Love both of me
砂噛が地球上で見せている姿は擬態である。本来は、地球で言うドラゴンのような見た目をしており、この星の人間との体格差も大きい。
彼自身は擬態のガワなんて気に留めたこともなかった。周りにバレなければそれでいい、くらいに考えているのだが、どうやらこの見た目は地球人に大層ウケが良いようだ。社内の地球人から言い寄られたこともあるし、プライベートで街を歩いている時もやたら視線を感じる。
そもそも背が高いと言うだけで、アドバンテージがあると言うのが砂噛には理解し難い点だった。母星では、自分よりもガタイのいい奴がゴロゴロいたし、背が高いだけではなく戦闘能力がついてこないと異性からの秋波が送られることはなかった。
そのような理由から、砂噛は自身の顔面の恩恵を感じることは今までなかった。地球に来てからの期間はそれなりに長いが、COSMOS社員に手を出す気にはなれなかった。そもそも彼女らは、砂噛の本来の姿を知らないうちは、きゃあきゃあと甲高い声で騒いでいるが、何かの拍子にドラゴンの姿を見ると、スッと静かになることが常だった。
地球は、宇宙の中でも文明レベルが低い方に分類される。外星人の存在を知らない人間の方が多いし、見た目が自分たちと異なる相手、と言うのに慣れていないのだろうとは思う。一方の砂噛の母星は傭兵派遣が主な収入源であったこともあり、異星間交流が盛んであった。幼い頃から、自分と見た目が異なる知的生命体、と言うものには慣れていたし、そもそも彼の星では異星間での婚姻と言うものもごく普通に行われていた。
だから、見た目だけで区別されるという経験は地球で初めて味わったし、それに対しての不快感というのは相当なものだった。そんな経緯もあって、砂噛はこの星にいる限り恋なんてすることはないのだろうと考えていた。
地球人だから、嫌い、ということはない。穂村のことは尊敬しているし、東雲のこともかわいい後輩だと思っている。そこに、見た目は関係ない。けれど、恋人となれば話は別だ。見た目も褒めて欲しいと相手は望んでくるだろう。
だから砂噛は、どれだけ告白されようと、決して恋人を作ることはなかった。
水森に出会うまでは。
水森楓は、嘘がわかるということを除けばごく普通の地球人だった。甘ちゃんなところがあって、危なっかしくて、でもやる時はやる。砂噛にとってはそんな後輩で、当初東雲に対するのと同じような感覚で接していた。
いつの間にか水森は、目の能力を手に入れて、ネクストとして認知されるようになってきた。COSMOSでの彼の評価が上がるたびに、これから大変そうだな、と哀れみに似た感想を抱いた。だが、そこまでだ。COSMOSがこの後輩をどう使おうとしているかわからないし、自分にはどうしようもない。
砂噛にできるのは、戦闘面がおぼつかない後輩を助けることくらいだ。正直、これに関しては砂噛には造作のないことだった。けれど、水森は助けるたびに、安心し切った笑みを浮かべてこちらを見るのだ。このあたりから、砂噛の中に庇護欲が芽生えた。東雲は一緒に働き始めた時から、基本的な戦闘はできていたし、助けの手を差し伸べると、不甲斐ないという顔で悔しがっていた。かわいい後輩というよりも、手のかかる弟に近いかもな、と考えを改めた頃、水森に呼び出された。
「好きです」
真っ直ぐにこちらを見る後輩は泣きそうな顔をしていた。
呼び出されたのは地球上で会社があるオフィス街の外れ、申し訳程度に緑が配置された公園でのことだった。昼間はランチボックスを抱えた女性で混んでいるらしいが、今は夜。自分たちの他に人影はなかった。
「いつも、助けてくれる先輩のことが、好きになっちゃいました」
街灯の灯りに照らされた顔は、およそ告白に似つかわしくない。頬を赤らめるどころか、青ざめた顔をしている。社外に出たからか、MESの換装を解いて普段の制服姿に戻った後輩は、パーカーの裾をぎゅう、と握りしめていた。
「言わない方がいいことは、わかっているんス。でも、どうしても抱えきれなくて」
言い訳のように重ねられる言葉は、自分が振られることを前提にしていた。十二月の半ば、冬といって差し支えない気温の中、水森の格好は寒そうに見えた。だが、その体が震えているのは、決して寒さからではないのだろう。
