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1.たっちゃん
たっちゃんはバカだ。
中学生になった頃から、ケンカばっかりするようになって。
お母さんやお父さんを困らせて。
でも、そんなたっちゃんにバカって言えるのは自分の特権だと思っていた。
あんなに怖がられているたっちゃんが、私には「しょーがねぇガキだな」って笑ってくれる。
野球少年だったたっちゃんの応援によく行ってた。
互いに一人っ子で近所住まいということもあって、ゲームもよく一緒にしていた。
それからヤンキーになって変な髪型になったときでも、私はずっとたっちゃんが好きだった。
だって、根っこの優しさはいつだって変わらなかったから。
そんなたっちゃんが、ある日いきなりサラサラへアーにしてきたのだから、私はさすがに驚きを隠せなかった。
----------------------------
「ボクシング?」
奈々は素っ頓狂な声をあげて聞き返した。木村は気恥ずかしそうな顔をして、「倒したいヤツが居るんだ」と意気込んでいる。
ヤンキー街道まっしぐらだった木村が急に態度を変え、タバコも吸わずに毎朝ランニングに出かけ、規則正しい生活をしていることに、奈々は何が起きたのかと現実を疑うくらいだった。
それからしばらくして、木村がプロボクサーになったと聞いた。
その頃にはヤンキー気質も抜けていて、見た目は元不良とは思えないほどの“店の手伝いをする孝行息子”に豹変していた。
「たっちゃん、マジでプロになったんだぁ」
木村園芸の前を通りかかった奈々が、店番中の木村に話しかけた。
「おうよ。試合とか見に来いよな」
「負けたら許さないけどね」
「っとに生意気だなーお前は」
花の手入れをしながら木村が答える。
「ジムって面白い?」
「んー?ああ・・まあな」
「私も見に行ってみたいな」
「見学ならいつでも入れるけど・・・女の子が見に来るところじゃねえよ?あ、でもお前ならいいか」
「なにそれ」
「オレの弟です、って紹介してやるよ」
「バカ」
それからお客さんが来たので、会話はそこで自然と終わってしまった。
木村の物腰の柔らかい声が遠くに聞こえる。
本当に、ついちょっと前まで「コラァ」とか叫んでいたヤンキーと同一人物には見えない。
「たっちゃんがそこまで変わるほどの“ボクシング”って、一体なんなんだろ?」
自宅に戻った奈々は、タウンページで木村の所属しているという“鴨川ジム”を探してみた。
見たところ、自宅からそれほど遠くない場所にあるようだ。
奈々は住所と電話番号を一通りメモしたあと、ぱたんと重たい冊子を閉じた。
“鴨川ボクシングジム”と書かれた大きな看板。外まで響いてくる、練習の音。
骨まで響くような重々しい雰囲気に、奈々は本当に木村がここにいるのかと疑った。
さすがに扉を開けて中に入るのは勇気が要る。
来てみたはいいが、さてどうしようかとドアの前をウロウロしているところに、突然ドアが開いて、目の前に大きな男が立ちはだかった。
「ん?何だキサマは」
ぶっきらぼうに話しかけられ、見上げるようにして声の主の顔を拝んだ。
「大男」と呼ぶにふさわしい、体格の良いリーゼントをした男。
ボクシングジムは元不良の巣窟、と覚悟していたものの、この男はどのヤンキーにもない圧倒的な迫力がある。
不良など木村達ですっかり見慣れているはずの奈々であったが、このときばかりは思わず後ずさりするを得なかった。
「どうしたんスか?鷹村さん」
「イヤ、なんだこのガキ?」
鷹村の後ろからひょっこりと顔を出したのは、これまた見慣れた木村の幼なじみ、青木勝であった。
「あ、まーくん!」
「奈々!?どうしたんだよお前」
「たっちゃんは?」
「いるけど・・・おい、木村ァ!」
青木が困惑しながらも、ジム内にいる木村を大声で呼んでくれた。
その横で鷹村はずっといぶかしげな顔をしている。
「ガキ、お前は青木村の知り合いか?」
