太陽の少年
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9.可哀想な子
有無を言わせぬ千堂の態度に、奈々はただ黙って従うほか無かった。
学校が終わると同時に、千堂に手を引っ張られ、為すがままに歩く。
どうやら、千堂の自宅へ向かっているようだ。
こんな場面を見られたら、ますます"姐御"疑惑が強まってしまう。
自分と千堂は別に、特別な関係にあるわけでもないのに、と奈々は周りをキョロキョロ気にしながら歩いていたが、千堂の方は「留年だけはアカン・・」などとブツブツ呟いて奈々のことなど気にもしていない。
千堂商店、という看板が目に入った。昔ながらの駄菓子屋、といった感じの風情。
表札を見なくても、看板を見ればここが千堂の家だということは明白だ。
「武士!」
「バ、バァちゃん」
「先生から電話あったで。また学校サボりよってからに」
「堪忍してぇな。ワイ、これからベンキョーせなアカンねんから」
孫の口から"勉強"の二文字が飛び出して祖母は思わず驚いた。
それと同時に、なにやら孫には似つかわしくない、普通の女の子が目に入る。
「こ、こんにちは」
奈々が挨拶をすると、祖母は驚いた顔をそのままに
「なんや武士、女の子連れて来おって」
「そんなんちゃう、ワイのセンセーや」
千堂はぶっきらぼうに答えると、無造作に靴を脱いで自宅にあがった。
そして奈々に目配せをして、あがるように指図したあと、おもむろに学ランの上着を脱ぐ。
それから、ポケットからグチャグチャになったプリントを取り出して、ちゃぶ台の上に叩き付けた。
「さ、始めるで」
奈々は置かれたプリントを見て驚愕した。小学生レベルの問題がズラズラと並んでいる。
何を教えればいいのかよくわからないくらいだった。しかし、千堂は真剣な面持ちで奈々を見ている。
「じゃあ、まず、算数・・・じゃなくて数学から」
「おう」
1時間ほど過ぎたころだろうか。
千堂が頭から湯気を出して、「アカン」と叫んで畳に転がった。たかが1時間で、すでにギブアップとでも言いたげな態度だ。
奈々が小さくため息をついて「少し休憩」と言うと、千堂は嬉しそうに飛び起き、台所の方へと飲み物を取りに行った。
奈々はチラリと腕時計を見て5時を回ったことに気づき、
「千堂くん、電話貸してくれる?」
「どないしたんや」
千堂が麦茶を飲みながら答える。
「弟に電話しなきゃいけなくて」
千堂はコップを口に付けたまま、親指で電話の在処を示した。
これまた昔ながらの黒電話だ。
奈々は立ち上がり、自宅の番号を回した。
「・・・あ、もしもし?ねーちゃんだけど。米、炊いておいてくれる?・・・わかるでしょ、そのくらい。・・・そうそう、うん、じゃあよろしくね。7時前には帰るから」
受話器を置くと、チンと小さい音がなった。
千堂はまたちゃぶ台に戻り、ゆっくりと腰を下ろして、奈々に聞いた。
「なんや、アンタがメシ作っとんのか」
「ああ・・・うち、お母さんいないから」
千堂が意外そうな顔をして固まっている。奈々もまたちゃぶ台に戻り腰を下ろして、再度プリントを見ながら、少し説明をくわえる。
「小さいときに、病気で死んじゃってね。だから私が家事やってるんだ」
「ほう」
「じゃあ、続きやるよ」
そういって奈々は赤ペンを持ち、千堂に勉強を教え始めた。
しかし千堂は、先ほどまでの集中力を欠いているようだ。何を言っても、ぼやけた返事しかしない。
やがて、じーっと奈々を観察するように一瞥した後、
「ウチもおかん、おらんねん」
「・・・あれ、お父さんじゃなかったっけ?」
