この恋の終わりを教えて
水森が初めて『ロミオとジュリエット』を読んだのは、小学生の頃である。子供向けの、平易な文章で書かれた本を、学校の図書室で借りて読み進めた。
そもそも興味を持ったきっかけは、当時読んでいた学園物の漫画で、主人公たちが『ロミオとジュリエット』の演劇をする展開があったから、と言うミーハーなものだった。漫画の筋から、なんとなくの展開は知っていたし、小学生向けに簡単に描かれていることもあり、本自体はスルスルと読破できた。「ああ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」と言う有名なセリフは、「なんでロミオって名前?何モチーフ?」と名前の由来を尋ねているわけではなかったんだな、とこの時初めて知った。
読了した感想は、しっくりこない、というのが強かった。時代背景が理解できなかったと言うのもあるが、主人公たちにいまいち感情移入できなかった。恋のために家を捨てるというのが、特に共感が難しい箇所だ。
当時の水森は、同じクラスの女の子が好きだった。読む漫画の趣味が似ていて、感想を言い合うのが面白い、というただそれだけの理由の子供の恋だ。その子を相手に考えてみたが一緒に家出するような未来は想像できなかった。女手一人で自分を育ててくれる母のことは裏切れないし、妹もまだまだ目が離せない。何もかもを捨てていいと思える、そんな強い感情が理解できなかった。
そうして高校生になった今でも水森にとって『ロミオとジュリエット』はあまり共感できない話だった。成長し、背景情報も知った今となっては、恋愛感情だけではなく、彼らの追い詰められた状況、閉塞感、といったものも影響していたのだろうとは理解している。また、あのころとは異なり、恋というものを経験した。小学生の頃理解できなかった、身を焦がすような恋、だと考えている。相手のためにできることは何でもしてやりたいと思うし、失うことを考えると、想像だけでも胸が苦しくなる。
水森と恋人の関係は、決して一般的ではない。多様性の時代ではあるが、同性同士だ。人目のあるところで手は繋げないし、家族にもいまだに紹介できていない。それ以上に生まれた星が違う。話が合わないこともあるし、恋人がどんな過去を歩んできたのか、水森は知らない。
それでも水森は「砂噛先輩は、どうして砂噛先輩なんスか」なんてことを、言うつもりはなかった。同性だとか、外星人だとか、そういった障害を全て理解した上で、水森は砂噛と付き合うことを選んだ。
何かと制限はあるものの、今の自分たちは恵まれている方だと水森は考えている。会社の仲間には、関係を隠していないし、むしろ受け入れられている。ジュリエットのように、望まぬ相手との結婚を迫られている訳ではないし、ロミオのように逃亡の必要はない。かけおちなんて考えたこともないし、必要もない。
ただ、たまに考えてしまう。この恋はきっと永遠ではないと。
◇◇◇
肩を揺すられて、水森は目を覚ました。いつの間にか眠っていたようだった。
「おい、次の駅で降りるからな」
「すみません、うとうとしてました」
呆れた顔の砂噛に謝罪しながら、水森へ先ほどの夢を反芻した。小学校の頃の夢だった気がする。初恋の女の子とか、当時読んでいた漫画や本とか、そんな記憶とも夢ともつかない映像が頭の中に浮かんでは消えていく。はっきりとは思い出せそうにない。
「COSMOSって新幹線使うんスね」
「車の方が楽なんだが、社用車出はらってたからな」
水森は手の中の切符を弄んだ。出社して早々、穂村から「出張お願いします」と渡されたそれは、高校生の水森には馴染みのないものだった。行き先も目的も、道すがら説明すると言われ、同行者である砂噛に引きずられてここまで来た。
家への言い訳をどうしようとか、着替えはどうするとかいった水森の文句に「課長がうまく言っているはず」「うまくいけば今日中に帰れる」と簡潔に答えが返ってきた。普段よりも口数の少ない砂噛に違和感を覚えたが、自分たちの出張の目的を聞いて納得した。
