宮田短編
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「整理整頓が苦手な私、そしてアナタ」
学生時代のバイト先や、2コ前の会社の上司みたいな、もう二度とかけないだろうなっていう番号が、まるで本棚の中で誇りをかぶっている本のように、携帯電話の連絡先に並んでいる。
いちいち消すという選択肢がなかったから、友達が『別れた恋人の番号を直後に即削除している』と言うのを聞いて、たいそう驚いたことを思い出す。むしろ向こうからは「え、消さないの?」とまるで珍しい生物を見るかのような目つきで驚かれたわけだけど。
そんなマメじゃない性格が招いたこの瞬間、と書いてモーメント。
残業帰りのショボくれた目に映る、「宮田一郎」からの着信のお知らせ。
そうそう、そういえば恋人と言えどフルネームで登録するのも、友達が言うには「おばあちゃんみたい」で変わってるんだって。
それにしても、この着信にはさすがに一瞬躊躇する。
もう何年か経つんだっけ。
サヨナラしてから一度も連絡を取ったことは無い。
一体何の用かと思ったけど、大したことないのに「元気?」なんて様子見の電話をかけてくるような男では無いのも知っている。
何か、何年も前に別れた恋人に電話をかけなきゃいけない、のっぴきならない事情が発生したに違いない。だとしても一体何?
しがないOLとして生きる毎日。
1週間を生き抜いた疲れた目元がさらにかすみそうな面倒の中、しぶしぶ電話を取る。
「はい」
「・・・・オレだけど」
「・・・どなた?」
「・・・・」
ちょっと意地悪したら黙り込んでしまった。
こういう臨機応変な対応ができない不器用なところ、許されるのは20代前半までだからね。
「・・・宮田だけど」
「うん・・どうも」
「お前、猫飼ってたよな」
何年ぶりかのコンタクトなのに、いきなり話題が『猫』。
予想しない単語に思わず時間が止まる。
「おい、聞いてるか」
「・・・聞いてる。猫飼ってたのは実家ね」
アンタと別れてまもなく虹の橋を渡ったけどね。
結局一度も直接会わせることがないまま。
今思えばそれでよかったんだろうけど。
私の返事を聞いてから、宮田からの次の言葉がなかなか返ってこない。
久々に連絡してきて猫がどうのって、相変わらず何考えているかわからないし、喋り方も自分本位なんだから。
「で、それがどうしたの」
「・・・もうすぐ合宿があるんだ」
探るようでいて、それでいて下心が透けて見えるフレーズ。
全く頼み事の下手なやつ。
「まさか、世話してほしいってこと?」
「来週から1週間」
「いやいや、オッケーしてないからね?」
「礼はする」
「ってかそもそも、アンタいつから猫なんて飼ってんの?うちの猫に全然興味なかったくせに」
「飼ってるわけじゃない。迷い猫を保護しているだけだ」
「いつから」
「3ヶ月くらい前」
「いやそれもう飼ってるよね?」
相変わらず淡々とズレたことを言う。
これがクールでかっこいいとか思ってたんだもんなぁ。
タイムマシンに乗って、若かりし頃の自分に言ってやりたい。
“その男はやめとけ"ってさ。
「うちのマンション、ペット禁止だし無理。他を当たって」
冷たく突き放したらまたダンマリ。
そうよね。他がいないから私に電話してきたんだろうし。
「お前がウチに来ればいい」
「・・・はぁ?」
「1日1回」
「・・・」
断ってやろうと思ったけど、こんなやつに飼われている猫の状態も気になるし・・・
かと言って見に行ったら最後、お世話することになるのは目に見えているし・・・・
今後、合宿の度に頼られても困るわけだけど・・・・
これを機に自動給餌器とか自動飲水機とか自動トイレとか、数日留守してても大丈夫なアイテムを教えて設備を整えてやるという手もあるよね。
「今どこ住んでるの。遠かったら無理だよ」
「同じところ住んでるけど」
「あー・・・」
会社の帰りにちょうど寄れる絶妙な位置。
付き合ってた時は、家からも職場からも遠かったんだけどな。
「今から来れるか?」
「今からぁ?」
「明日休みだろ。じゃあ待ってるからな」
終始偉そうな態度で通話が終わった。
本当に何も変わってない・・・というか、輪をかけて偉そうになったような気が。
まるで何もなかったかのような、この空白の数年が嘘みたいな、滑らかな会話。
私たち、そんな綺麗な終わり方した覚えないんだけどな?