温めてやりたい、と砂噛は感じた。彼は、目の前の後輩を、いわゆる恋愛対象として見たことがなかった。そしてそれは、告白を受けた今も変わっていない。しかし、頭から拒絶するほど嫌悪感がないのも事実である。
「オレは、お前のことをそうやって見たことがない」
「……知っています」
軽薄にさえ見える上っ面の笑顔。作られた表情を浮かべる水森を、砂噛は見ていたくなかった。必死に笑顔を作っているが、その瞳は濡れ、今にも涙が溢れそうだ。
かわいい後輩、手のかかる弟、庇護欲をそそる存在。砂噛は水森をそんな風にカテゴライズしていた。どこをとっても、泣かせたくなんてなかった。
今まで告白してきた連中に対してとは明らかに違う気持ちになった。とにかく、あの涙が溢れるのを阻止したかった。
「お試しで、付き合ってみたりできないかな、なんて。そんな可能性にかけちゃいました」
「お試し……」
それで、水森が泣かなくなるのであれば、それくらい。砂噛は一つ頷くと、返事をした。
「わかった。お試しなら構わない」
「……はい?」
「正直、お前のような恋愛感情は抱いていない。けど、全て拒絶するほど嫌いでもない」
「……」
水森はポカンとした顔で、こちらを見ている。先ほどまで溜まっていた涙は引っ込んだのか、パチクリと瞬きを繰り返す瞳からは何も溢れない。
「だから、とりあえず付き合っておくか」
「え、キープされんスか?オレ」
あんまりな言いように、今度は砂噛が呆然としてしまった。善意での申し出に対して、あんまりな発言だ。一拍遅れて怒りがやってくる。
「お前な、自分で言ったんだろ!」
「だ、だって……」
「付き合っているうちに気持ちが変わるかもしれないだろ、お互い」
そう、お互いにだ。砂噛としては万に一つも水森のことを好きになることはないだろうと考えていた。逆にちょっと付き合えば、水森の方が勝手に幻滅して別れることになる、そう踏んでいた。水森はごく一般的な地球人だ。COSMOSに関わる前は、外星人の存在も知らなかった。見た目の違いは受け入れているようだが、付き合いが深くなるほど、文化や価値観の違いを強く感じるようになるだろう。
水森は、砂噛の言葉に疑わしそうに目を細めていたが、やがて少し笑って見せた。
「お試しでもなんでも、付き合えるならオレは嬉しいっス」
「じゃあ」
「はい、これからよろしくお願いします」
水森が手を差し出してきた。反射的にその手を取る。交際の初めに握手をするなんて、日本の文化ではないはずだ。けれど、触れたその手が冷え切っていて、砂噛は温めるようにその手を握り込んだ。
前述の通り、砂噛は水森に対して、恋慕の情など一切持っていなかった。
砂噛は幼い頃から、見た目が自分と異なるものに触れる機会が多かった。だから、地球人というだけで嫌悪感が生じるわけではない。
けれど、じゃあかわいいと思えるか、というと話は別だ。
かわいい後輩ではあるものの、それはその態度であったり、純粋に慕ってくる様子に対して感じたもので、見た目がかわいらしいなんて思ったことはない。
そもそも向こうも成体と言っていい年齢だ。幼さが残る顔をしているが、手足のパーツは男性のそれであるし、愛らしさなどない。
だから、付き合う、と言ったものの、砂噛がそう言った見た目に関する賛辞を送ることはなかった。
意外だったのは、水森のほうからもそれがないことだ。好きでたまらない、という様子で気持ちを告げられたので拍子抜けした気分だった。助けてもらったから、と理由を述べていたが、本当にそれだけのようだ。
聞けば、同性を好きになるのは初めてだ、と言っていた。それもあって、男性的なこの擬態には魅力を感じないのだろう。
内面を見てくれたことには、喜びを感じていた。地球に来てから感じてきた不快感が晴れた気さえする。
だが、そうは言っても、水森も隣に並ぶのは見慣れた地球人の姿が良いだろう。そう考えて、砂噛はたとえ、プライベートで二人きりになっても、彼の前で擬態をやめることはなかった。
砂噛にとっては困ったことに、交際は順調だった。
会社で毎日顔を合わせているが、そこでの態度は今まで通り。変わったことといえば、ごくたまに仕事と関係のない連絡が来るようになったことと、週末にデートするようになったことだ。
