ロマンチストでリアリスト

「え?」
 先ほどまで、縋るように砂噛の背に回されていた手は、今は砂噛をぐいぐいと押し返している。
「どいてください。話があります」
 口調こそ敬語だが、水森の声には有無を言わさぬ迫力があった。剣呑な目線を感じ、言われるがままにベッドの上で姿勢を正す。それに向き合うように水森も上体を起こした。
「また、勝手に段階進めようとしましたね」
 じとりと睨まれて、砂噛は言葉に詰まってしまう。勝手にことを進めようとしたのは確かだ。
「先輩、流れで進めてく、みたいな大人の恋愛ばかりしてきたんでしょ」
 言いながら、水森は傷ついたように顔を歪めている。そんな顔させたい訳じゃない。そう思うが、向こうが言っていることは事実なので砂噛は何も言葉を紡げなかった。
「子供で悪かったですね。でも、ディープキスも、セックスも知識くらいありますからね」
 そう言って、水森はきっ、と睨みつけてくる。そう、そこだ。砂噛は水森の肩を掴むと、今日ずっと疑問だったことを口にした。
「……お前、そういう知識あるんだな?」
「当たり前でしょ。どんだけ子供だと思ってんスか?」
 いや、子供というか、夢みがちなやつ、と思っていた。しかし、そう訂正してしまうと、余計怒らせそうだ。その部分は無視して、砂噛は慎重に問いかける。
「知識あるのに、オレの家来て、何も思わなかったのか?」
「何もって……」
 水森はいまだにピンと来てないようだった。なんで、家に来ることとそういうことが結びつけられないんだ。オレの心が汚れているのか?砂噛は歯痒さを感じながら、言葉を重ねた。
「家来たら、手を出されるって思わなかったのか?」
「あー……」
 水森はようやく合点がいったようだった。そして、ちょっと笑うと、またあの冷え冷えとした目を砂噛に向けた。
「だって、まだ前提条件話し合ってないじゃないっスか。それがないうちはキス止まりかなって」
「前提?」
 今度は砂噛が首を傾げる番だった。水森は、わざとらしくため息をつくと、普段と変わらないトーンでさらりとこう述べた。
「どっちがどっちに突っ込むのかって話ですよ」

◇◇◇

 怒っている顔もかわいい。そんな相手から生々しい話をされて、砂噛は頭がくらくらするのを感じた。ロマンチストで現実を見ていない、なんて思っていたのに、自分よりも具体的にことを考えていたようだ。
 どちらがどちらに。水森の言葉を改めて反芻する。砂噛は正直なところ、自分がいわゆる突っ込む側だと思っていた。かわいくて、ものにしたい相手。その相手を組み敷くことを夢想してしまうのは男として仕方ないだろう、と自分に言い訳をする。
 だが、水森も男だ。性欲を感じ、まず想像するのは、自分と同じく相手を組み敷くことだろう。勝手に受け入れる側として扱っていたことに、申し訳なさを感じた。
「……悪い、そうだな、話し合わないと」
 辛うじてそう告げたものの、自分が受け入れ側で興奮できるかというと怪しい。自分を必死で組み敷く水森、と言うのは、まぁかわいい気がするが。
 頭を抱えて悩む砂噛に、水森は表情を緩めて見せた。
「先輩、突っ込まれるなんて考えてなかったんですよね」
「……」
 図星なので、砂噛は沈黙するしかない。申し訳なさでいっぱいだったが、この段階になっても譲りたくないと思ってしまう。そんな葛藤が表に出ていたのか、水森は耐えきれないと言うように吹き出した。
 ケラケラと笑う恋人に呆気に取られていると、先輩、といつものように柔らかい声で呼ばれた。
「そんなに神妙な顔しなくても、いいっスよ」
「いいって……」
「先輩がオレを抱きたいんだろうなって言うのは、最初っから分かってました」
 目がたまに怖いくらい。そう笑いながら告げられた内容に、そんなにあけすけだったかと砂噛は恥ずかしくなった。
「だから、まぁ、告白を受けた時点で覚悟は決めてたんですけどね」
「じゃあ……」
「だ、け、ど」
 わざとらしく区切られた言葉に砂噛は身構える。また何か怒られる気がする。いやもう、今のところ全面的にこちらが悪いので謝るしかないのだが。
「先輩だから!割と怖いけど、覚悟したんですからね!そんな、受け入れて当然、みたいな顔して押し倒さないでください。話し合うポーズくらい、見せてくださいよ!」
「わかった!オレが悪かった、です!」
 想像以上の剣幕で怒られてしまい、砂噛は咄嗟に敬語で謝ってしまった。手を合わせて謝りながら怖々と水森の顔を伺うと、仕方ないな、と笑っている。どうやら許してくれるようだ。
 かわいくて、ロマンチストで、かと思えば現実的で自分以上に覚悟が決まっている。こう言うところは敵わないな、と砂噛はしみじみ思った。

