Love both of me
休日の喫茶店は混み合っていた。
別に有名な店でもなんでもなく、ただ近所だからという理由で入ったのだが、昼時をすぎたのにほぼ満席である。今日は特に冷え込むので、店の中に逃げ込んできたのかもしれない。
砂噛の目の前に座る水森は、注文したケーキをフォークで一欠片掬っている。艶々とした栗の乗ったモンブラン。季節じゃないだろ、と指摘したら「食べたいからいいんスよ」とむくれていた。
大きく口を開けて、ケーキを迎え入れようとしたところで、欠片がフォークから落ちていく。その様子に、砂噛が噴き出すと、水森は恨みがましい声をだした。
「そんなに見ないでほしいっス」
「なんで?」
せっかくのデートなのだ。恋人を見ていて何が悪い。そう、全く悪びれずに言い返すと、水森は拗ねたようにそっぽを向いてしまう。だが、明るい色の髪から覗く耳は、かすかに赤い。
子供っぽい反応だが、そこがかわいらしい。いや、今なら水森がどんな行動をしても愛らしく見えてしまうだろう。そんなことを沸いた頭で考えながら、砂噛は頬杖をついた。
「緊張して、うまく食べられないんスよ」
ボソボソと述べられたかわいらしい理由に、砂噛は破顔した。好きが募って緊張してしまうなんて、今までの水森にはなかった態度だ。
これからは擬態を解いてもいいかもな、と機嫌が良くなり、砂噛はコーヒーカップを持ち上げた。
口をつける前に、目の前の恋人を眺める。ケーキをうまく食べられずに、少し悲しげな顔で、フォークをいじっている。こちらの目線に気がつくと、一瞬見惚れたように細められ、それから照れたように目が背けられる。
やっぱり、かわいいよな。
砂噛はコーヒーカップを置いた。胸がいっぱいだった。こんなことを繰り返しているので、彼自身、先ほどから一滴もコーヒーを飲めていないことに気がついていない。
ここ数週間、休日は二人で過ごしていたと言うのに、こんな雰囲気になるのは初めてだった。お互いに、緊張し、どきどきと胸を高鳴らせる様子は、付き合いたてのカップルそのものだった。
ケーキと格闘を続ける後輩を飽きずに眺めながら、砂噛は少し不安になっていた。
擬態前も擬態後も、水森が惚れるトリガーは助けられたことにあるようだ。このままいくと、穂村やサニーといった他の人間にも惚れるのでは?
そう考えると、居ても立っても居られない。砂噛も水森とは仕事で別行動することがある。ずっと、隣で助け続けるなんてできない。
「お前さ」
「はい?」
水森がケーキから顔を上げる。声をかけたのはいいものの、なんと言ったものか、と砂噛は悩んだ。どうオブラートに包んでも怒らせる気がする。
「助けてもらったら、誰でもいいの?」
結局うまい表現が思いつかず、直球での問いかけとなった。案の定、水森は眉を顰めている。
「オレが、助けられたら誰にでも惚れるんじゃないかって言ってます?」
「……まぁ」
砂噛の返答に水森は大きくため息をついた。
「シミュレーションゲームじゃないんスから、そんな条件満たしたら惚れる、なんてことないですよ」
水森の言うことはもっともな気がした。助ける、という条件だけ満たしても、人の心は動かない。もっと繊細で複雑な回路がある気がする。
だが、とも砂噛は思う。この前のあれは一体なんだったと言うんだ。
「でも、お前、この顔でもどきどきするようになったのって、助けたからだろ?」
「え、そう思ってたんスか?」
逆に聞き返されてしまい、砂噛は頷くしかなかった。水森は、それを見て照れたような、怒ったような顔をした。
「オレの言い方も悪かったですけど、そこまで単純じゃないっスよ」
そうは言われても、実際に好かれたきっかけはそればかりなのだ。砂噛は首を捻ってみせた。
「きっかけは、そうだし、その時の先輩がかっこいいって思ってますよ。でも、それ以外も好きになんなきゃ告白なんてしませんよ」
「それ以外って?」
「たまに優しいところとか、いろいろ」
ごにょごにょと誤魔化すように、水森は声を小さくしていった。照れているのだと理解して、砂噛は少し笑った。
そんな様子を恨めしげに睨みながら、水森は一つ咳をしてみせた。
「今の先輩でもどきどきするようになったのは、先輩のせいっスよ」
「助けたから?」
「だから、違いますって。あの時は抱きしめられて」
そこで、水森の言葉は区切られた。喫茶店で流れるBGMがやけに大きく感じる。砂噛がかすかに喉を鳴らすと、目の前の恋人は再び口を開いた。