受験が無事に終わったという水森に誘われて、いろんなところに行った。水族館に、映画館、遊園地。挙げていけばきりがないが、オーソドックスなところは一通り押さえた。
デートの最中はいつも、水森は楽しそうに笑っていた。屈託のないその笑みを見ていると、砂噛もなんだか楽しいような、そんな錯覚に陥った。
告白の日に握手をして以来、二人は手も繋いでいない。いわゆる恋人らしい接触が物理的にないこともあって、どこか友人のような、そんな気分でいられたのも、順調な理由かもしれない。
幻滅、とまではいかないくとも、外星人と付き合うのは面倒だ、と感じて欲しくて、砂噛は少しずつ母星の話を水森に聴かせた。
宇宙での戦争、それに商機を見出して傭兵派遣を行う政府、戦闘能力が全ての評価基準になる文化。
およそ地球と異なる世界観だが、水森は楽しそうに聞いていた。「先輩のこと知れて嬉しいっス」と、柔らかく微笑まれた時に、ああ、こいつ、本気で好きなんだ、と砂噛は白旗を上げた。
そうして、その笑顔を思い出しては、また見たい、と思ってしまう自分がいた。
その日、水森は砂噛の家に来ていた。来月公開される映画に誘われたのだが、その過去作を砂噛は観ていなかった。ちょうど無料で配信しているし、一緒に観ましょうよ、と言われ家に後輩を上げた。
並んでソファに座って画面を眺める。砂噛の目にはチープで滑稽なSFに思えたが、地球では未来的かつ斬新な表現とすら評されている。こういう時に文明差を感じる。楽しげな水森の様子に水を差したくなくて、砂噛は黙って鑑賞を続けた。
「お前、これ観るの二回目なんだろ?楽しい?」
水森は、過去作は全て観たと言っていた。だからこその最新作へのお誘いだったのだろう。自分一人で観ても面白さが良くわからないので助かっているが、付き合わせて良かったのか、と気になってしまう。
「大丈夫っス、いい復習になりますし」
それに、と水森は目を細めた。
「先輩が一緒だと、嬉しいっス」
以前見せられた、あの柔らかい微笑み。なぜだかきらきら輝いて見えて、砂噛も目を細めた。
そうして思ったのだ。あ、キスくらいならできるな、と。
純粋な好意を向けられて絆されつつあるのは自覚していた。それでも砂噛にはこの感情が恋慕によるものかはわからなかった。キスをしたとて、恋愛感情を持っているかは判別できないだろう。
だが、せっかくその気になったのだ。とりあえずしておくか。相手も喜ぶだろうし。
そんな曖昧で不純な気持ちのまま、砂噛は水森の肩を引き寄せた。戸惑いの表情を見せる水森に、なんの説明もなく唇を寄せていく。
あと数センチという距離で、水森の手が二人の間に差し込まれた。
「……なんだよ」
「す、好きでもないのにキスとか」
「できるか試してるんだろうが。それに、とりあえずでも付き合ってんだ。いいだろ?」
「う……」
水森はきょろきょろと目を泳がせている。その様子は、照れというよりも明らかに困惑の色が強い。
「なんだ、嫌いになったか?」
「いや、そんなわけ!」
否定されてホッとする。ちょっと前まで幻滅させようと思っていたのに、おかしな話だが砂噛はそんなことを気にする余裕はなかった。
「じゃあ、なんでダメなんだよ」
「その……怒らないって約束してくれます?」
「いや、内容によるけど」
「うぐっ」
言葉に詰まった恋人に、砂噛はため息を押し殺した。怒らないなんて保証はできないし、上辺だけの約束は、見破られてしまう。本音で返すしかないのだが、こう言う時は面倒に感じる。
「いいから言えよ。言わなくてもオレはキレそうだ」
「な、なんでっスか!?」
「さっき拒否されたからだよ」
「う、ぐ……」
水森は先ほどから呻き声をあげてばかりだ。砂噛としては拒否されつづけている形になっており、機嫌は下降していく。
そんなこちらの様子を察知したのか水森は諦めたようにため息をついている。そうして、目を逸らしながらボソボソと小さな声で話し始めた。
「オレ、先輩の本当の姿の方がドキドキするんスよ」
だから、キスするならそっちでしたいなって。
耳まで真っ赤にして述べられた言葉は予想の斜め上を行くものだった。砂噛は唖然とした。水森のセリフも、自分がショックを受けていることも、想像の範疇を超えていた。
