HEKIREKI
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4.無謀な申し出
宮田の初防衛戦が、3ヶ月後に決まった。
前回、王座を獲得した試合では派手なパンチの応酬が続いたため、大事をとって静養期間を長くとった結果、約半年ものブランクができてしまっていた。
「今回は試合勘を取り戻すために、スパーをやや多めにしていく」
宮田父はコーチ同士のミーティングでそう話していたが、このジムに宮田のスパーリングパートナーを務められそうな選手はいない。
よって、不定期に他のジムや海外からパートナーを招聘してくるのだが、当然お金がかかる。
そこで、宮田にとっては本当に「ただ勘を取り戻すためだけ」に、ジム内のプロ選手ともマススパーをすることも無くはなかった。
川原ジム所属のプロ選手は数人いるが、今日マススパーの相手を務めるはずだった選手が、風邪でダウンしてしまったらしい。
さてどうするかとリングの横で話しているのを、春樹が聞きつけて思わず叫ぶ。
「お、俺!やりたいっす!!」
宮田父とコーチ陣が思わず声の発生源に顔を向け、そしてその人物を確認した後、また何事もなかったかのように顔を戻し、話を続ける。
「ちょ、ちょっと!無視しないでくださいよ!!」
「入門したばかりの練習生が何を言ってるんだ?バカかお前は!?」
「マスとはいえ、相手にならんな」
さすがの宮田父もため息をついて、全く相手にしない。
そんな中、その騒ぎを知らない宮田が奥のドアから出て来て、何かモメているのに気づく。
「どうしたの、父さん」
「いや、実はな・・・」
そこで宮田はようやく、騒ぎの渦中で息巻いている春樹の存在に気がついた。またこいつか、と眉毛がピクリと上がる。
「宮田さん、俺にスパーやらせてください!!」
「お前、まだ言うのか?」
「いい加減にしたまえ」
ふーふーと鼻息が聞こえて来そうなほど興奮している春樹の前で、宮田は極めて冷静に、かつ冷たい声で、答えた。
「上がれよ」
意外な言葉に、全員が固まる。
「お、おい、一郎!?お前、どうした?」
「一郎くん?」
父親やコーチが慌てて胸の内を知ろうと駆け寄るも、宮田はグローブをつけてさっさとリングの中へ入ってしまった。そして、呆然と立ち尽くす春樹を睨んで一言、
「さっさと上がれよ」
「・・・・は、はいっ」
ビーッと、3分間の開始を告げるブザーが鳴り、スパーが始まる。
毎日毎日ジムに顔を出しているとはいえ、入門3ヶ月程度のど素人と、かたや東洋太平洋チャンピオン。
身の程知らずとも言えるスパーリングパートナーへの立候補に皆度肝を抜かれたが、それ以上に驚いたのが、それを快諾した宮田の態度である。
もちろん宮田から手を出すことはない。
春樹は基本に忠実、ワン・ツーを繰り出すものの、まるで当たる気配すらない。
「ちょっと・・・これはどう見ても、一郎くんの練習にはなりませんよ」
「むしろ高杉の練習になっているな・・・」
「1Rもすれば高杉も諦めるでしょう。一郎くんの邪魔をしてすいません」
「いや・・・」
宮田父は、リング上の息子の態度に何か違和感を持った。
普段はこういう人間を相手にしたりはしないのに、珍しい。
少々、苛立っているような感じも見受ける。
素人相手に、手など出さなければいいが・・・と妙な心配も出て来た。
ビーッとブザーが鳴り、1Rが終わった。
宮田は1発も手を出さず、そして春樹は1つのパンチも当てられなかった。
宮田は1粒の汗もかいておらず、春樹は大量の汗をかいている。