あの時はもう二度と会いたくないくらいに思っていたのに。
今や「まぁ、猫見てくるか」って思えるくらいになっているのは、時間という薬が傷を癒してくれたからなのか。
ーーーーーーーーー
ピンポーンの音。
こんな音だったっけなと、ちょっと上を見て記憶を追っている間に扉が開いた。
扉の隙間からふわっと、よく嗅いでいたあの懐かしい匂いが溢れ、鼻腔をくすぐる。
目の前に伸びる手と近づいてくる胸元、あの日がデジャビュ。
一瞬引き込まれそうになった目眩を冷ましてくれたのは、当時にはありえなかった“ミャーウ”の鳴き声。
「入れよ」
「か、か、か・・・」
「ん?」
「かっわいい!!」
知らない人間が入ってきたばかりでなく、その人間が目をハートにして興奮を隠し切れない様子で近づこうとしている気配に猫は驚いて、部屋の奥へ引っ込んでしまった。
「黒猫ちゃんなんだ?ちっちゃ!子猫じゃん!かわいい!名前は?あ、リボンついてる!何、一郎がつけたの?」
「どうでもいいだろ。とりあえずこれが餌、あっちがトイレ、予備の砂。水は・・って聞いてるか?」
「うんうん。おーい猫ちゃん、おいで〜。ねぇ名前つけてないの?3ヶ月も飼ってるのに」
「・・・」
「じゃあなんか名前つけて呼んでいい?」
宮田の顔が一瞬曇る。
私の実家で飼ってた猫の、独特なクセ強めの名前を思い出したらしい。
変な名前をつけられては困るとでも思ったのか、観念したように絞り出す。
「・・・サラテ」
「ん?サラ?女の子?」
「オス。名前はサラテ」
「オスか。アンタのことだからどうせ伝説のボクサーかなんかね。おーいサラテ!」
「とにかく・・・来週から1週間よろしくな」
引き受けるなんて一言も言ってないんだけど。
でもサラテは思ってた以上に可愛い。最初こそ隠れたものの、すぐに出てきて猫じゃらしで遊ぶようになった。っていうかアイツもこれで遊んであげてたのかな。一体どんな顔して。
「今回だけだよ。今後は自分でなんとかしてよね。自動給餌器使ってるんだったら、自動トイレとかも検討してさ。まぁ、とりあえず合鍵ちょうだい」
サラテと遊びながら片手を宮田の方に伸ばす。
宮田は何かを思い出したように引き出しを弄り、鍵を取り出したかと思うと、一瞬躊躇した。
「早くー。鍵受け取ったらすぐ帰るから」
宮田は小さくため息をついてから、鍵を軽く投げて寄越した。
キャッチしてから鍵をよく見てみると、私が昔つけていたキーホルダーがそのままぶら下がっていた。
最後の日、泣きながら返したんだっけ。
ちらっと宮田を見たら気まずそうにしてる。
そっか、あれから数年。
この鍵の次の持ち主は現れなかったってこと、かな。
まぁ、相変わらずストイックですこと。
「まだつけてたの、これ」
意地悪く地雷を踏んでやると相手は、
「何が?」
と知らないふりをする。
「変な気分になるから取っていい?」
「なんでだよ」
しまった。会話の方向性を間違えた気がする。
「なんか、思い出すし色々」
「色々って?」
「なんか、嫌なこととか」
なんとか軌道修正したい。
ふと目を落とした部屋の隅に、虹の橋を渡った愛猫の写真が飾ってあるのが見えた。
ある日無理やり「可愛いでしょ!」って言いながら押し付けたものだ。
まだ飾ったままだなんて。
携帯電話の連絡先を何年も整理しない私といい勝負の、究極の面倒くさがりだ。