「かけおちなんて、ドラマとか小説の中だけの話だと思ってました」
水森は先ほど寝る前に聞いた話を、改めて口にした。
今回、二人の出張の目的は、かけおちした外星人の確保である。
とある星で、内戦が勃発し治安が著しく悪化した。それ自体は良くある話だったが、結果的に樹立した新政府が問題だった。排他主義を掲げ、滞在していた他の星出身者の虐殺を開始した。当然、多くの星との国交は断絶され、その中に地球も含まれていた。その星の大使館は閉鎖され、地球に滞在するその星の出身者も、滞在許可が切れ次第、送還されているという。要は、関わりを断ちたいのだろう。下手に匿うと、自星民を拉致したと、難癖をつけかねられない。
かけおちをした男女の、女の方がその星の出身者だという。そして、女はCOSMOSの保険に入っていた。
「だからと言って、うちが捕まえなきゃなんないって変じゃないっスか?」
「別に、返済も済んでるし、ただ逃げてるだけなら、うちも追わねぇよ。地球人とかけおちしたのがまずい」
地球人、という言い方が妙に他人行儀で、水森は胸の奥が重くなるのを感じた。何でもない会話の中でも恋人と自分の違いを突きつけられている気分だ。
「誘拐だなんだと難癖をつけられて、向こうの星との間に問題が起きた場合、外賠責の対象になりかねない」
砂噛の言葉は淡々としている。いっそいつものように皮肉でも言ってくれた方が水森としても気が楽なのだが、目も合わせてくれない。
ため息を我慢しながら、せめて自分だけでもいつも通りを心がけ、水森はへらへらと笑った。
「なんで、オレ達なんスかね」
「……まぁ、嘘が見抜けた方がいい場面があるのは確かだ」
局長は、二人の交際を認識している。社内恋愛が禁止されている訳ではないが、何かあった時にバレるよりは先に伝えておいたほうがトラブルが少ない、課のメンバーと局長には交際し始める時に砂噛が報告をしていた。何か、に別れた時も想定されているんだろうな、と水森は察していたが、わかっていないふりをしていた。
自分たちと似た境遇の男女を、別れさせる仕事をする。正直、複雑な気持ちだし、オレ達に振ってほしくなかったな、と水森は局長を恨んだ。適任であれば、部下の感傷など関係ないということか。あるいは、もし同じ状況になったとき、逃げられないぞ、ということを示すためにわざと自分たちを派遣したのか。いずれにしても普段は温厚で、茶目っけさえある局長の冷淡な指導者としての一面を見た気がした。
車内にアナウンスが流れる。目的地はそろそろだ。無言で荷物をまとめる砂噛に倣って、水森もコートを羽織る。普段から仕事中は恋人としての顔を見せないが、あまりにも今日の砂噛は言葉数が少なかった。
砂噛は、これから会う二人と、自分達のことを重ねている。二人の姿に、自分達の未来を見ている。水森はそう感じていた。それは、水森も同じだった。直視したくない、別れの未来をあまりにもリアルに示されてしまった。
「さむ……」
暖かい車内との落差もあり、降り立った駅は東京よりも寒く感じた。水森は不安を持て余しながら、自分よりも前を行く背中を追った。
◇◇◇
水森が不安感を抱くのはこれが初めてではない。交際を続けながらも、将来への不安は折に触れて顔をだした。
一度だけ、自分の中で抱えきれなくなって、鉄に心情を吐露したことがある。鉄はふーん、とか、へーとか相槌を打ちながら最後まで水森の話を聞き、そうして呆れたようにため息をついた。
「いや、その悩み、だいぶ一般的だからな」
鉄に言い切られてしまい水森は眉を顰めた。なんだか自分の悩みをひどく矮小化された気がする。
「ダチもよく言ってっし。いつか別れが来そうで怖いって」
「でも、その人たちは男女で、地球人同士っスよね?」
