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5.歪な笑顔
後から生まれたくて生まれたわけじゃない。
たまたま、あなたの近所で、あなたの後から生まれただけで、
だからこそ、あなたに会えたわけだけど、
だからこそ、あなたに相手にされてない。
町で見かける女の子が羨ましい。
たっちゃんと、恋人になれる可能性を持ってるから。
今はたっちゃんから一番遠いくせに、いずれ一番近くなれる可能性があるから。
私の距離はずっとずっと、あと1センチってところで、止まっている。
----------------------
部屋の内線が鳴った。
受話器を取ると、母親が一言、
「達也、奈々ちゃんから電話よ」
その言葉に「おぉ」と適当な返事をして、外線ボタンを押す。
「どーした?」
「たっちゃん、週末ってヒマ?」
「まぁ、時間はあるけど」
世間的には土日は休みでも、トレーニングに「ヒマ」は無い。
かといって、一日中ジムに居るわけでもないから、木村は濁したような返事しか出来なかった。
「映画行こう。チケットもらったんだ」
「いいけど、なんの映画?」
奈々が、今世間で一番流行しているハリウッド映画の名前を挙げると、木村はしばし考えて
「あ、オレそれダメだわ」
とそっけなく答えた。
当然OKしてくれるものだと思っていた奈々は、酷く落胆した声を出して
「えー、なんで?面白いのに」
「いや、見たくないんじゃなくてさ」
木村が慌てて切り返す。
「その映画、一緒に見る約束してる子がいて」
奈々は一瞬固まった。
木村が放った、約束している“子”というセリフ。
どう考えても、相手は男性ではなさそうだ。
受話器を持った手が一瞬にして冷えたのが分かった。
「それって女の子?」
「あー・・うん」
「彼女?」
「いや、違うけど・・」
今は彼女ではないけれど、彼女に近づきつつある存在ということか。
会話に詰まり、互いの耳元でサーっと静かな音が流れた。
「じゃあ、いいわ。他の人誘うから」
「悪いな」
「別に・・・」
「今度別の見に行こうぜ!ゴジラとかさ!」
「・・・そうだね、じゃ」
ピッと外線ボタンを切った後、奈々はその場から動けなかった。
机の上に置いてある、2枚のチケット。
「もらった」なんて大嘘で、木村とデートする為にわざわざ自分で買ったもの。
それがこんな、手ひどいダメージを食らう結果になるなんて。
「たっちゃんのバーカ」
乾いた声が、壁に吸収されていく。
何が“ゴジラ”だって?
小学生の子供をお守りするみたいな映画のチョイス。
自分は相変わらず、木村の中では単なる“近所の子供”なんだと思い知らされる。
破り捨ててしまおうかとも思った。
けれど、今月の小遣いの半分を費やしたチケットだ。
易々と捨ててしまうには、些か勿体ない気がした。
仕方ないから、誰か他の友達でも連れていこう。
そんな風に考えて、スケジュール帳の間にチケットをしまい込んだ。
「おい、高杉」
3時間目が終わった休み時間の事だった。
くるりと振り返ると、宮田がなにかを手に持って、こちらに近づいてくる。
「今、お前の手帳からコレが落ちてきたんだけど、お前のか?」
宮田の手に握られているのは、例の映画のチケットだ。
「あ、私の。ありがと」
「気をつけろよ。人気の映画だし、誰かに盗られるぞ」
「アンタは盗らないのね」
「当たり前だろ」
宮田からチケットを受け取り、再び手帳を開いてしまい込んだ。
パタンと手帳を閉じてカバンにしまうと、宮田がなにげなく質問をしてきた。
「好きなのか?その映画」
「うん、ずっと楽しみにしてて…でもちょっと流行りすぎて複雑なんだけど」
「オレもその監督の作品は全部見てるんだけど、今ならミーハーみたいに思われるのが癪だよな」
宮田がボクシング以外のことを流暢に語り出したのを見て、奈々は意表を突かれた。
目をまるくして、口を2、3度パクパクさせていると、宮田は少しムッとした表情で、
「なんだよ」
「アンタ、ボクシング以外にも興味あったんだ」
「うるさいな・・・別に映画好きってワケじゃないけど、その監督は好きなんだよ」
「分かる!私もそう!」
奈々は思わず立ち上がって力説した。
