第5章:受験生
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いつまでもモヤモヤした気持ちを引きずっていてはいけない。
大学受験は夏が勝負。
幸いにして、カラリと晴れた青空が、心の曇りすらかき消してくれるように爽やかだ。
空を見上げて、遠く遠くに見つけられそうな何かに、心の中で手を伸ばす。
高校最後の夏休みの前半は、学校で夏期講習。
グラウンドからは練習する野球部の掛け声や、バットがボールを打つ音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、やけに気合の入った教師たちの講義を受ける。
「受験は夏が勝負だ!遊ばないで勉学に励めよ!泣くか笑うかは、お前ら次第なんだからな!」
教師の熱意に、ただでさえ暑苦しい教室の気温がぐっと上がる。
つられて熱を上げる者もいれば、反してどんどん冷めていく者もいる。
奈々も1時間目あたりは気合十分でいたものの、暑さにやられて最後はほぼ、冷蔵庫にあるアイスのことしか頭になかった。
夏期講習は午前中で終わり、奈々はギラギラの太陽が照りつく中、とぼとぼと帰路を急いでいた。
ふと、今朝出がけに母親から「今日はお昼用意してないからね」と言われた一言を思い出した。
自分で何かを作るのも面倒だと考えた奈々は進路を変え、避暑も兼ねて近所のスーパーへと駆け込んだ。
「あぁ、涼しい」
汗が一瞬で凍るような厳しいエアコンの風が、炎天下にいた奈々にはオアシスの水のように嬉しかった。
お弁当や惣菜のコーナーを眺めていると、視界の中にスポーツウェアに身を包んだ、なにやら見慣れた人物が入ってきた。
「あ」
「・・・よぉ」
買い物かごを片手にウロついていたのは、宮田。
かごの中には牛乳や野菜など、その辺の主婦が買いそうなものが入っている。
「ああそっか・・・一人暮らしだもんねえ」
スポーツウェアと買い物かごのアンバランスに奈々がクスリと笑うと、宮田は面白くなさそうに目線をそらした。
せっかくなので一緒に帰ろうと、レジを済ませてから並んで歩く。
自動ドアの隙間から熱風が吹き出し、奈々は思わず「うわ」と声をあげた。
「夏期講習・・・だっけ?」
珍しく宮田から口を開く。
「そう。もうゲンナリする」
見るからにしょげた顔をする奈々を見て、宮田はふっと笑った。
そういえば去年は、宮田と遊園地に行ったんだった、と空を見上げて思う。
あれから1年。
特に何の進展もない1年。
「宮田は、この後練習?」
「ああ」
「暑いのに、頑張るね」
「お前もな」
ミンミンと耳障りな蝉の音が、空まで届きそうなほど響いている。
「そういえば、宮田ってなんでボクシング始めたの?」
好奇心から何気なく聞くと、宮田はいつもの調子で「別に」とだけ答えて黙った。
「ひょっとして、あしたのジョーでも読んだ?」
「読んでねぇよ」
「えー・・じゃあ・・」
「親父がボクサーだったんだよ」
これから始まるだろう面倒臭い問答を遮るように、宮田は自ら語り始めた。
「あ、そうなんだ?その影響で?」
「まぁな」
「お父さん、強かったんでしょ?」
「・・・なんで?」
「だって、宮田が憧れるくらいなんだから」
まるで自分も見たことがあるかのように目を輝かせて奈々がいうので、宮田は思わず胸を打たれてつい饒舌になっていく。
「まぁ・・・な」
「そっかぁ」
「でも志半ばで引退してさ」
蝉の長い鳴き声がこだまする青空を眺めて、宮田は続けた。
「だからオレが世界を獲って・・・親父のスタイルが間違っていなかったと、証明したいんだ」
最後の方は独り言じみていたかもしれない呟きに、宮田はハッと我に返って人差し指で頬を引っ掻いた。
「っと・・・喋りすぎたな」
「ううん、そんなことない。話してくれてありがとう」
何やら興奮冷めやらぬ様子で頬を赤らめる奈々を見て、宮田はさらに気恥ずかしくなって顔を背けた。
「なんか、素敵だね」
「何がだよ」
「宮田とお父さんの関係」
「そうか?前のジムじゃ結構からかわれたけどな」
フッとため息交じりで答えた宮田が何だか子供っぽく見えて、奈々はクスリと思わず笑ってしまった。
「じゃあ、小さい頃から毎日ずっと練習してきたんだね」
「まぁな」
「すごいなぁ・・・」
「ジムは日曜日休みだから、息抜きもしてるけど」
「そうなんだぁ」
ふーん、と言いながら、幼少の頃から今までの宮田の努力に思いを馳せること、つかの間。
ふと思い出した。
今日は金曜日だ。
「あれ?じゃあ、明後日休み?」
「そうだけど」
「じゃあ・・・あそ」
「あそばない」
あそぼ、と言い終わらないうちにまたも否定される。
このパターン、前にも何度もあって学習済みなのに、いい加減に物覚えが悪い。
「ケチ」
「だってお前は受験生だろ」
「受験生にだって、息抜きは必要だもん・・・」
宮田から「受験生」という単語が出てくると、本当にそれが現実味を帯びて迫ってくるような気がした。
奈々が「はぁ」とがっかりしたため息をつくと、宮田はふぅと息を吐いて、
「わかったよ。何がしてぇんだ」
“何がしてぇんだ”・・・去年も聞いたセリフだ。
なんだか懐かしくて、思わず顔がにやけてくる。
「じゃあ・・・水族館とか?」
