機械で感情を抑える方法
散々泣いた次の日も、学校には行かなくてはならない。水森は赤くなった目を気にしつつきちんと登校した。
「おはようございます、水森さん」
「……おはようございます」
教室に入る前に穂村に捕まってしまった。わざわざ水森のクラスの前で待っていたということは、話があるのだろう。
「一限、サボりでいいですか」
あまり良くないが、水森は頷いた。話さなきゃいけないのは、分かっていた。
屋上に続く階段で、穂村と座り込んだ。傍から見たらサボっているカップルだが、認識阻害をかけているので注意されることはないだろう。
「……昨日は、仕事にいけなくてすみません」
穂村がどこまで把握しているか分からず、水森は昨日の謝罪からはじめた。
「いえ、砂噛から連絡もありましたし」
「……そうですか」
砂噛の名前が出て、気持ちが掻き乱される。なんで、どうして、という思いは一晩経っても消えなかった。そんな様子を一瞥し、穂村はため息をついた。
「水森さん、MESへの機能追加は本来上司の承認が必要なんですよ」
「……全部、知ってるんですね」
穂村が頷いて、部下のMESの機能追加履歴は確認できることを説明された。会社の管理対象物だから、当然か、と思いながら自分の行動が軽率だったと水森は実感した。
「正規ルートを通さない改造を行ったことを馬喰さんに抗議しました。そのとき、大体の事情は聞いています」
「そうですか……」
話してしまった馬喰のことは責められない。むしろ自分のせいで抗議されたことに申し訳なさを感じた。
「なぜ、私に相談してくれなかったんですか?」
「なんでって」
「気になるならチームの編成変えられますし、他にも対処法を一緒に考えることはできます」
穂村の声には少し寂しさが滲んでいた。部下に頼られなかったことが、辛いのかもしれない。
水森は自分のエゴで行った行動を心底後悔した。穂村への相談を考えなかったわけではない。砂噛と極力会わない編成も可能だろうとも。だが、水森はそれを選ばなかった。
恋心を消したいと言いながらも、水森は砂噛との関わりを絶ちたくなかった。なんとか仕事に迷惑をかけない形で、隣にいたかった。そうした自分のわがままで、馬喰に、穂村に、そして砂噛に迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい」
謝ることしかできなかった。穂村がついたため息に、体が硬くなる。だが、予想に反して穂村の声は淡々としていた。
「過ぎたことは、もういいです。これからのことを考えましょう」
「これから……」
「放課後、会社の方で話しましょうか」
仕事の編成でも考えるのだろうか。いずれにせよ、本来不要な手間をかけさせているという自覚があり、水森は改めて謝罪する。
「すみません」
「いいですよ。部下が働きやすくするのも、上司の仕事ですから」
慰めているのか、単純に職務の話をしているのか。多分前者だろう、と水森は感じた。無表情な上司の優しさが、今は申し訳なかった。
放課後、という穂村の言葉に従って、水森は授業が終わってから出社した。授業には全く集中できなかったが、かと言って早めに会社に行く気にはなれなかった。
穂村と待ち合わせした局長室の前に向かう。気分は、処刑台に向かう罪人のようだ。
「ドラ男、マジでバカなん?顔良くてなんでも許されてきた系?」
「……あんなことしたのは初めてだ」
砂噛と、鉄の声が部屋の外まで聞こえてくる。水森は、ドアの前で足を止めた。砂噛と顔を合わせるのが怖かった。この後、どうせ会うことになるが、少しでもそれを遅らせたいと思った。
「はー……、バカ、マジでバカ。なんでしたし」
どうやら、鉄が一方的に砂噛を責めているようだった。珍しいことだ。普段は砂噛が鉄を嗜めることが多いのに。砂噛の返答は歯切れが悪い。
「……焦ったんだよ」
「は?ちゃんと言えし」
鉄の追求はやまない。少し怒っているようにすら聞こえる。
「好きな奴の心が離れてる気がして、つい」
「つい、で急にキスすんな!」
鉄の憤慨する声が聞こえるが、水森はそれどころではなかった。好きな奴。確かに砂噛はそう言った。話の内容から察するにケンカでもして、急にキスしたらしい。
先輩、そういう人いたのか。元々諦めていた恋だったが、叶わないことを突きつけられると、やはり胸が痛んだ。
