次のステップに進む方法

 深いキスを繰り返されて、水森はギブアップした。もう勘弁してください、と。
 砂噛は名残り惜しそうに、軽く触れるだけのキスをして離れていく。自分から頼んだこととはいえ、先ほどまで唇に感じていた暖かさが消えて、少し寂しく思う。
 じっと砂噛のことを見つめていると、目を逸らされてしまう。別に何をして欲しかったわけでもないが、違和感を感じた。
「……外行くか」
「え、なんでスか?」
 急な砂噛の提案に、水森は戸惑った。体感ではまだ来てからさほど時間は経っていない。やったことといえばアイスを食べてキスしただけだ。
「……話は終わった」
「……マジで話するためだけに呼んだんスね」
 せめて、淹れてもらったコーヒーは飲みたい。いつのまにかコーヒーメーカーは止まっているし、湯気も消えて冷めているけども。
「もうちょっと、話とかしましょうよ。せっかくだし」
 水森はコーヒーを持って、先ほどのローテーブルを指差した。正直まだここにいて、恋人の家というものを堪能したい。
 水森の言葉に、砂噛は気まずそうに目を逸らした。そうして、しぶしぶといった様子で口を開いた。
「何かの拍子に、襲いそうだから、嫌だ」
 最初、何を言われているのか分からなかった。数拍遅れてその言葉の意味を理解し、水森は叫んだ。
「あんた、さっき何もしない、安心しろって言ったじゃないか!」
 顔を真っ赤にして叫ぶが、砂噛も負けじと応戦してくる。
「その時は本気でそう思ってたんだよ!煽ったお前も悪いだろ!」
 確かに、あの時の言葉に嘘はなかった。そして、先ほどの言葉にも。
 煽ったと言われてもそんなつもりはないのでこまってしまう。襲う、という言葉は強いが、いずれはそういう関係になる、と今はちゃんと想像できる。
 だが、いずれは、だ。今ではない。興味もあるし、そういう欲も湧いているが、今はそんな覚悟はない。日を改めて、気持ちの準備をさせて欲しい。
 水森はため息を飲み込んで、先ほどテーブルの近くにおいた荷物を取りに行った。大人しく、外に行こう。
 結局、砂噛の家に滞在したのは一時間程度だった。


 行く当てもないので、コーヒーでも飲むかと二人で喫茶店を探して歩く。紆余曲折あったが、ようやくデートらしい振る舞いができて、これはこれでちょっと嬉しい。
 今日は無理でも、次はもっとプランを練って外出したい。どこに行きたいか、なんて話しながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「お兄、だよね?」
「え、さくら?」
 水森が振り向くと、妹が立っていた。その後ろに、少し遠巻きにこちらを眺める少女が二人いる。どうやら友人たちと遊びに出ていたようだ。
「あ、やっぱりお兄だ。偶然だね」
「……違ったらどうすんだよ」
 受け答えをしながら、水森は焦っていた。こちとらデート中だ。何も言わなければバレないが、何かの拍子でボロが出そうで怖い。
「えっと、そちらは?」
 そんな兄の様子には気づかず、さくらは砂噛をじっと見ている。心なしか顔が明るいと思うのは邪推だろうか。
「えーと、会社の人で」
「初めまして、砂噛です。水森さんの同僚にあたります」
 黙って成り行きを見守っていた砂噛が、口を開いた。普段顧客にしか見せないにっこりとした笑顔を浮かべている。ついでに、水森さん、なんて初めて呼ばれた。
「あ、ご丁寧に。妹のさくらです。兄がいつもお世話になっています」
 さくらは頭を下げた後、また砂噛の顔を凝視している。おい、まさか惚れてないよな?兄妹で同じ相手を好きになるなんてシャレにならない。
「友達待たせてんじゃないのか?」
 さくらがこの場から離れるように、それとなく声をかける。そうだね、じゃあそろそろ、と言ってさくらは兄を手招きした。
 何?と顔を寄せると、小声で耳打ちされる。
「お兄、砂噛さんって鈴本先輩そっくりだね」
「……だよな」
 どうやら、それで顔を見ていたらしい。水森はちょっと安心した。
 すっきりとした気持ちで、手を振る妹を見送った後、恋人に向き直った。
「すみません、お待たせしました」
 気を取り直して、デートを再開しよう。そう思っていたのに、恋人は怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「鈴本先輩って誰だよ?」
 聞こえていたらしい。
 

 とにかくどこか店に入ろう。そう説得してチェーンのコーヒーショップに入った。座る席が空いていたのは良かったが、どう説明したものか、と水森は頭を悩ませた。
 漫画のキャラに似ている、というのはたぶん失礼にあたる話ではないが、キャラが問題である。見た目だけでなく、強引で皮肉屋、という性格まで似ているのでいい気分はしないかもしれない。
 いや待てよ。水森は思い直した。表紙だけ見せればいいんじゃないか?
「先輩、漫画読む人でしたっけ?」
「いや、ほぼ読まない」
 いけそうだな、と水森は判断して、スマホで検索した漫画の表紙を見せる。
「この表紙の人が、鈴本先輩です」
「……言うほど似てるか?」
 訝しげな砂噛に、水森は力がはいる。
「似てますよ!髪型もだし、この人イケメン設定ですし!」
「お、おう。ありがと」
 水森の勢いに砂噛は気圧されている。恋人が分かった、と言って頷くをのを見て、水森は満足した。
「お前は、結構漫画読むんだな」
「そうっスね。面白ければなんでも」
 できれば話を逸らしたかったが、自分の趣味に興味を持ってくれたのは嬉しかった。ついつい話を膨らませてしまう。
「この漫画、妹が持ってるんスけど、読み始めたら止まらなくて。煮込んでたシチュー焦がしました」
「ふーん」
 砂噛の返事は気の抜けたもので、何か考えているようだった。この話はここで終わりかな、と水森はちょっと寂しくなりつつ、安心した。
「この後、本屋行くか」
「いいっスよ。何買うんですか?」
「いや、その漫画」
 終わりじゃなかった。水森は驚いて声を上げた。
「え!?」
「なんだよ、面白いんだろ?」
「で、でも少女漫画ですよ?」
 水森は必死で食い下がる。漫画の男の性格は砂噛に似て強引で、皮肉屋で、わかりにくい。それも含めて似ていると評しているので、相当に気まずい。
 恋人の反応に砂噛は不服そうに眉をしかめている。
「いいだろ。恋人が好きなもの知りたいって思ったって」
 そう言われてしまうと、水森は何も言い返せない。やっぱりこの人の好意ってわかりにくいなと思いつつ、そこが好きな自分も大概だと自嘲した。
 どんな感想が出てきても受け止めよう。そう決意して、水森は恋人と本屋へ向かうために、コーヒーを飲み干した。
 

 その晩、初めて砂噛から仕事以外のメールが来た。
『オレはこんなに強引じゃない』
とだけ書かれていて、水森は思わず笑ってしまった。
 ちゃんと読んでくれたことは嬉しかったが、あんたそっくりだよ、と思ってしまい、水森はどう返信したものか悩むことになった。

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