「先輩が、オレを好きで仕方ないんだって思ったから。そう思ったら……なんつーか、わーってなったんスよ」
「わーって……」
語彙のなさにつっこんだものの、砂噛はひやりとした。自分の中に存在する明確な好意。キスもしたし、先ほどまでの恋人らしいやりとりからも、水森にも伝わっているのは明白だ。
それに、初めて言及された。
砂噛は、半ば誤魔化すように、カップに口をつけて、コーヒーを啜った。すっかり冷めたそれは、酸味がきつくてあまり好みではなかった。
水森はケーキとの格闘を一旦中止したようだ。かちりとフォークを置いて、こちらを真剣な目で見ている。
「先輩、お試しは、終わりにしたいっス」
ああ、やっぱりか。予想していた通りの言葉だ。砂噛は再びコーヒーを口に含み、ため息ごと飲み下した。
「オレのこと、好きですよね?」
ついに、聞かれてしまった。
もう逃げきれない。そんな気分だった。砂噛からすれば、まんまと後輩に絆されて、惚れてしまった形になる。なんとなく素直に認めるのは癪だったが、水森には嘘はつけない。
曖昧なまま進めていきたいところだったが、そんな関係を水森は望んでいないようだ。
確信を持って問いかけてくるにも関わらず、水森の目は不安げに揺れていた。思えば、告白してきた時もそうだった。泣きそうな目で、けれど真っ直ぐに自身の気持ちを口にしてきた。
急に意地を張るのがバカらしくなった。癪だのなんだのこちらが回りくどいことを考えているうちに、相手は直線で距離を詰めてくるのだ。敵うわけがない。
「ああ、好きだ」
簡潔に。それだけ告げるだけで、後輩の顔から不安の色が消える。良かった、と笑うその顔に見惚れながら、砂噛も自然と微笑んでいた。
喫茶店から出ると、北風が襲ってくる。先ほどまでの暖かい室内に逃げ込みたくなるが、そうもいかない。飲み食いが終わった状態では、混み合った店内にはいられない。
隣を並んで歩く恋人も、肩を縮こまらせて寒さに耐えている。
少しでも風を避けたくて、住宅街の細い小道を歩いていく。遮るものが多い分、先ほどに比べると、寒さは和らいだ気がする。
「先輩、これからは正式に恋人っスね」
好き同士なのだから、当たり前だろ、と思ったものの、流石に口にはしなかった。代わりに首肯して見せると、水森は笑みを深くした。
「じゃあ、手も繋げますね」
そう言って、水森の手がするりと絡められる。この手に触れるのは、告白のとき以来だ。
「なんだ、お試しだから遠慮してたのか?」
「そうっスよ。それなのに、先輩、キスするんだから」
ちくりと責められてしまう。確かに、不誠実な行動はしたが、正式に交際を始めたのだ。水に流してもらおう。
周りをそっと見回すと、人影はない。これなら、手を繋ぐ以上のことをしてもいいのではなかろうか。
砂噛が立ち止まると、手を繋いでいる水森も合わせて歩みを止めた。どうしました、とこちらを覗き込んでくる恋人に手を伸ばす。そっと頬を撫でると、予想以上に冷たい感触に暖めてやらないと、と感じた。
「正式だし、いいよな?」
水森は何かいいたげに、口を開いたが何も言葉を発しなかった。徐々に紅潮する頬は見た目通りの熱を帯びていく。
暖かくなった頬を撫でていると、やがて恋人はこくりと頷いた。名残惜しかったが、繋いでいた手を離し、相手の肩におくとゆっくりと顔を寄せていく。
あと数センチ、お互いの呼吸も感じる距離で、砂噛は揶揄するように言った。
「今擬態後だけどいい?」
「いまさらっス」
水森が笑う気配を感じ、そのまま唇を合わせる。柔らかく、冷たい感触にずっとこうしていたいと感じてしまう。だが、人がいないとはいえ、外は外。数秒の接触を経て、砂噛は唇を離した。
距離をとって目を合わせると、恋人は蕩けたような瞳で自分のことを映している。それを見て、砂噛は目を細めた。
「次は元の姿がいいっス」
そう言って笑う恋人を抱き寄せながら、砂噛は思案した。
どっちの姿も好き、となった今、擬態を解くことに抵抗はない。だが、嫉妬心とは別にそもそもあの姿での触れ合いは難しいのだ。
地球に比べて硬い外皮に、鋭い歯。そんな見た目でキスなんてしようものなら、はたから見たら捕食風景である。見た目だけじゃなく、実際、力加減によっては相手を傷つけかねない。
それをどう伝えたものか。
そんな幸せな悩みに頭を痛めながら、砂噛は腕の中の恋人の頭を撫でた。