相手は誰だろう、と考えて、ふと昨日の告白を思い出した。恋した相手の想い人を、知りたがるなんてあの少女と同じだ。拒絶したくせに、自分は知りたがるなんて、虫がいいにも程がある。
そう自嘲しながらも、水森は中の様子を聞くことをやめられなかった。
「とにかく、急にキスとかすんな!社内、しかも同じ課での恋愛なんだから」
「言われなくても、わかってるよ」
水森は確信した。鉄の口振りや、同じ課という言葉から、砂噛の好きな相手は、鉄だ。そして、急に虚しくなった。なんだ、一緒にいて、そんなことにも気がつけなかったのか、と。
鉄と、砂噛は自分よりもはるかに付き合いが長い。先輩後輩の関係性だが、自分よりもはるかに気安い会話をしている。美男美女だし、お似合いだ。
気づけていれば、自分はMESでの制御なんてしなくても、ちゃんとこの恋を諦められただろう。二人の関係が正解で、自分の懸想が間違いであると、急に感じられた。
どんよりとした気分で、水森はドアの前に立ち尽くした。もはや、中の会話など頭に入らなかった。
「水森さん」
「うわ!……課長」
急に話しかけられて、驚いて振り向くと、いつのまにか穂村が立っていた。盗み聞きを見られて気まずいが、穂村は気にした様子もない。
「砂噛からのヒアリングはすでに済んでいます。内容は伝えませんが、二人で話してもらった方が、解決は早そうです」
何をもって解決なのだろう。きちんと振られてこいということだろうか。水森はそう解釈し、穂村に促されるまま、会議室に向かった。
会議室で待っていると、ノックの音が響く。穂村が砂噛を連れてきたのだろう。わざわざ、別々に案内したのは、二人きりで決着をつけさせるためだろう。
「……どうぞ」
水森の言葉を受けて、砂噛が部屋に入ってくる。気まずそうな顔をしているのは、穂村から話を聞いているからだろうか。黙ったまま、砂噛は水森の目の前に座った。
水森はここに失恋するために来た。正直、それ以外の話は不要だし、余計なことも言ってしまいそうだ。だが、どう切り出したものか、と考えているうちに、相手が話だしてしまう。
「お前、MESで感情制御してたんだってな」
「……正確には、感情の揺れからくる心身の反応です。心拍とか、不安感とか」
そこまで伝わっているのなら、隠していても仕方がない。水森は正確な情報を答えた。
「どうりで……」
砂噛は納得したように呟いた。
「気づいてました?」
「お前の態度が急に変わったとは感じていた」
そうですか、と水森は静かに答えた。ただの後輩のことをよく見ていてくれる。自分は想い人のことを何も分かっていなかったのに。
「先輩、オレがどういう感情を抑えようとしてたか、聞いてますよね」
「一応な。お前のやったことは本来始末書ものだ。課の中では詳細が共有されている」
課の中、ということは鉄も聞いているのだろう。どんな気分だろう。自分の恋人に横恋慕する男がいたというのは。
気持ちがどんどん沈んでいくのが分かった。これ以上、暗くならないうちに、決着をつけよう。水森はそう決心して口を開いた。
「じゃあ、一応改めて。好きでした」
なるべくいつものようにヘラヘラと笑って話す。砂噛の返答は分かっている。受け入れられる訳がないのだ。だから、水森は相手に喋らせないように矢継ぎ早に言葉を重ねた。
「オレみたいのが勘違いしちゃうから、目元にキスする慰め方しちゃダメですよ」
今になって水森は、自分が振った少女が最後に笑って見せた理由を理解した。ひどくされてもまだ好きで、困らせたくない一心だったのだろう。彼女を軽んじ、嫉妬した自分は愚かだった。彼女もまた、真剣に恋をして、ぶつかってきたのだ。
「先輩が、好きな人にだけ、してあげてください」
水森はどうにか笑ってみせた。MESの制御がなくとも、涙はこぼさない。ぎこちない笑みだろうが、許して欲しい。
黙ったままの砂噛の顔は、明らかに困惑していた。気持ち悪い、とか思われているのだろう。ずきずきと痛む胸を抑えて、水森はこれからのことに思考を切り替えた。
さて、無事に振られた訳だし、本格的にチーム編成について課長に相談しなくてはならない。砂噛と水森が組まないとなると、必然穂村との仕事が増えるだろう。カチョー独占すんなし!とか怒られそうだな、と鉄の反応を想像する。何にせよ、自分のせいで迷惑をかけることを、水森は申し訳なく思った。