奈々は以前、担任から千堂の父親のことしか聞いたことがなかったので、思わずそう聞き返した。しかし千堂は、なぜ奈々が自分の父親のことを知っているのかと不思議そうな顔をして
「おとんもおらん。二人とも、ワイが小さい頃に死んでもうたわ」
「そ、そうなんだ」
「・・・なんや、ワイのこと可哀想な子みたいな目つきでみとるな」
千堂がギロリと睨む。奈々は慌てて
「そ、そうじゃないよ!でも、二人とも居ないって知らなかったから」
「ワイにはこれが普通やしな、よぉ分からん。バァちゃんがおるし、ええねん」
そういうと、千堂は再びプリントに向かい合い、数学の問題を一生懸命解きはじめた。
奈々はそれを黙ってみながら、千堂が答えに詰まる度、所々でヒントを出す。
「でもまぁ、アンタにはおとんも弟もおるんやし、賑やかやろ」
問題を解きながら千堂が呟く。
「うん・・・でもね、母さんが死んだ後、父さんも弟もダメになっちゃって」
奈々がそう返すと、千堂はピタリと手を止めて奈々の方を見た。
「特に父さんはショックが大きかったみたいで、一時期は仕事も行けなくなっちゃって。当時は弟もまだ小さかったから、私が頑張らなきゃいけなくてさ。今も、二人の面倒見るの大変なのよ」
奈々はそういって笑ったが、千堂の方は全く笑っていない。
再び鉛筆を進め、カリカリと問題を解きながら言う。
「アンタのおとんも、弟も、アンタに甘えられて良かったな」
「うん・・そうだね」
すると千堂が「でけた」と言ってプリントを奈々に差し出した。
奈々は赤ペンでそれをチェックする。その間、暇を持て余した千堂は、手を後ろについて身体を傾けた。
「んで、アンタは誰に甘えんの?」
千堂の言葉に、奈々は思わず固まった。
「・・・別に、そんなの必要なかったから」
奈々が冷たく言い放つと、千堂は
「可哀想やな」
と吐き捨てた。
玄関から、駄菓子を買いに来たと思われる小学生の騒がしい声がする。
千堂は相変わらず奈々をじっと見ていたが、奈々はそれを無視するようにプリントを睨み続けた。
可哀想、だって?
そんなこと、思ったことも無かった。
ふっと心に苛立ちが芽生える。大きく×をつけた回答を、千堂にぶつけるように返す。
「これ、もう一回」
「・・・もう嫌やぁ」
「留年したいの?」
千堂は面倒くさそうに頭を掻いて、再びプリントに向かい合った。
チラリと腕時計を見ると、もうすぐ18時。奈々はすっと立ち上がり、
「私、もう帰らなきゃいけないから。あとは自分でやっておいてね」
すると千堂は、奈々の手首を掴んで引き止め、こういった。
「帰る必要あらへん」
「・・・ご飯作らなきゃいけないのよ」
「勝手に食わせぇ。こっちの方が重要や」
「弟が待ってるのよ?」
奈々が怒り口調で答えると、千堂は奈々を睨むようにして
「アンタの弟は、他人に頼らんと何にもできんのか。可哀想にな」
二度目の"可哀想"に、さすがの奈々も我慢がならない。
自分で考えるより先に、言葉が反射的に出て来た。
「ウチの事情も何も知らないで、余計なお世話よ」
すると千堂はゆっくりと立ち上がって、あざ笑うようにして答えた。
「おとんや弟の世話しとったら、寂しいのが紛れるんやろ?」
「ど、どういう意味よ」
「たまには自分でさせぇ。弟かて男やねんぞ?ほっとけや」
「まだ小学生なんだし、無茶言わないで」
奈々が語気を強めると、千堂は一歩奈々に近づいて、
「ワイかて小学生の頃には両親おらんかった。けど、一人でチキンラーメンくらい作れたもんやで」
そう言われると、奈々は何も言い返すことが出来ない。千堂は奈々を引っ張るようにして無理矢理座らせ、再び問題を解き始めた。
寂しいのが紛れるんやろ?
