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3.圏外
毎日たっちゃんのことばっか考えてる。
学校に行く途中に、たっちゃん家の前を通るけど、たっちゃんは居ない。
学校からの帰り道でも、たっちゃんは居ない。
それだけ頑張ってるってこと、分かってるつもりだよ。
だから、贅沢なんて言わないけどさ。
たまには、私のこと思い出してくれてるのかなぁ?
-----------------------
高校に入学してから、しばらくしてのこと。
夜、已に寝る準備を始めていた奈々の元に、部屋のドアをノックする音がした。
「奈々、電話よ」
適当な返事をして奈々が手を伸ばすと、母親が電話の子機を渡して「達也くんから」と言った。
母親にとってみれば木村は昔のままの「達也くん」であって、“異性から娘宛てのドキドキ電話”というカテゴリには含まれないらしい。
実際、その内容もいつも「CD貸してくれ」とか「あの映画タイトルど何だっけ?」など、くだらない話ばかりだ。
それでも、木村からの電話は奈々にとって飛び上がるほど嬉しいものには変わりない。
「たっちゃん、どしたの?」
「おう、お前さあ。先週のマガジン買った?オレ読み逃しちゃったんだよね」
「買ったよ。読みたい?500円で売ってあげるけど」
「なんでそんなに高ぇんだよ!」
「プレミア付きってことで」
「今度ケーキでも買ってやるから、タダで貸せよな」
「駅前のケーキ屋がいいな。んじゃ、明日にでもお店に持ってくよ」
「悪ぃな、オレが居なかったらオフクロにでも渡しておいてくれ」
「んー」
と返事をしつつも、奈々は木村の母親に預ける気など全くない。
木村がジムから帰る頃を見計らって、“直接会う”ために出かけていくつもりだった。
そうでもしなければ、木村とはなかなか会えない。
昔なら簡単に遊ぼうと声を掛けられたものだが、今や相手はプロボクサー。
出来るだけ邪魔をしないでいたい、でもやっぱり会いたい。
だから、こういう機会をフルに活用するしか方法はないのである。
そして会えないのなら、少しでも長く話をしていたい。
自分でもワガママだとは分かっていたが、奈々はついつい木村の優しさに甘えてしまい、結局いつも長電話に発展してしまうのであった。
「そうそう、宮田ってさぁ」
「ああ」
「いっつも牛乳飲んでるの」
「へぇ」
「んで、女子の間で付いたあだ名が“牛乳王子”」
「ぷっ・・そいつは傑作だな!」
「まぁ王子って言われるくらいだし、モテてるみたいだけどねー」
とりとめのない日常会話、時間にしたら30分ほどだろうか。
あっという間に時間が流れて、母親の「いい加減にしなさいよ」という注意を切っ掛けに、会話は終了した。
「じゃ、またな」
軽い一言の後に残る、重たい余韻。
あれほど生き生きしていた聴力が一瞬にして消えて無くなったように、部屋の静けさが異様に染みてくる。
「恋人だったらもっと、気兼ねなく会ったりとか、電話したり出来るんだよね・・・・」
ふぅ、と大げさについた溜息すら無かったことのように、静寂が部屋を支配していた。
「たっちゃん居ますか?」
翌日の午後9時を過ぎたころだった。
奈々はすでにシャッターの降りた木村園芸の勝手口に回り、インターホンの呼び出しに出た母親に対して聞いた。
「あら奈々ちゃん。達也ならもう帰ってるわよ。あがっていって!今開けるから」
それからすぐに玄関の鍵を回す音が聞こえ、木村の母親がドアを開けてくれた。
奈々は「お邪魔します」といつもの調子で挨拶してから、二階へ続く階段を上り、木村の部屋のドアをノックした。
「たっちゃん、マガジン届けにきたよ」
「・・・奈々か?おう、入れよ」
ドアを開けると、木村はちょうどグローブを磨いているところだった。
奈々はマガジンを床に適当に置いて、木村の横に座った。
「忙しかった?」
「いや。わざわざありがとうな、夜遅いのに」
「ううん、たっちゃんに会いたかったから」
木村はふとグローブを磨く手を止めて奈々をじっと見、それから奈々の頭を撫でて
「可愛いヤツだな」
「でしょ」
「はいはい」
そしてすっくと立ち上がり、床に置かれたマガジンを拾い上げて、再びベッドに背を預けて表紙を開いた。
「おっ。今週のグラビア可愛いじゃん」
「・・・16歳だよその子。私と同い年じゃん」
「16歳!?これで!?」
木村はたいそう驚くと、奈々とグラビアを交互に眺め、半笑いになった。
「なにそれどういう意味?すいませんね、発育が悪くて」
「同じ16歳には見えねぇなぁ。頑張れよ、奈々」
「うるさいなぁ」
ペラ、とページをめくる音が響く。
木村はずっとグラビアを眺めていて、奈々の方を見る気配もない。
せっかく来たのに、と奈々はむくれて、木村に問いかけた。
「たっちゃんこう言うの好きなの?」
「まぁ・・・タイプではあるけど・・16歳は圏外」
「あ、そ」
「だってガキだろ?」
妙に当てつけがましく聞こえ、奈々はますます苛立つ。
「たっちゃんだってまだ18歳じゃん。大人ぶっちゃってさ」
「高校中退して社会人やってんだ、大人だろうが」
たった2歳しか違わないというのに、木村はいつも奈々を子供扱いする。
互いに一人っ子で、確かに兄妹のように仲良く遊んでいたことは事実だ。
きっと今も、自分を異性として見てくれてはいないのだろうと、奈々には分かっていた。
それでもこの距離に居る限り、それ以上を望むつもりは、奈々にはまだ無かった。
毎日たっちゃんのことばっか考えてる。
学校に行く途中に、たっちゃん家の前を通るけど、たっちゃんは居ない。
学校からの帰り道でも、たっちゃんは居ない。
それだけ頑張ってるってこと、分かってるつもりだよ。
だから、贅沢なんて言わないけどさ。
たまには、私のこと思い出してくれてるのかなぁ?
