湯たんぽはいらない

 ドラゴンは爬虫類に属するか?答えは否である。理由は簡単で、地球上においてドラゴンは空想上の生き物であり、分類学上の区分などない。
 ただ、強いて当てはめるとしたら、爬虫類だろう。ワニのような眼光に、トカゲのようにゴツゴツした肌。爬虫類によく似た特徴を持っている。ちなみにコモドドラゴンの正式名称はコモドオオトカゲで、これも爬虫類である。
 多くの爬虫類は冬眠をする。これは、彼らが変温動物で、体温が外気に左右されるためである。別に寒がりだから、寝ているわけではない。彼らにとっては休眠モードに入って春を待つ、というのは命懸けの行為なのだ。
 さて、砂噛の本来の姿はドラゴンである。外星人である彼に、地球上の分類は当てはまらず、外気によらず体温は一定である。ようはごく一般的な地球人と同じように、冬を越すことは可能だ。冬眠は必要ない。
 だから、冬になると布団から出たくないし、できれば外回りは避けたい、というのは、ただの彼の気質の問題である。要するに寒がりなだけだ。
 そんなわけで砂噛は、今年も寒くなったな、と感じた時点で早々に社用車の暖房をかけた。わりと強めに。
「……暑くないスか?」
 隣に座る後輩からクレームを入れられたので、適当に返す。
「オレには適温だ」
「えー?」
 水森は不満げだったが、諦めたようにシートにもたれかかった。運転をしてもらっている、という負い目もあるようだった。
「先輩って寒がりなんスね」
「……お前は体温高そうだよな」
 なんとなく、そう思った。砂噛にとってこの後輩は子供っぽい理想をもった奴、という印象が強くそこから連想されるものがあったのかもしれない。
「そうっスか?」
 水森は首を傾げている。初めて言われました、なんて言っているので、子供体温っぽいと思ったという話は伏せておく。
 ちょうど会社の駐車場に着いたので、会話をやめて集中する。いつもの場所に停めて、エンジンを切ったところで、砂噛は左手に暖かいものを感じた。
「は……?」
「うーん、手はそこまで冷たくないから冷え性ではないみたいっスね」
 するすると、水森の手が砂噛の手の甲を撫でる。咄嗟のことに反応できずにいると、水森の手は指先へと進み、握り込むように閉じられる。
「あ、でも指は冷たい」
「やめろって」
 されるがままだった左手を、引っ込めると水森はきょとんとした表情でこちらを見ている。砂噛はため息を吐くと、水森に呆れた目線を送った。
「お前、誰にでもこういうことすんの?課長とか」
「異性にはしませんよー。セクハラ怖いし」
 嫌でした?と首を傾げられる。その目線があまりにもフラットで、胸の奥が痛む。嫌ではない。嫌でないから困るのだ。
 別に、とだけ返してさっさと車を降りる。外気に晒すと、先ほどまでの後輩の体温が指先から失われていった。それを名残り惜しいと、思いたくなかった。
 

 砂噛が、水森への好意を自覚したのは、笛吹き男の事件の時である。怪我をした水森を見て、失いたくない、と強く思いそこで自身の気持ちに気がついた。
 それまでも、こちらを見て表情を緩めるところや、普段の軽い調子のやり取りなど、好ましいなと思うことは多々あったが、あくまで後輩に対する感情だろうと思っていた。
 自覚してしまうと、もうダメだった。それまでただの後輩、と捉えていたものが一変してしまった。こちらに向けられる笑顔はかわいいし、純粋に慕ってくれる様子には罪悪感を覚えた。
 相手には嘘が通じないので、とにかく今まで通りを心がけ、砂噛は自分の気持ちに蓋をすることにした。水森のことを困らせたくはなかったし、今以上の関係を望んでもいなかった。仕事をする上で恋愛感情など邪魔なだけだ。母星では情によって失敗した傭兵は侮蔑の対象だった。
 ただの同僚で後輩。それだけだと言い聞かせながら過ごしているが、今日のように不意に心を乱されてしまう。何でもない、という態度で急に距離を詰めてくるので心臓に悪い。邪な感情を抑えている蓋が、ふとした拍子に外れそうで怖くなる。
 それでも、砂噛は水森から距離を取るつもりはなかった。もう二度と、水森を危険に晒したくない。そのために、自分の手で守ること。それが、砂噛の中で一番強い望みだった。


