宮田短編
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『撤回』
「他に好きな女が出来た」
頭の中、そのセリフばっかり、繰り返されてる。
忙しいのは分かってた。
会えなくても心は繋がってると思ってた。
私はいつも、余裕のある振りをしてた。
本当は会いたくて仕方なかったのに。
彼には、私の態度が冷たく映ったのかな。
誰かが側に寄るような隙を、作ってたのかな。
握りしめた、約束のチケット。
試合が終わったら一緒に見に行こうって言ってた映画。
もう要らないんだ。
宮田くんは、違うひとと、見に行くんだ。
嘘だよ、って言ってよ。
いつもみたいに、意地悪そうに笑ってよ。
涙が止まらない。
*****
「よっ、こないだはありがとうな」
間柴とのタイトルマッチを終え、木村が川原ジムに挨拶に訪れた。
宮田はサンドバッグを打つ手を止め、グローブを外しながら木村に近づいていく。
「とりあえず、お疲れ様でした」
「あぁ・・・負けちまったけどよ」
木村は自嘲気味に話したが、宮田は顔色一つ変えずに聞いている。
「そんなわけで、引退・・・と思ってるんだけどよ」
「そうですか」
「な、なんだよ冷たいなー。まぁ、今日来たのは世話になった礼をと思ってな」
「別に・・・オレも試合が近いんでね。スパーの相手してもらって助かりましたよ」
木村は宮田のセリフに少し苦笑して、それからジム内をぐるりと見渡してから、
「じゃ、邪魔になるといけねぇし、オレは帰るわ」
と言って、くるりと宮田に背中を向けた。
2〜3歩歩いたところで急に何かを思い出したように、木村が再度振り返り、宮田に近づいて耳元でこそりと囁く。
「ところでお前、例の彼女とは上手くいってんの?」
「・・・何の話ですか」
「だいぶ前だけどよ、青木がお前のデート現場目撃したって騒いでてな。もうジム内で大騒ぎよ。」
「どうせ鷹村さんが騒いでたんでしょ」
「まぁあの人、そういう話好きだからな」
宮田は大きく肩を落として溜息をついた。
「お前モテんだから、浮気しねーでちゃんと守ってやれよ?」
「余計なお世話ですよ」
「ただでさえお前はボクシング以外のことに対して興味が薄いんだからさぁ」
宮田は脳天気に話す木村の腕を、強引に掴んで外に出た。
「お、おい、どうした?」
「ジムで話すことじゃないでしょう」
「そうだけどよ、別にいいじゃねぇか。なんだお前、恥ずかしいのか?」
木村がからかうように笑う。
「違いますよ」
「照れんなって」
「だから違いますって」
「またまたぁ〜」
木村のテンションが徐々に高まっていくのと同時に、宮田の苛立ちも増していった。
宮田が木村の顔をじっと睨むと、木村は少し怯んでそのまま黙ってしまった。
「まぁ、なんていうかその・・・」
「別れたんですよ」
宮田の突然の言葉に、木村は一時言葉を失った。
唖然とする木村を尻目に、宮田はそのままロードワークに駆けだす。
「えっ、ちょ、ちょっと待てよ!」
****
「待てよ宮田!」
木村が走って追いかけるものの、先に走り出した宮田の背中はどんどん遠くなるばかり。
「お前!止まらないとさっきの話、全部ここで叫ぶぞ!」
宮田は振り向かずに走り続けている。
木村にとって、試合後のダメージが抜けきっていない身体でのダッシュは相当堪える。
宮田は本気で走っているようで、全く速度を緩める気配すらない。
木村は最後の力を振り絞って叫んだ。
「止まらねぇと、全部鷹村さんに言うからなーーー!!!」
遠くで宮田の足がピタリと止まったのが見えた。
****
「で?」