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高校に入学してから、しばらくしてのこと。
夜、已に寝る準備を始めていた奈々の元に、部屋のドアをノックする音がした。
「奈々、電話よ」
適当な返事をして奈々が手を伸ばすと、母親が電話の子機を渡して「達也くんから」と言った。
母親にとってみれば木村は昔のままの「達也くん」であって、“異性から娘宛てのドキドキ電話”というカテゴリには含まれないらしい。
実際、その内容もいつも「CD貸してくれ」とか「あの映画タイトルど何だっけ?」など、くだらない話ばかりだ。
それでも、木村からの電話は奈々にとって飛び上がるほど嬉しいものには変わりない。
「たっちゃん、どしたの?」
「おう、お前さあ。先週のマガジン買った?オレ読み逃しちゃったんだよね」
「買ったよ。読みたい?500円で売ってあげるけど」
「なんでそんなに高ぇんだよ!」
「プレミア付きってことで」
「今度ケーキでも買ってやるから、タダで貸せよな」
「駅前のケーキ屋がいいな。んじゃ、明日にでもお店に持ってくよ」
「悪ぃな、オレが居なかったらオフクロにでも渡しておいてくれ」
「んー」
と返事をしつつも、奈々は木村の母親に預ける気など全くない。
木村がジムから帰る頃を見計らって、“直接会う”ために出かけていくつもりだった。
そうでもしなければ、木村とはなかなか会えない。
昔なら簡単に遊ぼうと声を掛けられたものだが、今や相手はプロボクサー。
出来るだけ邪魔をしないでいたい、でもやっぱり会いたい。
だから、こういう機会をフルに活用するしか方法はないのである。
そして会えないのなら、少しでも長く話をしていたい。
自分でもワガママだとは分かっていたが、奈々はついつい木村の優しさに甘えてしまい、結局いつも長電話に発展してしまうのであった。
「そうそう、宮田ってさぁ」
「ああ」
「いっつも牛乳飲んでるの」
「へぇ」
「んで、女子の間で付いたあだ名が“牛乳王子”」
「ぷっ・・そいつは傑作だな!」
「まぁ王子って言われるくらいだし、モテてるみたいだけどねー」
とりとめのない日常会話、時間にしたら30分ほどだろうか。
あっという間に時間が流れて、母親の「いい加減にしなさいよ」という注意を切っ掛けに、会話は終了した。
「じゃ、またな」
軽い一言の後に残る、重たい余韻。
あれほど生き生きしていた聴力が一瞬にして消えて無くなったように、部屋の静けさが異様に染みてくる。
「恋人だったらもっと、気兼ねなく会ったりとか、電話したり出来るんだよね・・・・」
ふぅ、と大げさについた溜息すら無かったことのように、静寂が部屋を支配していた。
「たっちゃん居ますか?」
翌日の午後9時を過ぎたころだった。
奈々はすでにシャッターの降りた木村園芸の勝手口に回り、インターホンの呼び出しに出た母親に対して聞いた。
「あら奈々ちゃん。達也ならもう帰ってるわよ。あがっていって!今開けるから」
それからすぐに玄関の鍵を回す音が聞こえ、木村の母親がドアを開けてくれた。
奈々は「お邪魔します」といつもの調子で挨拶してから、二階へ続く階段を上り、木村の部屋のドアをノックした。
「たっちゃん、マガジン届けにきたよ」
「・・・奈々か?おう、入れよ」
ドアを開けると、木村はちょうどグローブを磨いているところだった。
奈々はマガジンを床に適当に置いて、木村の横に座った。
「忙しかった?」
「いや。わざわざありがとうな、夜遅いのに」
「ううん、たっちゃんに会いたかったから」
木村はふとグローブを磨く手を止めて奈々をじっと見、それから奈々の頭を撫でて
「可愛いヤツだな」
「でしょ」
「はいはい」
そしてすっくと立ち上がり、床に置かれたマガジンを拾い上げて、再びベッドに背を預けて表紙を開いた。
「おっ。今週のグラビア可愛いじゃん」
「・・・16歳だよその子。私と同い年じゃん」
「16歳!?これで!?」
木村はたいそう驚くと、奈々とグラビアを交互に眺め、半笑いになった。
「なにそれどういう意味?すいませんね、発育が悪くて」
「同じ16歳には見えねぇなぁ。頑張れよ、奈々」
「うるさいなぁ」
ペラ、とページをめくる音が響く。
木村はずっとグラビアを眺めていて、奈々の方を見る気配もない。
せっかく来たのに、と奈々はむくれて、木村に問いかけた。
「たっちゃんこう言うの好きなの?」
「まぁ・・・タイプではあるけど・・16歳は圏外」
「あ、そ」
「だってガキだろ?」
妙に当てつけがましく聞こえ、奈々はますます苛立つ。
「たっちゃんだってまだ18歳じゃん。大人ぶっちゃってさ」
「高校中退して社会人やってんだ、大人だろうが」
たった2歳しか違わないというのに、木村はいつも奈々を子供扱いする。
互いに一人っ子で、確かに兄妹のように仲良く遊んでいたことは事実だ。
きっと今も、自分を異性として見てくれてはいないのだろうと、奈々には分かっていた。
それでもこの距離に居る限り、それ以上を望むつもりは、奈々にはまだ無かった。