 駐車場から局長室に向かう途中、水森から話しかけられた。
「先輩、終わったらご飯食べに行きません?」
「行かない」
 今日の二人の仕事は、局長への報告で終わりだ。別に、夕食に行くくらいで揺らぐこともないので、常であれば行ってもいいのだが、今日は先約があった。
「ええ、なんでスか?」
「東雲と飲みに行く約束してるから」
 水森は残念そうに、そうなんスね、とつぶやいた。諦めたようだ。
「先輩って東雲さんと仲良いですよね。信頼し合ってるというか」
「まぁ、昔の後輩だし。実力も分かってるからな」
「オレも後輩っスよ」
「……そうだな?」
 何を言いたいのかよく分からず、砂噛は足を止めた。水森は不満気な表情でこちらを見ている。口をへの字にしてむくれる様子は子供のようだった。
「もっとオレのことも頼って欲しい、です。その、弱いですけど」
 砂噛はちょっと笑ってしまった。水森は、東雲と自分を比較して一丁前に嫉妬しているようだった。ますます表情を固くする後輩の頭を軽くかき混ぜる。
「得意分野が違うだろ。戦闘の方面で張り合うなよ」
「そうっスけど」
「お前の目と鼻には、助かってるよ」
 砂噛の言葉に、水森はパッと表情を明るくする。こういう時、水森の能力は楽だ。気を遣っての嘘ではなく、こちらの真の言葉だとすぐ伝わる。
「まぁ、もうちょっと強くなってくれたほうが安心だがな」
「上げて落とさないで下さいよー」
 そう言いながらも水森は笑顔のままだ。軽口だと捉えているようだった。砂噛としても、水森に強さは求めていない。戦闘面は自分が全て補えば良いと考えている。
 たぶん、その時がくれば自分は命を投げ出してでもこの後輩のことを守るのだろう。砂噛はそんな確信を持っていた。そのことを、のんきに隣で笑っている後輩に知らせるつもりもなかった。


 その晩、待ち合わせの居酒屋に現れた東雲は憔悴していた。
「お疲れ、大丈夫か、お前?」
「大丈夫です、忙しさのピーク抜けた所です」
 そう言いつつも、東雲は疲れを隠しきれていない。席に座るなり、ため息を吐いている。砂噛は、タッチパネルで勝手に二人分の酒と料理を注文する。昔からの付き合いだ、何を頼みたいかはだいたい分かる。
 程なくして届いたビールで乾杯し、砂噛は本題に入った。
「で、例の顧客、見つかったのか?」
「……ようやく潜伏先が分かりました」
 東雲が低い声で答える。砂噛の言う顧客とは、先日の事件でリスト化した人身売買の顧客である。すぐに身柄を確保した者が大半だったが、一部の客は今も逃走を続けている。そのうちの一人は地球の、しかも日本に潜伏しているとのことで、STARSが中心となって追っていた。
「いつ、向かうんだ?」
「すぐにでも。と言いたい所ですが、向こうもこちらを警戒しています」
 柄の悪い連中を雇っているし、違法に武器も持ち込んでいると言う。情報と対抗できる人数を集めて、動くまであと数日かかると言う。
「……オレも行こうか?」
「いいんですか?正直助かりますけど、調査部のほうは」
「大丈夫だ。むしろ課長から、そろそろ人手がいるだろうから、東雲に声かけろって言われた」
 砂噛が、今日東雲を誘ったのも、穂村の言葉があったからだ。東雲は複雑そうな顔をしている。穂村に対して、いまだにどう扱っていいか決めあぐねいているようだ。
「……他の課に、人手不足を見透かされているのが、恥ずかしい限りですが、お願いします」
「良いって、使えるもんは先輩でも使っておけよ」
 律儀に頭を下げて来る東雲に、砂噛は軽く答えた。隊長になった目の前の後輩は、以前よりもだいぶ責任感が強くなったと感じる。しみじみと後輩の成長を肴にビールを飲んでいると、東雲が真剣な顔でこちらをじっと見つめてくる。何か言いたげな視線に、こちらから話を振った。
「何?」
「砂噛先輩、STARSに戻って来ませんか?」
 東雲の言葉に、砂噛はグラスを置いた。その誘いは、予想していたもので、答えは決まっている。ついでに、言い訳も。
「今戻ったら、お前の部下になるんだろ?それは嫌だ」
 やりにくいったらないね、と一蹴すると、東雲は、ですよね、とあっさり引き下がった。
 この後輩が、水森と違って嘘が見抜けない奴で良かった、と砂噛はそっと息をついた。別に、成長した後輩の部下になることはやぶさかではなかった。本当の理由は、どうにも危なっかしい水森のことを見守っていたい、というひどく独善的なものだ。
 東雲は、昔から砂噛のことを慕ってくれているし、今もその態度を崩さない。砂噛自身も後輩として可愛がってきたつもりだ。
 かわいい後輩、という意味では東雲も水森も変わらないはずだ。だが、東雲のために命を賭けられるか、と問われれば頷く自信はない。その差はきっと恋情からくるものだ。
 何も進展を望まない。情は邪魔である。そう割り切って蓋をしたが、「守りたい」という望みだけは消せなかった。誰にも、水森本人にも知られたくない、欲だ。
 命と引き換えに水森を守って自己陶酔しながら死ぬか、いつか水森がこの会社を去るのを自己満足しながら見守るか、どちらの未来が来るかはわからない。どれだけ報われなくても、誰も認めてくれなくても、この望みは自分で叶える。砂噛はそう決めていた。
 


