ませたが、二人が解放されたのは夕方近かった。
由梨を攫ったのは、以前二人が取り押さえた元婚約者の男だった。あの一件で、自身の星での立場も危ういものになったとのことで、逆恨みをしての犯行だったらしい。地球に来て、護衛を撒いて観光していた由梨を拉致したという。
会社に連れ戻るタクシーの車中、由梨は水森にべったりだった。「怖かった」「嬉しい」「水森さんが王子様に見えた」。そんなことをしきりに話していた。誘拐された恐怖も相まって、少し混乱した様子だったので、水森の方も背中を撫でたり、優しい声音で話したり、と甲斐甲斐しく世話をしている。
砂噛としては複雑な気分だった。恋人を取られた上に、二人の世界を形成されている。自分は助手席、水森と由梨は後部座席に並んでいるので、ちらちらとしか様子は伺えないが、いちゃついているカップルに見えなくもない。だが、誘拐の被害者に嫉妬して水森を取り上げるというのは大人気ない話だ。そうやって、ぐっと我慢していた。
「……ところで、水森さんと砂噛さんは、なんで二人でいたんですか?」
「え?えーと……」
水森が返答に詰まっている。今日は休日、二人の姿は私服である。由梨からしてみればただの同僚でしかない二人が一緒にいるのは不思議なのだろう。入ろうとしていたラブホが、一見して分からないタイプのもので良かった、と今更ながら砂噛は冷や汗をかいた。
「お、お花見?あの近くの神社、桜がきれいで」
「へー……お二人って意外と仲良いんですね」
由梨の率直な感想に、「セックスしようとするくらいには仲が良い」と言ってやりたかった。だが、そんなこと言えない。一回り以上歳下の子供に、こんなに嫉妬している自分が滑稽だった。
そんな砂噛の嫉妬も、会社に着いた時点で霧散した。会社の前で待っていた父親の姿を見ると、由梨は水森から離れて一目散にそちらに向かって行った。
父親の胸に縋って泣く様子は、以前と変わらず年相応の子供に見えた。
「犯人たちは?」
由梨を撫でながらも、父親の目は怒りに染まっている。
「課長である穂村を呼んで、現場を任せて来ました。しかるべき機関に引き渡し予定です」
「そうか……二度目だな」
暗に地球側の対応を責められている。なぜ、犯罪者を再び渡航させたのかと言いたいのだろう。
「……相手は失脚したとはいえ王子です。取り入るために裏から手を回したものがいたとしてもおかしくありません」
「そんな輩が多いのか、この星は」
砂噛は舌打ちしたいのを我慢した。娘が誘拐され、冷静でないのは分かるが、怒りの矛先をこちらに向けるのはやめて欲しい。
「パパ、やめて!」
泣きじゃくっていた由梨が顔を上げた。
「二人は私を助けてくれたの!それなのに……そんな風に言わないで!」
「由梨……」
涙目の娘に睨みつけられ、男は困ったような表情をする。畳み掛けるように、それまで黙っていた水森も口を開いた。
「課長の話では、二度目なので実刑になるだろう、とのことです。犯人と裏で繋がっていた人間も、ちゃんと吐かせますよ」
オレ、そういうの得意なんで。そう言う水森の顔は、自信と怒りが透けて見えた。こういう時、頼りになるなと感じてしまう。まだまだ経験は浅いのに、しっかりと自分の使い所を理解している。
「だから、由梨ちゃんもまた遊びに来てね。……護衛は撒かないで欲しいけど」
わざとおどけた調子でそういう水森に、由梨は少し笑って頷いた。そんな娘の様子に絆されてか、男も非礼を詫び、改めて感謝の言葉が述べられた。
そうして、事件は一件落着といっていい終わりを迎えた。だが、彼らの仕事は、解決した!良かった!だけでは終われない。
局長室で報告をすると「記憶が新しいうちに、報告書書いちゃってよ」と軽い調子で仕事を振られてしまった。こちとら休日だぞ、と思ったが、局長も出社しているし、課長である穂村も犯人を連行して行っている。自分たちだけ休みに戻ります、なんて言えない雰囲気だ。
仕方なく、報告書を仕上げ、会社を出た時には空が赤くなり始めていた。
非常に疲れた。それ以上に気掛かりだったのが、歳下の恋人のことだった。防ぎようのない事態ではあったが、結果的に今回も失敗したことになる。
落ち込んでいるのではないか、これがきっかけで、今度は怪し気な壺を買いたいとか言い始めたらどうしよう。そんなことを考えながら、砂噛は水森の表情を伺った。
悲しげな顔をしているかと思いきや、恋人の顔は思いのほか平坦だった。砂噛の視線に気づいたのか、水森は諦めたように笑って見せた。
「もうこれ、神様が別れろっていってるんスかね」
