丁寧ではない暮らし

 ゼミが終わり、帰路についた時にはすでに辺りは暗かった。冬は日が沈むのが早く、一日が短く感じる。飲みに行かないか、と同じゼミの友人に誘われたが、それを断って水森は家へと急いだ。
 期待半分、諦め半分で家のドアを開けると、玄関には靴がなかった。ああ、まだ帰って来ていない。それを確認するとなんだか疲れてしまって、水森はその場にしゃがみこんだ。

 砂噛はたまにSTARSとの合同調査で出張する。課長である穂村を除けば、適性があるのは砂噛だけなのでそうなるのは仕方がない。
 今回もそれ関係の出張で、家を出て行ったのは一週間前だ。出張中は基本的にはプライベートの連絡がない。代わりに、会社のほうで途中経過の報告が入るので、そこで無事を確認している。
 包丁で刺されてもピンピンしている人なので、水森が心配する必要はないのかもしれないが、それでも悪い方向に、もしも、と考えてしまう。
 だから、今日か明日、帰ると思う、と連絡が来た時には心底安心したし、正確な時間も分からないのに急いで帰って来てしまった。
 どうやら、今日も一人のようだな、と諦めた気分で水森は立ち上がった。いつまでもしゃがみこんでいるわけにはいかない。とりあえず、夕飯を食べる必要があるが、一人だと作るのも億劫なので、ここ数日はコンビニ弁当だったが今から外に行く気にもなれない。疲れていることもあり、買い置きしてあるカップ麺で済ますことにした。
 一人の食事は苦手だ。実家で暮らしていた時にも、親が仕事で遅くなったり、妹は部活で時間が合わなかったりと、一人で食事をすることもあった。そのときは別に気にならなかったが、今は違う。自分の食事の音だけが響く空間がたまらなく嫌になる。なんで、こうなってしまったのか、と水森自身戸惑うくらいだった。
 たぶん、過度に幸せを与えられたせいだと水森は考えている。普段の生活に、大きなイベントがあるわけではない。ただ、一緒に過ごせることが、どうしようもなく幸福だと感じている。一人になると、そことの落差を感じてしまい、過剰に反応しているのだろう。そう推測していた。
 いつかはきっと、この生活にも慣れて、当たり前になるのだろう。その時は一人でいることも問題なくなっていく。実家のときのように。それが悪いこととは思わないが、どこか寂しさも感じてしまう。
 つくづく、ないものねだりで贅沢な話だ。

 風呂に入って、寝る準備をする時間になっても砂噛は帰ってこなかった。もともと、明日になるかも、という話だったので仕方ない。頭で分かってはいても、心にもやもやとしたものを残したまま、水森はベッドに入った。
 一緒に暮らしていると言っても、結婚しているわけではない。自分たちの間には何の社会的な関係性はないのだ。だから、たとえ出張先で砂噛が死んでも、自分に連絡が来るのは穂村の後だろう、と水森は理解している。
 それでも、砂噛が帰る家はここだ。法的に家族になれなくても、安心して帰ってこれる場所だと考えてくれている。そのことが、水森の支えだった。
 だからこそ、恋人に水森は寂しいと言ったことはない。言っても困らせるだけと言うのは分かっているし、負担になりたくなかった。
 明日になれば恋人に会える。その時には、きっと笑顔で迎えよう。そう考えながら、水森は目を閉じた。
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