彼自身は擬態のガワなんて気に留めたこともなかった。周りにバレなければそれでいい、くらいに考えているのだが、どうやらこの見た目は地球人に大層ウケが良いようだ。社内の地球人から言い寄られたこともあるし、プライベートで街を歩いている時もやたら視線を感じる。
そもそも背が高いと言うだけで、アドバンテージがあると言うのが砂噛には理解し難い点だった。母星では、自分よりもガタイのいい奴がゴロゴロいたし、背が高いだけではなく戦闘能力がついてこないと異性からの秋波が送られることはなかった。
そのような理由から、砂噛は自身の顔面の恩恵を感じることは今までなかった。地球に来てからの期間はそれなりに長いが、COSMOS社員に手を出す気にはなれなかった。そもそも彼女らは、砂噛の本来の姿を知らないうちは、きゃあきゃあと甲高い声で騒いでいるが、何かの拍子にドラゴンの姿を見ると、スッと静かになることが常だった。
地球は、宇宙の中でも文明レベルが低い方に分類される。外星人の存在を知らない人間の方が多いし、見た目が自分たちと異なる相手、と言うのに慣れていないのだろうとは思う。一方の砂噛の母星は傭兵派遣が主な収入源であったこともあり、異星間交流が盛んであった。幼い頃から、自分と見た目が異なる知的生命体、と言うものには慣れていたし、そもそも彼の星では異星間での婚姻と言うものもごく普通に行われていた。
だから、見た目だけで区別されるという経験は地球で初めて味わったし、それに対しての不快感というのは相当なものだった。そんな経緯もあって、砂噛はこの星にいる限り恋なんてすることはないのだろうと考えていた。
地球人だから、嫌い、ということはない。穂村のことは尊敬しているし、東雲のこともかわいい後輩だと思っている。そこに、見た目は関係ない。けれど、恋人となれば話は別だ。見た目も褒めて欲しいと相手は望んでくるだろう。
だから砂噛は、どれだけ告白されようと、決して恋人を作ることはなかった。
水森に出会うまでは。
水森楓は、嘘がわかるということを除けばごく普通の地球人だった。甘ちゃんなところがあって、危なっかしくて、でもやる時はやる。砂噛にとってはそんな後輩で、当初東雲に対するのと同じような感覚で接していた。
いつの間にか水森は、目の能力を手に入れて、ネクストとして認知されるようになってきた。COSMOSでの彼の評価が上がるたびに、これから大変そうだな、と哀れみに似た感想を抱いた。だが、そこまでだ。COSMOSがこの後輩をどう使おうとしているかわからないし、自分にはどうしようもない。
砂噛にできるのは、戦闘面がおぼつかない後輩を助けることくらいだ。正直、これに関しては砂噛には造作のないことだった。けれど、水森は助けるたびに、安心し切った笑みを浮かべてこちらを見るのだ。このあたりから、砂噛の中に庇護欲が芽生えた。東雲は一緒に働き始めた時から、基本的な戦闘はできていたし、助けの手を差し伸べると、不甲斐ないという顔で悔しがっていた。かわいい後輩というよりも、手のかかる弟に近いかもな、と考えを改めた頃、水森に呼び出された。
「好きです」
真っ直ぐにこちらを見る後輩は泣きそうな顔をしていた。
呼び出されたのは地球上で会社があるオフィス街の外れ、申し訳程度に緑が配置された公園でのことだった。昼間はランチボックスを抱えた女性で混んでいるらしいが、今は夜。自分たちの他に人影はなかった。
「いつも、助けてくれる先輩のことが、好きになっちゃいました」
街灯の灯りに照らされた顔は、およそ告白に似つかわしくない。頬を赤らめるどころか、青ざめた顔をしている。社外に出たからか、MESの換装を解いて普段の制服姿に戻った後輩は、パーカーの裾をぎゅう、と握りしめていた。
「言わない方がいいことは、わかっているんス。でも、どうしても抱えきれなくて」
言い訳のように重ねられる言葉は、自分が振られることを前提にしていた。十二月の半ば、冬といって差し支えない気温の中、水森の格好は寒そうに見えた。だが、その体が震えているのは、決して寒さからではないのだろう。
温めてやりたい、と砂噛は感じた。彼は、目の前の後輩を、いわゆる恋愛対象として見たことがなかった。そしてそれは、告白を受けた今も変わっていない。しかし、頭から拒絶するほど嫌悪感がないのも事実である。