「これ見て思い出したんだ?猫を託すなら私が適任だって」
「まぁな」
「私物は全部持って帰ったはずだったのに。失敗したな」
なんだか面白くなくて目をふせる。
宮田がどんな顔をしているかなんて、気にしなくてもいいことを気にしながら。
「じゃあ、来週からよろしくな」
「・・・はーい」
サラテをひと撫でしてからすっくと立ち上がり、玄関で靴を履く。
背後で宮田がつぶやく。
「何かあったら連絡しろよ」
「ナメないでよね。一郎が帰ってきても全然なつかないくらいのレベルで私のトリコにさせてあげるっつーの」
「その時はお前が引き取れよ」
靴を履いて立ち上がり、改めて宮田の顔を見る。
そういえば家に着いてから初めてマトモに目を合わせた気もする。
「残念でしたぁ。うちのマンションはペット禁止なんですぅ」
時間が止まらないように、必死でゼンマイを回す。
「引っ越せよ」
「やだよ。今の家、結構気に入ってるんだから」
「じゃあ・・・」
その後、しばし考えて宮田は口をつぐんだ。
「夜遅くなっちまったから、駅まで送るよ」
不思議な一寸の沈黙を破るように、宮田はそういって靴を履こうとした。
「いいよ別に。そんなに遠くないし。来週から一人で通わなきゃなんだし」
「いいから」
「いいって。またね」
ぐいっと宮田を玄関から押しのけて、ドアノブに手をかける。
宮田は観念したように片方の靴から足を抜いた。
「家に着いたら連絡しろよ」
「分かったって」
「合宿から戻ったら連絡する」
「はいはい。じゃーね」
ドアの閉まる音、がちゃり。
最後の夜も一人でこのドアを出て、この音を聞いたんだよね。
もう二度と来ないって、なかなかの決心だったはずなのに。
こんなにも軽く破られるなんて。
二度とないと思っていた「またね」。
やめて、本当にもう。
しかも1週間後って・・・アイツの誕生日じゃん。最悪。
変なこと思い出しちゃった。
整理整頓は苦手。
あれもこれも、散らかっちゃって。
なのにどうしてかな。
ちょっとだけ、心の奥で、苦手でよかったなんて、思ってしまうのは。
END
2024.8.20 高杉R26号
学生時代のバイト先や、2コ前の会社の上司みたいな、もう二度とかけないだろうなっていう番号が、まるで本棚の中で誇りをかぶっている本のように、携帯電話の連絡先に並んでいる。
いちいち消すという選択肢がなかったから、友達が『別れた恋人の番号を直後に即削除している』と言うのを聞いて、たいそう驚いたことを思い出す。むしろ向こうからは「え、消さないの?」とまるで珍しい生物を見るかのような目つきで驚かれたわけだけど。
そんなマメじゃない性格が招いたこの瞬間、と書いてモーメント。
残業帰りのショボくれた目に映る、「宮田一郎」からの着信のお知らせ。
そうそう、そういえば恋人と言えどフルネームで登録するのも、友達が言うには「おばあちゃんみたい」で変わってるんだって。
それにしても、この着信にはさすがに一瞬躊躇する。
もう何年か経つんだっけ。
サヨナラしてから一度も連絡を取ったことは無い。
一体何の用かと思ったけど、大したことないのに「元気?」なんて様子見の電話をかけてくるような男では無いのも知っている。
何か、何年も前に別れた恋人に電話をかけなきゃいけない、のっぴきならない事情が発生したに違いない。だとしても一体何?
