次のステップに進む方法

「先輩!デートしましょう!」
「……」
 次の日、会社の休憩スペースで、水森は恋人に持ちかけた。コーヒーメーカーが無料で使うことができ、くつろげるようソファがあるスペースは、テレビでよくみるホワイト企業っぽいよな、と水森は思っている。業務内容はホワイトじゃないが。
 砂噛から返事がないので、仕方なく水森は繰り返した。
「デートしましょうよ」
「いや、なんなんだよ、急に」
 訝しげな表情で返答が返ってくる。これが恋人からデートに誘われた男の表情だろうか。水森は少し落ち込んだ。
「だって、付き合ってるのに、どこにも遊びに行ったことないじゃないですか」
「それは、まぁ……」
 砂噛は気まずそうに目を逸らした。デートをしていない、という点に罪悪感はあるようだった。そのまましばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「分かったよ、じゃあ今度の土曜日でいいか?」
「やった!空いてます!」
 快諾とはいかなかったが、OKをもらい水森は素直に喜んだ。緩む頬をそのままに、待ち合わせ時間と場所を決めていく。
「で、どこ行きたいんだ?」
「どこ……?」
 そこで水森は困ってしまった。デートに誘うと言うことばかり考えていて、どこで何をするかなど考えてなかった。青ざめてしまった水森を見て、砂噛は耐えきれない、と言うように笑い出した。
「お前、全然スマートじゃねぇな」
「すみません……」
 楽しげな砂噛とは対照的に、水森はしょんぼりと落ち込んでいる。スマートじゃない、という言葉通りで、思いつきのまま行動してしまったことを後悔した。
「行きたい場所ないなら、オレが決めていいか?」
「え、はい……」
 水森は後悔で頭がいっぱいで思考がまとまらず、とてもじゃないがいい案を出せそうになかったので、正直助かった。砂噛はどこか行きたい場所でもあるのだろうか。水森は疑問をそのまま口にした。
「どこか、行きたいとこあるんですか?」
 砂噛はじっと水森を見つめると、少し笑って答えた。
「秘密。まぁ楽しみにしとけ」
「え、教えてくださいよ」
 ごねる水森を尻目に、砂噛は空になった紙コップを捨てた。ほら、そろそろ仕事に戻るぞと促され、水森はしぶしぶ自分のコーヒーを飲み干した。


 何はともあれ、デートである。水森は浮立つ気持ちのまま、その週を過ごした。その間、仕事は順調だったし、学校の小テストも良い点がとれた。気分が上向くと全部うまく行くものだ。
 さて、金曜日の夜である。では明日の服でも選ぼうか、と服を引っ張り出したところで、はたと気がついた。何を着ていけばいい?結構歩くならラフで動きやすい格好がいいし、買い物とかカフェとかゆっくり過ごすなら落ち着いた格好がいい。
 どうしたものかと悩んで、最終的に水森は電話で聞くことにした。恋人ではなく、鉄に。
「いや、行き先聞けよ」
 電話に出た鉄からは、当然とも言えるツッコミを受けた。家にいるのだろう。電話口の後ろからテナの声がかすかに聞こえる。
「何回か聞いたんですが、当日までのお楽しみにしとけって」
「うわ、めんど」
 辛辣である。仕事と関係ない、こんな私的な悩み、迷惑だよな、と水森は反省した。
「すみません、でも鉄先輩が一番相談しやすくて」
 はぁ、と電話越しにため息が聞こえる。怒らせたかな、とびくびくしていると、鉄が呆れたように話し始めた。
「水森って、後輩力高いよな」
「どういう意味です?」
「甘え上手ってこと。いい意味で」
 よっしゃ、一丁ドラ男を惚れ直させるコーデ考えてやんよ、と意気込んだ声が聞こえる。鉄が言う、甘え上手、については覚えがなかったが、何にせよ乗り気になってくれるのは助かった。
「お願いします!」
 そうして、二人はビデオ通話をしながら、明日の服を選んだ。あーでもないこーでもないといいながら、取っ替え引っ替え着替えて行くのは大変だったが、楽しい時間だった。


 そうして土曜日、約束の日である。待ち合わせの十分前に水森は駅前にいた。
 先輩どんな格好してくるかな、とうきうきする反面、自分の服装は変じゃないかとそわそわしてしまう。鉄からは「お前はその後輩力を押し出すために、敢えて学生っぽさを残せ」と良く分からないコメントをされた。
 納得は出来なかったが、それでも水森は素直に選んでもらった格好をしている。薄手のパーカーとジーンズという、どこからどう見ても高校生という服である。秋も深まり肌寒いので、ブルゾンも羽織って来た。
 風が冷たく、身を縮めながら立っていると、後ろから声をかけられた。
「悪い、待たせたか?」
 水森は恋人の声に振り返った。今日の砂噛は会社で見るスーツ姿よりもラフな格好をしている。シャツに薄手のセーターを着て、秋物のコートを羽織る姿は様になっていて、水森は束の間見惚れてしまった。
「すごい、先輩、おしゃれなんですね」
「どこがだよ。全身量販店のやつだ」
 そう言って、水森も使うことのある大手アパレルチェーンの名前を挙げられた。顔が整っていると、お金かけなくてもかっこいいんだな、と水森はうらやんだ。
「お前の格好は……」
 じっと、上から下まで眺められて、水森は緊張してしまう。さて、どういう評価が下されるのだろうとドキドキしていると、ふっと笑われる。
「まぁ、学生らしくていいんじゃないか」
 皮肉を言う時の笑い方だったので警戒していたが、案の定小馬鹿にしたような言い方をされる。むっとするが、いかにも高校生、という格好であることは自覚していたので反論はしなかった。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
 何はともあれ、念願のデートなのだ。楽しもう、と水森は気持ちを切り替えて恋人に尋ねた。うきうきしている彼に恋人は簡潔な返事を返した。
「オレの家」
 その言葉に、水森は固まってしまった。

 
 促されるまま、砂噛の案内に着いて家へと向かう。道中、天気の話に始まり、当たり障りのない雑談をしているものの、水森は心ここにあらずだった。
 え、家ってどういうことだ?初デートで家。ありえるのか?何するんだ?映画でも観るのか。それなら映画館にいけばいいし。まさか、考えたこともなかったが、体目当てなのか?
 頭の中ではたくさんの疑問符が渦巻いている。ぐるぐると駆け巡るそれらは、水森に答えを与えることはなく、ただただ混乱を招いていた。
 そんな水森の様子を見かねたのか、呆れたように砂噛が声をかける。
「……一応言っておくが」
「な、なんですか?」
 緊張して、声が裏返ってしまう。心なしか顔が熱い気もする。
「お前が思っているようなことはしないから、安心しろ」
 いつも通り、冷静な砂噛の目に、水森は急に恥ずかしくなった。相手は全然そんなつもりないのに、自分の不埒な想像で勝手に緊張していたことが恥ずかしくなる。
「すみません、そうですよね」
 自身の羞恥心を誤魔化すように、水森はヘラヘラと笑った。そして、言い訳のように自分を卑下してしまう。
「オレなんかにそんなこと考えないですよね。かわいい女の子でもないし」
「いや……考えてはいる」
 砂噛は眉間に皺を寄せながら、欲を見せてくる。冷めた目の奥に、ギラギラ光るものがある気がして、水森はぞくりと背筋が震えるのを感じた。
「とにかく、今日はしないから」
 念を押すように、そして自分に言い聞かせるように重ねて言われてしまう。真っ赤になった水森はそれに頷くしかできなかった。恥ずかしいような、嬉しいような、こんな複雑な気持ちだった。
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