土手に腰を下ろし、まだ息の整わぬ木村が宮田に問う。
「別に、話すことなんて無いです」
「いや、だから何で別れたんだよ」
「木村さんには関係ないでしょ」
「冷たいこと言うなよ。オレはお前が中坊の頃から知ってんだぜ?」
「だからなんなんです」
つっけんどんに答える宮田を見て、木村が茶化すように言った。
「フラれたのかぁ?ボクシングばっかりで私のこと見てくれない☆とか」
ご丁寧に女の振りまでして楽しそうに話す木村の横で、宮田は目を瞑って答えた。
「オレから言ったんです」
「おぉ、この色男が!他に女でも出来たのかよぉ?」
「違いますよ」
「じゃあ何でだよ?」
木村が間髪入れずに聞くと、宮田は少し間をおいてから
「・・・集中できないんですよ」
「は?」
「色々・・・そいつのこと考えたりして・・・」
「・・・・はぁ???」
木村がすっとんきょうな声をあげたのを聞いて、宮田はハッと立ち上がり、かき消すように言った。
「なんでもないです」
「いやいや、ちょっと待て宮田!」
木村は、再び走り出そうとする宮田の肩をグッと掴んだ。
「集中できないって・・・・まさかお前彼女のことで頭いっぱいなの?」
木村から宮田の表情は確認できなかったが、掴んだ肩から宮田の身体が硬直したのは明白だった。
木村の掴む手が、小刻みに震え出す。
震えながらも、五本の指が肩に食い込むほど力は入りっぱなしだ。
いい加減にしてくれ、と言いかけて宮田が振り向いたとき、木村が笑いを必死に堪えてるのが目に入った。
「・・・ぶっ・・わはははは!!お前!!可愛いじゃん!!」
「なっ・・違うって!別にオレは・・・」
「だー!ダメだー!純情宮田!!純情!!ダメだぁ笑いが止まらねぇ!!」
「ちょっと、いい加減にしてくださいよ!」
宮田の表情に明らかな不快感が浮かぶと、木村は少し冷静さを取り戻して宮田の肩を2〜3度大げさに叩いた。
「バカだなお前。そんなに彼女のこと好きなのかよ」
「だから木村さんには関係ないでしょ」
「宮田サン、全くボクシングはお上手でも、恋はド下手ですねぇ」
「うるさいよ」
木村が最高潮に嬉しそうにしているのをみて、宮田はたとえ鷹村に言いふらされようが立ち止まるべきでは無かったと後悔していた。
「宮田、まだ間に合うぞ」
「何がです」
「ちゃんと伝えてこい、それ」
気がつくと、木村はすっかり笑うのをやめ、真顔で宮田を見ている。
「ご忠告どうも」
「けっ、可愛くねぇな」
宮田が冷たく言い放つと、木村は顔を歪めて吐き捨てた。
「これからてっぺん掴もうとしてるヤツが、大切なもん離すんじゃねーよ」
木村は宮田の肩をポンと叩いて、宮田とは反対の方向に歩き出した。
「・・・余計なお世話ですよ」
宮田は届かない憎まれ口を、去っていく背中に投げた。
再び走り出したものの、木村に言われた言葉が頭から離れない。
かき消すように全速力で土手を走った。
景色が高速で移り変わっていく。
さすがに長くは続かない。息が切れてしばし立ち止まる。
荒れる呼吸の最中、宮田は自分の手のひらを見つめて、それからグッと拳を握り込んだ。
****
インターホンが鳴った。
もう夜の21時を過ぎているのに。
重たい身体を引きずって、のぞき穴から外の様子を見てみる。
・・・どうして?
思考回路が停止してしまった。
夢遊病者みたいに、フラフラと無意識のうちにドアを開けていた。
「宮田くん・・・」
どうしたの、と言おうとしたところで、いきなり抱きしめられた。
どうして?
「ごめん」
言葉が出てこないよ。
「嘘なんだ」
なんにも、出てこないよ。
「お前以外に、好きな女なんていない」
夢でも見ているの?
