第5章:受験生
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日曜日の水族館。
外が暑いので午前中から昼を避け、閉館時間2時間前に来たのもあって、走り回る小学生の群れに遭遇せずに済んだ。
「わあ、久しぶりだなあ」
大小さまざまな水槽の中に、海水魚、淡水魚、熱帯魚など様々な魚が泳いでいる。
クーラーの効いた館内と青色がメインの内装は、夏の暑さを忘れさせてくれるほどに心地がいい。
「魚とか見てて、ボクシングの必殺技とか思いつかないの?」
「漫画じゃあるまいし・・・」
宮田が呆れたように言う。
そして、意地悪そうにこう返した。
「受験の役に立ちそうな魚はいたか?」
「うーん、食べたら頭良くなるかな」
「腹壊すなよ」
宮田とのこういう会話が、奈々は本当に面白くて好きだった。
口数は多くないし、あんまり無駄なことは言わないのだけど、時々開いた口からこぼれるセリフがなかなかユニークで、飽きない。
ちらりと宮田を見ると、なにやら可笑しそうに含み笑いをしているのが目に入った。
「なによ、笑って」
「ん?いや・・・別に」
下を向きつつ、口角は上がったままだ。
そして頭をポンポンとまた撫でるように叩いた。
両手を再びポケットにしまいこんで、少し前を歩き出した宮田の背中に、抱きついてしまいたくなる。
そして、伸ばそうとした手を引き込める。
そのまま、明らかに浮ついてるだろう顔面を2回ほど軽く叩いて、宮田の後を追った。
しばらくして。
色とりどりの魚をぼうっと見ながら無言で立っていると、隣の宮田が改まった口調で問いかけてきた。
「ところで・・・大学、決めたのか?」
「あー・・・うん、一応」
「そっか」
目を伏せて、あまり詳しく聞かれたくなさそうなそぶりで答える奈々に気づいて、宮田はあっさりと簡単な返事をする。
そんな宮田に気づいて、奈々は説明するように付け足した。
「偏差値と名前だけで選んだから・・・やりたいことなのかどうか、実はよくわかんないんだ」
「・・・前に言ってた、夢中になれるものは見つかってねぇのか?」
宮田が目をつぶりながら、淡々と聞き返す。
“夢中になれるもの”と聞いて一番最初に思い浮かべたのは、隣にいる人物のこと。
だからと言って「それはアナタよ」なんて言えるわけがない。
奈々は少し困って、目を逸らしながらボソリとつぶやいた。
「・・・なくはないけど」
大きな魚が、二人の様子を伺うように近づいてきては、直前でくるりと向きを変えて離れていく。
その後を、小魚が追いかけていく。
水槽には綺麗な帯がいくつも並んでいた。
「今はただ・・・目の前の課題をしっかりやる。志望校に受かることだけ考える」
「そうか」
「そして、宮田のボクシングも・・・応援したい」
意外な一言だったのか、宮田は瞑っていた目を見開いて、しばし瞬きしてから、苦笑いしてつぶやいた。
「・・・どうも」
その様子を、笑われたと勘違いした奈々はバツが悪そうにこう続けた。
「人の夢に便乗するなんて、おこがましいよね?」
そう言われて、宮田は改めて隣にいる奈々の方に顔を向けた。
目があった相手は、なんだか不安そうな顔を浮かべて、宮田の言葉を待っているようだった。
思わず、意地悪をしたくなる。
中指を弾いて、奈々の額に一撃を食らわした。
「痛ッ」と額を抑える相手に向かって、宮田は笑いながらつぶやく。
「バーカ」
「な、なによ」
「ボクサーが1人で試合してると思うなよ」
そう言って宮田は、さっさと次のコーナーへ移動してしまった。
奈々は慌てて背中を追いかけ、展示室の一角にあるトンネルのような小さい入口の奥へ進んだ。