「オレは、お前のことをそうやって見たことがない」
「……知っています」
軽薄にさえ見える上っ面の笑顔。作られた表情を浮かべる水森を、砂噛は見ていたくなかった。必死に笑顔を作っているが、その瞳は濡れ、今にも涙が溢れそうだ。
かわいい後輩、手のかかる弟、庇護欲をそそる存在。砂噛は水森をそんな風にカテゴライズしていた。どこをとっても、泣かせたくなんてなかった。
今まで告白してきた連中に対してとは明らかに違う気持ちになった。とにかく、あの涙が溢れるのを阻止したかった。
「お試しで、付き合ってみたりできないかな、なんて。そんな可能性にかけちゃいました」
「お試し……」
それで、水森が泣かなくなるのであれば、それくらい。砂噛は一つ頷くと、返事をした。
「わかった。お試しなら構わない」
「……はい?」
「正直、お前のような恋愛感情は抱いていない。けど、全て拒絶するほど嫌いでもない」
「……」
水森はポカンとした顔で、こちらを見ている。先ほどまで溜まっていた涙は引っ込んだのか、パチクリと瞬きを繰り返す瞳からは何も溢れない。
「だから、とりあえず付き合っておくか」
「え、キープされんスか?オレ」
あんまりな言いように、今度は砂噛が呆然としてしまった。善意での申し出に対して、あんまりな発言だ。一拍遅れて怒りがやってくる。
「お前な、自分で言ったんだろ!」
「だ、だって……」
「付き合っているうちに気持ちが変わるかもしれないだろ、お互い」
そう、お互いにだ。砂噛としては万に一つも水森のことを好きになることはないだろうと考えていた。逆にちょっと付き合えば、水森の方が勝手に幻滅して別れることになる、そう踏んでいた。水森はごく一般的な地球人だ。COSMOSに関わる前は、外星人の存在も知らなかった。見た目の違いは受け入れているようだが、付き合いが深くなるほど、文化や価値観の違いを強く感じるようになるだろう。
水森は、砂噛の言葉に疑わしそうに目を細めていたが、やがて少し笑って見せた。
「お試しでもなんでも、付き合えるならオレは嬉しいっス」
「じゃあ」
「はい、これからよろしくお願いします」
水森が手を差し出してきた。反射的にその手を取る。交際の初めに握手をするなんて、日本の文化ではないはずだ。けれど、触れたその手が冷え切っていて、砂噛は温めるようにその手を握り込んだ。
前述の通り、砂噛は水森に対して、恋慕の情など一切持っていなかった。
砂噛は幼い頃から、見た目が自分と異なるものに触れる機会が多かった。だから、地球人というだけで嫌悪感が生じるわけではない。
けれど、じゃあかわいいと思えるか、というと話は別だ。
かわいい後輩ではあるものの、それはその態度であったり、純粋に慕ってくる様子に対して感じたもので、見た目がかわいらしいなんて思ったことはない。
そもそも向こうも成体と言っていい年齢だ。幼さが残る顔をしているが、手足のパーツは男性のそれであるし、愛らしさなどない。
だから、付き合う、と言ったものの、砂噛がそう言った見た目に関する賛辞を送ることはなかった。
意外だったのは、水森のほうからもそれがないことだ。好きでたまらない、という様子で気持ちを告げられたので拍子抜けした気分だった。助けてもらったから、と理由を述べていたが、本当にそれだけのようだ。
聞けば、同性を好きになるのは初めてだ、と言っていた。それもあって、男性的なこの擬態には魅力を感じないのだろう。
内面を見てくれたことには、喜びを感じていた。地球に来てから感じてきた不快感が晴れた気さえする。
だが、そうは言っても、水森も隣に並ぶのは見慣れた地球人の姿が良いだろう。そう考えて、砂噛はたとえ、プライベートで二人きりになっても、彼の前で擬態をやめることはなかった。
砂噛にとっては困ったことに、交際は順調だった。
会社で毎日顔を合わせているが、そこでの態度は今まで通り。変わったことといえば、ごくたまに仕事と関係のない連絡が来るようになったことと、週末にデートするようになったことだ。
受験が無事に終わったという水森に誘われて、いろんなところに行った。水族館に、映画館、遊園地。挙げていけばきりがないが、オーソドックスなところは一通り押さえた。
