太陽の少年
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8.宿題
「そんな価値のない拳に、私が助けられたなんて思わないで!!!」
奈々の発した言葉は、数日たっても千堂の頭から離れなかった。
自分の拳を「価値がない」と言われたことに、純粋に腹が立つのもあった。
けれど、それ以外に、自分の中で膨らむ何かがある。
確かに自分は、どつき合いが好きだ。
自分の趣味に文句を言われる筋合いはない。
しかし最近は酷く退屈で、それでいて酷く飢えている。
自分の拳の行く先が見えない苛立ち、それも奈々のセリフを頭につきまとわせる原因になっていた。
「なんやぁ、千堂さんエラい機嫌悪いのォ」
「姐御の件からずっとやねん」
「姐御と上手く行ってないんとちゃう?」
「そもそも姐御と付き合うてるんか?誤解やっちゅー話やで?」
こそこそと話をする取り巻きたちを千堂がギロリと睨むと、そのおしゃべりはすぐに消えた。
あれから学校に行く気にもならず、かといって家に居ると祖母に怒られるとあって、千堂は街の中をブラブラしていた。
その後ろをゾロゾロと付いてくる集団。威圧的な光景である。
「千堂ぉ!」
後ろから大きな声で名前を呼ばれるのには慣れっこだった。
自分が振り返る前に、取り巻きの連中が先に反応する。
「なんやぁ!何しに来よったぁ!」
どこぞの腕自慢が来たのかと振り返ってみると、そこに居たのは、何となく見慣れた人物。
「エラい探したで千堂!お前、そろそろ真面目に学校来んと留年確実やで!」
必死な表情でそう叫んでいるのは、担任の教師だった。
「めんどくさいねん、留年でもなんでもしたらええ」
千堂が興味なさそうに答えると、担任はさらに続けた。
「アホォ!!留年したらバァちゃん悲しむやろ!早よ学校出てこい!」
祖母の名前を出されて、千堂は思わず自分が留年して祖母に怒られる図を想像した。
がっくりとうなだれて、学校の方へと足を向ける。
「全く、家はちゃんと出てくるくせに学校には来ぇへんから、電話も通じんし探すの大変や」
「家におるとバァちゃんがうるさいねん、しゃーないやろ」
担任とそろって学校に付き、そのまま促されて職員室へ行く。
取り巻き連中もバラバラと解散していき、千堂一人になった。
職員室に千堂が入ると、一瞬張りつめたような空気が走った。
学校一の問題児の登場である。誰もが目を合わせないように、仕事に集中するかのようなフリをし始めた。
しかし担任はそれほど態度を変えない。椅子に座り、くるりと千堂の方を向いていった。
「千堂お前、こないだの試験来ぇへんかったやろ?追試せな単位やれへんのや、頑張れな」
「し、試験やと!?」
「出す問題は全部事前に教えてやるさかい、丸暗記すれば大丈夫や。バァちゃんのためにも受からんと」
千堂は期末試験に来なかったせいで、2学期の単位がもらえないという危機に立たされていた。
担任は何枚かのプリントを千堂に手渡し「最低これだけ覚えてこい、宿題な」と言付けた。
千堂は面白くなさそうにそれを受け取って、担任の席から離れようとした。
その矢先、なにやら書類を手にした奈々と、文字通りバッタリと出くわした。
一瞬目が合ったものの、お互いに何かを話すわけでもない。
刃物と刃物がにらみ合うような緊張感を互いの中に発しながらすれ違う。
「先生、書類持って来ました」
「おー、エラい早かったなぁ」
「ええ、一刻も早く転校したいんで」
転校?