「駄作って言われてる85年作の“ハリケーン”だって、私の中じゃ名作中の名作で・・」
「音楽も凝ってるよな、あれは」
「そうそう!あ~、まさかこんな風に語り合える人が身近にいると思わなかった!」
「今までそんなにメジャーじゃなかったのにな」
宮田もこんな話をするのが珍しいのか、いつになく楽しそうな表情を浮かべている。
学校ではだいたいムッツリとしていて、必要最低限のことしか喋らない男と認知されていた宮田だが、二人の様子に周りのクラスメイトもしばし驚いているようだった。
「よし、宮田」
「なんだよ」
「一緒に見に行こ、チケット2枚あるから」
奈々がそういうと、宮田はまたいつもの鉄仮面に戻って
「いや、いい」
「一緒に行く人探してたんだって!」
「だったら木村さんと行けば?」
宮田が意地悪く呟くと、奈々はピタリと固まった。
余りにも分かりやすい態度に、宮田は奈々の気持ちをすぐに把握した。
「たっちゃんには先約があるって断られちゃった」
面白く無さそうに奈々が呟くと、宮田は短い溜息をついて、
「だったら他を誘えば・・・」
「アンタみたいなマニアと見た方が楽しいでしょ?ねっ、行こうよ!」
笑顔で肩をバンバンと叩かれ、宮田はこれ以上意地悪を続けるのも可哀想だと思い直し、
「・・・まぁいいけどよ」
「やった!そしたら日曜日でいい?」
「任せるよ」
小躍りして喜ぶ奈々を眺めながら、宮田は無表情でまた小さな溜息をついた。
「貰ったチケット」なんて言っているが、先ほど落ちたチケットを拾った時には「招待券」などとは書いていなかった。
ひょっとしたら、木村と見に行くためにわざわざ自分で買ったんじゃないだろうか、とすら思う。
しかし宮田にとって、それはどうでもいいことだった。
自分には関係ない、好きな映画を見られればそれでいい。
宮田はそう考えて、奈々の歪な笑顔を見なかったことにした。
後から生まれたくて生まれたわけじゃない。
たまたま、あなたの近所で、あなたの後から生まれただけで、
だからこそ、あなたに会えたわけだけど、
だからこそ、あなたに相手にされてない。
町で見かける女の子が羨ましい。
たっちゃんと、恋人になれる可能性を持ってるから。
今はたっちゃんから一番遠いくせに、いずれ一番近くなれる可能性があるから。
私の距離はずっとずっと、あと1センチってところで、止まっている。
----------------------
部屋の内線が鳴った。
受話器を取ると、母親が一言、
「達也、奈々ちゃんから電話よ」
その言葉に「おぉ」と適当な返事をして、外線ボタンを押す。
「どーした?」
「たっちゃん、週末ってヒマ?」
「まぁ、時間はあるけど」
世間的には土日は休みでも、トレーニングに「ヒマ」は無い。
かといって、一日中ジムに居るわけでもないから、木村は濁したような返事しか出来なかった。
「映画行こう。チケットもらったんだ」
「いいけど、なんの映画?」
奈々が、今世間で一番流行しているハリウッド映画の名前を挙げると、木村はしばし考えて
「あ、オレそれダメだわ」
とそっけなく答えた。
当然OKしてくれるものだと思っていた奈々は、酷く落胆した声を出して
「えー、なんで?面白いのに」
「いや、見たくないんじゃなくてさ」
木村が慌てて切り返す。
「その映画、一緒に見る約束してる子がいて」
奈々は一瞬固まった。
木村が放った、約束している“子”というセリフ。
どう考えても、相手は男性ではなさそうだ。
受話器を持った手が一瞬にして冷えたのが分かった。
「それって女の子?」
「あー・・うん」
「彼女?」
「いや、違うけど・・」
今は彼女ではないけれど、彼女に近づきつつある存在ということか。
会話に詰まり、互いの耳元でサーっと静かな音が流れた。
「じゃあ、いいわ。他の人誘うから」
「悪いな」
「別に・・・」
「今度別の見に行こうぜ!ゴジラとかさ!」
「・・・そうだね、じゃ」
ピッと外線ボタンを切った後、奈々はその場から動けなかった。
机の上に置いてある、2枚のチケット。
「もらった」なんて大嘘で、木村とデートする為にわざわざ自分で買ったもの。
それがこんな、手ひどいダメージを食らう結果になるなんて。
「たっちゃんのバーカ」
乾いた声が、壁に吸収されていく。
何が“ゴジラ”だって?