私、毎晩、泣いて、泣いて、泣いて。
それでも足りないくらい、今も泣いてるのに。
ようやくこれが現実だって、受け止めようとしてたのに。
「すまなかった」
抱きしめる力が、一層強くなる。
息が出来ないくらい、強くなる。
苦しいよ。
「・・・どうして・・・」
ずるいよ。
宮田くんは、ずるいよ。
「オレは・・」
「もぉ、遅いよ・・・」
「何が・・」
「私、他に好きな人が出来たから」
宮田くんの抱きしめる腕が緩んだ。
初めて見た。
宮田くんの、そんな顔。
だって、悔しいじゃない。
毎晩泣いて、泣いて、泣いて。
バカみたいじゃない。
「嘘だよ」
宮田くんは、ずるいから。
精一杯の、私の仕返し。
「宮田くん以外に好きな人なんて居ないよ」
初めて見たよ。
宮田くんの、そんな顔。
涙が止まらない。
*****
「よっ」
ロードワークのコースで、待ち伏せしていたかのように木村が声を掛けた。
「引退したボクサーってのはヒマなんですね」
「・・・引退は撤回したんだよ」
宮田の口撃を受けて、木村が気まずそうに答えた。
「カタカナで、木村タツヤってことにして、再デビューするぜ」
「・・・そうですか」
「なんだよ、可愛くねーなぁ。まぁそれを伝えようと思ってよ」
「わざわざありがとうございます」
宮田が無関心に通り過ぎようとした時、木村が背後から
「それと・・・・どうなったよ、あの子」
宮田はぴたっと足を止めて、ゆっくりと木村の方を向いた。
木村にとっては宮田がこちらを睨んでいるように思われ、逆鱗に触れてしまったかと一瞬気まずくなったが、宮田は一瞬のためらいのあと、静かにこう答えた。
「木村さんと同じで・・」
「・・・・ん?」
木村の顔に、大きなクエスチョンマークが浮かんでいる。
宮田はふっと顔を背けて、こう続けた。
「撤回しましたよ」
木村が次の言葉を発するまもなく、宮田は走り去ってしまった。
しばし唖然としながらも、最低限の言葉ではあるが、これが宮田にとってみれば精一杯の報告なのだと木村は理解していた。
木村は小さくなっていく宮田の背中を見ながら、小さく溜息をついて笑った。
「ったく、可愛くねーな。あーあー、オレにも春が来ねぇかなぁ。」
柔らかい風がふっと、公園の中に吹き込んだ。
END
2010.12.27(旧サイトから移転掲載)
高杉R26号
---------------
木村と宮田の掛け合いが書きたかったんです…。
この二人、密かに恋愛の話とかしちゃってそうじゃないですか?(BL的な意味ではなく)
木村さんがお兄ちゃん風吹かせるようなところが好きです。
ヒロイン目線は完全に蛇足です。
むしろ要らなかった気がする(笑)
「他に好きな女が出来た」
頭の中、そのセリフばっかり、繰り返されてる。
忙しいのは分かってた。
会えなくても心は繋がってると思ってた。
私はいつも、余裕のある振りをしてた。
本当は会いたくて仕方なかったのに。
彼には、私の態度が冷たく映ったのかな。
誰かが側に寄るような隙を、作ってたのかな。
握りしめた、約束のチケット。
試合が終わったら一緒に見に行こうって言ってた映画。
もう要らないんだ。
宮田くんは、違うひとと、見に行くんだ。
嘘だよ、って言ってよ。
いつもみたいに、意地悪そうに笑ってよ。
涙が止まらない。
*****
「よっ、こないだはありがとうな」
間柴とのタイトルマッチを終え、木村が川原ジムに挨拶に訪れた。
宮田はサンドバッグを打つ手を止め、グローブを外しながら木村に近づいていく。
「とりあえず、お疲れ様でした」
「あぁ・・・負けちまったけどよ」
木村は自嘲気味に話したが、宮田は顔色一つ変えずに聞いている。
「そんなわけで、引退・・・と思ってるんだけどよ」
「そうですか」
「な、なんだよ冷たいなー。まぁ、今日来たのは世話になった礼をと思ってな」
「別に・・・オレも試合が近いんでね。スパーの相手してもらって助かりましたよ」
木村は宮田のセリフに少し苦笑して、それからジム内をぐるりと見渡してから、
「じゃ、邪魔になるといけねぇし、オレは帰るわ」
と言って、くるりと宮田に背中を向けた。
2〜3歩歩いたところで急に何かを思い出したように、木村が再度振り返り、宮田に近づいて耳元でこそりと囁く。
「ところでお前、例の彼女とは上手くいってんの?」
「・・・何の話ですか」
「だいぶ前だけどよ、青木がお前のデート現場目撃したって騒いでてな。もうジム内で大騒ぎよ。」
「どうせ鷹村さんが騒いでたんでしょ」
「まぁあの人、そういう話好きだからな」
宮田は大きく肩を落として溜息をついた。
「お前モテんだから、浮気しねーでちゃんと守ってやれよ?」
「余計なお世話ですよ」