聞き慣れない言葉に、千堂の足が一旦止まった。
「しかし、運良く公立の空きが出てよかったなぁ」
「元はといえば、願書出し間違えた父親が悪いんですよ」
「そやなあ、あれは傑作やった。ほな、手続きは任せぇ」
奈々は担任に書類を渡して、くるりと振り返ったところにまだ千堂がいたことに気づいて少し驚いた。
驚きつつも無視するように通りすぎようとすると、千堂は奈々の肩をがしっと掴んで、
「転校ってなんや?」
「・・・・別の学校に通うこと」
「アホか!そういう意味とちゃう」
「関係ないでしょ」
冷たく言い放ってその場を去ろうとする奈々の腕を、千堂が強くひっぱって引き止める。
「なんやその言い方、どういうことかって聞いとるんや!」
「だから関係ないでしょ!」
「転校ってどういうことや!説明せえ!」
学校一の問題児と学校一の優等生の、まさかの職員室でのケンカに、教師たちはざわついた。
ざわついたのは騒ぎについてはもちろんだが、千堂相手にこういう態度を取れる生徒、しかも女生徒というのを、初めて目撃したからだ。
「お前らぁ、迷惑やで。外でやりぃ」
担任がぼそりとつぶやくと、奈々は千堂の手を振りほどいて、ドスドスと怒りをあらわにした足取りで職員室を出て行った。
「高杉、お前、転校すんのか」
「そうよ」
「せやけど、来たばっかやろ?」
「間違って来ちゃっただけよ」
席に戻っても、千堂の席は隣だ。質問は終わらない。
もし隣でなくても、授業中にも関わらず、きっとしつこく聞いて来ただろうけれど。
今日は、取り巻きの連中は居ない。
というのも、先ほど千堂が「邪魔や」と一蹴したせいで、皆一斉に居なくなってしまっただけのことだ。
「いつや」
「え?」
「いつまで居るんや」
千堂はいつになく、自分のことを根掘り葉掘り聞いてくるなと奈々は不思議に思った。
「2学期の終わりまでだから、あと1ヶ月」
「早っ!なんでそんなに急ぐねん!?気楽な学校でええやないか!」
自分は全然来てないくせに、と思いながら奈々が言い返す。
「誰かさんのおかげで危ない目に遭ったし、早くこんなとこ出て行きたいだけよ」
そういうと、千堂は黙り込んでしまった。
そして、何かを考えるようにちょっと下を向いたかと思うと、ふと立ち上がって、
「屋上」
「え?」
「おーくーじょーうー」
「・・・だから何よ?」
奈々が苛立って答えると、千堂は奈々の手を強引に掴んで引っぱり、そのまま引きずるようにして教室を出た。
「ちょっと何よ?」
「ええから来い!」
屋上の扉を開けると、他に授業をサボっていると思われる何人かの不良たちが居たものの、千堂の姿を見るなり、皆すぐにタバコの火を消したり、立ち上がったりして、屋上から去って行った。
「なんなのよ!?」
千堂の手を振りほどいて奈々が聞くと、千堂はギリっと奥歯を噛むように一旦間を置いて、それから意を決したように顔を上げて言った。
「すまんかった」
「・・・え?」
「こないだ、すまんかった」
千堂が謝っているのは、先日の拉致事件についてだろうということは、奈々にもすぐ理解できた。
「けどな、ワイ、アホやからよぉわからんねん」
そういうと千堂はその場に腰を下ろし、深くため息をついた。
「ワイのせいであんな目に遭ったのは悪かったと思うとるよ。せやけど、ワイの拳・・・」
千堂は目の前で拳を握り、それを見つめながらつぶやいた。
「価値がないって、どういう意味やねん」
千堂はやや険しい目つきで奈々を睨んだ。
自分の拳をそんな風に言われて、少なからずプライドが傷ついているのだろう。
答えを聞くまではこの檻から出さない、そんな動物的な威嚇すらも感じる。
「甘えんじゃないわよ」
「・・・・なんやと?」
「そんなの、自分で考えなさいよ」
「考えても分からんから聞いとるんや!」
千堂は再び立ち上がって、奈々に詰め寄った。
奈々は思わず後ずさりし、入り口の壁にもたれた。
そこに逃げ場を奪うように、千堂は片手を付いた。
「自分の拳をそんなん言われたんは、初めてや。説明せぇ」
千堂の真剣な目つきが、すぐ近くで奈々を捉える。
身長こそそれほど高くないのに、この男の迫力はどんな男よりも大きい気がする。
血管の浮き出た首筋、頑丈そうな腕、近くでみるとやはり、その強さを証明するものを持っているなと奈々は思った。
