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12.明白な答えを
分かってる、分かってた、けれど
それでも曖昧なうちは夢を見ていればよかった。
残酷な言葉を聞く前に、優しさに甘えて
ずるい態度で、近くにいれば良かった。
でも、限界だったんだ。
たっちゃんの妹でいるのは。
--------------------
土曜日の夕方のことだった。
本屋に出かけた帰りの奈々は、ふと小腹が空いたことに気付き、近くにある青木のラーメン屋に寄ってみようと思った。
まだ夕飯というには早い時間帯である。
ガラリと店のドアを開けると、青木がちょうど目の前の客のために炒飯を炒めているところであった。
そのほかに、取り立てて客は居ない。
「まーくん、久しぶり」
「おぉ、奈々かぁ!久しぶりだなぁ」
奈々がカウンターに座って「醤油ひとつ」と注文すると、青木は「おうよ」と笑った。
「そうだ、さっき電話があってよ。すぐに木村たちも来るみたいだぜ」
「・・・へぇ」
「偶然だなー今日は。あいつらだって、別にしょっちゅう来るわけじゃないんだぜ?」
奈々は嫌な予感がした。
まず木村「たち」に誰が含まれているのかということ、そして、あれから少しだけ木村に会うのが気まずいのと、単に動物的な勘が働いたというのと・・・
ちょうど、奈々のラーメンが目の前に差し出されたころだった。
ガラリと店のドアが開いて、ぬうっと鷹村が姿を現した。
「よぉ、頑張ってるかね、青木君!」
偉そうな声が店内に響き渡る。
奈々の横でラーメンをすすっていた中年男性も、一瞬ピタリと箸を止めて硬直した。
「あれぇ、奈々。お前も居たのか」
と言ったのは、鷹村の後ろに居た木村。
いつもの調子で声を掛けられたものの、奈々はどう対応していいのか分からなかった。
「青木ィ、いつものな」
「ハイハイ。いっとくけど、オゴリじゃないっすよ?」
高圧的な注文をする鷹村に、青木が牽制するように言うも、全く聞いていないようだった。
鷹村と木村はそのまま、カウンターの奈々の隣に並んで座った。
奈々がラーメンを半分ほど食べ終わったころ、二人のラーメンも出そろった。
客の途切れた青木が、ふと手を止めて、カウンターに手をつきながら話をする。
「木村ぁ、今度はあの娘も連れてこいよな、ここに」
「ん?あ、ああ・・・」
「しかしなんだって木村ばっかりモテんだろうなぁ」
青木はもちろん、奈々の気持ちなど知るよしもない。
店内を単なるジムの延長空間だと思っているだけだ。
一方で木村は、奈々がいる手前もあって、歯切れの悪い返事ばかりしていた。
「お前たしか、こないだの合コンでも電話番号ゲットしたよな」
「んー」
「クソォ、オレなんて・・・」
青木が悶々と羨ましそうな文句を吐いている間に、鷹村はラーメンをペロリと平らげ、テーブルに箸をバシンと叩きつけるようにして置き
「・・・胸クソ悪ィな木村のくせに」
と言ってから、木村をギロリと睨んだ。
「な、なんスか・・・」
「なんでオレ様の女はことごとくホテル前で逃げるんだよォ!!」
「し、知らないっスよ!!ってかいきなりホテル連れ込むとかアホだろ!!」
木村の首を絞めながら前後左右に振り、鷹村は罵声ともなんともつかない雄叫びを上げ続けている。
奈々は話題が逸れたことにホッとしつつも、一刻も早く店を出たい気分に駆られた。
「まーくん、ご馳走さま。代金、ここに置いておくね。んじゃ、鷹村さん、たっちゃん、私もう帰るから」
木村たちがどんな反応をしているか見ないように、そそくさと店を出る。
店内に残された3人は、突然のことに呆気にとられていた。
「木村ぁ」
「な、なんスか」
「キサマの顔を見ていると腹が立つから帰れ」
理不尽な言いぶりではあったが、木村は鷹村が本当は何を言わんとしているのかを把握し、
「・・・はいはい。立ち去りますよ」
と言って、ラーメンの代金をカウンターの上に置き、同じく店を出た。
「奈々!」
名前を呼ばれ振り向くと、木村が遠くから息を切らして走ってくるのが見えた。
「たっちゃん、どしたの?」
「いや、最近この辺も物騒だからよ。一緒に帰ろうぜ」
木村と並んで歩くのは、先日のショッピング以来だ。
まだそれほど時間も経っていない。
木村の手を見る度に、あのときの感触を思い出しそうになる。
外はまだ薄暗い程度で、それほど危ない雰囲気はない。
夕食時なのか、家族連れで歩く人も目立つ。
自分たちはどう見えているのだろうか?
単なる兄妹のようにしか見えないのだろうか?