「もういいだろう、高杉。気が済んだろう、もう降りろ」
「あ、あと1R・・・だけ・・・」
「お前なぁ」
呆れるコーチを振り切るようにして、春樹は反対コーナーにいる宮田の方へ駆け寄っていく。
「あ、あの、宮田さんっ!!」
「・・・なんだよ」
「全然パンチ、当たんないです!さすがです!」
「・・・」
春樹の失礼な態度を前に、宮田がいつ爆発するか、時限爆弾を見ているようなハラハラ感が、周囲を襲う。
「もし、次、俺が1発でも当てたら・・・電話番号教えてください!!」
素っ頓狂な申し出に、シーンと静まるジム内。
そして、宮田爆弾がいよいよ爆発するのではないかと、緊張感が頂点に達した。
「・・・やれるものなら、やってみろよ」
口調こそ穏やかだが、明らかな苛立ちは隠せないらしい。
ギュウッとグローブに力が入るのを、全員が目撃した。
まさか、素人相手に何かをするわけではあるまい・・・と思いつつ、宮田ほどのプロになると「絶妙な手加減」もできるわけで・・・
2R開始直後、春樹がジャブ・ジャブ・ストレートを出した瞬間だった。
宮田のカウンターが春樹の顎を捉え、春樹は膝から崩れ落ちる。
誰もが「あっ」と思ったが、どうやら宮田のカウンターはちょっと拳を前に出しただけのもので、相手を失神させる威力ではないらしい。
ヨロヨロと立ち上がってくる春樹を見て、宮田は「まぁ当然か」と思いながらも、やはりイライラした。
それから何度もカウンターで倒され、その度に立ち上がってくる。手加減しているとはいえ、いい加減に諦めて欲しい・・・しかし練習生相手にこれ以上強いパンチを出すわけにもいかない・・・
宮田はさらに悶々と、イライラを積み重ねて行った。
初防衛戦を控えた自分が練習生相手に何をやっているんだ、というバカらしさも、苛立ちに拍車をかけた。
春樹が懲りずに同じタイミングでワン・ツーを打ち込んで来た時、宮田は先ほどよりも強めのパンチで応戦しようと決めた。
「これで終わりだ」
拳が春樹の顔面を捉えたと思ったが、妙にアタリが浅い。
どうやら、春樹は自ら頭を突っ込んでヒットポイントをずらしたらしい。
(この戦法・・・・!?)
宮田が驚いた一瞬のことだった。
下の方から伸びてくる何やら嫌な影に、本能が警鐘を鳴らす。
「うおおおおおお!」
ほぼしゃがみこんでいるような春樹 の体勢から飛び出したのは、大振りのアッパー。
リングの外で見ている者たちも一瞬、あっけにとられ、次の展開がどうなるのかと胸をたからせた。
しかしそこはさすがの宮田。
とっさの反応で避けたが、グローブのほんの端っこが宮田の頰を捉えた。
このパンチを最後に、2R終了のブザーが鳴った。
「ほらさっさと降りろ、馬鹿野郎!」
「イテテ・・・」
「一郎くんに挨拶して!」
「あ、ありがとうございました・・・」
肩を担がれリングを降りてくる春樹の後ろ姿を眺めながら、宮田はかすられた頰に手を触れて確かめた。
(あの体勢から打ってくるとは・・・)
ヒットポイントをずらす防御、そして下半身のバネを生かしたアッパー・・・どれもこれも、鴨川ジム地下での幕之内戦を思い出させる代物。
練習としては全く役に立たなかったが、別の意味で気合をいれるには、悪くないスパーリングだったかもしれない。
「待てよ」
リングの上から、宮田が春樹に声をかける。
誰もが驚いて、宮田と春樹の両方を交互に眺めた。
「カスったろ、最後」
「え?そ、そうですか?」
どうやら本人もあんまりよくわかっていないようだ。
宮田はグローブを脱いで、リングを降り春樹に近づいて、
「カスったから最初の3桁だけ教えてやるよ」