別に有名な店でもなんでもなく、ただ近所だからという理由で入ったのだが、昼時をすぎたのにほぼ満席である。今日は特に冷え込むので、店の中に逃げ込んできたのかもしれない。
砂噛の目の前に座る水森は、注文したケーキをフォークで一欠片掬っている。艶々とした栗の乗ったモンブラン。季節じゃないだろ、と指摘したら「食べたいからいいんスよ」とむくれていた。
大きく口を開けて、ケーキを迎え入れようとしたところで、欠片がフォークから落ちていく。その様子に、砂噛が噴き出すと、水森は恨みがましい声をだした。
「そんなに見ないでほしいっス」
「なんで?」
せっかくのデートなのだ。恋人を見ていて何が悪い。そう、全く悪びれずに言い返すと、水森は拗ねたようにそっぽを向いてしまう。だが、明るい色の髪から覗く耳は、かすかに赤い。
子供っぽい反応だが、そこがかわいらしい。いや、今なら水森がどんな行動をしても愛らしく見えてしまうだろう。そんなことを沸いた頭で考えながら、砂噛は頬杖をついた。
「緊張して、うまく食べられないんスよ」
ボソボソと述べられたかわいらしい理由に、砂噛は破顔した。好きが募って緊張してしまうなんて、今までの水森にはなかった態度だ。
これからは擬態を解いてもいいかもな、と機嫌が良くなり、砂噛はコーヒーカップを持ち上げた。
口をつける前に、目の前の恋人を眺める。ケーキをうまく食べられずに、少し悲しげな顔で、フォークをいじっている。こちらの目線に気がつくと、一瞬見惚れたように細められ、それから照れたように目が背けられる。
やっぱり、かわいいよな。
砂噛はコーヒーカップを置いた。胸がいっぱいだった。こんなことを繰り返しているので、彼自身、先ほどから一滴もコーヒーを飲めていないことに気がついていない。
ここ数週間、休日は二人で過ごしていたと言うのに、こんな雰囲気になるのは初めてだった。お互いに、緊張し、どきどきと胸を高鳴らせる様子は、付き合いたてのカップルそのものだった。
ケーキと格闘を続ける後輩を飽きずに眺めながら、砂噛は少し不安になっていた。
擬態前も擬態後も、水森が惚れるトリガーは助けられたことにあるようだ。このままいくと、穂村やサニーといった他の人間にも惚れるのでは?
そう考えると、居ても立っても居られない。砂噛も水森とは仕事で別行動することがある。ずっと、隣で助け続けるなんてできない。
「お前さ」
「はい?」
水森がケーキから顔を上げる。声をかけたのはいいものの、なんと言ったものか、と砂噛は悩んだ。どうオブラートに包んでも怒らせる気がする。
「助けてもらったら、誰でもいいの?」
結局うまい表現が思いつかず、直球での問いかけとなった。案の定、水森は眉を顰めている。
「オレが、助けられたら誰にでも惚れるんじゃないかって言ってます?」
「……まぁ」
砂噛の返答に水森は大きくため息をついた。
「シミュレーションゲームじゃないんスから、そんな条件満たしたら惚れる、なんてことないですよ」
水森の言うことはもっともな気がした。助ける、という条件だけ満たしても、人の心は動かない。もっと繊細で複雑な回路がある気がする。
だが、とも砂噛は思う。この前のあれは一体なんだったと言うんだ。
「でも、お前、この顔でもどきどきするようになったのって、助けたからだろ?」
「え、そう思ってたんスか?」
逆に聞き返されてしまい、砂噛は頷くしかなかった。水森は、それを見て照れたような、怒ったような顔をした。
「オレの言い方も悪かったですけど、そこまで単純じゃないっスよ」
そうは言われても、実際に好かれたきっかけはそればかりなのだ。砂噛は首を捻ってみせた。
「きっかけは、そうだし、その時の先輩がかっこいいって思ってますよ。でも、それ以外も好きになんなきゃ告白なんてしませんよ」
「それ以外って?」
「たまに優しいところとか、いろいろ」
ごにょごにょと誤魔化すように、水森は声を小さくしていった。照れているのだと理解して、砂噛は少し笑った。
そんな様子を恨めしげに睨みながら、水森は一つ咳をしてみせた。
「今の先輩でもどきどきするようになったのは、先輩のせいっスよ」
「助けたから?」
「だから、違いますって。あの時は抱きしめられて」
そこで、水森の言葉は区切られた。喫茶店で流れるBGMがやけに大きく感じる。砂噛がかすかに喉を鳴らすと、目の前の恋人は再び口を開いた。
「先輩が、オレを好きで仕方ないんだって思ったから。そう思ったら……なんつーか、わーってなったんスよ」
