この恋の終わりを教えて
かけおちした二人が泊まっているという宿に着くと、砂噛は駐車場に向かった。てっきり部屋に乗り込むと思っていたが、事を大きくしたくないらしい。
「周りに人が多いと、記憶改竄大変だろうが」
あと、足を押さえたほうが話をしやすい。そう言って、砂噛は黒い車の横に立った。あらかじめ調べておいた、二人の車だと言う。
「女は外星人だが、身体能力は地球人と変わらない。どちらかと言えば華奢なくらいだ。いざとなったらお前が取り押さえろ」
「分かりました。……知り合いですか?」
「何回か面談した事あるな。地球人と付き合っていることも知っていた」
砂噛の声に抑揚はない。どんな気持ちなのだろう、顧客とはいえ知り合いを追い詰めていくというのは。いや、それ以上に、自分と似た境遇の二人に対して、何を思っているのだろうか。気になったが、聞くことはできなかった。きっと自分と同じように明るい気持ちではない。
必要事項だけ話して、また砂噛は黙ってしまった。はらはらと降っている雪は小粒で、傘を持っていない二人の肩を濡らしていく。足元も普段通りの靴で来ているので、立っているだけで冷えてくる。水森は寒さを紛らわすように体を揺らした。
待っていた男女が宿から出てきたのは、それから十数分経ってからだった。儚げな印象の長い髪の女と、若い茶髪の男。見た目も整っていてお似合いだな、というのが水森の第一印象だった。女の方が、砂噛の顔を見て、「あ、」と呟く。
「……砂噛さん」
「お久しぶり」
女の顔は砂噛を見るなり青ざめていく。 COSMOSの人間が来たことの意味を悟ったようだった。
「知り合い?」
「保険の人……私たち専門の」
何も分かっていない男に、女は説明する。私たち、つまり外星人専門と聞いて、男の顔も強張っていく。女を庇うように一歩前に出てきた。そんな男に、砂噛は薄く微笑みを浮かべている。外行きの笑みに水森は薄ら寒いものを感じた。
「少し、話をしようか」
笑っているが、有無を言わさない声音だった。
◇◇◇
どこか場所を移動するのかと思ったが、すぐ済むからと駐車場で対峙したまま、砂噛は話を始めた。さっさと終わらせたいのだろう。
「それで、今回の逃走はどちらが言い出したことなんだ?」
「それは……」
「オレだよ、オレが連れ出した!」
女を遮るように、男が話し出す。砂噛に目線だけ向けられて、水森は首を横に振った。これは嘘だ。問い詰めるような問いかけに咄嗟に庇ったのだろう。
事前に聞いていた質問事項は三つだ。その内容に嘘がないかを確認することが、水森に課せられた仕事だ。今の質問が一つ目。どちらが逃亡を主導したかで、このかけおちの意味が変わってくる。女から言い出した、というのは地球側にとっては都合の良い話だ。出ていくように言われている外星人を地球人がたぶらかし、連れ出したとなると外聞が悪いという。
聞いていて気分の悪い話だった。ただ好き合って、どうにもならなくて逃げたのに、外からは「どちらがたぶらかしたか」という目で見られる。納得できないまま、それでも仕事だ、と自分に言い聞かせて水森は嘘かどうかの判断をしていた。
複雑な表情の水森とは対照的に、砂噛は淡々と質問を続ける。仕事としてキッパリと割り切っているのだろう。その態度に躊躇は見られない。
「なるほど。他に協力者はいるのか?」
「……いないです」
女がか細い声で答える。二つ目、これは本当。協力者がいた場合、その人物もなんらか処理する必要があるが、その心配はなさそうだ。
男は警戒するようにこちらを睨んでいる。先ほどから、自分達の受け答えに首を振ったり、頷いたりしているのを見て不審に思ったのだろう。こちらの意図を説明するわけにもいかず、水森は黙って見つめ返すしかできなかった。どのみち、次が最後の質問だ。といっても、この質問の答えは分かりきっている。形式的に、確認するだけだ。
「じゃあ、最後に。諦めて大人しく星に帰るつもりは?」