「え?」
宮田は春樹の肩にポンと手を置いて、無表情で呟いた。
「090だ」
宮田の初防衛戦が、3ヶ月後に決まった。
前回、王座を獲得した試合では派手なパンチの応酬が続いたため、大事をとって静養期間を長くとった結果、約半年ものブランクができてしまっていた。
「今回は試合勘を取り戻すために、スパーをやや多めにしていく」
宮田父はコーチ同士のミーティングでそう話していたが、このジムに宮田のスパーリングパートナーを務められそうな選手はいない。
よって、不定期に他のジムや海外からパートナーを招聘してくるのだが、当然お金がかかる。
そこで、宮田にとっては本当に「ただ勘を取り戻すためだけ」に、ジム内のプロ選手ともマススパーをすることも無くはなかった。
川原ジム所属のプロ選手は数人いるが、今日マススパーの相手を務めるはずだった選手が、風邪でダウンしてしまったらしい。
さてどうするかとリングの横で話しているのを、春樹が聞きつけて思わず叫ぶ。
「お、俺!やりたいっす!!」
宮田父とコーチ陣が思わず声の発生源に顔を向け、そしてその人物を確認した後、また何事もなかったかのように顔を戻し、話を続ける。
「ちょ、ちょっと!無視しないでくださいよ!!」
「入門したばかりの練習生が何を言ってるんだ?バカかお前は!?」
「マスとはいえ、相手にならんな」
さすがの宮田父もため息をついて、全く相手にしない。
そんな中、その騒ぎを知らない宮田が奥のドアから出て来て、何かモメているのに気づく。
「どうしたの、父さん」
「いや、実はな・・・」
そこで宮田はようやく、騒ぎの渦中で息巻いている春樹の存在に気がついた。またこいつか、と眉毛がピクリと上がる。
「宮田さん、俺にスパーやらせてください!!」
「お前、まだ言うのか?」
「いい加減にしたまえ」
ふーふーと鼻息が聞こえて来そうなほど興奮している春樹の前で、宮田は極めて冷静に、かつ冷たい声で、答えた。
「上がれよ」
意外な言葉に、全員が固まる。
「お、おい、一郎!?お前、どうした?」
「一郎くん?」
父親やコーチが慌てて胸の内を知ろうと駆け寄るも、宮田はグローブをつけてさっさとリングの中へ入ってしまった。そして、呆然と立ち尽くす春樹を睨んで一言、
「さっさと上がれよ」
「・・・・は、はいっ」
ビーッと、3分間の開始を告げるブザーが鳴り、スパーが始まる。
毎日毎日ジムに顔を出しているとはいえ、入門3ヶ月程度のど素人と、かたや東洋太平洋チャンピオン。
身の程知らずとも言えるスパーリングパートナーへの立候補に皆度肝を抜かれたが、それ以上に驚いたのが、それを快諾した宮田の態度である。
もちろん宮田から手を出すことはない。
春樹は基本に忠実、ワン・ツーを繰り出すものの、まるで当たる気配すらない。
「ちょっと・・・これはどう見ても、一郎くんの練習にはなりませんよ」
「むしろ高杉の練習になっているな・・・」
「1Rもすれば高杉も諦めるでしょう。一郎くんの邪魔をしてすいません」
「いや・・・」
宮田父は、リング上の息子の態度に何か違和感を持った。
普段はこういう人間を相手にしたりはしないのに、珍しい。
少々、苛立っているような感じも見受ける。
素人相手に、手など出さなければいいが・・・と妙な心配も出て来た。
ビーッとブザーが鳴り、1Rが終わった。
宮田は1発も手を出さず、そして春樹は1つのパンチも当てられなかった。
宮田は1粒の汗もかいておらず、春樹は大量の汗をかいている。
「もういいだろう、高杉。気が済んだろう、もう降りろ」
「あ、あと1R・・・だけ・・・」