自分たちに比べて障害は少ないはずだ。いい募る水森に、鉄は落ち着け、と手を上下にひらひらと振った。
「断言できるけど、水森が女で、ドラ男が地球人でも、今みたいにウジウジ悩むっしょ」
想像してみ?と言われて、水森はムッとした。そういう問題じゃない、と言いたかったが、鉄の言う通りだ、とも思ってしまう。多分自分が女で、地球人同士だとしても、結婚を考えてくれているのか?とか心変わりされたらどうしよう?とか詮もないことを考えてしまいそうだ。
「永遠なんてねーし、約束なんて絶対じゃない」
J-POPの歌詞にもよくあんじゃん。そう言う鉄の目は、冷めた色をしている。
「結婚しても、子供できても、別れる時は別れんだよ」
おそらく、彼女は自分の両親のことを思い返しながら話している。先ほど、冷めていると感じた目の中にちらつく、怒りのようなものを感じながら水森は後悔した。甘えすぎて、するべきではない相手に相談してしまった。
黙ってしまった水森に、言いすぎたと思ったのか鉄は慌てて声を明るくする。
「まぁでも、大丈夫っしょ。お前らラブラブだし」
「ラブラブって」
別段、会社でいちゃついているつもりはないので、その表現には首を捻った。バカップルみたいにベタベタしたりはしていないはずだ。
「分かりやすいよ?好きがダダ漏れで」
「マジか、気をつけよ」
「いや、水森じゃなくて、ドラ男が」
水森はますますわからなくなった。彼の恋人は職場で甘い顔を見せることはまずない。以前と変わらず皮肉屋で、小馬鹿にしたような態度を示すこともしばしばだ。
「あいつの目さぁ、水森見る時だけ甘ったるい」
「はぁ……?」
そんなことを言われても、全くピンと来なかった。ただ、他人にわかるくらいの好意を恋人が示している、というのは聞いていて悪い気はしなかった。
◇◇◇
駅を出ると雪が降っていた。新幹線が停まるとはいえ、田舎と言って差し支えないその場所は、だだっ広いロータリーに反して人の姿はまばらだった。
駅前にはビジネスホテルとコンビニ、あとは病院や不動産といった、主にそこに住む人の生活を支えるための建物が並ぶ。観光地として栄えているとは言い難い場所だ。
「かけおちって、なんで田舎に行くんスかね」
「……目撃情報が出にくいからだろ」
話しかければ、反応は鈍いものの返答は返ってくる。仕事中ということもあるが、その声はあまりにも抑揚がなく、水森の心を沈めていった。
「見つけたら、相手をどうするんスか?有無言わさずに捕まえるんですか?」
「いや、確認することがあるから、多少話をするが。最後は捕まえて……まぁ、処理して政府のやつらに引き渡しだな」
砂噛が濁した部分は、きっとMESによる記憶改竄だろう。水森はそう推測した。自分も、そしておそらく砂噛もそれが一番怖いことだ。雛川のように、今回も地球人の方は記憶を消されるのだろう。
鉄にも話していないが、水森が一番恐れているのは自身の感情が消えることだ。別れそのものに対する恐怖もあるので、鉄の言った『一般的な』悩みという側面も確かにあるが、その先への恐怖は特殊なものと捉えていた。
好意を伝え合って、キスをして、抱き合って。好きという気持ちが募るほどにその恐怖は強くなっていった。いつか、この強い思いが消される時が来る。
いつか。そう、いつか、だ。それが明日なのか、それとも数年後、数十年後なのかはわからない。もしかしたら、そんな日は来ないのかもしれない。それでも、急に砂噛の星の治安が悪化したり、あるいは地球側が受け入れなくなったり。そんな、自分たちではどうしようもない外的な要因で、いつか、は来てしまう。
漠然とした、しかし確度の高い未来への恐怖で、水森は恋人に過去や出身の星のことを聞けずにいた。聞くと、どうしても別れを意識してしまう。恋人の過去を知らないまま、未来から目を逸らし、ただ今だけの幸せを享受する。そんな日々だ。
この恋の終わりには、何が残るのだろう。最後には消えてしまう気持ちに意味があるのか、水森には分からなかった。