◇◇◇
「あ、砂噛さん、お久しぶりでーす」
「……お久しぶり」
 その日、砂噛が局長室に顔を出すと由梨に出迎えられた。応対しているのは水森で、げっそりした顔を見るに切迫した相談ではなさそうだった。
「砂噛さんも、一緒にアフタヌーンティー行きませんか?急ですが、来週末」
「由梨ちゃん、オレもまだ行くって言ってないからね」
 できればこのまま部屋を出て、面倒ごとに巻き込まれたくはなかったが、そうもいかない。今は不在のようだが、局長に呼ばれて来たのだから。
「アフタヌーンティーって、随分大人しい趣味になったな。ホストはいいのか?」
「ちょっと面白かったけど、水森さんほどの人がいなくって」
 そう言って、由梨はじっと意味あり気な目線を水森へと向けている。当の水森はと言うと、困ったような表情でこちらを見ている。砂噛はその視線を無視した。こちらにはどうしようもない。
「由梨ちゃん、さっきも言ったけど、オレ受験生だから」
「ちょっとくらい、息抜きしましょうよ」
 水森は由梨の扱いに困っているようだった。顧客であり、外星の公女であるので気を使う対象ではあるが、そう言った彼女のステータスよりも向けられる感情に戸惑っているようだ。
 由梨から水森に向けられる感情は、見た目の幼さも相まって子供の恋だと感じていた。それに対して特に嫉妬はしなかった。むしろ、自分への興味が外れつつあることにホッとしている。
「行ってやれよ、数時間くらいだろ」
「……じゃあ先輩も来て下さいよ」
 じとっとした目で睨まれたが、砂噛はそれを一蹴した。
「残念ながら、来週末はオレは仕事入ってるんでね」
 これは本当だ。STARSの作戦に参加する日程が、ちょうど重なっている。嘘でないことを確認したのか、水森は諦めたようにため息をついた。
「……アフタヌーンティーだけだよ」
「やった、ありがとう!」
 由梨はばんざいをして喜んでいる。たまに出る仕草は子供っぽい。水森が彼女を見る目も、手のかかる妹に対するもののように思えた。
「本当はアイネと行こうって言ってたんですけどね。まだちょっと気持ちに整理がつかないみたいで、急にやめたいって言われて。水森さんとのデートに使ったって言ったら、あの子も気に病まないと思います」
 さらりと言われた台詞に、砂噛と水森は目を合わせた。明るく振る舞っているが、由梨も複雑な感情を抱えてここに来たようだった。傷ついた友人に気を使い、彼女自身も心が疲弊していると感じた。
 