そんなことばかり浮かんでは消えていく。
「たっちゃんって案外モテるんだ」
先ほどの青木の話題を受けて、奈々はボソッと呟いた。
すると木村もボソッと「モテねぇよ」と返す。
「でも、今良い感じの子がいるんでしょ」
「ん?」
「映画の子」
「・・・あぁ・・まぁ・・」
知らない女の人が、木村の隣に居るのを想像する。
自分でも驚くほど、胃の中から熱くなるような嫉妬を感じた。
片や10年以上も片思いをしている自分と、合コンとかいう軽薄なイベントで出会っただけの女性。
好きな気持ちは誰にも負けないのに、どうして彼は後者を選ぶのだろう。
「私もたっちゃんのこと、好きだよ」
奈々は震える拳を悟られないように、ギュッと握りしめて言った。
その言葉を聞いて木村は、からからと乾いた笑いを浮かべながら
「おー、オレもお前が好きだよ」
と答えた。
余裕のある口ぶりながらも、木村は絶対に奈々の方を見ようとはしない。
「はぐらかさないでよ、私、真剣に言ってるのに」
「・・・今日はエイプリルフールだっけ?」
またも乾いた笑いを浮かべて、木村はサラリとかわすように答えた。
奈々は心底頭に来て、木村のシャツの袖をグッと引っ張って声を荒げた。
「いい加減にしてよ!ずっと前から気づいてたくせに!どうしてそうやって誤魔化すの!?」
「ご、誤魔化してねぇよ!」
「嘘!たっちゃんのことなら何でも分かるもん!ずっとずっとはぐらかしてたじゃん」
シャツを掴む手が震える。
語尾が涙声になっているのが、自分でも分かった。
「・・・だって、しょうがねぇだろ」
木村が辛そうにうなだれて、小さな声で呟いた。
「お前はオレにとって、小さい頃からずっと可愛がってきた大切な妹なんだ」
結果なんて、とっくに分かっていた。
「オレ、お前のことは本当に好きだよ。でも・・・どうしても妹にしか思えない」
曖昧な態度は、この残酷な瞬間を遠ざけるための優しさだって知ってた。
「ごめんな・・・奈々」
木村は少し頭を下げて、そのまま黙ってしまった。
シャツを掴む奈々の手は、徐々に力を失い、スルリと滑るように落ちていく。
「・・・わかってたよ。たっちゃんの気持ちくらい」
絞り出すような声で奈々が呟くと、木村はようやく顔を上げて奈々を見つめた。
奈々の瞳に涙が溜まり、今にもこぼれ落ちてきそうな表情をしていた。
「でも、きちんと伝えたかった。分かってほしかった。・・・それだけ」
「・・・うん・・・分かった・・・ありがとな・・・」
少しの静寂の後、奈々はいたたまれずにその場から走り去った。
木村はその影を追うことができず、ただずっと立ちつくすしかなかった。
分かってる、分かってた、けれど
それでも曖昧なうちは夢を見ていればよかった。
残酷な言葉を聞く前に、優しさに甘えて
ずるい態度で、近くにいれば良かった。
でも、限界だったんだ。
たっちゃんの妹でいるのは。
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土曜日の夕方のことだった。
本屋に出かけた帰りの奈々は、ふと小腹が空いたことに気付き、近くにある青木のラーメン屋に寄ってみようと思った。
まだ夕飯というには早い時間帯である。
ガラリと店のドアを開けると、青木がちょうど目の前の客のために炒飯を炒めているところであった。
そのほかに、取り立てて客は居ない。
「まーくん、久しぶり」
「おぉ、奈々かぁ!久しぶりだなぁ」
奈々がカウンターに座って「醤油ひとつ」と注文すると、青木は「おうよ」と笑った。
「そうだ、さっき電話があってよ。すぐに木村たちも来るみたいだぜ」
「・・・へぇ」
「偶然だなー今日は。あいつらだって、別にしょっちゅう来るわけじゃないんだぜ?」
奈々は嫌な予感がした。
まず木村「たち」に誰が含まれているのかということ、そして、あれから少しだけ木村に会うのが気まずいのと、単に動物的な勘が働いたというのと・・・
ちょうど、奈々のラーメンが目の前に差し出されたころだった。
ガラリと店のドアが開いて、ぬうっと鷹村が姿を現した。
「よぉ、頑張ってるかね、青木君!」
偉そうな声が店内に響き渡る。
奈々の横でラーメンをすすっていた中年男性も、一瞬ピタリと箸を止めて硬直した。
「あれぇ、奈々。お前も居たのか」
と言ったのは、鷹村の後ろに居た木村。
いつもの調子で声を掛けられたものの、奈々はどう対応していいのか分からなかった。
「青木ィ、いつものな」
「ハイハイ。いっとくけど、オゴリじゃないっすよ?」
高圧的な注文をする鷹村に、青木が牽制するように言うも、全く聞いていないようだった。
鷹村と木村はそのまま、カウンターの奈々の隣に並んで座った。
奈々がラーメンを半分ほど食べ終わったころ、二人のラーメンも出そろった。
客の途切れた青木が、ふと手を止めて、カウンターに手をつきながら話をする。
