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10.昔みたいに
後援会の人たちと会話するたっちゃんを見て。
もう立派なプロボクサーなんだな、と改めて実感した。
ケンカばかりして、大人達に刃向かっていた
あのヤンキーのたっちゃんは見る影を無くし
礼儀正しくお辞儀をし、きちんとした敬語で挨拶をする姿に
大人の木村達也さん、を感じた。
たっちゃんは、本当にかっこよくなった。
-----------------------
「遅ぇぞ、奈々」
木村は奈々の自宅の玄関先で、苛立ったように指をトントンと時計に叩きながら言った。
「たっちゃんが来るの早いんだよ」
「オンタイムだろうが。ったく、日が暮れちまうぞォ」
奈々は玄関の鏡で再度、身だしなみを整えてから
「おまたせ。じゃ、行こう」
と家を出た。
先日貸したマガジンの代金、“駅前のスイーツ”がいつまで経っても来ないということもあって、奈々は木村を無理矢理ショッピングに付き合わせたのだった。
「で、何を買うんだよ今日は?」
「夏物のワンピース。しっかり見立ててね」
「はいはい・・・」
駅前のショッピングモールを一通り回り、何着かワンピースを見て回る。
その度に木村は試着室の前で待たされ、着た感じの感想を求められる。
さすがに3件目からは、大あくびが出るほどの退屈さを感じたが、適当な意見を言うと奈々に怒られるのもあって、木村は「さっきの色の方がいいと思う」とか「こっちの方がいいんじゃない?」などの精一杯な回答をしてあげていた。
ようやくお気に入りの一枚が見つかり、無事に買い物を終え、本命の「駅前スイーツ」に立ち寄った。
そこでもまた「どのケーキが良いと思う?」の質問攻めだ。
木村は財布の中身を無視して「全部買ってやるから、早くしてくれ」と呆れたように言いはなった。
帰る頃には陽も大分傾いていた。
「たっちゃん、今日はありがと」
「まったく、マガジン1冊でとんでもねー代金だったぜ」
「ワンピースは自分で買ったじゃん」
「そういう代金じゃなくて・・・概念だよ、概念」
夕日を背に、自分たちの長い影を見ながら歩く帰り道。
長い付き合いではあるが、木村と二人でショッピングなどは初めての経験だった。
並んで歩く木村の背の高さに、奈々は思わず心臓がドキドキしはじめた。
木村の彼女になれば、いつもこうやって横を歩けるのだろうか?
そんな妄想もつかの間、奈々はふと、木村の左手が空いていることに気付いた。
右手にはケーキを持っている。
自由になっているその左手をそっと握ってみると、木村は少し身体をビクッとさせて
「ど、どうした急に」
「繋ぎたくなった」
奈々は離さないように、さらにギュッと力を込めた。
木村は最初は驚いたものの、すぐにギュッと手を握り返して
「・・・昔みたいにか?よく兄妹に間違われたもんだよな」
と笑った。
ああ、木村はここでも自分を妹扱いするのだな、と奈々は落胆しながらも、握った手の温かさをいつまでも感じて居たかった。
「今もそう見えるのかな」
奈々が小さな声を振り絞るように言うと、木村はまた笑って
「こんだけ大きくなって手ぇ繋ぐ兄妹なんていねーだろ」
と言い、繋いだ手をブンブンと前後に揺らした。
「じゃあ、恋人同士に見えるかな?」
奈々がそう言うと、木村はしばし考え込んだ。
無意識に、前後に揺らした手が速度を落としていく。
そして、その動きがピタリと止んだと同時に、
「・・・オレがただのロリコンに見えるんじゃねーか」
と言った。
「・・・そう・・じゃ、やめるよ」
奈々は木村から手を離し、もう片方の手に持っていたバッグをその手に持ち替えた。
木村の左手は相変わらず空いていたが、横断歩道の信号待ちの間に、その手はポケットの中へとしまわれてしまった。
「じゃあ、またな」
奈々の家の前で木村がケーキを渡し、小さく手を振る。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「うん。オレは疲れたけど」
「うるさいなー。ケーキ買ってこないから悪いんだよ」
「へいへい。でもまぁ、楽しかった。じゃあな」
そういって手を振りながら、木村は自宅の方へ去っていった。
その後ろ姿をじっと眺めていると、木村は再び振り返って
「暗くなっちまったし、早く家に入れよ!」
と叫んだ。その優しい笑顔に、奈々は胸が苦しくなるのを感じた。
家に着いた木村は、どかっと部屋のベッドに座り込んだ。
そして、手のひらをじっと眺めて、そのまま真横に倒れこむ。
「あんな顔、すんなよなぁ…」
寂しそうな奈々の顔に心が痛んだ。
気持ちに答えよう、とも考えてみたものの、やはりどうしても相手を女として見ることができない。
好き嫌いとかそんな小さな代物ではない、とても愛しい存在であることには違わないのに、それでも奈々を抱きしめることすら抵抗がある。
「オレもむしろ、クラスメートか何かになりてぇよ」