「ふざけんな、帰るわけないだろ!」
「お前には聞いていない」
激昂する男に対して、砂噛の声は冷えびえとしている。この質問は、女を取り押さえ、強制的に連れていくためだけの確認だ。抵抗の意思を見せたかどうか、を記録しておきたいだけの、質問。
「……なんとか、見逃してもらえませんか?」
やがて、女が弱々しく発した言葉は、こちらが望んだ通りのものだった。
◇◇◇
女の答えを受けて、砂噛ため息をついた。水森は気が気ではなかった。必要な質問はすでに全て終わった。あとは、捕まえるだけになってしまった。砂噛はいつ動くつもりなのか。
なるべく穏便に済ませてやりたいというのが、水森の正直な気持ちだ。二人のことはよく知らないが、一緒にいたいという純粋な思いでここまで来たのだろう。それを考えると咎めるようなことはできなかった。
しかし、砂噛はそうではないようだ。
「査定にひびくから、地球人はやめとけって言ってたのに。ここまで入れ込んでいるとはな」
小馬鹿にしたような物言いに、水森は違和感を覚えた。嘘はない。だが、今の言葉はきっと女だけに言った訳ではない。砂噛は自身に向けても言っている。地球人に恋することの愚かしさを、相手に説く形で自分自身にも言い聞かせている。
自分との関係を、後悔しているのだろうか。愚かなことをしたと思っているのだろうか。水森はずきずきと胸が痛むのを感じた。自分達の交際に、表立ってとやかくいう者はいない。だが、今回の局長の采配を考えると、きっと心から祝福されていることはないのだろう。自分達の関係に待っているのが破綻であることは、はたから見ていても分かるのだろう。
そう、明るい未来なんてないんだ。目の前の二人のように。水森は痛みつづける胸を抑えた。
「うるさい、お前に何が分かる!」
男の言葉に、砂噛は不愉快そうに眉をひそめた。そのまま、彼の持つMESへと手をかける。記憶を消すつもりなのだろう。
水森の頭の中で、不意に、相澤と雛川が二人の姿に重なった。あの二人はの別れは、急なものだった。相澤の自業自得と言えばそれまでだが、別れの挨拶もないままに雛川の記憶は消された。
あんな、友人にまで嫉妬するくらい、好きだったのに。そう思うと、たまらなくなってしまった。
「先輩、待って、待ってください!」
勝手に体が動き、砂噛の腕に縋りついていた。MESはまだ起動していないようで、目の前の男女はこちらを戸惑いの目で見ている。
「なんだ、離せよ!」
「急に、そんな……処理しなくてもいいじゃないですか。せめて、別れの時間あげるとか」
少しでも、いい形で別れられないか。そう思っての言葉だった。懇願するような水森の言葉に、砂噛は顔を歪めた。だが彼が文句を言う前に、男が口を開いた。
「……ふざけるなよ」
男の声は怒りに震えていた。先ほどまで砂噛に向かっていた鋭い目線が、今度は水森を突き刺す。
「お前らの都合で別れるなんて、納得できる訳ないだろ!」
男に怒鳴られて、水森は言葉に詰まった。感情に任せて深く考えずに行動をしてしまった。男の言葉はもっともだと感じた。水森が提案した別れの時間は、ただ自分が罪悪感を薄くする意味しかない。できるだけのことをした、と自分が思いたいだけの時間だ。
「ごめんなさい……」
自分の短絡的な発言を水森は恥じた。自然と、謝罪の言葉が口から出ていた。男は水森の素直な反応に、舌打ちをすると、女の手を取って駆け出した。
「っ!……待て!」
砂噛の制止を無視して、男は車に乗り込み、急発進させる。スピードを上げた黒い車はそのまま駐車場を出て行った。
腕に縋ったままの水森を振り払うと、砂噛は駆けていく。水森は慌ててそれを追いかけて行った。
◇◇◇
駐車場から出ていく車を、砂噛と水森は走って追いかけていく。まだ目視できる距離にいるものの、生身で追いつくことはできない距離だ。逃してしまう。その実感がじわじわと広がってきて、水森は血の気が引くのを感じた。