奈々は、千堂に言われた一言が頭から離れないでいる。
今までの自分を否定されたような気分で心の中は苛立っていたが、その反面、どこか反論できない痛みがズッシリと胸の中にあるのを感じていた。
有無を言わせぬ千堂の態度に、奈々はただ黙って従うほか無かった。
学校が終わると同時に、千堂に手を引っ張られ、為すがままに歩く。
どうやら、千堂の自宅へ向かっているようだ。
こんな場面を見られたら、ますます"姐御"疑惑が強まってしまう。
自分と千堂は別に、特別な関係にあるわけでもないのに、と奈々は周りをキョロキョロ気にしながら歩いていたが、千堂の方は「留年だけはアカン・・」などとブツブツ呟いて奈々のことなど気にもしていない。
千堂商店、という看板が目に入った。昔ながらの駄菓子屋、といった感じの風情。
表札を見なくても、看板を見ればここが千堂の家だということは明白だ。
「武士!」
「バ、バァちゃん」
「先生から電話あったで。また学校サボりよってからに」
「堪忍してぇな。ワイ、これからベンキョーせなアカンねんから」
孫の口から"勉強"の二文字が飛び出して祖母は思わず驚いた。
それと同時に、なにやら孫には似つかわしくない、普通の女の子が目に入る。
「こ、こんにちは」
奈々が挨拶をすると、祖母は驚いた顔をそのままに
「なんや武士、女の子連れて来おって」
「そんなんちゃう、ワイのセンセーや」
千堂はぶっきらぼうに答えると、無造作に靴を脱いで自宅にあがった。
そして奈々に目配せをして、あがるように指図したあと、おもむろに学ランの上着を脱ぐ。
それから、ポケットからグチャグチャになったプリントを取り出して、ちゃぶ台の上に叩き付けた。
「さ、始めるで」
奈々は置かれたプリントを見て驚愕した。小学生レベルの問題がズラズラと並んでいる。
何を教えればいいのかよくわからないくらいだった。しかし、千堂は真剣な面持ちで奈々を見ている。
「じゃあ、まず、算数・・・じゃなくて数学から」
「おう」
1時間ほど過ぎたころだろうか。
千堂が頭から湯気を出して、「アカン」と叫んで畳に転がった。たかが1時間で、すでにギブアップとでも言いたげな態度だ。
奈々が小さくため息をついて「少し休憩」と言うと、千堂は嬉しそうに飛び起き、台所の方へと飲み物を取りに行った。
奈々はチラリと腕時計を見て5時を回ったことに気づき、
「千堂くん、電話貸してくれる?」
「どないしたんや」
千堂が麦茶を飲みながら答える。
「弟に電話しなきゃいけなくて」
千堂はコップを口に付けたまま、親指で電話の在処を示した。
これまた昔ながらの黒電話だ。
奈々は立ち上がり、自宅の番号を回した。
「・・・あ、もしもし?ねーちゃんだけど。米、炊いておいてくれる?・・・わかるでしょ、そのくらい。・・・そうそう、うん、じゃあよろしくね。7時前には帰るから」
受話器を置くと、チンと小さい音がなった。
千堂はまたちゃぶ台に戻り、ゆっくりと腰を下ろして、奈々に聞いた。
「なんや、アンタがメシ作っとんのか」
「ああ・・・うち、お母さんいないから」
千堂が意外そうな顔をして固まっている。奈々もまたちゃぶ台に戻り腰を下ろして、再度プリントを見ながら、少し説明をくわえる。
「小さいときに、病気で死んじゃってね。だから私が家事やってるんだ」
「ほう」
「じゃあ、続きやるよ」
そういって奈々は赤ペンを持ち、千堂に勉強を教え始めた。
しかし千堂は、先ほどまでの集中力を欠いているようだ。何を言っても、ぼやけた返事しかしない。
やがて、じーっと奈々を観察するように一瞥した後、
「ウチもおかん、おらんねん」
「・・・あれ、お父さんじゃなかったっけ?」
奈々は以前、担任から千堂の父親のことしか聞いたことがなかったので、思わずそう聞き返した。しかし千堂は、なぜ奈々が自分の父親のことを知っているのかと不思議そうな顔をして