「千堂くんは・・・」
「なんや」
「強いって意味、分かってないよ」
奈々の言葉は、千堂の期待しているものとは違ったらしい。
全く意味が分からないというように、千堂が再度詰め寄って聞く。
「どういう意味や?」
「それは宿題にします」
奈々が真剣なまなざしで答え、それからニコっと笑うと、千堂は観念したように両手を降ろした。
「変な女やな」
「失礼ね」
「まあええ、宿題か・・・・!!しゅ、宿題!?」
その瞬間、千堂は無邪気な子供のような表情に戻り、頭を抱えて焦りを隠しきれないでいる。
「ど、どうしたの?」
「アカン、ワイ、試験受けなならんのや!センセーに渡された宿題やらな・・・・」
そうしてウロウロとその場をさまよった後、千堂はハッと思いついたように奈々を見て、パンと手を合わせて頭を下げた。
「手伝うてくれ!!」
先ほどの迫力と、このコミカルさのギャップに、奈々が面食らったのは言うまでもない。
「そんな価値のない拳に、私が助けられたなんて思わないで!!!」
奈々の発した言葉は、数日たっても千堂の頭から離れなかった。
自分の拳を「価値がない」と言われたことに、純粋に腹が立つのもあった。
けれど、それ以外に、自分の中で膨らむ何かがある。
確かに自分は、どつき合いが好きだ。
自分の趣味に文句を言われる筋合いはない。
しかし最近は酷く退屈で、それでいて酷く飢えている。
自分の拳の行く先が見えない苛立ち、それも奈々のセリフを頭につきまとわせる原因になっていた。
「なんやぁ、千堂さんエラい機嫌悪いのォ」
「姐御の件からずっとやねん」
「姐御と上手く行ってないんとちゃう?」
「そもそも姐御と付き合うてるんか?誤解やっちゅー話やで?」
こそこそと話をする取り巻きたちを千堂がギロリと睨むと、そのおしゃべりはすぐに消えた。
あれから学校に行く気にもならず、かといって家に居ると祖母に怒られるとあって、千堂は街の中をブラブラしていた。
その後ろをゾロゾロと付いてくる集団。威圧的な光景である。
「千堂ぉ!」
後ろから大きな声で名前を呼ばれるのには慣れっこだった。
自分が振り返る前に、取り巻きの連中が先に反応する。
「なんやぁ!何しに来よったぁ!」
どこぞの腕自慢が来たのかと振り返ってみると、そこに居たのは、何となく見慣れた人物。
「エラい探したで千堂!お前、そろそろ真面目に学校来んと留年確実やで!」
必死な表情でそう叫んでいるのは、担任の教師だった。
「めんどくさいねん、留年でもなんでもしたらええ」
千堂が興味なさそうに答えると、担任はさらに続けた。
「アホォ!!留年したらバァちゃん悲しむやろ!早よ学校出てこい!」
祖母の名前を出されて、千堂は思わず自分が留年して祖母に怒られる図を想像した。
がっくりとうなだれて、学校の方へと足を向ける。
「全く、家はちゃんと出てくるくせに学校には来ぇへんから、電話も通じんし探すの大変や」
「家におるとバァちゃんがうるさいねん、しゃーないやろ」
担任とそろって学校に付き、そのまま促されて職員室へ行く。
取り巻き連中もバラバラと解散していき、千堂一人になった。
職員室に千堂が入ると、一瞬張りつめたような空気が走った。
学校一の問題児の登場である。誰もが目を合わせないように、仕事に集中するかのようなフリをし始めた。
しかし担任はそれほど態度を変えない。椅子に座り、くるりと千堂の方を向いていった。
「千堂お前、こないだの試験来ぇへんかったやろ?追試せな単位やれへんのや、頑張れな」
「し、試験やと!?」
「出す問題は全部事前に教えてやるさかい、丸暗記すれば大丈夫や。バァちゃんのためにも受からんと」
千堂は期末試験に来なかったせいで、2学期の単位がもらえないという危機に立たされていた。
担任は何枚かのプリントを千堂に手渡し「最低これだけ覚えてこい、宿題な」と言付けた。
千堂は面白くなさそうにそれを受け取って、担任の席から離れようとした。
その矢先、なにやら書類を手にした奈々と、文字通りバッタリと出くわした。
一瞬目が合ったものの、お互いに何かを話すわけでもない。
刃物と刃物がにらみ合うような緊張感を互いの中に発しながらすれ違う。
「先生、書類持って来ました」
「おー、エラい早かったなぁ」
「ええ、一刻も早く転校したいんで」
転校?
