太陽の少年
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6.鬼
「千堂さん!」
千堂がどこにいるか、というのはとても分かりやすい。
というのも、ヤンキーたちがぞろぞろと集まっている賑やかなところ、その中心に居るからだ。
千堂は別に、付いてこいと声をかけたことも、わざわざ人を集めたこともない。
ただ、彼らの方が千堂を慕ってついてくる。
そして、彼ら不良どもに近づく者は居ない。
迷惑そうに、かつおびえた表情で、遠く離れて我関せずと歩く人ばかりだ。
「どないしたんや」
「騒がしいのう」
千堂の代わりに別の不良が答える。
駆け込んできた方は、顔に殴られたようなアザをつくり、息も切れ切れだ。
「ミナミの奴らが・・千堂さんを呼んでるんや」
「またかいな。ほっとけや」
「ち、違うんや・・・その・・・女を・・・」
「あ?」
女、という単語を聞いた瞬間だった。
座っていた千堂が立ち上がると、周りは道をあけるようにさっと身を引いた。
「なんや、言うてみぃ」
ポケットに手を突っ込みながら、千堂が真剣な顔をして聞く。
不良はガクッと腰をおとして、地面に跪きながら言った。
「女、取り返しに、倉庫群まで来いって・・・・」
その言葉に、不良たちがざわめき始めた。
「ワイには女なんておらん」
「さらわれたんは・・・あ、姐御です!」
「姐御?」
「千堂さんの隣の席の、高杉奈々です!」
奈々の名前を聞くやいなや、千堂の形相が激しく変わったのが分かった。
返事をする間もなく、千堂が走り出す。
そうして取り巻きの連中も慌てたように千堂を追いかけた。
「千堂さんがキレよった!」
「数集めんか!戦争やで!」
*****
「アンタが千堂の女か」
「・・・・残念ながら、全然違いますけど」
「いや、確かにこいつです!高杉奈々!」
下っ端の一人が、奈々のポケットから学生証を取り出して名前を確認する。
どうやら、奈々は知らないところでちょっとした有名人になっていたらしい。
「なんの間違いか知らないけど、私は別に・・・」
「アンタがアレの女でもそうでなくても、どうでもええねん。アレが来ればの」
薄暗い倉庫の中。手を縄で縛られて、奈々は身動きが取れない。
不良には慣れていると思っていても、こんなシチュエーションは生まれて初めてだ。
頭では冷静を装っていても、体の芯から震えが止まらない。
ただ、おびえたような顔を見せるのだけは、どうしても嫌だった。
キッと睨むような目線を相手に送ると、バカにしたような笑いが返って来た。
自分が逃げ出さないように、左右に1人ずつ、そしてボスらしき大男が1人。
ざっと見渡して、自分の周りには10人ほどの不良がいる。
そして、倉庫の表には、大勢の不良が集まっているらしい。
「マーくん!千堂のやつ、来よった!」
誰かが倉庫をガラりと開けて叫ぶと、マーくんと呼ばれたボス格の大男が士気を上げるような雄叫びを発した。
「殺ったれや!」
倉庫の表で、激しい乱闘の音がする。
殴り合う音、何かがつぶれるような鈍い音、金属の音、うめき声や叫び声。
扉が閉まっていて、外の様子は分からない。
「100人集めたからの。いくら千堂でもこれはムリやろ」
周りの連中は、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべていた。
しばらくして、再度倉庫の扉が空き、体を引きずるように這い出てきた誰かが叫んだ。
「アカン!止められへん!来るでぇ!!!」
その背中を蹴って沸いた黒い影が、逆光の中に浮かぶ。
スローモーションのようにズルズルと崩れる身体。
扉が完全に開いて見えたのは、横たわる数十人もの不良たちと、その上に立つ数人の男たち。
「100人程度でキタ止められると思うたか?」
「相変わらずミナミは弱いのう」
あざ笑いながら歩みを進めて来たのは、いつも千堂を取り巻いている男たち。
そして、その中央で鬼のような形相を浮かべているのが、千堂だ。
「用があるんは千堂だけや。引かんかいワレェ」
「お前ごとき、千堂さんがやるまでもないんじゃ」
「そうや!早よ姐御を離さんかい!」