 由梨は楽しみにしてますねー、と手を振って部屋から出て行った。その顔が明るいもので、二人はホッとした。
「……なんか、急に責任重大になりましたね」
「まぁ、楽しませてやれよ」
 プレッシャーだな、と水森はぶつぶつ言っているが、おそらく問題ないだろう。これまでの仕事ぶりを見るに、水森は自分よりも顧客の気持ちに寄り添うのが上手い。感情移入しすぎでは、と思う場面もあるが、それが彼の長所だろう。
「ところで、来週の仕事ってなんですか?」
「それは……」
「STARSの捜査への参加だよ」
 いつの間にか部屋に戻っていた潤登が、砂噛の代わりに回答する。STARSと聞いて、水森は緊張した表情を見せた。笛吹き男の事件を連想したのだろう。そのまま疑問を素直にぶつける。
「笛吹き男と関係あるんですか?」
「そうだよ」
 潤登はあっさりと首肯する。
 水森は口を開いて、何か言いたげだった。ついて行きたい、と顔に書いてある。事件のことを、水森が気にかけていることはわかっているが、連れて行くわけにはいかない。
「来るなよ」
「分かってます。行っても……足手まといでしょ?」
 砂噛は何も言えなかった。どう取り繕っても、嘘になる。水森の言う通り、今度の捜査に彼は不要だ。諦めたように、目を伏せる後輩を何とか慰めたくて、砂噛は言葉を探した。
「……昨日の話じゃ無いが、適材適所だ。お前も、来週末、あの子の様子とその友人の話、ちゃんと課長に報告しろよ」
 由梨もアイネもCOSMOSの顧客だ。事件のアフターケアもこちらの仕事だし、様子を把握するのも重要な仕事になる。そう言った機微を捉えるのは、嘘が見抜ける水森の得意分野だろう。
 釈然としない表情ではあるが、水森は頷いた。案件の大小はあれど、仕事に優劣はないことは、彼も理解している。笑顔は戻らなかったが、諦めたような表情が消えたことに、砂噛は安心した。
 

「適材適所と言えば、砂噛君、STARSに異動してこないかって打診があったよ」
 それまで黙って二人の話を聞いていた潤登が口を挟んだ。おそらく、これを言うために呼び出したのだろうが、よりにもよって水森の前で言われたことに、砂噛は焦った。
「……昨日、東雲からも言われました」
「それとは別ルート。正式に来た話だから、穂村君と話し合ってから回答してね」
 正式に、と言うことは、東雲よりも上の立場からの話だろう。人手不足と言っていたので、実力が分かっている者を戻したいのかもしれない。
 内示ではなく、打診。しかも穂村と話して決めていい、ということは、潤登はこの件についてどう転んでも良いと考えているようだ。この話に強制力はない。
 この場で断りたかったが、穂村と話すように勧められたし、なにより、水森の前では断るための理由を話せない。砂噛は静かに息を吐くと、淡々と答えた。
「分かりました、課長を通して回答します」
「ちゃんと考えてね。悪い話ではないんだから」
 潤登にそう言われても、砂噛の心は動かなかった。水森のことを抜きにしても、笛吹き男の事件は今のメンバーで解決したいし、穂村の下でまだ働いていたいという気持ちもある。
「もう、行っていいですか?」
 潤登の話はそれだけのようで、頷かれる。この場で話せることもないので、一礼して部屋から出ることにした。水森もそれに倣い、一緒に廊下へと向かう。
 水森は、何も言わなかった。ただ固い顔をして、こちらを見ているだけだった。
 