聞き慣れない言葉に、千堂の足が一旦止まった。
「しかし、運良く公立の空きが出てよかったなぁ」
「元はといえば、願書出し間違えた父親が悪いんですよ」
「そやなあ、あれは傑作やった。ほな、手続きは任せぇ」
奈々は担任に書類を渡して、くるりと振り返ったところにまだ千堂がいたことに気づいて少し驚いた。
驚きつつも無視するように通りすぎようとすると、千堂は奈々の肩をがしっと掴んで、
「転校ってなんや?」
「・・・・別の学校に通うこと」
「アホか!そういう意味とちゃう」
「関係ないでしょ」
冷たく言い放ってその場を去ろうとする奈々の腕を、千堂が強くひっぱって引き止める。
「なんやその言い方、どういうことかって聞いとるんや!」
「だから関係ないでしょ!」
「転校ってどういうことや!説明せえ!」
学校一の問題児と学校一の優等生の、まさかの職員室でのケンカに、教師たちはざわついた。
ざわついたのは騒ぎについてはもちろんだが、千堂相手にこういう態度を取れる生徒、しかも女生徒というのを、初めて目撃したからだ。
「お前らぁ、迷惑やで。外でやりぃ」
担任がぼそりとつぶやくと、奈々は千堂の手を振りほどいて、ドスドスと怒りをあらわにした足取りで職員室を出て行った。
「高杉、お前、転校すんのか」
「そうよ」
「せやけど、来たばっかやろ?」
「間違って来ちゃっただけよ」
席に戻っても、千堂の席は隣だ。質問は終わらない。
もし隣でなくても、授業中にも関わらず、きっとしつこく聞いて来ただろうけれど。
今日は、取り巻きの連中は居ない。
というのも、先ほど千堂が「邪魔や」と一蹴したせいで、皆一斉に居なくなってしまっただけのことだ。
「いつや」
「え?」
「いつまで居るんや」
千堂はいつになく、自分のことを根掘り葉掘り聞いてくるなと奈々は不思議に思った。
「2学期の終わりまでだから、あと1ヶ月」
「早っ!なんでそんなに急ぐねん!?気楽な学校でええやないか!」
自分は全然来てないくせに、と思いながら奈々が言い返す。
「誰かさんのおかげで危ない目に遭ったし、早くこんなとこ出て行きたいだけよ」
そういうと、千堂は黙り込んでしまった。
そして、何かを考えるようにちょっと下を向いたかと思うと、ふと立ち上がって、
「屋上」
「え?」
「おーくーじょーうー」
「・・・だから何よ?」
奈々が苛立って答えると、千堂は奈々の手を強引に掴んで引っぱり、そのまま引きずるようにして教室を出た。
「ちょっと何よ?」
「ええから来い!」
屋上の扉を開けると、他に授業をサボっていると思われる何人かの不良たちが居たものの、千堂の姿を見るなり、皆すぐにタバコの火を消したり、立ち上がったりして、屋上から去って行った。
「なんなのよ!?」
千堂の手を振りほどいて奈々が聞くと、千堂はギリっと奥歯を噛むように一旦間を置いて、それから意を決したように顔を上げて言った。
「すまんかった」
「・・・え?」
「こないだ、すまんかった」
千堂が謝っているのは、先日の拉致事件についてだろうということは、奈々にもすぐ理解できた。
「けどな、ワイ、アホやからよぉわからんねん」
そういうと千堂はその場に腰を下ろし、深くため息をついた。
「ワイのせいであんな目に遭ったのは悪かったと思うとるよ。せやけど、ワイの拳・・・」
千堂は目の前で拳を握り、それを見つめながらつぶやいた。
「価値がないって、どういう意味やねん」
千堂はやや険しい目つきで奈々を睨んだ。
自分の拳をそんな風に言われて、少なからずプライドが傷ついているのだろう。
答えを聞くまではこの檻から出さない、そんな動物的な威嚇すらも感じる。
「甘えんじゃないわよ」
「・・・・なんやと?」
「そんなの、自分で考えなさいよ」
「考えても分からんから聞いとるんや!」
千堂は再び立ち上がって、奈々に詰め寄った。
奈々は思わず後ずさりし、入り口の壁にもたれた。
そこに逃げ場を奪うように、千堂は片手を付いた。
「自分の拳をそんなん言われたんは、初めてや。説明せぇ」
千堂の真剣な目つきが、すぐ近くで奈々を捉える。
身長こそそれほど高くないのに、この男の迫力はどんな男よりも大きい気がする。
血管の浮き出た首筋、頑丈そうな腕、近くでみるとやはり、その強さを証明するものを持っているなと奈々は思った。
「千堂くんは・・・」
「なんや」
「強いって意味、分かってないよ」
奈々の言葉は、千堂の期待しているものとは違ったらしい。
全く意味が分からないというように、千堂が再度詰め寄って聞く。
「どういう意味や?」
「それは宿題にします」
奈々が真剣なまなざしで答え、それからニコっと笑うと、千堂は観念したように両手を降ろした。
「変な女やな」
「失礼ね」
「まあええ、宿題か・・・・!!しゅ、宿題!?」
その瞬間、千堂は無邪気な子供のような表情に戻り、頭を抱えて焦りを隠しきれないでいる。
「ど、どうしたの?」
「アカン、ワイ、試験受けなならんのや!センセーに渡された宿題やらな・・・・」
そうしてウロウロとその場をさまよった後、千堂はハッと思いついたように奈々を見て、パンと手を合わせて頭を下げた。
「手伝うてくれ!!」
先ほどの迫力と、このコミカルさのギャップに、奈々が面食らったのは言うまでもない。