砂噛は舌打ちをすると立ち止まり、タクシーを探している。車での追跡に切り替えるようだ。
「すみません、オレのせいで」
青ざめながら謝罪すると「そうだな」と抑揚がない声が返ってきた。いっそ怒鳴りつけてくれたほうが気が楽だが、そんな事を考える事自体が甘えだ。
息を整えようと吸い込んだ空気は冷たい。体の中から冷やされて、ちくちくと肺が痛む。ちゃんと仕事をしなくてはと、無理にでも気持ちを切り替えようとしたところで、砂噛に話しかけられた。
「お前はもう、帰っていいからな」
手を挙げて、タクシーを拾っている砂噛は目を合わせてくれない。
「なんで……」
「お前の仕事は、あいつらの話に嘘がないか確認することだ。あとはもう、オレだけでもなんとかなる」
そう言って砂噛は運良く通りがかったタクシーに乗り込んでいく。そうして、水森の方を見ると冷たい声で言い放った。
「私情と切り離せないなら、帰れよ」
その目が、今まで見たことがないくらいに怒りに満ちていて、水森は息が苦しくなった。砂噛の怒りはもっともだ。自分は私情に引きずられて、仕事の邪魔をした。
それでも、水森は帰るつもりはなかった。仕事を放りだすなんてできないし、何より二人の行く末をきちんと見届けたかった。
「帰りません」
はっきりと宣言をして、砂噛を押し込むように、タクシーの後部座席に乗り込む。揉めている二人に戸惑い、運転手は発車して良いのか決めかねているようだ。開いたままのドアから冷たい雪が吹き込んでくる。いつの間にか風も出てきた。
「ちゃんと、仕事します」
水森は重ねてはっきりと意思を伝えた。こちらを探るように見てくる砂噛の目を、真っ向から見つめ返し、逸らさない。引くつもりはなかった。
「……分かった」
ため息混じりに伝えられた言葉に、水森は肩の力を抜いた。完全に納得してくれた訳ではなさそうだが、ここに置いていかれることはなさそうだ。
砂噛が運転手に発車を促す。ようやくドアが閉められたが、車内は寒く水森はかじかんだ手を擦り合わせた。
「周りに人が多いと、記憶改竄大変だろうが」
あと、足を押さえたほうが話をしやすい。そう言って、砂噛は黒い車の横に立った。あらかじめ調べておいた、二人の車だと言う。
「女は外星人だが、身体能力は地球人と変わらない。どちらかと言えば華奢なくらいだ。いざとなったらお前が取り押さえろ」
「分かりました。……知り合いですか?」
「何回か面談した事あるな。地球人と付き合っていることも知っていた」
砂噛の声に抑揚はない。どんな気持ちなのだろう、顧客とはいえ知り合いを追い詰めていくというのは。いや、それ以上に、自分と似た境遇の二人に対して、何を思っているのだろうか。気になったが、聞くことはできなかった。きっと自分と同じように明るい気持ちではない。
必要事項だけ話して、また砂噛は黙ってしまった。はらはらと降っている雪は小粒で、傘を持っていない二人の肩を濡らしていく。足元も普段通りの靴で来ているので、立っているだけで冷えてくる。水森は寒さを紛らわすように体を揺らした。
待っていた男女が宿から出てきたのは、それから十数分経ってからだった。儚げな印象の長い髪の女と、若い茶髪の男。見た目も整っていてお似合いだな、というのが水森の第一印象だった。女の方が、砂噛の顔を見て、「あ、」と呟く。
「……砂噛さん」
「お久しぶり」
女の顔は砂噛を見るなり青ざめていく。 COSMOSの人間が来たことの意味を悟ったようだった。
「知り合い?」
「保険の人……私たち専門の」
何も分かっていない男に、女は説明する。私たち、つまり外星人専門と聞いて、男の顔も強張っていく。女を庇うように一歩前に出てきた。そんな男に、砂噛は薄く微笑みを浮かべている。外行きの笑みに水森は薄ら寒いものを感じた。
「少し、話をしようか」
笑っているが、有無を言わさない声音だった。
◇◇◇