 なんとなく気まずい感じがして、砂噛は水森を連れて休憩スペースに向かった。水森は相変わらず黙ったままで、コーヒーを渡しても、こちらと目線を合わせない。
 異動の話を気にしているのか、どう感じているのか。砂噛には表情から考えを読むことはできなかった。
 聞きたいことがあるのなら聞いてくればいい。嘘は通じないのだから。だが、それをしないのは、水森なりに踏み込んではいけないラインというものがあるのかもしれない。
 二人で無言のままコーヒーを口に運ぶ。いつもより苦く感じた。ややあって、水森が口を開いた。
「先輩、いつからSTARSと働くんですか?」
 無難な質問に、後輩は先ほどの話題に触れないことに決めたのだと理解した。それが少し寂しいような、助かるような、複雑な気持ちを抱えながら砂噛は答えた。
「来週頭から」
「そうなんですね」
 そこで、会話が止まってしまう。普段の水森なら、何かしら次の会話に繋げていき、こんな気まずい沈黙を感じることはなかった。耐えきれず、砂噛は自ら口を開いた。
「東北の方に行くから、移動にも時間がかかる」
 水森は、へぇ、と呟いた後、少し眉を下げた。その顔が寂しげに見えるのは、きっと自身の恋情からくる期待だ。
「ちゃんと、あったかくして行って下さいね。寒がりなんだから」
「母親か、お前は」
 砂噛の返しに、水森はちょっと笑った。手を握ってやりたいと思った。自分の方が体温は低いし、水森が特別寒がっているわけではない。それでも、どこか元気のない後輩を温めてやりたかった。だが、そんなことはできない。ただの後輩に、そんなことはしないはずだ。
 伸ばせない手を握りしめて、砂噛は目を伏せた。


◇◇◇

 秋の東北は寒かった。MESの換装に登録しているコートを纏ってはいたが、作戦が始まる前には脱がなくてはならない。動作が鈍るからだ。
 人気のない山奥、というこちらにとってはありがたい場所に客は潜伏しているらしい。民間人の記憶を消すのは骨が折れるため正直助かるが、何か罠でも張っているのかと東雲は勘繰っている。
 向こうの戦力の調査と、こちらの連携の確認。そう言った事務的なやり取りを行いながら、自分が寒さを感じなくなっていることに気がついた。これから行う捕り物へどこか高揚しているのか、軽装でも普段のように身が縮こまる感じがしない。
 自分は、こちらの仕事のほうが向いているのかも知れない。数日前に潤登に言われた言葉を思い出す。悪い話ではない、というのはその通りで、自分の能力を買ってくれているのはありがたいことだ。
 調査部にこだわっているのは、後輩を守りたいという自分のエゴだ。誰にも、後輩本人にも求められていない。それでも、どうしても、砂噛には踏ん切りがつかなかった。
「先輩?そろそろ……」
 東雲に声をかけられて、砂噛は一旦考えるのをやめた。いよいよ、作戦を実行する。異動の話なんて、考えている余裕はない。
「悪い、今行く」


 ターゲットとなる顧客と、雇われた護衛の制圧はあっさり終わった。自分がいた時のSTARSは戦闘が売りだったが、最近は情報収集や分析にも力を入れているようだ。事前の想定通りに事が進み、肩透かしを食らった気分だ。
 問題はその後だった。
「オレは戦闘要員で呼ばれたつもりだったんだがな」
「すみません、後処理までお願いして」
 顧客が持ち込んだ外星の武器や、人身売買の証拠、その他にも悪どい商売をしていたようで、押収品の分別、整理だけで一日以上潰れた。
 特に持ち込まれた武器が厄介で、COSMOS本社に送るにも輸送に気を使う。小型のものはSTARSのメンバーが先行して運んで行ったが、大きなものは車が必要だ。
 帰るついでに、運んで行って欲しい、と東雲に頭を下げられたのは昨晩のことだ。行きは新幹線で来た距離を車で、しかも気を使う積み荷とともに移動するのは、全くついでではない。無茶苦茶言いやがる、と思ったが砂噛は承諾した。
 東雲は現場の監督でこの場を離れられないし、他のメンバーは運転ができなかったり、戦闘員でなかったり、と武器の輸送には向いていなかった。この場の判断では、砂噛を輸送に当てるというのが適切と言える。
 恐縮しながら見送る東雲に手を振って、砂噛はアクセルを踏んだ。やっぱり、東雲は隊長としてしっかり仕事をしているな、と感じながら。
 一人の車内は静かだった。社用車に乗る時は鉄か水森を乗せることが多く、何かと騒がしかった。隣に乗せている時はうるさいとしか感じなかったが、何も音がないのは今は落ち着かない。
 寒さを感じて、暖房を強めにかける。戦闘に対する興奮など、すでに冷めていたし、常よりも寒い場所にいるので手がかじかむ感覚がある。
 ふと、最後に水森を車に乗せた時のことを思い出した。あの時は、急に手を取られてそこだけ熱くなったようだった。
 顔が見たい、と素直に思えた。だが、今日は会えないだろう。昼過ぎには会社に着くが、土曜日だ。もともと出社している人間は少ないし、そもそも今日は、由梨との約束の日だ。
「アフタヌーンティー行くんだったか」
 静かな車内に自分の独り言が響く。虚しくなって、砂噛はそれ以降は黙って車を走らせた。