「木村ぁ、今度はあの娘も連れてこいよな、ここに」
「ん?あ、ああ・・・」
「しかしなんだって木村ばっかりモテんだろうなぁ」
青木はもちろん、奈々の気持ちなど知るよしもない。
店内を単なるジムの延長空間だと思っているだけだ。
一方で木村は、奈々がいる手前もあって、歯切れの悪い返事ばかりしていた。
「お前たしか、こないだの合コンでも電話番号ゲットしたよな」
「んー」
「クソォ、オレなんて・・・」
青木が悶々と羨ましそうな文句を吐いている間に、鷹村はラーメンをペロリと平らげ、テーブルに箸をバシンと叩きつけるようにして置き
「・・・胸クソ悪ィな木村のくせに」
と言ってから、木村をギロリと睨んだ。
「な、なんスか・・・」
「なんでオレ様の女はことごとくホテル前で逃げるんだよォ!!」
「し、知らないっスよ!!ってかいきなりホテル連れ込むとかアホだろ!!」
木村の首を絞めながら前後左右に振り、鷹村は罵声ともなんともつかない雄叫びを上げ続けている。
奈々は話題が逸れたことにホッとしつつも、一刻も早く店を出たい気分に駆られた。
「まーくん、ご馳走さま。代金、ここに置いておくね。んじゃ、鷹村さん、たっちゃん、私もう帰るから」
木村たちがどんな反応をしているか見ないように、そそくさと店を出る。
店内に残された3人は、突然のことに呆気にとられていた。
「木村ぁ」
「な、なんスか」
「キサマの顔を見ていると腹が立つから帰れ」
理不尽な言いぶりではあったが、木村は鷹村が本当は何を言わんとしているのかを把握し、
「・・・はいはい。立ち去りますよ」
と言って、ラーメンの代金をカウンターの上に置き、同じく店を出た。
「奈々!」
名前を呼ばれ振り向くと、木村が遠くから息を切らして走ってくるのが見えた。
「たっちゃん、どしたの?」
「いや、最近この辺も物騒だからよ。一緒に帰ろうぜ」
木村と並んで歩くのは、先日のショッピング以来だ。
まだそれほど時間も経っていない。
木村の手を見る度に、あのときの感触を思い出しそうになる。
外はまだ薄暗い程度で、それほど危ない雰囲気はない。
夕食時なのか、家族連れで歩く人も目立つ。
自分たちはどう見えているのだろうか?
単なる兄妹のようにしか見えないのだろうか?
そんなことばかり浮かんでは消えていく。
「たっちゃんって案外モテるんだ」
先ほどの青木の話題を受けて、奈々はボソッと呟いた。
すると木村もボソッと「モテねぇよ」と返す。
「でも、今良い感じの子がいるんでしょ」
「ん?」
「映画の子」
「・・・あぁ・・まぁ・・」
知らない女の人が、木村の隣に居るのを想像する。
自分でも驚くほど、胃の中から熱くなるような嫉妬を感じた。
片や10年以上も片思いをしている自分と、合コンとかいう軽薄なイベントで出会っただけの女性。
好きな気持ちは誰にも負けないのに、どうして彼は後者を選ぶのだろう。
「私もたっちゃんのこと、好きだよ」
奈々は震える拳を悟られないように、ギュッと握りしめて言った。
その言葉を聞いて木村は、からからと乾いた笑いを浮かべながら
「おー、オレもお前が好きだよ」
と答えた。
余裕のある口ぶりながらも、木村は絶対に奈々の方を見ようとはしない。
「はぐらかさないでよ、私、真剣に言ってるのに」
「・・・今日はエイプリルフールだっけ?」
またも乾いた笑いを浮かべて、木村はサラリとかわすように答えた。
奈々は心底頭に来て、木村のシャツの袖をグッと引っ張って声を荒げた。
「いい加減にしてよ!ずっと前から気づいてたくせに!どうしてそうやって誤魔化すの!?」
「ご、誤魔化してねぇよ!」
「嘘!たっちゃんのことなら何でも分かるもん!ずっとずっとはぐらかしてたじゃん」
シャツを掴む手が震える。
語尾が涙声になっているのが、自分でも分かった。
「・・・だって、しょうがねぇだろ」
木村が辛そうにうなだれて、小さな声で呟いた。
「お前はオレにとって、小さい頃からずっと可愛がってきた大切な妹なんだ」
結果なんて、とっくに分かっていた。
「オレ、お前のことは本当に好きだよ。でも・・・どうしても妹にしか思えない」
曖昧な態度は、この残酷な瞬間を遠ざけるための優しさだって知ってた。
「ごめんな・・・奈々」
木村は少し頭を下げて、そのまま黙ってしまった。
シャツを掴む奈々の手は、徐々に力を失い、スルリと滑るように落ちていく。
「・・・わかってたよ。たっちゃんの気持ちくらい」
絞り出すような声で奈々が呟くと、木村はようやく顔を上げて奈々を見つめた。
奈々の瞳に涙が溜まり、今にもこぼれ落ちてきそうな表情をしていた。
「でも、きちんと伝えたかった。分かってほしかった。・・・それだけ」
「・・・うん・・・分かった・・・ありがとな・・・」
少しの静寂の後、奈々はいたたまれずにその場から走り去った。
木村はその影を追うことができず、ただずっと立ちつくすしかなかった。