満面の笑みを浮かべた奈々の横で宮田は、またふっと笑って言った。
「小学生かよ」
いつまでもモヤモヤした気持ちを引きずっていてはいけない。
大学受験は夏が勝負。
幸いにして、カラリと晴れた青空が、心の曇りすらかき消してくれるように爽やかだ。
空を見上げて、遠く遠くに見つけられそうな何かに、心の中で手を伸ばす。
高校最後の夏休みの前半は、学校で夏期講習。
グラウンドからは練習する野球部の掛け声や、バットがボールを打つ音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、やけに気合の入った教師たちの講義を受ける。
「受験は夏が勝負だ!遊ばないで勉学に励めよ!泣くか笑うかは、お前ら次第なんだからな!」
教師の熱意に、ただでさえ暑苦しい教室の気温がぐっと上がる。
つられて熱を上げる者もいれば、反してどんどん冷めていく者もいる。
奈々も1時間目あたりは気合十分でいたものの、暑さにやられて最後はほぼ、冷蔵庫にあるアイスのことしか頭になかった。
夏期講習は午前中で終わり、奈々はギラギラの太陽が照りつく中、とぼとぼと帰路を急いでいた。
ふと、今朝出がけに母親から「今日はお昼用意してないからね」と言われた一言を思い出した。
自分で何かを作るのも面倒だと考えた奈々は進路を変え、避暑も兼ねて近所のスーパーへと駆け込んだ。
「あぁ、涼しい」
汗が一瞬で凍るような厳しいエアコンの風が、炎天下にいた奈々にはオアシスの水のように嬉しかった。
お弁当や惣菜のコーナーを眺めていると、視界の中にスポーツウェアに身を包んだ、なにやら見慣れた人物が入ってきた。
「あ」
「・・・よぉ」
買い物かごを片手にウロついていたのは、宮田。
かごの中には牛乳や野菜など、その辺の主婦が買いそうなものが入っている。
「ああそっか・・・一人暮らしだもんねえ」
スポーツウェアと買い物かごのアンバランスに奈々がクスリと笑うと、宮田は面白くなさそうに目線をそらした。
せっかくなので一緒に帰ろうと、レジを済ませてから並んで歩く。
自動ドアの隙間から熱風が吹き出し、奈々は思わず「うわ」と声をあげた。
「夏期講習・・・だっけ?」
珍しく宮田から口を開く。
「そう。もうゲンナリする」
見るからにしょげた顔をする奈々を見て、宮田はふっと笑った。
そういえば去年は、宮田と遊園地に行ったんだった、と空を見上げて思う。
あれから1年。
特に何の進展もない1年。
「宮田は、この後練習?」
「ああ」
「暑いのに、頑張るね」
「お前もな」
ミンミンと耳障りな蝉の音が、空まで届きそうなほど響いている。
「そういえば、宮田ってなんでボクシング始めたの?」
好奇心から何気なく聞くと、宮田はいつもの調子で「別に」とだけ答えて黙った。
「ひょっとして、あしたのジョーでも読んだ?」
「読んでねぇよ」
「えー・・じゃあ・・」
「親父がボクサーだったんだよ」
これから始まるだろう面倒臭い問答を遮るように、宮田は自ら語り始めた。
「あ、そうなんだ?その影響で?」
「まぁな」
「お父さん、強かったんでしょ?」
「・・・なんで?」
「だって、宮田が憧れるくらいなんだから」
まるで自分も見たことがあるかのように目を輝かせて奈々がいうので、宮田は思わず胸を打たれてつい饒舌になっていく。
「まぁ・・・な」
「そっかぁ」
「でも志半ばで引退してさ」
蝉の長い鳴き声がこだまする青空を眺めて、宮田は続けた。
「だからオレが世界を獲って・・・親父のスタイルが間違っていなかったと、証明したいんだ」
最後の方は独り言じみていたかもしれない呟きに、宮田はハッと我に返って人差し指で頬を引っ掻いた。
「っと・・・喋りすぎたな」
「ううん、そんなことない。話してくれてありがとう」
何やら興奮冷めやらぬ様子で頬を赤らめる奈々を見て、宮田はさらに気恥ずかしくなって顔を背けた。
「なんか、素敵だね」
「何がだよ」
「宮田とお父さんの関係」
「そうか?前のジムじゃ結構からかわれたけどな」
フッとため息交じりで答えた宮田が何だか子供っぽく見えて、奈々はクスリと思わず笑ってしまった。
「じゃあ、小さい頃から毎日ずっと練習してきたんだね」
「まぁな」
「すごいなぁ・・・」
「ジムは日曜日休みだから、息抜きもしてるけど」
「そうなんだぁ」
ふーん、と言いながら、幼少の頃から今までの宮田の努力に思いを馳せること、つかの間。
ふと思い出した。
今日は金曜日だ。
「あれ?じゃあ、明後日休み?」
「そうだけど」
「じゃあ・・・あそ」
「あそばない」
あそぼ、と言い終わらないうちにまたも否定される。
このパターン、前にも何度もあって学習済みなのに、いい加減に物覚えが悪い。
「ケチ」
「だってお前は受験生だろ」
「受験生にだって、息抜きは必要だもん・・・」
宮田から「受験生」という単語が出てくると、本当にそれが現実味を帯びて迫ってくるような気がした。
奈々が「はぁ」とがっかりしたため息をつくと、宮田はふぅと息を吐いて、
「わかったよ。何がしてぇんだ」
“何がしてぇんだ”・・・去年も聞いたセリフだ。
なんだか懐かしくて、思わず顔がにやけてくる。
「じゃあ・・・水族館とか?」
満面の笑みを浮かべた奈々の横で宮田は、またふっと笑って言った。
「小学生かよ」