砂噛は思わず、テーブルの上の後輩の手首を掴んだ。すぐに逃げるようなそぶりはなかったが、そうでもしないと水森がどこかに行ってしまいそうな気がした。
「なんでだよ。ちょっと間が悪いだけだろ」
「こんなに何回も?」
水森は真っ向からこちらを見据えている。睨みつけるような視線の鋭さに少し怯むと、相手は言葉を重ねてきた。
「間違いだって、言われてるのかもしれません」
「何がだよ」
「付き合ってることが」
いまさら。いまさらそんなことを言うのか、と砂噛は怒りすら感じた。同性であること。歳の差があること。何より生まれた星が違うこと。それらを全てひっくるめて考えて、それでも共にいたいと思っているのに。水森にはその覚悟がなかったのだろうか。
手首を掴んだ手に力が入る。痛いのか、水森の顔が歪んでいく。しかし、文句は出なかった。
「間違いがいいのか?」
情けないくらい掠れた声がでた。別れたくない、逃したくない、そんな気持ちが不安となって表にでてくる。
「そんなわけない!」
強い調子で否定され、相手の本気を感じる。では、なぜそんなことを言うのか、目線だけで問いかけると、水森は一転して不安げに目を伏せた。
「でも、できないってわかる度に、間違ってるって言われている気になるんスよ」
セックスの有無で関係性の正しさを判断されてたまるか。砂噛は強い苛立ちを感じた。水森だろうと、この関係を否定してくることは許せなかった。
「……できればいいんだろ」
そう言うと、砂噛は立ち上がった。掴んだままの水森の手は離さずに、むしろ立たせるように引っ張り上げた。
「立て、すぐに間違いじゃないって証明してやる」
強引とも言える砂噛の行動に、水森は混乱しているようだった。なかなか立ち上がらない相手に焦れて、砂噛はさらに力を込めた。
「え、あの、でも。夜遅いと、また親が」
つんのめるように立ち上がりながら、水森が慌てて静止してくる。腕時計を確認すると、まだ十八時だ。水森の門限は二十二時のはず。
「二時間あれば十分だ」
そう言って、砂噛は水森の手を引いて店の外へと向かった。
そう言うと、水森は太めのストローを咥えて、クリームまみれの飲み物を飲んでいる。砂噛もコーヒーに砂糖とミルクを普段入れない量投入した。あまりにも疲れたので、今は甘いものが欲しい。
会社から近いコーヒーチェーン店。そこで二人は向かい合って座っていた。
由梨の保護から報告まで、かなりのスピードで済ませたが、二人が解放されたのは夕方近かった。
由梨を攫ったのは、以前二人が取り押さえた元婚約者の男だった。あの一件で、自身の星での立場も危ういものになったとのことで、逆恨みをしての犯行だったらしい。地球に来て、護衛を撒いて観光していた由梨を拉致したという。
会社に連れ戻るタクシーの車中、由梨は水森にべったりだった。「怖かった」「嬉しい」「水森さんが王子様に見えた」。そんなことをしきりに話していた。誘拐された恐怖も相まって、少し混乱した様子だったので、水森の方も背中を撫でたり、優しい声音で話したり、と甲斐甲斐しく世話をしている。
砂噛としては複雑な気分だった。恋人を取られた上に、二人の世界を形成されている。自分は助手席、水森と由梨は後部座席に並んでいるので、ちらちらとしか様子は伺えないが、いちゃついているカップルに見えなくもない。だが、誘拐の被害者に嫉妬して水森を取り上げるというのは大人気ない話だ。そうやって、ぐっと我慢していた。
「……ところで、水森さんと砂噛さんは、なんで二人でいたんですか?」
「え?えーと……」
水森が返答に詰まっている。今日は休日、二人の姿は私服である。由梨からしてみればただの同僚でしかない二人が一緒にいるのは不思議なのだろう。入ろうとしていたラブホが、一見して分からないタイプのもので良かった、と今更ながら砂噛は冷や汗をかいた。
「お、お花見?あの近くの神社、桜がきれいで」
「へー……お二人って意外と仲良いんですね」
由梨の率直な感想に、「セックスしようとするくらいには仲が良い」と言ってやりたかった。だが、そんなこと言えない。一回り以上歳下の子供に、こんなに嫉妬している自分が滑稽だった。
そんな砂噛の嫉妬も、会社に着いた時点で霧散した。会社の前で待っていた父親の姿を見ると、由梨は水森から離れて一目散にそちらに向かって行った。
父親の胸に縋って泣く様子は、以前と変わらず年相応の子供に見えた。
「犯人たちは?」
由梨を撫でながらも、父親の目は怒りに染まっている。
「課長である穂村を呼んで、現場を任せて来ました。しかるべき機関に引き渡し予定です」