「ただでさえお前はボクシング以外のことに対して興味が薄いんだからさぁ」
宮田は脳天気に話す木村の腕を、強引に掴んで外に出た。
「お、おい、どうした?」
「ジムで話すことじゃないでしょう」
「そうだけどよ、別にいいじゃねぇか。なんだお前、恥ずかしいのか?」
木村がからかうように笑う。
「違いますよ」
「照れんなって」
「だから違いますって」
「またまたぁ〜」
木村のテンションが徐々に高まっていくのと同時に、宮田の苛立ちも増していった。
宮田が木村の顔をじっと睨むと、木村は少し怯んでそのまま黙ってしまった。
「まぁ、なんていうかその・・・」
「別れたんですよ」
宮田の突然の言葉に、木村は一時言葉を失った。
唖然とする木村を尻目に、宮田はそのままロードワークに駆けだす。
「えっ、ちょ、ちょっと待てよ!」
****
「待てよ宮田!」
木村が走って追いかけるものの、先に走り出した宮田の背中はどんどん遠くなるばかり。
「お前!止まらないとさっきの話、全部ここで叫ぶぞ!」
宮田は振り向かずに走り続けている。
木村にとって、試合後のダメージが抜けきっていない身体でのダッシュは相当堪える。
宮田は本気で走っているようで、全く速度を緩める気配すらない。
木村は最後の力を振り絞って叫んだ。
「止まらねぇと、全部鷹村さんに言うからなーーー!!!」
遠くで宮田の足がピタリと止まったのが見えた。
****
「で?」
土手に腰を下ろし、まだ息の整わぬ木村が宮田に問う。
「別に、話すことなんて無いです」
「いや、だから何で別れたんだよ」
「木村さんには関係ないでしょ」
「冷たいこと言うなよ。オレはお前が中坊の頃から知ってんだぜ?」
「だからなんなんです」
つっけんどんに答える宮田を見て、木村が茶化すように言った。
「フラれたのかぁ?ボクシングばっかりで私のこと見てくれない☆とか」
ご丁寧に女の振りまでして楽しそうに話す木村の横で、宮田は目を瞑って答えた。
「オレから言ったんです」
「おぉ、この色男が!他に女でも出来たのかよぉ?」
「違いますよ」
「じゃあ何でだよ?」
木村が間髪入れずに聞くと、宮田は少し間をおいてから
「・・・集中できないんですよ」
「は?」
「色々・・・そいつのこと考えたりして・・・」
「・・・・はぁ???」
木村がすっとんきょうな声をあげたのを聞いて、宮田はハッと立ち上がり、かき消すように言った。
「なんでもないです」
「いやいや、ちょっと待て宮田!」
木村は、再び走り出そうとする宮田の肩をグッと掴んだ。
「集中できないって・・・・まさかお前彼女のことで頭いっぱいなの?」
木村から宮田の表情は確認できなかったが、掴んだ肩から宮田の身体が硬直したのは明白だった。
木村の掴む手が、小刻みに震え出す。
震えながらも、五本の指が肩に食い込むほど力は入りっぱなしだ。
いい加減にしてくれ、と言いかけて宮田が振り向いたとき、木村が笑いを必死に堪えてるのが目に入った。
「・・・ぶっ・・わはははは!!お前!!可愛いじゃん!!」
「なっ・・違うって!別にオレは・・・」
「だー!ダメだー!純情宮田!!純情!!ダメだぁ笑いが止まらねぇ!!」
「ちょっと、いい加減にしてくださいよ!」
宮田の表情に明らかな不快感が浮かぶと、木村は少し冷静さを取り戻して宮田の肩を2〜3度大げさに叩いた。
「バカだなお前。そんなに彼女のこと好きなのかよ」
「だから木村さんには関係ないでしょ」
「宮田サン、全くボクシングはお上手でも、恋はド下手ですねぇ」
「うるさいよ」
木村が最高潮に嬉しそうにしているのをみて、宮田はたとえ鷹村に言いふらされようが立ち止まるべきでは無かったと後悔していた。
「宮田、まだ間に合うぞ」
「何がです」
「ちゃんと伝えてこい、それ」
気がつくと、木村はすっかり笑うのをやめ、真顔で宮田を見ている。
「ご忠告どうも」
「けっ、可愛くねぇな」
宮田が冷たく言い放つと、木村は顔を歪めて吐き捨てた。
「これからてっぺん掴もうとしてるヤツが、大切なもん離すんじゃねーよ」
木村は宮田の肩をポンと叩いて、宮田とは反対の方向に歩き出した。
「・・・余計なお世話ですよ」
宮田は届かない憎まれ口を、去っていく背中に投げた。
再び走り出したものの、木村に言われた言葉が頭から離れない。
かき消すように全速力で土手を走った。
景色が高速で移り変わっていく。
さすがに長くは続かない。息が切れてしばし立ち止まる。
荒れる呼吸の最中、宮田は自分の手のひらを見つめて、それからグッと拳を握り込んだ。
****
インターホンが鳴った。
もう夜の21時を過ぎているのに。
重たい身体を引きずって、のぞき穴から外の様子を見てみる。
・・・どうして?