◇◇◇

「つーか準備とかもあるんで、どっちみちすぐにセックスできないですよ」
「準備……」
 コンドームならあるけど、と言おうとして砂噛は言葉を飲み込んだ。水森が言う準備は、きっと受け入れる側の話だ。
「一応調べたんですけど、毎回後ろ洗わなきゃいけないし、物入れられるようになるまで結構慣らさなきゃいけないみたいっスね」
 つらつらと語られる内容に、砂噛は申し訳なくなった。想像以上にきちんと調べている。ちゃんと、したいって思っていたんだな、と実感させられた。
「お前もしたかったんだな、セックス」
「そりゃ、まぁ」
 ごにょごにょと誤魔化すように水森は目を逸らした。少し頬が赤くなっている。具体的な話は素面で話していたのに、こういうところは初心だ。
 水森は真面目な顔をして、話を逸らした。
「慣らすの、自分のペースでしたいんですけど、いいですか?」
「もちろん」
 なにせ、体の器官を今までとは違う使い道をしろと言っているんだ。お願いする立場の砂噛からは何も言えない。
「じゃ、一、二ヶ月くらい待っててください」
 え、そんなに?そう思ってしまったが、さすがに声には出さなかった。ただ、顔には出ていたようで、水森は苦笑している。それから、少しからかうような声音で問いかけてきた。
「先輩、『待て』できます?」
 へら、と笑って水森は小首を傾げている。試されている、と砂噛は感じた。自分のために、性欲抑えられるのか。誠意を見せろ。そう言われている気がした。犬の躾のような扱いには閉口したが。
 それでも、砂噛は真っ直ぐに水森を見返した。相手の覚悟に応えるために、誠意でもなんでも見せてやろうじゃないか。そんな気持ちだった。
「できる、お前がいいって言うまで、ちゃんと待つ」
 その言葉に水森は嬉しそうに微笑んだ。

◇◇◇

 ベッドの上での攻防は、ようやく一段落した。攻防と言っても、ほぼ攻められてばかりだった砂噛はどっと疲れが出た。そもそも自分が悪いのだから、文句も言えない。
「悪かった、決めつけてて」
 改めて謝罪の言葉を口にすると、水森は首を振った。
「いや、もういいっスよ。ちゃんと話せましたし」
「勝手に、段階も進めたし……」
 今日は恋人を怒らせてばかりだったので、謝罪の種には事欠かない。付き合い始めてまだ日が浅いこともあり、いまいち相手の怒りのポイントを測りきれていない気がする。
「段階か……。先輩、オレたちってキスから始まっちゃったじゃないですか」
「……そうだな」
 その話を持ち出されると、砂噛は弱い。どうしよう、この件も改めて謝罪が必要なのだろうか。
 しかし、水森は謝罪を求めているわけではなさそうで、淡々と話を進める。
「先輩が、オレのこと好きって言ってくれたのは、嘘じゃないって分かってます。けど」
 じっとこちらを見つめてくる水森の目は迷うように揺れている。言葉にしていいか決めかねているようだ。砂噛は黙って続きを待った。
 やがて、水森は再び口を開いた。答えることにしたようだ。
「いろいろ飛ばされると不安になるんですよ、気持ちがおいてかれるみたいで」
 子供だからですかね、とちょっと困ったように水森は笑っている。こんな無理したような笑顔を浮かべさせたことに、砂噛は強い罪悪感を抱いた。
 衝動のままに抱き寄せる。行動してから、これも飛ばした行為なのかと気になったが、水森の腕が背に回ってきたので、これは良いらしい、と判断した。
「好きだ。足りなければ何度でも言ってやる」
 ふふ、と腕の中で笑い声が聞こえた。水森は、砂噛にすり寄るように身を任せると「大丈夫っスよ」と明るく言った。
「オレ、嘘わかるんで、今は一回でいいっス。また、不安になったら、その時に」
 砂噛は抱きしめている腕に力を込めた。子供だとか、大人だとか、関係ない。大切にしたい相手だからこそ、きちんと言葉にしていこうと心に決めた。
 少し距離をとって、水森の目を見つめた。先ほどの不安の色が消え、今は幸せそうに微笑んでいる。安心すると同時に、愛おしさも湧いてきて、どうしようもなくキスしたくなった。
「……いいか?」
 先ほどのこともあるので、言葉にして確認する。何を、とは言わなかったが、水森は理解したようで、こくりと小さく頷いた。
 今までもしていた軽く、短いキスをする。性的な刺激はないが、それでも心が満たされるような、そんな充足感があった。こんな風にゆっくりしていけばいいか、と砂噛は素直に思えた。
 しかし、それは砂噛だけだったようで、水森はちょっと不満げな顔をしている。そうして、耳を真っ赤にしながら砂噛の服をぎゅっと掴む。
「そのっ……さっきの深いやつ気持ち良かった、から」
 おい、待て。なんでこのタイミングでそんなこと言うんだ。人がせっかくゆっくり進めようって決めたのに。砂噛のそんな葛藤など知らない水森は、己の望みを素直に口にする。
「もうちょっと、してください」
 そう言って、キスをねだる恋人は、形容し難いくらい煽情的だった。
 やっぱり、こいつ、こちらの性欲というものを理解してないんじゃないか?砂噛はもやもやとした感情が湧き出るのを感じた。しかし、水森の恥ずかしげであるが、どこか期待するような瞳にあてられて、その感情は霧散した。ダメだ、こんな目で見られたら逆らえない。
 誘われるままに頬に手を這わす。せめてもの抵抗で、嫌味ったらしく言葉をかけた。
「段階ふめって言ったり、もっとって言ったり、忙しないやつ」
「もう進んじゃったんだから、いいでしょ?」
 そう言うと、水森は目を閉じた。砂噛がキスを拒否するなんて考えていないようだ。
 相手のペースに飲まれているが、不快じゃない。砂噛は仕方ないな、というポーズをとりながら、恋人に唇を落とした。
 
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