しがないOLとして生きる毎日。
1週間を生き抜いた疲れた目元がさらにかすみそうな面倒の中、しぶしぶ電話を取る。
「はい」
「・・・・オレだけど」
「・・・どなた?」
「・・・・」
ちょっと意地悪したら黙り込んでしまった。
こういう臨機応変な対応ができない不器用なところ、許されるのは20代前半までだからね。
「・・・宮田だけど」
「うん・・どうも」
「お前、猫飼ってたよな」
何年ぶりかのコンタクトなのに、いきなり話題が『猫』。
予想しない単語に思わず時間が止まる。
「おい、聞いてるか」
「・・・聞いてる。猫飼ってたのは実家ね」
アンタと別れてまもなく虹の橋を渡ったけどね。
結局一度も直接会わせることがないまま。
今思えばそれでよかったんだろうけど。
私の返事を聞いてから、宮田からの次の言葉がなかなか返ってこない。
久々に連絡してきて猫がどうのって、相変わらず何考えているかわからないし、喋り方も自分本位なんだから。
「で、それがどうしたの」
「・・・もうすぐ合宿があるんだ」
探るようでいて、それでいて下心が透けて見えるフレーズ。
全く頼み事の下手なやつ。
「まさか、世話してほしいってこと?」
「来週から1週間」
「いやいや、オッケーしてないからね?」
「礼はする」
「ってかそもそも、アンタいつから猫なんて飼ってんの?うちの猫に全然興味なかったくせに」
「飼ってるわけじゃない。迷い猫を保護しているだけだ」
「いつから」
「3ヶ月くらい前」
「いやそれもう飼ってるよね?」
相変わらず淡々とズレたことを言う。
これがクールでかっこいいとか思ってたんだもんなぁ。
タイムマシンに乗って、若かりし頃の自分に言ってやりたい。
“その男はやめとけ"ってさ。
「うちのマンション、ペット禁止だし無理。他を当たって」
冷たく突き放したらまたダンマリ。
そうよね。他がいないから私に電話してきたんだろうし。
「お前がウチに来ればいい」
「・・・はぁ?」
「1日1回」
「・・・」
断ってやろうと思ったけど、こんなやつに飼われている猫の状態も気になるし・・・
かと言って見に行ったら最後、お世話することになるのは目に見えているし・・・・
今後、合宿の度に頼られても困るわけだけど・・・・
これを機に自動給餌器とか自動飲水機とか自動トイレとか、数日留守してても大丈夫なアイテムを教えて設備を整えてやるという手もあるよね。
「今どこ住んでるの。遠かったら無理だよ」
「同じところ住んでるけど」
「あー・・・」
会社の帰りにちょうど寄れる絶妙な位置。
付き合ってた時は、家からも職場からも遠かったんだけどな。
「今から来れるか?」
「今からぁ?」
「明日休みだろ。じゃあ待ってるからな」
終始偉そうな態度で通話が終わった。
本当に何も変わってない・・・というか、輪をかけて偉そうになったような気が。
まるで何もなかったかのような、この空白の数年が嘘みたいな、滑らかな会話。
私たち、そんな綺麗な終わり方した覚えないんだけどな?
あの時はもう二度と会いたくないくらいに思っていたのに。
今や「まぁ、猫見てくるか」って思えるくらいになっているのは、時間という薬が傷を癒してくれたからなのか。
ーーーーーーーーー
ピンポーンの音。
こんな音だったっけなと、ちょっと上を見て記憶を追っている間に扉が開いた。
扉の隙間からふわっと、よく嗅いでいたあの懐かしい匂いが溢れ、鼻腔をくすぐる。
目の前に伸びる手と近づいてくる胸元、あの日がデジャビュ。
一瞬引き込まれそうになった目眩を冷ましてくれたのは、当時にはありえなかった“ミャーウ”の鳴き声。
「入れよ」
「か、か、か・・・」
「ん?」
「かっわいい!!」
知らない人間が入ってきたばかりでなく、その人間が目をハートにして興奮を隠し切れない様子で近づこうとしている気配に猫は驚いて、部屋の奥へ引っ込んでしまった。
「黒猫ちゃんなんだ?ちっちゃ!子猫じゃん!かわいい!名前は?あ、リボンついてる!何、一郎がつけたの?」
「どうでもいいだろ。とりあえずこれが餌、あっちがトイレ、予備の砂。水は・・って聞いてるか?」
「うんうん。おーい猫ちゃん、おいで〜。ねぇ名前つけてないの?3ヶ月も飼ってるのに」
「・・・」