そもそも興味を持ったきっかけは、当時読んでいた学園物の漫画で、主人公たちが『ロミオとジュリエット』の演劇をする展開があったから、と言うミーハーなものだった。漫画の筋から、なんとなくの展開は知っていたし、小学生向けに簡単に描かれていることもあり、本自体はスルスルと読破できた。「ああ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」と言う有名なセリフは、「なんでロミオって名前?何モチーフ?」と名前の由来を尋ねているわけではなかったんだな、とこの時初めて知った。
読了した感想は、しっくりこない、というのが強かった。時代背景が理解できなかったと言うのもあるが、主人公たちにいまいち感情移入できなかった。恋のために家を捨てるというのが、特に共感が難しい箇所だ。
当時の水森は、同じクラスの女の子が好きだった。読む漫画の趣味が似ていて、感想を言い合うのが面白い、というただそれだけの理由の子供の恋だ。その子を相手に考えてみたが一緒に家出するような未来は想像できなかった。女手一人で自分を育ててくれる母のことは裏切れないし、妹もまだまだ目が離せない。何もかもを捨てていいと思える、そんな強い感情が理解できなかった。
そうして高校生になった今でも水森にとって『ロミオとジュリエット』はあまり共感できない話だった。成長し、背景情報も知った今となっては、恋愛感情だけではなく、彼らの追い詰められた状況、閉塞感、といったものも影響していたのだろうとは理解している。また、あのころとは異なり、恋というものを経験した。小学生の頃理解できなかった、身を焦がすような恋、だと考えている。相手のためにできることは何でもしてやりたいと思うし、失うことを考えると、想像だけでも胸が苦しくなる。
水森と恋人の関係は、決して一般的ではない。多様性の時代ではあるが、同性同士だ。人目のあるところで手は繋げないし、家族にもいまだに紹介できていない。それ以上に生まれた星が違う。話が合わないこともあるし、恋人がどんな過去を歩んできたのか、水森は知らない。
それでも水森は「砂噛先輩は、どうして砂噛先輩なんスか」なんてことを、言うつもりはなかった。同性だとか、外星人だとか、そういった障害を全て理解した上で、水森は砂噛と付き合うことを選んだ。
何かと制限はあるものの、今の自分たちは恵まれている方だと水森は考えている。会社の仲間には、関係を隠していないし、むしろ受け入れられている。ジュリエットのように、望まぬ相手との結婚を迫られている訳ではないし、ロミオのように逃亡の必要はない。かけおちなんて考えたこともないし、必要もない。
ただ、たまに考えてしまう。この恋はきっと永遠ではないと。
◇◇◇
肩を揺すられて、水森は目を覚ました。いつの間にか眠っていたようだった。
「おい、次の駅で降りるからな」
「すみません、うとうとしてました」
呆れた顔の砂噛に謝罪しながら、水森へ先ほどの夢を反芻した。小学校の頃の夢だった気がする。初恋の女の子とか、当時読んでいた漫画や本とか、そんな記憶とも夢ともつかない映像が頭の中に浮かんでは消えていく。はっきりとは思い出せそうにない。
「COSMOSって新幹線使うんスね」
「車の方が楽なんだが、社用車出はらってたからな」
水森は手の中の切符を弄んだ。出社して早々、穂村から「出張お願いします」と渡されたそれは、高校生の水森には馴染みのないものだった。行き先も目的も、道すがら説明すると言われ、同行者である砂噛に引きずられてここまで来た。
家への言い訳をどうしようとか、着替えはどうするとかいった水森の文句に「課長がうまく言っているはず」「うまくいけば今日中に帰れる」と簡潔に答えが返ってきた。普段よりも口数の少ない砂噛に違和感を覚えたが、自分たちの出張の目的を聞いて納得した。