 会社に着いたのは十三時過ぎだった。積み荷の引き渡しを済ませてデスクに戻ると、どっと疲れが押し寄せた。流石に徹夜はしていないが、昨日も夜遅くまで押収品の整理を手伝っていたし、朝からの長距離ドライブは神経を使った。
 先ほど運んできた積み荷を渡した技術部の社員は、明らかに徹夜明けだった。色濃いクマをつくった顔は、疲れ切り、今日が休日ということも気づいてなさそうだった。先行して運ばれた小型の武器の類いが、奥の部屋で解体されているのが見えて、あれの対応をしていたのか、と同情的な気分になった。
 だが、それに負けず劣らず、砂噛自身も疲れている。さっさと報告書を仕上げて帰ろう。そう考えてパソコンに向かうが、なかなか集中できない。どうにもパソコンの文字が泳いでいる気がする。
 次に出社した時に、仕上げようか。どのみち今日は休日返上で働いているので文句は言われまい。だが、現場に残って監督をしている東雲や、先ほど会った技術部の社員のことを考えるとできることは早めに進めてしまいたい。
 仕方がない、と砂噛はため息をついた。少しだけ、仮眠を取ってから仕上げよう。その方が効率がいい。
 来客時も使う割といいソファに寝転がると、足がはみ出した。流石に靴は脱いだが、背徳感が拭えない。だがそれでも今は眠気が勝った。
 休日の会社は空調が止められており、肌寒かった。それでも、砂噛はソファの上で目を閉じた。