どこか場所を移動するのかと思ったが、すぐ済むからと駐車場で対峙したまま、砂噛は話を始めた。さっさと終わらせたいのだろう。
「それで、今回の逃走はどちらが言い出したことなんだ?」
「それは……」
「オレだよ、オレが連れ出した!」
女を遮るように、男が話し出す。砂噛に目線だけ向けられて、水森は首を横に振った。これは嘘だ。問い詰めるような問いかけに咄嗟に庇ったのだろう。
事前に聞いていた質問事項は三つだ。その内容に嘘がないかを確認することが、水森に課せられた仕事だ。今の質問が一つ目。どちらが逃亡を主導したかで、このかけおちの意味が変わってくる。女から言い出した、というのは地球側にとっては都合の良い話だ。出ていくように言われている外星人を地球人がたぶらかし、連れ出したとなると外聞が悪いという。
聞いていて気分の悪い話だった。ただ好き合って、どうにもならなくて逃げたのに、外からは「どちらがたぶらかしたか」という目で見られる。納得できないまま、それでも仕事だ、と自分に言い聞かせて水森は嘘かどうかの判断をしていた。
複雑な表情の水森とは対照的に、砂噛は淡々と質問を続ける。仕事としてキッパリと割り切っているのだろう。その態度に躊躇は見られない。
「なるほど。他に協力者はいるのか?」
「……いないです」
女がか細い声で答える。二つ目、これは本当。協力者がいた場合、その人物もなんらか処理する必要があるが、その心配はなさそうだ。
男は警戒するようにこちらを睨んでいる。先ほどから、自分達の受け答えに首を振ったり、頷いたりしているのを見て不審に思ったのだろう。こちらの意図を説明するわけにもいかず、水森は黙って見つめ返すしかできなかった。どのみち、次が最後の質問だ。といっても、この質問の答えは分かりきっている。形式的に、確認するだけだ。
「じゃあ、最後に。諦めて大人しく星に帰るつもりは?」
「ふざけんな、帰るわけないだろ!」
「お前には聞いていない」
激昂する男に対して、砂噛の声は冷えびえとしている。この質問は、女を取り押さえ、強制的に連れていくためだけの確認だ。抵抗の意思を見せたかどうか、を記録しておきたいだけの、質問。
「……なんとか、見逃してもらえませんか?」
やがて、女が弱々しく発した言葉は、こちらが望んだ通りのものだった。
◇◇◇
女の答えを受けて、砂噛ため息をついた。水森は気が気ではなかった。必要な質問はすでに全て終わった。あとは、捕まえるだけになってしまった。砂噛はいつ動くつもりなのか。
なるべく穏便に済ませてやりたいというのが、水森の正直な気持ちだ。二人のことはよく知らないが、一緒にいたいという純粋な思いでここまで来たのだろう。それを考えると咎めるようなことはできなかった。
しかし、砂噛はそうではないようだ。
「査定にひびくから、地球人はやめとけって言ってたのに。ここまで入れ込んでいるとはな」
小馬鹿にしたような物言いに、水森は違和感を覚えた。嘘はない。だが、今の言葉はきっと女だけに言った訳ではない。砂噛は自身に向けても言っている。地球人に恋することの愚かしさを、相手に説く形で自分自身にも言い聞かせている。
自分との関係を、後悔しているのだろうか。愚かなことをしたと思っているのだろうか。水森はずきずきと胸が痛むのを感じた。自分達の交際に、表立ってとやかくいう者はいない。だが、今回の局長の采配を考えると、きっと心から祝福されていることはないのだろう。自分達の関係に待っているのが破綻であることは、はたから見ていても分かるのだろう。
そう、明るい未来なんてないんだ。目の前の二人のように。水森は痛みつづける胸を抑えた。
「うるさい、お前に何が分かる!」
男の言葉に、砂噛は不愉快そうに眉をひそめた。そのまま、彼の持つMESへと手をかける。記憶を消すつもりなのだろう。
水森の頭の中で、不意に、相澤と雛川が二人の姿に重なった。あの二人はの別れは、急なものだった。相澤の自業自得と言えばそれまでだが、別れの挨拶もないままに雛川の記憶は消された。