「うん」
「このヘナチョコボクサー共を応援しに来たのか?」
木村をヘナチョコ呼ばわりされて奈々は内心カチンとしたが、この大男からすれば誰でもそう見えるのかもしれないと思い直し、
「そう」
「ガハハ!度胸あるなーお前!そんなとこ突っ立ってないで、中入れよ」
鷹村に促されてジム内に入ると、青木に呼ばれて奥から出てきたという感じの木村とバッタリ会った。
木村はかなり驚いた様子で、
「奈々、お前本当に来たのかよ」
「だって・・・見てみたくて」
「女の子が来るところじゃねーだろ」
「・・・そうみたいだけどさぁ」
二人のやりとりを聞いていた鷹村が、野次馬根性丸出しで会話に加わってきた。
「彼女か?木村」
「何の冗談ですかそれ。妹みたいなモンですよ」
「む。キサマはロリコンみたいな顔してるからてっきり・・」
「どんな顔だよ!!」
“妹みたいなモン”
もう何度も何度も聞いたセリフだ。
木村は誰かに会う度に、奈々のことをそうやって紹介する。
たしかに、間違いではない。しかし奈々はその度に、心が抉られるような感覚がした。
「私、来年は高校生だもん。ガキじゃないもん」
奈々が鼻息を荒くしてつっかかると、鷹村はまた冷やかすように答えた。
「なぬ?小っこいからてっきり小学生くらいかと思っていたぞ」
「確か、宮田と同い年ですよ」
「宮田と?・・・・おい宮田ぁー!!」
木村の言葉に、鷹村は突然大声で“宮田”を呼び出した。
すると、サンドバッグを叩く軽快な音がピタリと止まり、どうやら“宮田”らしき人物がこちらを振り返った。
「なんです?」
宮田はそう言って、グローブを外しながら鷹村の方へ歩いてきた。
「お前も来年は高校生だっけ?」
「そうですけど」
「こいつも同級生だってよ。付き合っちゃえよ!」
「・・・誰?」
まるっきり興味なさそうな表情で奈々を一瞥する宮田。
愛想の一つもない相手に、奈々は正直嫌な感じを覚えた。
宮田を強引に巻き込むように、鷹村が肩に手を回して笑いながら
「木村の妹だってよォ」
「妹?」
「幼なじみみたいなもんです」
「ふーん」
それから鷹村が「宮田と付き合っちゃえ」だの「ロリコン木村」だの言いたい放題暴れたい放題を繰り返したせいで、ジム内が騒がしくなりはじめた。
喧噪の中で奈々がチラリと木村を見ると、暴れる鷹村に「うるせぇよ!」などと楯突きプロレス技を食らっているものの、その表情は昔に見たようなつまらなそうなそれとは全く違っていた。
しばらくした後、宮田が「オレ、ロードワーク行きますから」とその場を離れたのを皮切りに、次第にそれぞれが練習に戻っていった。
鷹村が言うには、今日は“ジジイ”が夕方まで居ないからゆっくり見学できるらしい。
奈々はその言葉に甘えて、ベンチに座りながら木村の練習風景を眺めていた。
まるで授業参観みたいだ、と木村と青木は当初やや混乱した面持ちでいたが、次第に奈々の存在も忘れ、端から見ていても辛そうな練習に没頭していった。
「・・あれ、奈々?」
練習に没頭していて、奈々の存在をすっかり忘れていた木村は、ジムを見渡して奈々の姿が無いことにようやく気がついた。
「あぁ、ガキならさっき帰ったぜ」
「そっか・・すいませんでしたね、急に押しかけて。あいつちょっと無鉄砲なところがあって・・・」
「な~に兄貴面してんだよォ。一人っ子ちゃんがよォ」
「オレは本当にあいつを妹みたいに思ってんスよ?」
「黙れこのロリコンが!」
「人の話くらい聞けないのかアンタは!」
帰り道、奈々はずっとジムでの木村の表情を思い出していた。
そして、木村が変わった理由の欠片を見つけたような気がしていた。
今までずっと、つまらなそうに、物足りなさそうにしていた木村が、あんなに真剣になって、汗をかいて、くたくたになって・・・
疲弊しきっているのに、嬉しそうにニヤリと笑ってまた練習を続ける。
木村の変化に奈々は自分まで嬉しくなり、ジムの興奮が移ったかのように拳を突き上げて言った。
「たっちゃん、がんばれっ」