 寒さのせいか、疲れているのに眠りが浅い。うつらうつらとして、頭がぼんやりする感覚はあるが、なかなか意識が手放せない。身を縮めながら、目を瞑っていると、砂噛は何かが近づく気配を感じた。
 誰か他の社員が来たのだろうか。仮眠を見られるのは気まずいが、目を開ける気にはなれなかった。早く出ていってくれ、と願っていたが足音がこちらに近づいてきた。
 寝ている様子を眺めているらしい様子に、内心舌打ちする。何か用でもあるのだろうか。声をかけられたら諦めて起きるしかないな、と考えていると、無言のまま手を伸ばされた。砂噛は咄嗟に自分に伸ばされた手を掴んだ。
「ごめんなさい、起こしました?」
 目を開けると、驚いたような後輩の顔があった。掴んだ手は、寒い室内では熱いくらいだった。
「すみません、起こすつもりなかったんですが……」
 水森は申し訳なさそうに眉を下げている。砂噛は何を言われているか、あまり理解できなかった。ただ、ふわふわと揺れる水森の髪が柔らかく、暖かそうだと感じた。掴んだ手も相まって、こいつを抱えて寝たら気持ちいいんだろうな、とぼやけた頭で思った。
「お前は……あったかいな」
 一週間ぶりの後輩の声を聞きながら、砂噛は暖かい手を引っ張った。頭はぼんやりとし、まだまだ寝足りない。肌寒い中現れた熱源を逃したくなかった。
「うわっ!?」
 自分の腕の中に落ちてきた後輩を抱き込んで、砂噛はもう一度目を閉じた。予想通り子供体温だ。暖かい体を閉じ込めるように抱えて、砂噛は微睡み始めた。
 腕の中の水森はもぞもぞと動き、喚いている。
「ね、寝ぼけてます!?」
「うるさい、寝させろ」
 とにかく眠かった。うまく頭も回らない。気持ちに蓋をするとか、しないとか、そんなことはどうでも良くなってしまった。抱き込む腕に力を込めて、目を閉じた。抱き枕にするには硬いが、それでもこの温もりを離したくなかった。
 抵抗を止めた水森は静かにしている。こちらの要望通り寝かせてくれるらしい。そう思ったのも束の間、水森がまた話し始めた。
「……先輩、STARSに戻んないですよね?」
 小さい声で呟かれた言葉は、断定するようでいて、一応質問の形をとっていた。戻らないで欲しいという気持ちが透けて見える気がして、それが少し嬉しかった。
「戻んねぇよ」
「そうですか」
 その声に、少しホッとした響きがあるような気がするのは、自分に都合の良い解釈だろうか。目を閉じている砂噛には水森の表情はわからない。
「……なんでですか?課長の部下でいたいから?」
 先ほどから、問いかけられる声は小さく、囁くようだ。心地よい響きが、子守唄のようで元々回っていなかった頭が、余計にぼんやりしてくる。
 問いかけられた言葉の意味を深く考えず、ただ反射のように砂噛は答える。
「オレがいない所で……」
 常ならば絶対に答えない、誰にも告げないと決めた望みを砂噛は口にした。
「お前が死ぬのが嫌だから」
 腕の中の後輩が息を飲むのを感じた。その後、こちらの背に手を回される。先ほどよりも密着した体勢に、より体温を感じて、ああ、よく寝れそうだ、と思った。
「それって、どういう意味スか?」
 水森の声が遠くに聞こえる。音は聞こえるが、何を言っているかは理解できない。何か返事をしなくては、と思うが、意味をなさない声しか出なかった。
「先輩、寝ちゃいました?」
 小さい問いかけは、もはや砂噛に届かない。ややあって、水森は優しく呟いた。
「……おやすみなさい」
 腕の中で後輩の柔らかい声が響く。それが現実か、それとも夢なのか、砂噛には分からなかった。

◇◇◇

「悪かった、本当に」
「よく寝れました?」
 平謝りする砂噛に、水森は苦笑しながら問いかけた。それに首肯して、砂噛は再び頭を下げた。
「すまん……もう五時じゃねぇか」
 水森が来る前と合わせて、三時間くらい寝ていたことになる。疲れていたとは言え、仮眠というには長すぎる。
「いや、まぁ、オレも寝てましたし」
 水森の言葉通り、彼も眠っていた。目が覚めて、腕の中で静かに寝息を立てている後輩を見た時、砂噛はまだ夢の中にいるのかと思った。
 よく眠れたおかげか、頭はすっきりとしており、徐々に寝る前の愚行が思い出された。あまりのことに唖然としていると、後輩がもぞもぞと動き出し、今に至る。
 抱き枕にされていたからか、水森は節々をほぐすように伸びをしている。申し訳なさを感じるとともに、砂噛はそれを見つめるしかなかった。
「砂噛先輩、まだ仕事あります?」
「え?……そうだな、報告書を仕上げたい」
「じゃあ、オレも残ろうかな」
 あっさりと言うと、水森は自分のデスクに向かっている。こいつ、さっきまでのことを気にしていないのか?砂噛には、目の前の後輩の考えが読めなかった。
 急に職場の先輩に、抱き枕にされ、まぁまぁ重いことを言われる、なんて何ハラスメントに当たるんだ。落ち着かないまま、砂噛も自身のデスクに座る。水森の反応が気になるものの、核心をつくのが怖く、結局聞くことができたのは当たり障りのないことだけだった。
「そういや、お前なんでいるんだよ?」
「由梨ちゃんとのアフタヌーンティー、報告しろって言ったの先輩じゃないっスか」
 パソコンから目を離さずに水森が答える。確かに言った。だが、別にその日に報告書上げろとは言っていないし、そんなことのために穂村が休日出勤を許すと思えなかった。よっぽど、深刻な状況なのか。
「……どうだった?」
「え?あー、由梨ちゃんは割と元気でしたよ。アイネさんは、回復しつつあるみたいですが、たまに沈んじゃうみたいで、まだケアが必要そうですね」
 だいたい、事前に予想していた通りの状況のようだ。なるほどな、と頷いたものの、ますます水森が今日来た理由が分からなくなった。
 訝しげな砂噛の視線に気がついたのか、水森はちょっとバツが悪そうな顔をした。
「……ごめんなさい、嘘です」
「嘘?」
 砂噛が繰り返すと、水森は慌てて弁解を始める。
「いや、嘘は言い過ぎました。報告に来たっていうのは本当で、課長にもOKもらってます」
 話が読めず、口を挟まずに続きを黙って聞く。
「ただ、建前っていうか。……今日、先輩が戻ってくるかもって課長から聞いたから」
 確かに、穂村には昨晩のうちに連絡をしていた。なるほど、と砂噛は納得した。
「そんなに気になってたのか、今回の報告」
「え?」
 笛吹き男の件に関わるので気にしていたのは分かっていたが、ここまでとは思わなかった。早めに報告書仕上げてやるよ、と言って砂噛はパソコンに向かい直した。そんな様子を見て、水森は小さくため息をついた。
「先輩って……たまに察しが悪いっスね」
 ぶつぶつと文句を言われたが、砂噛には意味がわからなかった。