「かけおちなんて、ドラマとか小説の中だけの話だと思ってました」
水森は先ほど寝る前に聞いた話を、改めて口にした。
今回、二人の出張の目的は、かけおちした外星人の確保である。
とある星で、内戦が勃発し治安が著しく悪化した。それ自体は良くある話だったが、結果的に樹立した新政府が問題だった。排他主義を掲げ、滞在していた他の星出身者の虐殺を開始した。当然、多くの星との国交は断絶され、その中に地球も含まれていた。その星の大使館は閉鎖され、地球に滞在するその星の出身者も、滞在許可が切れ次第、送還されているという。要は、関わりを断ちたいのだろう。下手に匿うと、自星民を拉致したと、難癖をつけかねられない。
かけおちをした男女の、女の方がその星の出身者だという。そして、女はCOSMOSの保険に入っていた。
「だからと言って、うちが捕まえなきゃなんないって変じゃないっスか?」
「別に、返済も済んでるし、ただ逃げてるだけなら、うちも追わねぇよ。地球人とかけおちしたのがまずい」
地球人、という言い方が妙に他人行儀で、水森は胸の奥が重くなるのを感じた。何でもない会話の中でも恋人と自分の違いを突きつけられている気分だ。
「誘拐だなんだと難癖をつけられて、向こうの星との間に問題が起きた場合、外賠責の対象になりかねない」
砂噛の言葉は淡々としている。いっそいつものように皮肉でも言ってくれた方が水森としても気が楽なのだが、目も合わせてくれない。
ため息を我慢しながら、せめて自分だけでもいつも通りを心がけ、水森はへらへらと笑った。
「なんで、オレ達なんスかね」
「……まぁ、嘘が見抜けた方がいい場面があるのは確かだ」
局長は、二人の交際を認識している。社内恋愛が禁止されている訳ではないが、何かあった時にバレるよりは先に伝えておいたほうがトラブルが少ない、課のメンバーと局長には交際し始める時に砂噛が報告をしていた。何か、に別れた時も想定されているんだろうな、と水森は察していたが、わかっていないふりをしていた。
自分たちと似た境遇の男女を、別れさせる仕事をする。正直、複雑な気持ちだし、オレ達に振ってほしくなかったな、と水森は局長を恨んだ。適任であれば、部下の感傷など関係ないということか。あるいは、もし同じ状況になったとき、逃げられないぞ、ということを示すためにわざと自分たちを派遣したのか。いずれにしても普段は温厚で、茶目っけさえある局長の冷淡な指導者としての一面を見た気がした。
車内にアナウンスが流れる。目的地はそろそろだ。無言で荷物をまとめる砂噛に倣って、水森もコートを羽織る。普段から仕事中は恋人としての顔を見せないが、あまりにも今日の砂噛は言葉数が少なかった。
砂噛は、これから会う二人と、自分達のことを重ねている。二人の姿に、自分達の未来を見ている。水森はそう感じていた。それは、水森も同じだった。直視したくない、別れの未来をあまりにもリアルに示されてしまった。
「さむ……」
暖かい車内との落差もあり、降り立った駅は東京よりも寒く感じた。水森は不安を持て余しながら、自分よりも前を行く背中を追った。
◇◇◇
水森が不安感を抱くのはこれが初めてではない。交際を続けながらも、将来への不安は折に触れて顔をだした。
一度だけ、自分の中で抱えきれなくなって、鉄に心情を吐露したことがある。鉄はふーん、とか、へーとか相槌を打ちながら最後まで水森の話を聞き、そうして呆れたようにため息をついた。
「いや、その悩み、だいぶ一般的だからな」
鉄に言い切られてしまい水森は眉を顰めた。なんだか自分の悩みをひどく矮小化された気がする。
「ダチもよく言ってっし。いつか別れが来そうで怖いって」
「でも、その人たちは男女で、地球人同士っスよね?」
自分たちに比べて障害は少ないはずだ。いい募る水森に、鉄は落ち着け、と手を上下にひらひらと振った。
「断言できるけど、水森が女で、ドラ男が地球人でも、今みたいにウジウジ悩むっしょ」