デートの最中はいつも、水森は楽しそうに笑っていた。屈託のないその笑みを見ていると、砂噛もなんだか楽しいような、そんな錯覚に陥った。
告白の日に握手をして以来、二人は手も繋いでいない。いわゆる恋人らしい接触が物理的にないこともあって、どこか友人のような、そんな気分でいられたのも、順調な理由かもしれない。
幻滅、とまではいかないくとも、外星人と付き合うのは面倒だ、と感じて欲しくて、砂噛は少しずつ母星の話を水森に聴かせた。
宇宙での戦争、それに商機を見出して傭兵派遣を行う政府、戦闘能力が全ての評価基準になる文化。
およそ地球と異なる世界観だが、水森は楽しそうに聞いていた。「先輩のこと知れて嬉しいっス」と、柔らかく微笑まれた時に、ああ、こいつ、本気で好きなんだ、と砂噛は白旗を上げた。
そうして、その笑顔を思い出しては、また見たい、と思ってしまう自分がいた。
その日、水森は砂噛の家に来ていた。来月公開される映画に誘われたのだが、その過去作を砂噛は観ていなかった。ちょうど無料で配信しているし、一緒に観ましょうよ、と言われ家に後輩を上げた。
並んでソファに座って画面を眺める。砂噛の目にはチープで滑稽なSFに思えたが、地球では未来的かつ斬新な表現とすら評されている。こういう時に文明差を感じる。楽しげな水森の様子に水を差したくなくて、砂噛は黙って鑑賞を続けた。
「お前、これ観るの二回目なんだろ?楽しい?」
水森は、過去作は全て観たと言っていた。だからこその最新作へのお誘いだったのだろう。自分一人で観ても面白さが良くわからないので助かっているが、付き合わせて良かったのか、と気になってしまう。
「大丈夫っス、いい復習になりますし」
それに、と水森は目を細めた。
「先輩が一緒だと、嬉しいっス」
以前見せられた、あの柔らかい微笑み。なぜだかきらきら輝いて見えて、砂噛も目を細めた。
そうして思ったのだ。あ、キスくらいならできるな、と。
純粋な好意を向けられて絆されつつあるのは自覚していた。それでも砂噛にはこの感情が恋慕によるものかはわからなかった。キスをしたとて、恋愛感情を持っているかは判別できないだろう。
だが、せっかくその気になったのだ。とりあえずしておくか。相手も喜ぶだろうし。
そんな曖昧で不純な気持ちのまま、砂噛は水森の肩を引き寄せた。戸惑いの表情を見せる水森に、なんの説明もなく唇を寄せていく。
あと数センチという距離で、水森の手が二人の間に差し込まれた。
「……なんだよ」
「す、好きでもないのにキスとか」
「できるか試してるんだろうが。それに、とりあえずでも付き合ってんだ。いいだろ?」
「う……」
水森はきょろきょろと目を泳がせている。その様子は、照れというよりも明らかに困惑の色が強い。
「なんだ、嫌いになったか?」
「いや、そんなわけ!」
否定されてホッとする。ちょっと前まで幻滅させようと思っていたのに、おかしな話だが砂噛はそんなことを気にする余裕はなかった。
「じゃあ、なんでダメなんだよ」
「その……怒らないって約束してくれます?」
「いや、内容によるけど」
「うぐっ」
言葉に詰まった恋人に、砂噛はため息を押し殺した。怒らないなんて保証はできないし、上辺だけの約束は、見破られてしまう。本音で返すしかないのだが、こう言う時は面倒に感じる。
「いいから言えよ。言わなくてもオレはキレそうだ」
「な、なんでっスか!?」
「さっき拒否されたからだよ」
「う、ぐ……」
水森は先ほどから呻き声をあげてばかりだ。砂噛としては拒否されつづけている形になっており、機嫌は下降していく。
そんなこちらの様子を察知したのか水森は諦めたようにため息をついている。そうして、目を逸らしながらボソボソと小さな声で話し始めた。
「オレ、先輩の本当の姿の方がドキドキするんスよ」
だから、キスするならそっちでしたいなって。
耳まで真っ赤にして述べられた言葉は予想の斜め上を行くものだった。砂噛は唖然とした。水森のセリフも、自分がショックを受けていることも、想像の範疇を超えていた。
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