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18.恋する気持ち
とうとう、たっちゃんの試合の日になった。
たっちゃんは今、何を考えているんだろう。
本当は一番近くで励まして
心の支えになりたかった。
だけど実際は、一番遠くにいて
邪魔にならないように息を潜めているだけ。
たっちゃん、頑張って。
私には、それしか言えないのに、
それすらも、言葉に出来ない。
木村の試合が始まった。
緊張した面持ちでリングに上がる木村を、奈々はただじっと見つめていた。
1R目は身体の固さからパンチをもらうこともあったが、今日はノリがいいらしい。
2R終盤でダウンを奪うと、3~4Rと猛攻し、相手に主導権を取らせずに、TKO勝ちをおさめた。
2試合連続のKO劇に、客も熱を帯びてきたらしい。大きな歓声が場内を包む。
木村は大きく手を振りながら四方にお辞儀をし、リングを去っていった。
「そういえば、宮田はなんで出ないの?」
当たり前の質問をする奈々に、宮田は目を伏せて答える。
「プロのライセンスを取れるのは17歳からなんだよ」
「へぇ。じゃ、来年からだ」
いつぞや木村から、宮田はボクシングの天才だという話を聞いたことがある。
普段は大人しく、人を殴るところなど想像もできない宮田が、どんな戦いをするのか自然と興味がわいた。
「宮田がプロボクサーになったら、またこうやって応援に来るからね」
奈々が満面の笑みでそういうと、宮田は一瞬、重たい鼓動が胸を突き抜けたのを感じた。
「・・・どうも」
宮田にとって、プロボクサーになって父親の無念を晴らすのは積年の夢であり、目標でもある。
それを改めて「応援」と言われると、なんだか気恥ずかしいような、ムズムズするような気持ちにさせられる。
楽しそうな表情であれこれ話しを続ける隣の奈々を、宮田は直視できないでいた。
続いて鷹村の試合も終わり、後楽園ホールは帰宅客でごった返した。
「ちょっと控え室寄っていいか?」
「私も行っていいの?」
「問題ないだろ、身内なんだし」
宮田の「身内」という言葉に若干の棘を感じたものの、特に何も言い返せない。
自分を待たずにさっさと背を向けて歩き出した宮田を、奈々は小走りで追いかけた。
控え室の前に着くと、1人の女性が立っているのが見えた。
清楚な大人の女性、という感じだ。
奈々はすぐに、その女性が誰かというのに気がついた。
心臓がピンと張り詰める。
女性は少し困っているようで、こちらに気付くなり、近づいて話しかけてきた。
「あの・・・木村選手の控え室ってここですか?」
奈々がチラリと宮田を見ると、宮田は「そうです」と答えた。
「良かった。達也さんに控え室まで来てって言われてたんですけど、見つからなくて」
達也さん、という言い方で奈々は嫌な予感が的中したことを知った。
目の前の女性は、おそらく木村の彼女であろう。
ふわり、と良い匂いのする大人の女性を目の前に、奈々は自分が恥ずかしくなった。
「お二人も、知り合いですか?」
ニコリ、と女性が温かく笑う。
宮田は相変わらず無愛想に佇んでいるので、奈々はその場を取り繕って笑った。
「ええ、まぁ・・・身内、です・・・」
どうしていいか分からず愛想笑いを続けていると、宮田が急に奈々の手首を掴んで
「帰ろうぜ」
と言いながら、出口の方へずいずいと奈々を引っ張っていく。
「えっ?ちょっと宮田!控え室行かなくていいの?」
「これ以上遅くなると、お前を送っていくの面倒になるから」
突然の出来事に呆気にとられている女性に対し、奈々は遠くから軽く会釈をした。
上品な微笑みと丁寧な会釈が返ってきて、奈々は自分との間に大きな壁を感じた。
帰りの電車の中、二人はずっと無言だった。
奈々の自宅の最寄り駅につくと、宮田が自宅まで送り届けるという。
断ったが、時間は23時を回っていた。
宮田がだんだんと腹を立てたような口調になってきたので、奈々は有り難く送ってもらうことにした。