たっちゃんはバカだ。
中学生になった頃から、ケンカばっかりするようになって。
お母さんやお父さんを困らせて。
でも、そんなたっちゃんにバカって言えるのは自分の特権だと思っていた。
あんなに怖がられているたっちゃんが、私には「しょーがねぇガキだな」って笑ってくれる。
野球少年だったたっちゃんの応援によく行ってた。
互いに一人っ子で近所住まいということもあって、ゲームもよく一緒にしていた。
それからヤンキーになって変な髪型になったときでも、私はずっとたっちゃんが好きだった。
だって、根っこの優しさはいつだって変わらなかったから。
そんなたっちゃんが、ある日いきなりサラサラへアーにしてきたのだから、私はさすがに驚きを隠せなかった。
----------------------------
「ボクシング?」
奈々は素っ頓狂な声をあげて聞き返した。木村は気恥ずかしそうな顔をして、「倒したいヤツが居るんだ」と意気込んでいる。
ヤンキー街道まっしぐらだった木村が急に態度を変え、タバコも吸わずに毎朝ランニングに出かけ、規則正しい生活をしていることに、奈々は何が起きたのかと現実を疑うくらいだった。
それからしばらくして、木村がプロボクサーになったと聞いた。
その頃にはヤンキー気質も抜けていて、見た目は元不良とは思えないほどの“店の手伝いをする孝行息子”に豹変していた。
「たっちゃん、マジでプロになったんだぁ」
木村園芸の前を通りかかった奈々が、店番中の木村に話しかけた。
「おうよ。試合とか見に来いよな」
「負けたら許さないけどね」
「っとに生意気だなーお前は」
花の手入れをしながら木村が答える。
「ジムって面白い?」
「んー?ああ・・まあな」
「私も見に行ってみたいな」
「見学ならいつでも入れるけど・・・女の子が見に来るところじゃねえよ?あ、でもお前ならいいか」
「なにそれ」
「オレの弟です、って紹介してやるよ」
「バカ」
それからお客さんが来たので、会話はそこで自然と終わってしまった。
木村の物腰の柔らかい声が遠くに聞こえる。
本当に、ついちょっと前まで「コラァ」とか叫んでいたヤンキーと同一人物には見えない。
「たっちゃんがそこまで変わるほどの“ボクシング”って、一体なんなんだろ?」
自宅に戻った奈々は、タウンページで木村の所属しているという“鴨川ジム”を探してみた。
見たところ、自宅からそれほど遠くない場所にあるようだ。
奈々は住所と電話番号を一通りメモしたあと、ぱたんと重たい冊子を閉じた。
“鴨川ボクシングジム”と書かれた大きな看板。外まで響いてくる、練習の音。
骨まで響くような重々しい雰囲気に、奈々は本当に木村がここにいるのかと疑った。
さすがに扉を開けて中に入るのは勇気が要る。
来てみたはいいが、さてどうしようかとドアの前をウロウロしているところに、突然ドアが開いて、目の前に大きな男が立ちはだかった。
「ん?何だキサマは」
ぶっきらぼうに話しかけられ、見上げるようにして声の主の顔を拝んだ。
「大男」と呼ぶにふさわしい、体格の良いリーゼントをした男。
ボクシングジムは元不良の巣窟、と覚悟していたものの、この男はどのヤンキーにもない圧倒的な迫力がある。
不良など木村達ですっかり見慣れているはずの奈々であったが、このときばかりは思わず後ずさりするを得なかった。
「どうしたんスか?鷹村さん」
「イヤ、なんだこのガキ?」
鷹村の後ろからひょっこりと顔を出したのは、これまた見慣れた木村の幼なじみ、青木勝であった。
「あ、まーくん!」
「奈々!?どうしたんだよお前」
「たっちゃんは?」
「いるけど・・・おい、木村ァ!」
青木が困惑しながらも、ジム内にいる木村を大声で呼んでくれた。
その横で鷹村はずっといぶかしげな顔をしている。
「ガキ、お前は青木村の知り合いか?」
「うん」
「このヘナチョコボクサー共を応援しに来たのか?」
