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16.苛立ち
空を見上げることが
こんなに心を鎮めてくれるとは知らなかった。
その下で、たっちゃんが汗を流している。
私は静かに、たっちゃんの勝利を祈る。
見た目は敬虔な信徒のように。
奥底に見え隠れする嫉妬心を
清々しい空気で祓おうと必死な私に
どうか天罰を下さい。
きっぱりと諦められるように。
木村の試合が決定した、という知らせを奈々が受けたのは、昨晩のことだった。
今回も鷹村の前座として、青木も同日に試合をするという。
奈々は電話の向こうの木村が少し固い声色になっているのに気がついたが、こちらまで緊張をしてはいけないと努めて明るく振る舞い、チケットが出来たら渡してくれるように頼んで電話を切った。
前回の試合、木村は惜しくも判定で敗れていた。
だからこそ、次の試合に賭ける意気込みは半端なものではなかった。
真夏の太陽は厳しく身体を照らしつける。
奈々は校舎の窓からグラウンドを覗き、この日差しの下を延々と走り続けているだろう木村を思った。
「高杉、遅れるぞ」
声を掛けられ振り向くと、宮田が教科書類を持って立っていた。
次は化学の実験で教室を移動しなければならなかったが、奈々は友人達に後から行くとつげ、1人で呆然とグラウンドを眺めていたのだった。
そうして、移動すること自体をすっかり忘れてしまっていたらしい。
「今行く」
「何見てたんだよ?」
急いで準備する奈々を前に、宮田は腕時計を気にしながら聞いた。
「今日、暑いなぁって思って」
奈々は再び、太陽を仰ぐように窓の外に目を遣る。
「たっちゃん、頑張ってるかなぁって」
宮田は特段何も答えずに、くるりと向きを変えて歩き出した。
追いかけるように奈々が、やや小走りで宮田の隣に行く。
化学室へ続く階段の途中で、宮田がボソリと「頑張ってると思うけど」と答えた。
宮田もふと、窓から零れる太陽の光に誘われて空に目を遣った。
爽やかな景色とは裏腹に、悲しげな奈々の顔が空に浮かんだ気がした。
学校が終わると、宮田はいつもジムに直行する。
ドアを開けると、木村がサンドバッグを叩いているのが目に入った。
いつも青木らとふざけあっている印象が強かったが、今の目つきは完全に本物のプロボクサーだ。
あのヤンキーがこうも変わるとは、と宮田は少しだけ懐かしい気持ちにさせられた。
「木村、青木、調子はどうだ?」
篠田が声を掛けると、二人は気合いの入った大声で「バッチリっス!」と叫んだ。
すでにもう何時間も練習しているのだろう。汗でシャツが色を変えている。
「彼女も見に来るのか?木村」
篠田が木村にハッパを掛けようと、彼女の話題を口にすると、木村は少し表情を崩し
「そーなんスよ。だから絶対に負けられないんスよね」
と笑った。
「コイツ、彼女にいいトコ見せたいんですって」
「い、いいじゃねぇか!男なら誰だってそう思うだろうが!」
三人の会話を聞いて、宮田はなぜか少し苛ついた気分になった。
神聖なボクシングに女の話を持ち込んだ・・・というようなストイックな代物ではない。
不意に脳裏に浮かんだのは、奈々がグラウンドを眺めていたときの表情だった。
ただ静かに勝利を祈り、努力を見守り続けている女がいるというのに、当の本人は別の女を思って戦う。
その理不尽さこそが恋愛なのかもしれないが、宮田にとって木村の態度は余りにも無神経に思えた。
不機嫌な態度をとったつもりはないが、内心の腹立たしさに似たような何かが表れたのだろう。
宮田はそんなつもりはなかったが、2階へ続くドアを閉めた時、大きな音がした。
あまりの大きな音に、ドアの向こうが一瞬しんとなったのが分かった。
「宮田、今日は機嫌でも悪いのか?」
篠田がドアを眺めながら呟いた。
「アイツが機嫌良い時なんて無いっスよ」
青木が笑いながら答えると、木村も首を縦に振りながら同調した。
篠田はふむ、と一旦考え込んだ後、再び二人を鼓舞するように「さぁ練習練習!」と叫んだ。
その言葉に、二人は雄叫びを上げて答える。