「おとんもおらん。二人とも、ワイが小さい頃に死んでもうたわ」
「そ、そうなんだ」
「・・・なんや、ワイのこと可哀想な子みたいな目つきでみとるな」
千堂がギロリと睨む。奈々は慌てて
「そ、そうじゃないよ!でも、二人とも居ないって知らなかったから」
「ワイにはこれが普通やしな、よぉ分からん。バァちゃんがおるし、ええねん」
そういうと、千堂は再びプリントに向かい合い、数学の問題を一生懸命解きはじめた。
奈々はそれを黙ってみながら、千堂が答えに詰まる度、所々でヒントを出す。
「でもまぁ、アンタにはおとんも弟もおるんやし、賑やかやろ」
問題を解きながら千堂が呟く。
「うん・・・でもね、母さんが死んだ後、父さんも弟もダメになっちゃって」
奈々がそう返すと、千堂はピタリと手を止めて奈々の方を見た。
「特に父さんはショックが大きかったみたいで、一時期は仕事も行けなくなっちゃって。当時は弟もまだ小さかったから、私が頑張らなきゃいけなくてさ。今も、二人の面倒見るの大変なのよ」
奈々はそういって笑ったが、千堂の方は全く笑っていない。
再び鉛筆を進め、カリカリと問題を解きながら言う。
「アンタのおとんも、弟も、アンタに甘えられて良かったな」
「うん・・そうだね」
すると千堂が「でけた」と言ってプリントを奈々に差し出した。
奈々は赤ペンでそれをチェックする。その間、暇を持て余した千堂は、手を後ろについて身体を傾けた。
「んで、アンタは誰に甘えんの?」
千堂の言葉に、奈々は思わず固まった。
「・・・別に、そんなの必要なかったから」
奈々が冷たく言い放つと、千堂は
「可哀想やな」
と吐き捨てた。
玄関から、駄菓子を買いに来たと思われる小学生の騒がしい声がする。
千堂は相変わらず奈々をじっと見ていたが、奈々はそれを無視するようにプリントを睨み続けた。
可哀想、だって?
そんなこと、思ったことも無かった。
ふっと心に苛立ちが芽生える。大きく×をつけた回答を、千堂にぶつけるように返す。
「これ、もう一回」
「・・・もう嫌やぁ」
「留年したいの?」
千堂は面倒くさそうに頭を掻いて、再びプリントに向かい合った。
チラリと腕時計を見ると、もうすぐ18時。奈々はすっと立ち上がり、
「私、もう帰らなきゃいけないから。あとは自分でやっておいてね」
すると千堂は、奈々の手首を掴んで引き止め、こういった。
「帰る必要あらへん」
「・・・ご飯作らなきゃいけないのよ」
「勝手に食わせぇ。こっちの方が重要や」
「弟が待ってるのよ?」
奈々が怒り口調で答えると、千堂は奈々を睨むようにして
「アンタの弟は、他人に頼らんと何にもできんのか。可哀想にな」
二度目の"可哀想"に、さすがの奈々も我慢がならない。
自分で考えるより先に、言葉が反射的に出て来た。
「ウチの事情も何も知らないで、余計なお世話よ」
すると千堂はゆっくりと立ち上がって、あざ笑うようにして答えた。
「おとんや弟の世話しとったら、寂しいのが紛れるんやろ?」
「ど、どういう意味よ」
「たまには自分でさせぇ。弟かて男やねんぞ?ほっとけや」
「まだ小学生なんだし、無茶言わないで」
奈々が語気を強めると、千堂は一歩奈々に近づいて、
「ワイかて小学生の頃には両親おらんかった。けど、一人でチキンラーメンくらい作れたもんやで」
そう言われると、奈々は何も言い返すことが出来ない。千堂は奈々を引っ張るようにして無理矢理座らせ、再び問題を解き始めた。
寂しいのが紛れるんやろ?
奈々は、千堂に言われた一言が頭から離れないでいる。
今までの自分を否定されたような気分で心の中は苛立っていたが、その反面、どこか反論できない痛みがズッシリと胸の中にあるのを感じていた。