第4章:一喜一憂
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2学期が始まってしばらく。
教室の自席で次の授業の準備をしている奈々の耳に、男子の世間話が通り過ぎた。
「宮田、ライセンス取ったらしいな」
「あ、そーなん?アイツまだプロじゃなかったんだ?」
「取れんの17歳からだったんだと」
「へー。試合とかすんのかなー」
こんな何気ない会話にも関わらず、神経が今までにないほど高ぶり始めたのがわかった。
てっきり宮田が直接教えてくれるものだと思っていた奈々は、クラスメイトの伝聞形でビッグニュースを知ったことに、少なからずショックを受けた。
宮田にとって自分は、その程度だったのか。
存在の軽さを、思い知らされる。
暗い気持ちを引きずりながら歩いていると、廊下で宮田とすれ違った。
たまらず声をかける。
「宮田くん」
「・・・なんだよ」
珍しい「くん」付けに、体を強張らせる宮田。
去年の学校祭を思い出したらしく、何か変な用事を申し付けられるのではないかという警戒心の現れだ。
「プロになったんだってね」
「あー・・・まぁな」
拍子抜けしたような声で宮田が答える。
(私が一番最初に知りたかったのに)
…なんて言えるわけも、その資格もない。
奈々はグッと言葉を飲み込んで、努めて明るく続けた。
「おめでと」
「どうも」
「ところで…試合とかあるの?」
小さい声でこそりと聞いたが、宮田は声をひそめることなく普通に答えてきた。
「決まったよ」
「見に行ってもいい?」
「ああ。チケットできたら渡すから」
普通の、なんてことない短い会話。
それでも嬉しい。
たった少しのコミュニケーションが、さっきの傷を癒してくれる。
いやだ、認めたくない。
こんな、宮田ファンみたいなカンジ。
ブンブン、と首を振ってどうにかニヤけた顔を元に戻そうとするも、なかなかうまくいかない。
昼休み。
お昼ご飯を食べようとお弁当を広げていると、クラスの男子が宮田と何か話しているのが聞こえた。
「え?お前メシ食わねぇの?」
「減量中なんだよ」
「じゃあ、試合やんのかよ?いつ!?」
「月末」
「えー!俺見に行きたい!」
「え、俺も!」
「私もー!」
先ほど宮田とこっそり交わした会話が、クラス中でおおっぴらに話されていることに、再度ダメージを受ける。
宮田がプロボクサーだということはみんな知っていて、普段はとっつきにくい人物だけど、みんな一目置いている。
特に男子にとっては、ボクサーというのはなかなかカッコイイ職業らしい。
普段、宮田とそんなに接点のないクラスメイトや、よそのクラスの人までも、次々に宮田にチケットを予約していく。
そうだよね。
私だけってことはない。
別に私は宮田の特別でもないし。
ちょっと家が近所なくらいで。
そんないじけモードも勃発する。
そしてデビュー戦の日。
ミズキを無理やり誘って行った後楽園ホールには、見知ったクラスメイトや、同じ学校の制服を着た人たちが、少なからず居た。
「宮田くぅーん!頑張ってぇ!」
自分には出せない、黄色い声も飛んでいる。
「やっぱり宮田くんってかっこいいよねぇ」
「あたしさっき、控え室でタオルプレゼントしてきたの」
「えーどうだった?」
「どうも、って言って受け取ってくれたのぉ!」
「えーずるーい!私も何かあげようかな〜」
不意に聞こえてきたおしゃべりに、ズキン、ズキン、と心臓が痛む。
そうだよね。
他の子からのプレゼントだって、受け取るよね。
チョコだって、律儀に持ち帰る宮田だもん。
でも、あの笑顔だけは。
他の人に、渡さないでほしいなんて。
勝手なお願いをして、勝手な嫉妬をして。
何だか自分がどんどん、嫌な人間になっていく気がする。