小学生の子供をお守りするみたいな映画のチョイス。
自分は相変わらず、木村の中では単なる“近所の子供”なんだと思い知らされる。
破り捨ててしまおうかとも思った。
けれど、今月の小遣いの半分を費やしたチケットだ。
易々と捨ててしまうには、些か勿体ない気がした。
仕方ないから、誰か他の友達でも連れていこう。
そんな風に考えて、スケジュール帳の間にチケットをしまい込んだ。
「おい、高杉」
3時間目が終わった休み時間の事だった。
くるりと振り返ると、宮田がなにかを手に持って、こちらに近づいてくる。
「今、お前の手帳からコレが落ちてきたんだけど、お前のか?」
宮田の手に握られているのは、例の映画のチケットだ。
「あ、私の。ありがと」
「気をつけろよ。人気の映画だし、誰かに盗られるぞ」
「アンタは盗らないのね」
「当たり前だろ」
宮田からチケットを受け取り、再び手帳を開いてしまい込んだ。
パタンと手帳を閉じてカバンにしまうと、宮田がなにげなく質問をしてきた。
「好きなのか?その映画」
「うん、ずっと楽しみにしてて…でもちょっと流行りすぎて複雑なんだけど」
「オレもその監督の作品は全部見てるんだけど、今ならミーハーみたいに思われるのが癪だよな」
宮田がボクシング以外のことを流暢に語り出したのを見て、奈々は意表を突かれた。
目をまるくして、口を2、3度パクパクさせていると、宮田は少しムッとした表情で、
「なんだよ」
「アンタ、ボクシング以外にも興味あったんだ」
「うるさいな・・・別に映画好きってワケじゃないけど、その監督は好きなんだよ」
「分かる!私もそう!」
奈々は思わず立ち上がって力説した。
「駄作って言われてる85年作の“ハリケーン”だって、私の中じゃ名作中の名作で・・」
「音楽も凝ってるよな、あれは」
「そうそう!あ~、まさかこんな風に語り合える人が身近にいると思わなかった!」
「今までそんなにメジャーじゃなかったのにな」
宮田もこんな話をするのが珍しいのか、いつになく楽しそうな表情を浮かべている。
学校ではだいたいムッツリとしていて、必要最低限のことしか喋らない男と認知されていた宮田だが、二人の様子に周りのクラスメイトもしばし驚いているようだった。
「よし、宮田」
「なんだよ」
「一緒に見に行こ、チケット2枚あるから」
奈々がそういうと、宮田はまたいつもの鉄仮面に戻って
「いや、いい」
「一緒に行く人探してたんだって!」
「だったら木村さんと行けば?」
宮田が意地悪く呟くと、奈々はピタリと固まった。
余りにも分かりやすい態度に、宮田は奈々の気持ちをすぐに把握した。
「たっちゃんには先約があるって断られちゃった」
面白く無さそうに奈々が呟くと、宮田は短い溜息をついて、
「だったら他を誘えば・・・」
「アンタみたいなマニアと見た方が楽しいでしょ?ねっ、行こうよ!」
笑顔で肩をバンバンと叩かれ、宮田はこれ以上意地悪を続けるのも可哀想だと思い直し、
「・・・まぁいいけどよ」
「やった!そしたら日曜日でいい?」
「任せるよ」
小躍りして喜ぶ奈々を眺めながら、宮田は無表情でまた小さな溜息をついた。
「貰ったチケット」なんて言っているが、先ほど落ちたチケットを拾った時には「招待券」などとは書いていなかった。
ひょっとしたら、木村と見に行くためにわざわざ自分で買ったんじゃないだろうか、とすら思う。
しかし宮田にとって、それはどうでもいいことだった。
自分には関係ない、好きな映画を見られればそれでいい。
宮田はそう考えて、奈々の歪な笑顔を見なかったことにした。