「わーって……」
語彙のなさにつっこんだものの、砂噛はひやりとした。自分の中に存在する明確な好意。キスもしたし、先ほどまでの恋人らしいやりとりからも、水森にも伝わっているのは明白だ。
それに、初めて言及された。
砂噛は、半ば誤魔化すように、カップに口をつけて、コーヒーを啜った。すっかり冷めたそれは、酸味がきつくてあまり好みではなかった。
水森はケーキとの格闘を一旦中止したようだ。かちりとフォークを置いて、こちらを真剣な目で見ている。
「先輩、お試しは、終わりにしたいっス」
ああ、やっぱりか。予想していた通りの言葉だ。砂噛は再びコーヒーを口に含み、ため息ごと飲み下した。
「オレのこと、好きですよね?」
ついに、聞かれてしまった。
もう逃げきれない。そんな気分だった。砂噛からすれば、まんまと後輩に絆されて、惚れてしまった形になる。なんとなく素直に認めるのは癪だったが、水森には嘘はつけない。
曖昧なまま進めていきたいところだったが、そんな関係を水森は望んでいないようだ。
確信を持って問いかけてくるにも関わらず、水森の目は不安げに揺れていた。思えば、告白してきた時もそうだった。泣きそうな目で、けれど真っ直ぐに自身の気持ちを口にしてきた。
急に意地を張るのがバカらしくなった。癪だのなんだのこちらが回りくどいことを考えているうちに、相手は直線で距離を詰めてくるのだ。敵うわけがない。
「ああ、好きだ」
簡潔に。それだけ告げるだけで、後輩の顔から不安の色が消える。良かった、と笑うその顔に見惚れながら、砂噛も自然と微笑んでいた。
喫茶店から出ると、北風が襲ってくる。先ほどまでの暖かい室内に逃げ込みたくなるが、そうもいかない。飲み食いが終わった状態では、混み合った店内にはいられない。
隣を並んで歩く恋人も、肩を縮こまらせて寒さに耐えている。
少しでも風を避けたくて、住宅街の細い小道を歩いていく。遮るものが多い分、先ほどに比べると、寒さは和らいだ気がする。
「先輩、これからは正式に恋人っスね」
好き同士なのだから、当たり前だろ、と思ったものの、流石に口にはしなかった。代わりに首肯して見せると、水森は笑みを深くした。
「じゃあ、手も繋げますね」
そう言って、水森の手がするりと絡められる。この手に触れるのは、告白のとき以来だ。
「なんだ、お試しだから遠慮してたのか?」
「そうっスよ。それなのに、先輩、キスするんだから」
ちくりと責められてしまう。確かに、不誠実な行動はしたが、正式に交際を始めたのだ。水に流してもらおう。
周りをそっと見回すと、人影はない。これなら、手を繋ぐ以上のことをしてもいいのではなかろうか。
砂噛が立ち止まると、手を繋いでいる水森も合わせて歩みを止めた。どうしました、とこちらを覗き込んでくる恋人に手を伸ばす。そっと頬を撫でると、予想以上に冷たい感触に暖めてやらないと、と感じた。
「正式だし、いいよな?」
水森は何かいいたげに、口を開いたが何も言葉を発しなかった。徐々に紅潮する頬は見た目通りの熱を帯びていく。
暖かくなった頬を撫でていると、やがて恋人はこくりと頷いた。名残惜しかったが、繋いでいた手を離し、相手の肩におくとゆっくりと顔を寄せていく。
あと数センチ、お互いの呼吸も感じる距離で、砂噛は揶揄するように言った。
「今擬態後だけどいい?」
「いまさらっス」
水森が笑う気配を感じ、そのまま唇を合わせる。柔らかく、冷たい感触にずっとこうしていたいと感じてしまう。だが、人がいないとはいえ、外は外。数秒の接触を経て、砂噛は唇を離した。
距離をとって目を合わせると、恋人は蕩けたような瞳で自分のことを映している。それを見て、砂噛は目を細めた。
「次は元の姿がいいっス」
そう言って笑う恋人を抱き寄せながら、砂噛は思案した。
どっちの姿も好き、となった今、擬態を解くことに抵抗はない。だが、嫉妬心とは別にそもそもあの姿での触れ合いは難しいのだ。
地球に比べて硬い外皮に、鋭い歯。そんな見た目でキスなんてしようものなら、はたから見たら捕食風景である。見た目だけじゃなく、実際、力加減によっては相手を傷つけかねない。
それをどう伝えたものか。
そんな幸せな悩みに頭を痛めながら、砂噛は腕の中の恋人の頭を撫でた。
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