「ありがとね、宮田」
「別に・・・」
路地を歩く音がやけに響く。
23時を過ぎた市街地は、ひっそりとしていて、いくつかの家はもう既に灯りが消えていた。
いつもなら奈々は1人で勝手に上機嫌になり、あれやこれやを宮田に一方的に話しかけるにもかかわらず、今日は特別静かであった。
それも先ほど目撃した“木村の彼女”が原因だと、宮田は十分分かっていた。
自分が控え室に行かなければ遭遇しなかったかもしれない、そんな考えも頭を過ぎる。
しかしそんな「たられば」話をしたところで何にもならない。
宮田もただ、いつものように無言で歩くよりほかなかった。
夏のぬるい風が、澱んだ雰囲気を一層湿ったものにさせる。
「どうしてさぁ・・・」
奈々が独り言のように呟く。
「どうして、私じゃダメなんだろうね」
ざっざっと靴が地面を擦る音が、規則的に反響する。
街灯に集まる虫が、時折パチッと感電する音さえも聞こえる静寂の中、宮田が静かに答えた。
「恋愛なんてそんなもんだろ」
分かった風な口調で宮田が言うので、奈々は頬をふくらませて
「人を好きになったことのない男に何が分かるのよ」
と言った。宮田はそれきり黙って、答えなかった。
奈々の自宅の玄関の前に到着すると、玄関の電気は着いたままになっていた。
自宅の灯りを見つけるものほど、安心できるものはない。
門の扉を開け、扉の手前で歩みを止めた宮田に向かって、
「じゃあ、送ってくれて有り難う」
「いや・・・」
「宮田も、帰り道気をつけてね」
「ああ」
ポーチを上り玄関のドアに手を掛けた時、まだ門の外に居た宮田が、突然口を開いた。
「オレも・・・今なら分かるかもしれない」
奈々は思わず振り返り、いぶかしげな顔をして宮田を見つめる。
「なにが?」
その問いかけに、宮田はふっと目を閉じて背を向け、そのまま歩き去ってしまった。
夜の深さに、宮田の姿はすぐに見えなくなってしまった。
奈々は首をかしげながら、家の中に入った。
奈々の自宅玄関の灯りが消えたのを遠くから確認して、宮田は再び歩き始めた。
とうとう、たっちゃんの試合の日になった。
たっちゃんは今、何を考えているんだろう。
本当は一番近くで励まして
心の支えになりたかった。
だけど実際は、一番遠くにいて
邪魔にならないように息を潜めているだけ。
たっちゃん、頑張って。
私には、それしか言えないのに、
それすらも、言葉に出来ない。
木村の試合が始まった。
緊張した面持ちでリングに上がる木村を、奈々はただじっと見つめていた。
1R目は身体の固さからパンチをもらうこともあったが、今日はノリがいいらしい。
2R終盤でダウンを奪うと、3~4Rと猛攻し、相手に主導権を取らせずに、TKO勝ちをおさめた。
2試合連続のKO劇に、客も熱を帯びてきたらしい。大きな歓声が場内を包む。
木村は大きく手を振りながら四方にお辞儀をし、リングを去っていった。
「そういえば、宮田はなんで出ないの?」
当たり前の質問をする奈々に、宮田は目を伏せて答える。
「プロのライセンスを取れるのは17歳からなんだよ」
「へぇ。じゃ、来年からだ」
いつぞや木村から、宮田はボクシングの天才だという話を聞いたことがある。
普段は大人しく、人を殴るところなど想像もできない宮田が、どんな戦いをするのか自然と興味がわいた。
「宮田がプロボクサーになったら、またこうやって応援に来るからね」
奈々が満面の笑みでそういうと、宮田は一瞬、重たい鼓動が胸を突き抜けたのを感じた。
「・・・どうも」
宮田にとって、プロボクサーになって父親の無念を晴らすのは積年の夢であり、目標でもある。
それを改めて「応援」と言われると、なんだか気恥ずかしいような、ムズムズするような気持ちにさせられる。
楽しそうな表情であれこれ話しを続ける隣の奈々を、宮田は直視できないでいた。
続いて鷹村の試合も終わり、後楽園ホールは帰宅客でごった返した。
「ちょっと控え室寄っていいか?」
「私も行っていいの?」