木村をヘナチョコ呼ばわりされて奈々は内心カチンとしたが、この大男からすれば誰でもそう見えるのかもしれないと思い直し、
「そう」
「ガハハ!度胸あるなーお前!そんなとこ突っ立ってないで、中入れよ」
鷹村に促されてジム内に入ると、青木に呼ばれて奥から出てきたという感じの木村とバッタリ会った。
木村はかなり驚いた様子で、
「奈々、お前本当に来たのかよ」
「だって・・・見てみたくて」
「女の子が来るところじゃねーだろ」
「・・・そうみたいだけどさぁ」
二人のやりとりを聞いていた鷹村が、野次馬根性丸出しで会話に加わってきた。
「彼女か?木村」
「何の冗談ですかそれ。妹みたいなモンですよ」
「む。キサマはロリコンみたいな顔してるからてっきり・・」
「どんな顔だよ!!」
“妹みたいなモン”
もう何度も何度も聞いたセリフだ。
木村は誰かに会う度に、奈々のことをそうやって紹介する。
たしかに、間違いではない。しかし奈々はその度に、心が抉られるような感覚がした。
「私、来年は高校生だもん。ガキじゃないもん」
奈々が鼻息を荒くしてつっかかると、鷹村はまた冷やかすように答えた。
「なぬ?小っこいからてっきり小学生くらいかと思っていたぞ」
「確か、宮田と同い年ですよ」
「宮田と?・・・・おい宮田ぁー!!」
木村の言葉に、鷹村は突然大声で“宮田”を呼び出した。
すると、サンドバッグを叩く軽快な音がピタリと止まり、どうやら“宮田”らしき人物がこちらを振り返った。
「なんです?」
宮田はそう言って、グローブを外しながら鷹村の方へ歩いてきた。
「お前も来年は高校生だっけ?」
「そうですけど」
「こいつも同級生だってよ。付き合っちゃえよ!」
「・・・誰?」
まるっきり興味なさそうな表情で奈々を一瞥する宮田。
愛想の一つもない相手に、奈々は正直嫌な感じを覚えた。
宮田を強引に巻き込むように、鷹村が肩に手を回して笑いながら
「木村の妹だってよォ」
「妹?」
「幼なじみみたいなもんです」
「ふーん」
それから鷹村が「宮田と付き合っちゃえ」だの「ロリコン木村」だの言いたい放題暴れたい放題を繰り返したせいで、ジム内が騒がしくなりはじめた。
喧噪の中で奈々がチラリと木村を見ると、暴れる鷹村に「うるせぇよ!」などと楯突きプロレス技を食らっているものの、その表情は昔に見たようなつまらなそうなそれとは全く違っていた。
しばらくした後、宮田が「オレ、ロードワーク行きますから」とその場を離れたのを皮切りに、次第にそれぞれが練習に戻っていった。
鷹村が言うには、今日は“ジジイ”が夕方まで居ないからゆっくり見学できるらしい。
奈々はその言葉に甘えて、ベンチに座りながら木村の練習風景を眺めていた。
まるで授業参観みたいだ、と木村と青木は当初やや混乱した面持ちでいたが、次第に奈々の存在も忘れ、端から見ていても辛そうな練習に没頭していった。
「・・あれ、奈々?」
練習に没頭していて、奈々の存在をすっかり忘れていた木村は、ジムを見渡して奈々の姿が無いことにようやく気がついた。
「あぁ、ガキならさっき帰ったぜ」
「そっか・・すいませんでしたね、急に押しかけて。あいつちょっと無鉄砲なところがあって・・・」
「な~に兄貴面してんだよォ。一人っ子ちゃんがよォ」
「オレは本当にあいつを妹みたいに思ってんスよ?」
「黙れこのロリコンが!」
「人の話くらい聞けないのかアンタは!」
帰り道、奈々はずっとジムでの木村の表情を思い出していた。
そして、木村が変わった理由の欠片を見つけたような気がしていた。
今までずっと、つまらなそうに、物足りなさそうにしていた木村が、あんなに真剣になって、汗をかいて、くたくたになって・・・
疲弊しきっているのに、嬉しそうにニヤリと笑ってまた練習を続ける。
木村の変化に奈々は自分まで嬉しくなり、ジムの興奮が移ったかのように拳を突き上げて言った。
「たっちゃん、がんばれっ」
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