その声は、2階のロッカー室まで響いてきた。
空を見上げることが
こんなに心を鎮めてくれるとは知らなかった。
その下で、たっちゃんが汗を流している。
私は静かに、たっちゃんの勝利を祈る。
見た目は敬虔な信徒のように。
奥底に見え隠れする嫉妬心を
清々しい空気で祓おうと必死な私に
どうか天罰を下さい。
きっぱりと諦められるように。
木村の試合が決定した、という知らせを奈々が受けたのは、昨晩のことだった。
今回も鷹村の前座として、青木も同日に試合をするという。
奈々は電話の向こうの木村が少し固い声色になっているのに気がついたが、こちらまで緊張をしてはいけないと努めて明るく振る舞い、チケットが出来たら渡してくれるように頼んで電話を切った。
前回の試合、木村は惜しくも判定で敗れていた。
だからこそ、次の試合に賭ける意気込みは半端なものではなかった。
真夏の太陽は厳しく身体を照らしつける。
奈々は校舎の窓からグラウンドを覗き、この日差しの下を延々と走り続けているだろう木村を思った。
「高杉、遅れるぞ」
声を掛けられ振り向くと、宮田が教科書類を持って立っていた。
次は化学の実験で教室を移動しなければならなかったが、奈々は友人達に後から行くとつげ、1人で呆然とグラウンドを眺めていたのだった。
そうして、移動すること自体をすっかり忘れてしまっていたらしい。
「今行く」
「何見てたんだよ?」
急いで準備する奈々を前に、宮田は腕時計を気にしながら聞いた。
「今日、暑いなぁって思って」
奈々は再び、太陽を仰ぐように窓の外に目を遣る。
「たっちゃん、頑張ってるかなぁって」
宮田は特段何も答えずに、くるりと向きを変えて歩き出した。
追いかけるように奈々が、やや小走りで宮田の隣に行く。
化学室へ続く階段の途中で、宮田がボソリと「頑張ってると思うけど」と答えた。
宮田もふと、窓から零れる太陽の光に誘われて空に目を遣った。
爽やかな景色とは裏腹に、悲しげな奈々の顔が空に浮かんだ気がした。
学校が終わると、宮田はいつもジムに直行する。
ドアを開けると、木村がサンドバッグを叩いているのが目に入った。
いつも青木らとふざけあっている印象が強かったが、今の目つきは完全に本物のプロボクサーだ。
あのヤンキーがこうも変わるとは、と宮田は少しだけ懐かしい気持ちにさせられた。
「木村、青木、調子はどうだ?」
篠田が声を掛けると、二人は気合いの入った大声で「バッチリっス!」と叫んだ。
すでにもう何時間も練習しているのだろう。汗でシャツが色を変えている。
「彼女も見に来るのか?木村」
篠田が木村にハッパを掛けようと、彼女の話題を口にすると、木村は少し表情を崩し
「そーなんスよ。だから絶対に負けられないんスよね」
と笑った。
「コイツ、彼女にいいトコ見せたいんですって」
「い、いいじゃねぇか!男なら誰だってそう思うだろうが!」
三人の会話を聞いて、宮田はなぜか少し苛ついた気分になった。
神聖なボクシングに女の話を持ち込んだ・・・というようなストイックな代物ではない。
不意に脳裏に浮かんだのは、奈々がグラウンドを眺めていたときの表情だった。
ただ静かに勝利を祈り、努力を見守り続けている女がいるというのに、当の本人は別の女を思って戦う。
その理不尽さこそが恋愛なのかもしれないが、宮田にとって木村の態度は余りにも無神経に思えた。
不機嫌な態度をとったつもりはないが、内心の腹立たしさに似たような何かが表れたのだろう。
宮田はそんなつもりはなかったが、2階へ続くドアを閉めた時、大きな音がした。
あまりの大きな音に、ドアの向こうが一瞬しんとなったのが分かった。
「宮田、今日は機嫌でも悪いのか?」
篠田がドアを眺めながら呟いた。
「アイツが機嫌良い時なんて無いっスよ」
青木が笑いながら答えると、木村も首を縦に振りながら同調した。
篠田はふむ、と一旦考え込んだ後、再び二人を鼓舞するように「さぁ練習練習!」と叫んだ。
その言葉に、二人は雄叫びを上げて答える。
その声は、2階のロッカー室まで響いてきた。