腑抜けた言葉が、空気に溶けていった。
後援会の人たちと会話するたっちゃんを見て。
もう立派なプロボクサーなんだな、と改めて実感した。
ケンカばかりして、大人達に刃向かっていた
あのヤンキーのたっちゃんは見る影を無くし
礼儀正しくお辞儀をし、きちんとした敬語で挨拶をする姿に
大人の木村達也さん、を感じた。
たっちゃんは、本当にかっこよくなった。
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「遅ぇぞ、奈々」
木村は奈々の自宅の玄関先で、苛立ったように指をトントンと時計に叩きながら言った。
「たっちゃんが来るの早いんだよ」
「オンタイムだろうが。ったく、日が暮れちまうぞォ」
奈々は玄関の鏡で再度、身だしなみを整えてから
「おまたせ。じゃ、行こう」
と家を出た。
先日貸したマガジンの代金、“駅前のスイーツ”がいつまで経っても来ないということもあって、奈々は木村を無理矢理ショッピングに付き合わせたのだった。
「で、何を買うんだよ今日は?」
「夏物のワンピース。しっかり見立ててね」
「はいはい・・・」
駅前のショッピングモールを一通り回り、何着かワンピースを見て回る。
その度に木村は試着室の前で待たされ、着た感じの感想を求められる。
さすがに3件目からは、大あくびが出るほどの退屈さを感じたが、適当な意見を言うと奈々に怒られるのもあって、木村は「さっきの色の方がいいと思う」とか「こっちの方がいいんじゃない?」などの精一杯な回答をしてあげていた。
ようやくお気に入りの一枚が見つかり、無事に買い物を終え、本命の「駅前スイーツ」に立ち寄った。
そこでもまた「どのケーキが良いと思う?」の質問攻めだ。
木村は財布の中身を無視して「全部買ってやるから、早くしてくれ」と呆れたように言いはなった。
帰る頃には陽も大分傾いていた。
「たっちゃん、今日はありがと」
「まったく、マガジン1冊でとんでもねー代金だったぜ」
「ワンピースは自分で買ったじゃん」
「そういう代金じゃなくて・・・概念だよ、概念」
夕日を背に、自分たちの長い影を見ながら歩く帰り道。
長い付き合いではあるが、木村と二人でショッピングなどは初めての経験だった。
並んで歩く木村の背の高さに、奈々は思わず心臓がドキドキしはじめた。
木村の彼女になれば、いつもこうやって横を歩けるのだろうか?
そんな妄想もつかの間、奈々はふと、木村の左手が空いていることに気付いた。
右手にはケーキを持っている。
自由になっているその左手をそっと握ってみると、木村は少し身体をビクッとさせて
「ど、どうした急に」
「繋ぎたくなった」
奈々は離さないように、さらにギュッと力を込めた。
木村は最初は驚いたものの、すぐにギュッと手を握り返して
「・・・昔みたいにか?よく兄妹に間違われたもんだよな」
と笑った。
ああ、木村はここでも自分を妹扱いするのだな、と奈々は落胆しながらも、握った手の温かさをいつまでも感じて居たかった。
「今もそう見えるのかな」
奈々が小さな声を振り絞るように言うと、木村はまた笑って
「こんだけ大きくなって手ぇ繋ぐ兄妹なんていねーだろ」
と言い、繋いだ手をブンブンと前後に揺らした。
「じゃあ、恋人同士に見えるかな?」
奈々がそう言うと、木村はしばし考え込んだ。
無意識に、前後に揺らした手が速度を落としていく。
そして、その動きがピタリと止んだと同時に、
「・・・オレがただのロリコンに見えるんじゃねーか」
と言った。
「・・・そう・・じゃ、やめるよ」
奈々は木村から手を離し、もう片方の手に持っていたバッグをその手に持ち替えた。
木村の左手は相変わらず空いていたが、横断歩道の信号待ちの間に、その手はポケットの中へとしまわれてしまった。
「じゃあ、またな」
奈々の家の前で木村がケーキを渡し、小さく手を振る。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「うん。オレは疲れたけど」
「うるさいなー。ケーキ買ってこないから悪いんだよ」
「へいへい。でもまぁ、楽しかった。じゃあな」
そういって手を振りながら、木村は自宅の方へ去っていった。
その後ろ姿をじっと眺めていると、木村は再び振り返って
「暗くなっちまったし、早く家に入れよ!」
と叫んだ。その優しい笑顔に、奈々は胸が苦しくなるのを感じた。
家に着いた木村は、どかっと部屋のベッドに座り込んだ。
そして、手のひらをじっと眺めて、そのまま真横に倒れこむ。
「あんな顔、すんなよなぁ…」
寂しそうな奈々の顔に心が痛んだ。
気持ちに答えよう、とも考えてみたものの、やはりどうしても相手を女として見ることができない。
好き嫌いとかそんな小さな代物ではない、とても愛しい存在であることには違わないのに、それでも奈々を抱きしめることすら抵抗がある。
「オレもむしろ、クラスメートか何かになりてぇよ」
腑抜けた言葉が、空気に溶けていった。