「そうか……二度目だな」
暗に地球側の対応を責められている。なぜ、犯罪者を再び渡航させたのかと言いたいのだろう。
「……相手は失脚したとはいえ王子です。取り入るために裏から手を回したものがいたとしてもおかしくありません」
「そんな輩が多いのか、この星は」
砂噛は舌打ちしたいのを我慢した。娘が誘拐され、冷静でないのは分かるが、怒りの矛先をこちらに向けるのはやめて欲しい。
「パパ、やめて!」
泣きじゃくっていた由梨が顔を上げた。
「二人は私を助けてくれたの!それなのに……そんな風に言わないで!」
「由梨……」
涙目の娘に睨みつけられ、男は困ったような表情をする。畳み掛けるように、それまで黙っていた水森も口を開いた。
「課長の話では、二度目なので実刑になるだろう、とのことです。犯人と裏で繋がっていた人間も、ちゃんと吐かせますよ」
オレ、そういうの得意なんで。そう言う水森の顔は、自信と怒りが透けて見えた。こういう時、頼りになるなと感じてしまう。まだまだ経験は浅いのに、しっかりと自分の使い所を理解している。
「だから、由梨ちゃんもまた遊びに来てね。……護衛は撒かないで欲しいけど」
わざとおどけた調子でそういう水森に、由梨は少し笑って頷いた。そんな娘の様子に絆されてか、男も非礼を詫び、改めて感謝の言葉が述べられた。
そうして、事件は一件落着といっていい終わりを迎えた。だが、彼らの仕事は、解決した!良かった!だけでは終われない。
局長室で報告をすると「記憶が新しいうちに、報告書書いちゃってよ」と軽い調子で仕事を振られてしまった。こちとら休日だぞ、と思ったが、局長も出社しているし、課長である穂村も犯人を連行して行っている。自分たちだけ休みに戻ります、なんて言えない雰囲気だ。
仕方なく、報告書を仕上げ、会社を出た時には空が赤くなり始めていた。
非常に疲れた。それ以上に気掛かりだったのが、歳下の恋人のことだった。防ぎようのない事態ではあったが、結果的に今回も失敗したことになる。
落ち込んでいるのではないか、これがきっかけで、今度は怪し気な壺を買いたいとか言い始めたらどうしよう。そんなことを考えながら、砂噛は水森の表情を伺った。
悲しげな顔をしているかと思いきや、恋人の顔は思いのほか平坦だった。砂噛の視線に気づいたのか、水森は諦めたように笑って見せた。
「もうこれ、神様が別れろっていってるんスかね」
砂噛は思わず、テーブルの上の後輩の手首を掴んだ。すぐに逃げるようなそぶりはなかったが、そうでもしないと水森がどこかに行ってしまいそうな気がした。
「なんでだよ。ちょっと間が悪いだけだろ」
「こんなに何回も?」
水森は真っ向からこちらを見据えている。睨みつけるような視線の鋭さに少し怯むと、相手は言葉を重ねてきた。
「間違いだって、言われてるのかもしれません」
「何がだよ」
「付き合ってることが」
いまさら。いまさらそんなことを言うのか、と砂噛は怒りすら感じた。同性であること。歳の差があること。何より生まれた星が違うこと。それらを全てひっくるめて考えて、それでも共にいたいと思っているのに。水森にはその覚悟がなかったのだろうか。
手首を掴んだ手に力が入る。痛いのか、水森の顔が歪んでいく。しかし、文句は出なかった。
「間違いがいいのか?」
情けないくらい掠れた声がでた。別れたくない、逃したくない、そんな気持ちが不安となって表にでてくる。
「そんなわけない!」
強い調子で否定され、相手の本気を感じる。では、なぜそんなことを言うのか、目線だけで問いかけると、水森は一転して不安げに目を伏せた。
「でも、できないってわかる度に、間違ってるって言われている気になるんスよ」
セックスの有無で関係性の正しさを判断されてたまるか。砂噛は強い苛立ちを感じた。水森だろうと、この関係を否定してくることは許せなかった。
「……できればいいんだろ」
そう言うと、砂噛は立ち上がった。掴んだままの水森の手は離さずに、むしろ立たせるように引っ張り上げた。
「立て、すぐに間違いじゃないって証明してやる」
強引とも言える砂噛の行動に、水森は混乱しているようだった。なかなか立ち上がらない相手に焦れて、砂噛はさらに力を込めた。
「え、あの、でも。夜遅いと、また親が」
つんのめるように立ち上がりながら、水森が慌てて静止してくる。腕時計を確認すると、まだ十八時だ。水森の門限は二十二時のはず。
「二時間あれば十分だ」
そう言って、砂噛は水森の手を引いて店の外へと向かった。