さっさと終わらせてしまおう。そう思って、水森は立ち上がった。不毛な恋は今日で終わりだ。終わらせなくては、ならない。
水森は自分のけじめのために、口を開いた。
「ごめんない、好きになっちゃって」
砂噛の顔は見れなかった。きっと不快だと思われている。そんな表情を見ていたくなかった。顔を伏せたままドアの方へ向かうと、不意に腕を掴まれる。
「どこ行くんだよ」
「……離してください。もう話、終わったでしょ」
振り払おうと腕を動かすが、砂噛の力は強く抜け出せない。これからかけられるであろう決定的な拒絶の言葉を想像し、水森は泣きたくなった。
ぐいぐいと腕を引かれ、砂噛の方へと強制的に向き直させられる。涙で歪む視界で、砂噛をとらえながら水森は相手の言葉を聞きたくなくて、言い募る。
「ちゃんと、あきらめますから。許し……」
最後まで言うことはできなかった。何かに唇を塞がれている。それが、昨日目元に感じた柔らかいものだと気づいたのは、砂噛が離れてからだった。キスされた。今度は口に。
「なんで……」
「……好きなやつにだけしろって言ったのは、お前だ」
少し怒ったようなトーンでそう言われる。よく見ると、砂噛の耳は少し赤い。照れて、眉を顰めているのかと、妙に冷静な頭で水森は理解した。
「好きだ」
だからなんで、そんな苦々しい顔で。愛を告げられているが、言葉と表情が合っていない。それでも、その言葉に嘘はない。ない、と分かってしまう。
「勝手にあきらめんな」
そう言われて、また口付けられる。今度は優しく触れるだけで、すぐに離れていく。一瞬だったのに、触れられた唇が熱くなった気がした。
「おい……何か言ってくれ」
何も答えられずにいると、砂噛が不安気に問いかけてくる。だが、水森はそれどころではない。一拍も二拍も遅れて、砂噛に何を言われ、何をされたか理解できてきた。
心臓がドクドクとうるさく鳴る。こんなに酷使して大丈夫かというくらいに。顔も体も熱い。血がぐるぐる回っている。
ああ、でも、だって。想像もしなかったことが、起きてしまった。
「うわーーーー!!!」
自分の中で処理できなくなって、水森は叫びながら会議室を飛び出した。
「おはようございます、水森さん」
「……おはようございます」
教室に入る前に穂村に捕まってしまった。わざわざ水森のクラスの前で待っていたということは、話があるのだろう。
「一限、サボりでいいですか」
あまり良くないが、水森は頷いた。話さなきゃいけないのは、分かっていた。
屋上に続く階段で、穂村と座り込んだ。傍から見たらサボっているカップルだが、認識阻害をかけているので注意されることはないだろう。
「……昨日は、仕事にいけなくてすみません」
穂村がどこまで把握しているか分からず、水森は昨日の謝罪からはじめた。
「いえ、砂噛から連絡もありましたし」
「……そうですか」
砂噛の名前が出て、気持ちが掻き乱される。なんで、どうして、という思いは一晩経っても消えなかった。そんな様子を一瞥し、穂村はため息をついた。
「水森さん、MESへの機能追加は本来上司の承認が必要なんですよ」
「……全部、知ってるんですね」
穂村が頷いて、部下のMESの機能追加履歴は確認できることを説明された。会社の管理対象物だから、当然か、と思いながら自分の行動が軽率だったと水森は実感した。
「正規ルートを通さない改造を行ったことを馬喰さんに抗議しました。そのとき、大体の事情は聞いています」
「そうですか……」
話してしまった馬喰のことは責められない。むしろ自分のせいで抗議されたことに申し訳なさを感じた。
「なぜ、私に相談してくれなかったんですか?」
「なんでって」
「気になるならチームの編成変えられますし、他にも対処法を一緒に考えることはできます」
穂村の声には少し寂しさが滲んでいた。部下に頼られなかったことが、辛いのかもしれない。
水森は自分のエゴで行った行動を心底後悔した。穂村への相談を考えなかったわけではない。砂噛と極力会わない編成も可能だろうとも。だが、水森はそれを選ばなかった。
恋心を消したいと言いながらも、水森は砂噛との関わりを絶ちたくなかった。なんとか仕事に迷惑をかけない形で、隣にいたかった。そうした自分のわがままで、馬喰に、穂村に、そして砂噛に迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい」
