第4章:一喜一憂
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「あ、あれ??帰ったんじゃなかったの?」
宮田はこちらを一瞥したものの、特段何も言わずにまた目をそらした。
間も無くバスが来て、二人一緒に乗り込む。
席はガラガラだったにも関わらず宮田が二人がけの椅子に座ったので、なんとなく奈々もその横に座らなければいけない気がした。
カバンの中で、静かに眠っているチョコレートの存在を忘れたわけではない。
ただ、今日の強烈なゴミ箱事件を目撃したあとで、それを出す勇気はなかった。
隣に座っているのに何の会話もなく時間が過ぎていく。
宮田は頬杖をついて、窓の外を見たままだ。
やがて、バス停は自宅の最寄駅に着き、奈々が降りようとすると宮田も同じく降りた。
「あれ?ジムは?」
「行くよ」
「ジムってもう少し先のバス停じゃなかった?」
「・・・・」
宮田が黙ってしまったので、それ以上追求せずに歩き始める。
そして、自分の家と宮田の家の分岐点に差し掛かった頃だった。
「出せよ」
宮田がぼそりと口を開く。
「え?」
「早く出せよ」
宮田が目をそらしながらも、手を前に差し出す。
「え?え?」
混乱する奈々の前で、宮田は少し苛立って言った。
「今年くれるんじゃなかったのか?」
去年のバレンタインデーで、何となしに言った言葉。
『来年あげるね』
その一言をどうやら覚えていたらしい。
そして奈々もまた、『楽しみにしてるぜ』という返しを忘れたわけではなかったが、まさか本当に覚えていてくれるとは思ってもいなかった。
「・・・なんでわかったの」
「ん?」
「カバンの中にあるって」
宮田はまたふっと笑って、答えた。
「お前は絶対持っていると思った」
カバンの中からようやく日の目を見た小さな包装箱が、宮田の手に渡る。
「ゴミ箱に捨てるのはやめてよね」
奈々が少し、意地悪そうに言うと、宮田は少し目を伏せて呟いた。
「・・・今年は」
言いながら、チョコレートをポケットにしまいこむ。
「一つしか受け取らないことに、決めていたから」
片手を上げて別れの合図を送る宮田の影を、奈々はただぼうっと立ち尽くして見ているしかできなかった。
自分と約束したチョコレートをもらうために、他の全てを断ってくれた。
それは素直に嬉しかった。
ひょっとして・・・とか、嬉しい勘違いをしてしまう気持ちもある。
でも、あのゴミ箱に捨てられたチョコレートが、忘れられない。
本気ではなかったかもしれないけど。
あれは、一歩間違えれば、私だったかもしれない。
私が喜んでいる陰で、泣いている子がいる。
私はその泣いている子を踏んで、立っている。
素直に喜べない。
甘いはずの1日が、なんだか少しだけ、苦い。