想像してみ?と言われて、水森はムッとした。そういう問題じゃない、と言いたかったが、鉄の言う通りだ、とも思ってしまう。多分自分が女で、地球人同士だとしても、結婚を考えてくれているのか?とか心変わりされたらどうしよう?とか詮もないことを考えてしまいそうだ。
「永遠なんてねーし、約束なんて絶対じゃない」
J-POPの歌詞にもよくあんじゃん。そう言う鉄の目は、冷めた色をしている。
「結婚しても、子供できても、別れる時は別れんだよ」
おそらく、彼女は自分の両親のことを思い返しながら話している。先ほど、冷めていると感じた目の中にちらつく、怒りのようなものを感じながら水森は後悔した。甘えすぎて、するべきではない相手に相談してしまった。
黙ってしまった水森に、言いすぎたと思ったのか鉄は慌てて声を明るくする。
「まぁでも、大丈夫っしょ。お前らラブラブだし」
「ラブラブって」
別段、会社でいちゃついているつもりはないので、その表現には首を捻った。バカップルみたいにベタベタしたりはしていないはずだ。
「分かりやすいよ?好きがダダ漏れで」
「マジか、気をつけよ」
「いや、水森じゃなくて、ドラ男が」
水森はますますわからなくなった。彼の恋人は職場で甘い顔を見せることはまずない。以前と変わらず皮肉屋で、小馬鹿にしたような態度を示すこともしばしばだ。
「あいつの目さぁ、水森見る時だけ甘ったるい」
「はぁ……?」
そんなことを言われても、全くピンと来なかった。ただ、他人にわかるくらいの好意を恋人が示している、というのは聞いていて悪い気はしなかった。
◇◇◇
駅を出ると雪が降っていた。新幹線が停まるとはいえ、田舎と言って差し支えないその場所は、だだっ広いロータリーに反して人の姿はまばらだった。
駅前にはビジネスホテルとコンビニ、あとは病院や不動産といった、主にそこに住む人の生活を支えるための建物が並ぶ。観光地として栄えているとは言い難い場所だ。
「かけおちって、なんで田舎に行くんスかね」
「……目撃情報が出にくいからだろ」
話しかければ、反応は鈍いものの返答は返ってくる。仕事中ということもあるが、その声はあまりにも抑揚がなく、水森の心を沈めていった。
「見つけたら、相手をどうするんスか?有無言わさずに捕まえるんですか?」
「いや、確認することがあるから、多少話をするが。最後は捕まえて……まぁ、処理して政府のやつらに引き渡しだな」
砂噛が濁した部分は、きっとMESによる記憶改竄だろう。水森はそう推測した。自分も、そしておそらく砂噛もそれが一番怖いことだ。雛川のように、今回も地球人の方は記憶を消されるのだろう。
鉄にも話していないが、水森が一番恐れているのは自身の感情が消えることだ。別れそのものに対する恐怖もあるので、鉄の言った『一般的な』悩みという側面も確かにあるが、その先への恐怖は特殊なものと捉えていた。
好意を伝え合って、キスをして、抱き合って。好きという気持ちが募るほどにその恐怖は強くなっていった。いつか、この強い思いが消される時が来る。
いつか。そう、いつか、だ。それが明日なのか、それとも数年後、数十年後なのかはわからない。もしかしたら、そんな日は来ないのかもしれない。それでも、急に砂噛の星の治安が悪化したり、あるいは地球側が受け入れなくなったり。そんな、自分たちではどうしようもない外的な要因で、いつか、は来てしまう。
漠然とした、しかし確度の高い未来への恐怖で、水森は恋人に過去や出身の星のことを聞けずにいた。聞くと、どうしても別れを意識してしまう。恋人の過去を知らないまま、未来から目を逸らし、ただ今だけの幸せを享受する。そんな日々だ。
この恋の終わりには、何が残るのだろう。最後には消えてしまう気持ちに意味があるのか、水森には分からなかった。
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