謝ることしかできなかった。穂村がついたため息に、体が硬くなる。だが、予想に反して穂村の声は淡々としていた。
「過ぎたことは、もういいです。これからのことを考えましょう」
「これから……」
「放課後、会社の方で話しましょうか」
仕事の編成でも考えるのだろうか。いずれにせよ、本来不要な手間をかけさせているという自覚があり、水森は改めて謝罪する。
「すみません」
「いいですよ。部下が働きやすくするのも、上司の仕事ですから」
慰めているのか、単純に職務の話をしているのか。多分前者だろう、と水森は感じた。無表情な上司の優しさが、今は申し訳なかった。
放課後、という穂村の言葉に従って、水森は授業が終わってから出社した。授業には全く集中できなかったが、かと言って早めに会社に行く気にはなれなかった。
穂村と待ち合わせした局長室の前に向かう。気分は、処刑台に向かう罪人のようだ。
「ドラ男、マジでバカなん?顔良くてなんでも許されてきた系?」
「……あんなことしたのは初めてだ」
砂噛と、鉄の声が部屋の外まで聞こえてくる。水森は、ドアの前で足を止めた。砂噛と顔を合わせるのが怖かった。この後、どうせ会うことになるが、少しでもそれを遅らせたいと思った。
「はー……、バカ、マジでバカ。なんでしたし」
どうやら、鉄が一方的に砂噛を責めているようだった。珍しいことだ。普段は砂噛が鉄を嗜めることが多いのに。砂噛の返答は歯切れが悪い。
「……焦ったんだよ」
「は?ちゃんと言えし」
鉄の追求はやまない。少し怒っているようにすら聞こえる。
「好きな奴の心が離れてる気がして、つい」
「つい、で急にキスすんな!」
鉄の憤慨する声が聞こえるが、水森はそれどころではなかった。好きな奴。確かに砂噛はそう言った。話の内容から察するにケンカでもして、急にキスしたらしい。
先輩、そういう人いたのか。元々諦めていた恋だったが、叶わないことを突きつけられると、やはり胸が痛んだ。
相手は誰だろう、と考えて、ふと昨日の告白を思い出した。恋した相手の想い人を、知りたがるなんてあの少女と同じだ。拒絶したくせに、自分は知りたがるなんて、虫がいいにも程がある。
そう自嘲しながらも、水森は中の様子を聞くことをやめられなかった。
「とにかく、急にキスとかすんな!社内、しかも同じ課での恋愛なんだから」
「言われなくても、わかってるよ」
水森は確信した。鉄の口振りや、同じ課という言葉から、砂噛の好きな相手は、鉄だ。そして、急に虚しくなった。なんだ、一緒にいて、そんなことにも気がつけなかったのか、と。
鉄と、砂噛は自分よりもはるかに付き合いが長い。先輩後輩の関係性だが、自分よりもはるかに気安い会話をしている。美男美女だし、お似合いだ。
気づけていれば、自分はMESでの制御なんてしなくても、ちゃんとこの恋を諦められただろう。二人の関係が正解で、自分の懸想が間違いであると、急に感じられた。
どんよりとした気分で、水森はドアの前に立ち尽くした。もはや、中の会話など頭に入らなかった。
「水森さん」
「うわ!……課長」
急に話しかけられて、驚いて振り向くと、いつのまにか穂村が立っていた。盗み聞きを見られて気まずいが、穂村は気にした様子もない。
「砂噛からのヒアリングはすでに済んでいます。内容は伝えませんが、二人で話してもらった方が、解決は早そうです」
何をもって解決なのだろう。きちんと振られてこいということだろうか。水森はそう解釈し、穂村に促されるまま、会議室に向かった。
会議室で待っていると、ノックの音が響く。穂村が砂噛を連れてきたのだろう。わざわざ、別々に案内したのは、二人きりで決着をつけさせるためだろう。
「……どうぞ」
水森の言葉を受けて、砂噛が部屋に入ってくる。気まずそうな顔をしているのは、穂村から話を聞いているからだろうか。黙ったまま、砂噛は水森の目の前に座った。
水森はここに失恋するために来た。正直、それ以外の話は不要だし、余計なことも言ってしまいそうだ。だが、どう切り出したものか、と考えているうちに、相手が話だしてしまう。
「お前、MESで感情制御してたんだってな」
「……正確には、感情の揺れからくる心身の反応です。心拍とか、不安感とか」