「お前なぁ」
呆れるコーチを振り切るようにして、春樹は反対コーナーにいる宮田の方へ駆け寄っていく。
「あ、あの、宮田さんっ!!」
「・・・なんだよ」
「全然パンチ、当たんないです!さすがです!」
「・・・」
春樹の失礼な態度を前に、宮田がいつ爆発するか、時限爆弾を見ているようなハラハラ感が、周囲を襲う。
「もし、次、俺が1発でも当てたら・・・電話番号教えてください!!」
素っ頓狂な申し出に、シーンと静まるジム内。
そして、宮田爆弾がいよいよ爆発するのではないかと、緊張感が頂点に達した。
「・・・やれるものなら、やってみろよ」
口調こそ穏やかだが、明らかな苛立ちは隠せないらしい。
ギュウッとグローブに力が入るのを、全員が目撃した。
まさか、素人相手に何かをするわけではあるまい・・・と思いつつ、宮田ほどのプロになると「絶妙な手加減」もできるわけで・・・
2R開始直後、春樹がジャブ・ジャブ・ストレートを出した瞬間だった。
宮田のカウンターが春樹の顎を捉え、春樹は膝から崩れ落ちる。
誰もが「あっ」と思ったが、どうやら宮田のカウンターはちょっと拳を前に出しただけのもので、相手を失神させる威力ではないらしい。
ヨロヨロと立ち上がってくる春樹を見て、宮田は「まぁ当然か」と思いながらも、やはりイライラした。
それから何度もカウンターで倒され、その度に立ち上がってくる。手加減しているとはいえ、いい加減に諦めて欲しい・・・しかし練習生相手にこれ以上強いパンチを出すわけにもいかない・・・
宮田はさらに悶々と、イライラを積み重ねて行った。
初防衛戦を控えた自分が練習生相手に何をやっているんだ、というバカらしさも、苛立ちに拍車をかけた。
春樹が懲りずに同じタイミングでワン・ツーを打ち込んで来た時、宮田は先ほどよりも強めのパンチで応戦しようと決めた。
「これで終わりだ」
拳が春樹の顔面を捉えたと思ったが、妙にアタリが浅い。
どうやら、春樹は自ら頭を突っ込んでヒットポイントをずらしたらしい。
(この戦法・・・・!?)
宮田が驚いた一瞬のことだった。
下の方から伸びてくる何やら嫌な影に、本能が警鐘を鳴らす。
「うおおおおおお!」
ほぼしゃがみこんでいるような春樹 の体勢から飛び出したのは、大振りのアッパー。
リングの外で見ている者たちも一瞬、あっけにとられ、次の展開がどうなるのかと胸をたからせた。
しかしそこはさすがの宮田。
とっさの反応で避けたが、グローブのほんの端っこが宮田の頰を捉えた。
このパンチを最後に、2R終了のブザーが鳴った。
「ほらさっさと降りろ、馬鹿野郎!」
「イテテ・・・」
「一郎くんに挨拶して!」
「あ、ありがとうございました・・・」
肩を担がれリングを降りてくる春樹の後ろ姿を眺めながら、宮田はかすられた頰に手を触れて確かめた。
(あの体勢から打ってくるとは・・・)
ヒットポイントをずらす防御、そして下半身のバネを生かしたアッパー・・・どれもこれも、鴨川ジム地下での幕之内戦を思い出させる代物。
練習としては全く役に立たなかったが、別の意味で気合をいれるには、悪くないスパーリングだったかもしれない。
「待てよ」
リングの上から、宮田が春樹に声をかける。
誰もが驚いて、宮田と春樹の両方を交互に眺めた。
「カスったろ、最後」
「え?そ、そうですか?」
どうやら本人もあんまりよくわかっていないようだ。
宮田はグローブを脱いで、リングを降り春樹に近づいて、
「カスったから最初の3桁だけ教えてやるよ」
「え?」
宮田は春樹の肩にポンと手を置いて、無表情で呟いた。
「090だ」