 
 しばらく、静かに二人でパソコンに向かう。キーを打つ音だけが静かな室内に響いていた。
 飽きたのか、それとも終わったのか、水森が手を止めて砂噛に話しかけてきた。
「先輩、今度、湯たんぽか電気毛布あげますよ」
「……なんでだよ。誕生日でもないのに」
 突然の水森の言葉に、砂噛も手を止めた。水森はにんまりといたずらっぽく笑った。
「オレ以外の人に抱きつかないように」
「悪かった。お前にも、もう抱きつかねぇって」
 先ほどのことをからかわれている。自分に非があるのは明白なので、砂噛は謝るしかできない。それに、どこか安心もしていた。寝ぼけた末の支離滅裂な行動として捉えてくれた方が、こちらとしても都合が良かった。
 だが、そんな安心は続かなかった。水森は笑顔を消すと真剣な顔で砂噛に向き直った。
「オレなら、いいんスよ。オレだけ、なら」
 後輩の言葉に、砂噛は思わず息をのんだ。明らかに、核心をついてきている。『オレならいい』ということは、つまり、それは。
 砂噛は水森の気持ちを推し測り、期待してしまう。自分と同じ感情を持っているのではないかと。しかし、水森の次の言葉はそれを否定するようなものだった。
「先輩、オレ、死ぬ気はないっスよ」
「……そうかよ」
 一転して、自分の言った言葉を否定された気分になる。死なせたくないから一緒にいたい、ということを伝えてしまったが、これは拒絶なのだろうか。
 混乱する砂噛とは対照的に、水森の目は真剣で、揺るがない。何も取り繕うことをせず、真っ直ぐに思いを伝えてくるその目が、きらきらと輝いて見えた。
「でも、ずっとオレの先輩でいて下さい」
 こちらの気持ちなど、お構いなしで告げられた願望は、あまりにも自分勝手で、それゆえに眩しかった。ああ、なんだ。勝手でもなんでも、蓋しなくて良かったのか。砂噛は素直にそう思えた。
 もう抑えるのも限界だった。すぐにでも自分の思いの丈を目の前の後輩に伝えたい。だがおそらく、これ以上は会社でする話ではない。決定的な言葉は、お互いに言っていないが、このままでは、きっとすぐにでもこぼれ落ちる。
「待て、報告書仕上げるから」
 その後、奢ってやるから、食事に行こう。そう言うと、後輩は満面の笑みを浮かべて頷いた。
 
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