そこまで伝わっているのなら、隠していても仕方がない。水森は正確な情報を答えた。
「どうりで……」
砂噛は納得したように呟いた。
「気づいてました?」
「お前の態度が急に変わったとは感じていた」
そうですか、と水森は静かに答えた。ただの後輩のことをよく見ていてくれる。自分は想い人のことを何も分かっていなかったのに。
「先輩、オレがどういう感情を抑えようとしてたか、聞いてますよね」
「一応な。お前のやったことは本来始末書ものだ。課の中では詳細が共有されている」
課の中、ということは鉄も聞いているのだろう。どんな気分だろう。自分の恋人に横恋慕する男がいたというのは。
気持ちがどんどん沈んでいくのが分かった。これ以上、暗くならないうちに、決着をつけよう。水森はそう決心して口を開いた。
「じゃあ、一応改めて。好きでした」
なるべくいつものようにヘラヘラと笑って話す。砂噛の返答は分かっている。受け入れられる訳がないのだ。だから、水森は相手に喋らせないように矢継ぎ早に言葉を重ねた。
「オレみたいのが勘違いしちゃうから、目元にキスする慰め方しちゃダメですよ」
今になって水森は、自分が振った少女が最後に笑って見せた理由を理解した。ひどくされてもまだ好きで、困らせたくない一心だったのだろう。彼女を軽んじ、嫉妬した自分は愚かだった。彼女もまた、真剣に恋をして、ぶつかってきたのだ。
「先輩が、好きな人にだけ、してあげてください」
水森はどうにか笑ってみせた。MESの制御がなくとも、涙はこぼさない。ぎこちない笑みだろうが、許して欲しい。
黙ったままの砂噛の顔は、明らかに困惑していた。気持ち悪い、とか思われているのだろう。ずきずきと痛む胸を抑えて、水森はこれからのことに思考を切り替えた。
さて、無事に振られた訳だし、本格的にチーム編成について課長に相談しなくてはならない。砂噛と水森が組まないとなると、必然穂村との仕事が増えるだろう。カチョー独占すんなし!とか怒られそうだな、と鉄の反応を想像する。何にせよ、自分のせいで迷惑をかけることを、水森は申し訳なく思った。
さっさと終わらせてしまおう。そう思って、水森は立ち上がった。不毛な恋は今日で終わりだ。終わらせなくては、ならない。
水森は自分のけじめのために、口を開いた。
「ごめんない、好きになっちゃって」
砂噛の顔は見れなかった。きっと不快だと思われている。そんな表情を見ていたくなかった。顔を伏せたままドアの方へ向かうと、不意に腕を掴まれる。
「どこ行くんだよ」
「……離してください。もう話、終わったでしょ」
振り払おうと腕を動かすが、砂噛の力は強く抜け出せない。これからかけられるであろう決定的な拒絶の言葉を想像し、水森は泣きたくなった。
ぐいぐいと腕を引かれ、砂噛の方へと強制的に向き直させられる。涙で歪む視界で、砂噛をとらえながら水森は相手の言葉を聞きたくなくて、言い募る。
「ちゃんと、あきらめますから。許し……」
最後まで言うことはできなかった。何かに唇を塞がれている。それが、昨日目元に感じた柔らかいものだと気づいたのは、砂噛が離れてからだった。キスされた。今度は口に。
「なんで……」
「……好きなやつにだけしろって言ったのは、お前だ」
少し怒ったようなトーンでそう言われる。よく見ると、砂噛の耳は少し赤い。照れて、眉を顰めているのかと、妙に冷静な頭で水森は理解した。
「好きだ」
だからなんで、そんな苦々しい顔で。愛を告げられているが、言葉と表情が合っていない。それでも、その言葉に嘘はない。ない、と分かってしまう。
「勝手にあきらめんな」
そう言われて、また口付けられる。今度は優しく触れるだけで、すぐに離れていく。一瞬だったのに、触れられた唇が熱くなった気がした。
「おい……何か言ってくれ」
何も答えられずにいると、砂噛が不安気に問いかけてくる。だが、水森はそれどころではない。一拍も二拍も遅れて、砂噛に何を言われ、何をされたか理解できてきた。
心臓がドクドクとうるさく鳴る。こんなに酷使して大丈夫かというくらいに。顔も体も熱い。血がぐるぐる回っている。
ああ、でも、だって。想像もしなかったことが、起きてしまった。
「うわーーーー!!!」
自分の中で処理できなくなって、水森は叫びながら会議室を飛び出した。