思考回路が停止してしまった。
夢遊病者みたいに、フラフラと無意識のうちにドアを開けていた。
「宮田くん・・・」
どうしたの、と言おうとしたところで、いきなり抱きしめられた。
どうして?
「ごめん」
言葉が出てこないよ。
「嘘なんだ」
なんにも、出てこないよ。
「お前以外に、好きな女なんていない」
夢でも見ているの?
私、毎晩、泣いて、泣いて、泣いて。
それでも足りないくらい、今も泣いてるのに。
ようやくこれが現実だって、受け止めようとしてたのに。
「すまなかった」
抱きしめる力が、一層強くなる。
息が出来ないくらい、強くなる。
苦しいよ。
「・・・どうして・・・」
ずるいよ。
宮田くんは、ずるいよ。
「オレは・・」
「もぉ、遅いよ・・・」
「何が・・」
「私、他に好きな人が出来たから」
宮田くんの抱きしめる腕が緩んだ。
初めて見た。
宮田くんの、そんな顔。
だって、悔しいじゃない。
毎晩泣いて、泣いて、泣いて。
バカみたいじゃない。
「嘘だよ」
宮田くんは、ずるいから。
精一杯の、私の仕返し。
「宮田くん以外に好きな人なんて居ないよ」
初めて見たよ。
宮田くんの、そんな顔。
涙が止まらない。
*****
「よっ」
ロードワークのコースで、待ち伏せしていたかのように木村が声を掛けた。
「引退したボクサーってのはヒマなんですね」
「・・・引退は撤回したんだよ」
宮田の口撃を受けて、木村が気まずそうに答えた。
「カタカナで、木村タツヤってことにして、再デビューするぜ」
「・・・そうですか」
「なんだよ、可愛くねーなぁ。まぁそれを伝えようと思ってよ」
「わざわざありがとうございます」
宮田が無関心に通り過ぎようとした時、木村が背後から
「それと・・・・どうなったよ、あの子」
宮田はぴたっと足を止めて、ゆっくりと木村の方を向いた。
木村にとっては宮田がこちらを睨んでいるように思われ、逆鱗に触れてしまったかと一瞬気まずくなったが、宮田は一瞬のためらいのあと、静かにこう答えた。
「木村さんと同じで・・」
「・・・・ん?」
木村の顔に、大きなクエスチョンマークが浮かんでいる。
宮田はふっと顔を背けて、こう続けた。
「撤回しましたよ」
木村が次の言葉を発するまもなく、宮田は走り去ってしまった。
しばし唖然としながらも、最低限の言葉ではあるが、これが宮田にとってみれば精一杯の報告なのだと木村は理解していた。
木村は小さくなっていく宮田の背中を見ながら、小さく溜息をついて笑った。
「ったく、可愛くねーな。あーあー、オレにも春が来ねぇかなぁ。」
柔らかい風がふっと、公園の中に吹き込んだ。
END
2010.12.27(旧サイトから移転掲載)
高杉R26号
---------------
木村と宮田の掛け合いが書きたかったんです…。
この二人、密かに恋愛の話とかしちゃってそうじゃないですか?(BL的な意味ではなく)
木村さんがお兄ちゃん風吹かせるようなところが好きです。
ヒロイン目線は完全に蛇足です。
むしろ要らなかった気がする(笑)