「じゃあなんか名前つけて呼んでいい?」
宮田の顔が一瞬曇る。
私の実家で飼ってた猫の、独特なクセ強めの名前を思い出したらしい。
変な名前をつけられては困るとでも思ったのか、観念したように絞り出す。
「・・・サラテ」
「ん?サラ?女の子?」
「オス。名前はサラテ」
「オスか。アンタのことだからどうせ伝説のボクサーかなんかね。おーいサラテ!」
「とにかく・・・来週から1週間よろしくな」
引き受けるなんて一言も言ってないんだけど。
でもサラテは思ってた以上に可愛い。最初こそ隠れたものの、すぐに出てきて猫じゃらしで遊ぶようになった。っていうかアイツもこれで遊んであげてたのかな。一体どんな顔して。
「今回だけだよ。今後は自分でなんとかしてよね。自動給餌器使ってるんだったら、自動トイレとかも検討してさ。まぁ、とりあえず合鍵ちょうだい」
サラテと遊びながら片手を宮田の方に伸ばす。
宮田は何かを思い出したように引き出しを弄り、鍵を取り出したかと思うと、一瞬躊躇した。
「早くー。鍵受け取ったらすぐ帰るから」
宮田は小さくため息をついてから、鍵を軽く投げて寄越した。
キャッチしてから鍵をよく見てみると、私が昔つけていたキーホルダーがそのままぶら下がっていた。
最後の日、泣きながら返したんだっけ。
ちらっと宮田を見たら気まずそうにしてる。
そっか、あれから数年。
この鍵の次の持ち主は現れなかったってこと、かな。
まぁ、相変わらずストイックですこと。
「まだつけてたの、これ」
意地悪く地雷を踏んでやると相手は、
「何が?」
と知らないふりをする。
「変な気分になるから取っていい?」
「なんでだよ」
しまった。会話の方向性を間違えた気がする。
「なんか、思い出すし色々」
「色々って?」
「なんか、嫌なこととか」
なんとか軌道修正したい。
ふと目を落とした部屋の隅に、虹の橋を渡った愛猫の写真が飾ってあるのが見えた。
ある日無理やり「可愛いでしょ!」って言いながら押し付けたものだ。
まだ飾ったままだなんて。
携帯電話の連絡先を何年も整理しない私といい勝負の、究極の面倒くさがりだ。
「これ見て思い出したんだ?猫を託すなら私が適任だって」
「まぁな」
「私物は全部持って帰ったはずだったのに。失敗したな」
なんだか面白くなくて目をふせる。
宮田がどんな顔をしているかなんて、気にしなくてもいいことを気にしながら。
「じゃあ、来週からよろしくな」
「・・・はーい」
サラテをひと撫でしてからすっくと立ち上がり、玄関で靴を履く。
背後で宮田がつぶやく。
「何かあったら連絡しろよ」
「ナメないでよね。一郎が帰ってきても全然なつかないくらいのレベルで私のトリコにさせてあげるっつーの」
「その時はお前が引き取れよ」
靴を履いて立ち上がり、改めて宮田の顔を見る。
そういえば家に着いてから初めてマトモに目を合わせた気もする。
「残念でしたぁ。うちのマンションはペット禁止なんですぅ」
時間が止まらないように、必死でゼンマイを回す。
「引っ越せよ」
「やだよ。今の家、結構気に入ってるんだから」
「じゃあ・・・」
その後、しばし考えて宮田は口をつぐんだ。
「夜遅くなっちまったから、駅まで送るよ」
不思議な一寸の沈黙を破るように、宮田はそういって靴を履こうとした。
「いいよ別に。そんなに遠くないし。来週から一人で通わなきゃなんだし」
「いいから」
「いいって。またね」
ぐいっと宮田を玄関から押しのけて、ドアノブに手をかける。
宮田は観念したように片方の靴から足を抜いた。
「家に着いたら連絡しろよ」
「分かったって」
「合宿から戻ったら連絡する」
「はいはい。じゃーね」
ドアの閉まる音、がちゃり。
最後の夜も一人でこのドアを出て、この音を聞いたんだよね。
もう二度と来ないって、なかなかの決心だったはずなのに。
こんなにも軽く破られるなんて。
二度とないと思っていた「またね」。
やめて、本当にもう。
しかも1週間後って・・・アイツの誕生日じゃん。最悪。
変なこと思い出しちゃった。
整理整頓は苦手。
あれもこれも、散らかっちゃって。
なのにどうしてかな。
ちょっとだけ、心の奥で、苦手でよかったなんて、思ってしまうのは。
END
2024.8.20 高杉R26号