あんな、友人にまで嫉妬するくらい、好きだったのに。そう思うと、たまらなくなってしまった。
「先輩、待って、待ってください!」
勝手に体が動き、砂噛の腕に縋りついていた。MESはまだ起動していないようで、目の前の男女はこちらを戸惑いの目で見ている。
「なんだ、離せよ!」
「急に、そんな……処理しなくてもいいじゃないですか。せめて、別れの時間あげるとか」
少しでも、いい形で別れられないか。そう思っての言葉だった。懇願するような水森の言葉に、砂噛は顔を歪めた。だが彼が文句を言う前に、男が口を開いた。
「……ふざけるなよ」
男の声は怒りに震えていた。先ほどまで砂噛に向かっていた鋭い目線が、今度は水森を突き刺す。
「お前らの都合で別れるなんて、納得できる訳ないだろ!」
男に怒鳴られて、水森は言葉に詰まった。感情に任せて深く考えずに行動をしてしまった。男の言葉はもっともだと感じた。水森が提案した別れの時間は、ただ自分が罪悪感を薄くする意味しかない。できるだけのことをした、と自分が思いたいだけの時間だ。
「ごめんなさい……」
自分の短絡的な発言を水森は恥じた。自然と、謝罪の言葉が口から出ていた。男は水森の素直な反応に、舌打ちをすると、女の手を取って駆け出した。
「っ!……待て!」
砂噛の制止を無視して、男は車に乗り込み、急発進させる。スピードを上げた黒い車はそのまま駐車場を出て行った。
腕に縋ったままの水森を振り払うと、砂噛は駆けていく。水森は慌ててそれを追いかけて行った。
◇◇◇
駐車場から出ていく車を、砂噛と水森は走って追いかけていく。まだ目視できる距離にいるものの、生身で追いつくことはできない距離だ。逃してしまう。その実感がじわじわと広がってきて、水森は血の気が引くのを感じた。
砂噛は舌打ちをすると立ち止まり、タクシーを探している。車での追跡に切り替えるようだ。
「すみません、オレのせいで」
青ざめながら謝罪すると「そうだな」と抑揚がない声が返ってきた。いっそ怒鳴りつけてくれたほうが気が楽だが、そんな事を考える事自体が甘えだ。
息を整えようと吸い込んだ空気は冷たい。体の中から冷やされて、ちくちくと肺が痛む。ちゃんと仕事をしなくてはと、無理にでも気持ちを切り替えようとしたところで、砂噛に話しかけられた。
「お前はもう、帰っていいからな」
手を挙げて、タクシーを拾っている砂噛は目を合わせてくれない。
「なんで……」
「お前の仕事は、あいつらの話に嘘がないか確認することだ。あとはもう、オレだけでもなんとかなる」
そう言って砂噛は運良く通りがかったタクシーに乗り込んでいく。そうして、水森の方を見ると冷たい声で言い放った。
「私情と切り離せないなら、帰れよ」
その目が、今まで見たことがないくらいに怒りに満ちていて、水森は息が苦しくなった。砂噛の怒りはもっともだ。自分は私情に引きずられて、仕事の邪魔をした。
それでも、水森は帰るつもりはなかった。仕事を放りだすなんてできないし、何より二人の行く末をきちんと見届けたかった。
「帰りません」
はっきりと宣言をして、砂噛を押し込むように、タクシーの後部座席に乗り込む。揉めている二人に戸惑い、運転手は発車して良いのか決めかねているようだ。開いたままのドアから冷たい雪が吹き込んでくる。いつの間にか風も出てきた。
「ちゃんと、仕事します」
水森は重ねてはっきりと意思を伝えた。こちらを探るように見てくる砂噛の目を、真っ向から見つめ返し、逸らさない。引くつもりはなかった。
「……分かった」
ため息混じりに伝えられた言葉に、水森は肩の力を抜いた。完全に納得してくれた訳ではなさそうだが、ここに置いていかれることはなさそうだ。
砂噛が運転手に発車を促す。ようやくドアが閉められたが、車内は寒く水森はかじかんだ手を擦り合わせた。