「問題ないだろ、身内なんだし」
宮田の「身内」という言葉に若干の棘を感じたものの、特に何も言い返せない。
自分を待たずにさっさと背を向けて歩き出した宮田を、奈々は小走りで追いかけた。
控え室の前に着くと、1人の女性が立っているのが見えた。
清楚な大人の女性、という感じだ。
奈々はすぐに、その女性が誰かというのに気がついた。
心臓がピンと張り詰める。
女性は少し困っているようで、こちらに気付くなり、近づいて話しかけてきた。
「あの・・・木村選手の控え室ってここですか?」
奈々がチラリと宮田を見ると、宮田は「そうです」と答えた。
「良かった。達也さんに控え室まで来てって言われてたんですけど、見つからなくて」
達也さん、という言い方で奈々は嫌な予感が的中したことを知った。
目の前の女性は、おそらく木村の彼女であろう。
ふわり、と良い匂いのする大人の女性を目の前に、奈々は自分が恥ずかしくなった。
「お二人も、知り合いですか?」
ニコリ、と女性が温かく笑う。
宮田は相変わらず無愛想に佇んでいるので、奈々はその場を取り繕って笑った。
「ええ、まぁ・・・身内、です・・・」
どうしていいか分からず愛想笑いを続けていると、宮田が急に奈々の手首を掴んで
「帰ろうぜ」
と言いながら、出口の方へずいずいと奈々を引っ張っていく。
「えっ?ちょっと宮田!控え室行かなくていいの?」
「これ以上遅くなると、お前を送っていくの面倒になるから」
突然の出来事に呆気にとられている女性に対し、奈々は遠くから軽く会釈をした。
上品な微笑みと丁寧な会釈が返ってきて、奈々は自分との間に大きな壁を感じた。
帰りの電車の中、二人はずっと無言だった。
奈々の自宅の最寄り駅につくと、宮田が自宅まで送り届けるという。
断ったが、時間は23時を回っていた。
宮田がだんだんと腹を立てたような口調になってきたので、奈々は有り難く送ってもらうことにした。
「ありがとね、宮田」
「別に・・・」
路地を歩く音がやけに響く。
23時を過ぎた市街地は、ひっそりとしていて、いくつかの家はもう既に灯りが消えていた。
いつもなら奈々は1人で勝手に上機嫌になり、あれやこれやを宮田に一方的に話しかけるにもかかわらず、今日は特別静かであった。
それも先ほど目撃した“木村の彼女”が原因だと、宮田は十分分かっていた。
自分が控え室に行かなければ遭遇しなかったかもしれない、そんな考えも頭を過ぎる。
しかしそんな「たられば」話をしたところで何にもならない。
宮田もただ、いつものように無言で歩くよりほかなかった。
夏のぬるい風が、澱んだ雰囲気を一層湿ったものにさせる。
「どうしてさぁ・・・」
奈々が独り言のように呟く。
「どうして、私じゃダメなんだろうね」
ざっざっと靴が地面を擦る音が、規則的に反響する。
街灯に集まる虫が、時折パチッと感電する音さえも聞こえる静寂の中、宮田が静かに答えた。
「恋愛なんてそんなもんだろ」
分かった風な口調で宮田が言うので、奈々は頬をふくらませて
「人を好きになったことのない男に何が分かるのよ」
と言った。宮田はそれきり黙って、答えなかった。
奈々の自宅の玄関の前に到着すると、玄関の電気は着いたままになっていた。
自宅の灯りを見つけるものほど、安心できるものはない。
門の扉を開け、扉の手前で歩みを止めた宮田に向かって、
「じゃあ、送ってくれて有り難う」
「いや・・・」
「宮田も、帰り道気をつけてね」
「ああ」
ポーチを上り玄関のドアに手を掛けた時、まだ門の外に居た宮田が、突然口を開いた。
「オレも・・・今なら分かるかもしれない」
奈々は思わず振り返り、いぶかしげな顔をして宮田を見つめる。
「なにが?」
その問いかけに、宮田はふっと目を閉じて背を向け、そのまま歩き去ってしまった。
夜の深さに、宮田の姿はすぐに見えなくなってしまった。
奈々は首をかしげながら、家の中に入った。
奈々の自宅玄関の灯りが消えたのを遠くから確認して、宮田は再び歩き始めた。