姐御という単語を聞いて、奈々はこんな状況にありながらも、思わず笑ってしまいそうになった。
どこの極道映画だと思う状況が、まさに今、目の前で起こっているのだから。
しかし、そんな奈々の安堵を一瞬にして無にする出来事が起きた。
"マーくん"が、いきなり自分の首筋にナイフを向けて来たのだ。
「千堂一人で来い。他の奴らが手ェ出したら、この女、引き裂くで」
無言になった倉庫内で、不良たちがゴクリと唾を飲んだのが分かった。
先に前に出て来ていた千堂の取り巻きが、ゆっくりと後ろを振り返る。
すると千堂が指の関節を鳴らしながら、ゆっくりと前に出て来て言った。
「そっちは何人や?まさかワレ一人やないやろな?退屈すぎて話にならん」
「ぬかせボケが!今日こそ殺ったるからなァ!」
奈々にナイフを突きつけている"マーくん"以外が、一斉に千堂に襲いかかる。
中には、刃物や鉄パイプを持っているのもいる。
千堂は四方八方から来る攻撃を巧みに避け、あるいは受け堪えながら、重たそうな拳を次々にめり込ませていった。
そこには猫と戯れる無邪気な顔はなく、あるのは血に飢えた鬼のような表情だった。
奈々は思わず寒気がした。
鉄パイプで頭を殴られても、くるりと向きを変えて相手の顔面に拳を打つ。
頭から血を流しているのに、何度も殴られているのにも関わらず、その表情は酷く楽しそうに見える。
相手に自分の拳がめり込むたびに、笑みをこぼす。狂人のようだと奈々は思った。
そして、最後の一人がとうとう立てなくなり、全員が床に付したときのことだった。
千堂がのそりと"マーくん"に近づき、立ち上がるように指で合図をする。
"マーくん"は驚きの表情を隠しきれなかったが、仲間は全員倒れ、自分は敵に囲まれている。
なす術のないことを悟り、奈々に向けたナイフを更に顔に近づけて吠えた。
「近づいてみぃ!この女の顔に傷つけたるからなァ!」
すると千堂は近づく足を止め、グッと拳を握って、ニヤリと笑った。
「やってみぃ。殺したるわ」
"マーくん"が恐怖のあまり怯んだ隙に、千堂はものすごい早さで距離をつめ、ナイフを取り上げて顔面を殴りつけた。
血しぶきが奈々の頬に飛んだのが分かった。そして2度、3度と鈍い音が響いた。
相手が動かなくなったのが分かると、千堂は拳を止めた。
倉庫内は完全に沈黙し、すべての人間が千堂を見つめているのが分かった。
「縄、ほどいたれや」
千堂がぐるりと振り返り言うも、誰も返事をしない。
「早よせぇっ!」
「は、はいっ!!」
千堂の取り巻き連中が、奈々の手首に縛られたロープを緩めた。
その間に、千堂がつかつかとこちらに向かってきた。
すっと目の前に差し出された、分厚い手。
以前、屋上でリンチに遭った際にも、差し出されたあの手。
でもあのときと違うのは、千堂の手のひらは、誰のものか分からない血で酷く汚れていた。
「立てるか」
奈々は、千堂の手を掴むことが出来なかった。
たった今、目の前で繰り広げられた乱闘。
血を流して倒れる男たち。
純粋に、恐怖を感じた。
足がすくんで動けない。腰も抜けているようだった。
「お前ら、後始末しとけや」
千堂はそういうと、奈々の身体を持ち上げるように引っぱり、そのまま背負った。
奈々は考える暇もなく千堂におぶわれ、何がなんだか分からないでいる。
倉庫の外に出ると、太陽がまぶしく、奈々は思わず目を細めた。
そして次に目を開けたときに見えたのは、大量に横たわる男たち。
千堂の背中から微かに香る、血のにおい。
彼が、大阪中のヤンキーに狙われ、あるいは疎まれ、あるいは崇められる理由を垣間見た気がした。
「千堂さん!」
千堂がどこにいるか、というのはとても分かりやすい。
というのも、ヤンキーたちがぞろぞろと集まっている賑やかなところ、その中心に居るからだ。
千堂は別に、付いてこいと声をかけたことも、わざわざ人を集めたこともない。
ただ、彼らの方が千堂を慕ってついてくる。
そして、彼ら不良どもに近づく者は居ない。
迷惑そうに、かつおびえた表情で、遠く離れて我関せずと歩く人ばかりだ。
「どないしたんや」
「騒がしいのう」
千堂の代わりに別の不良が答える。
駆け込んできた方は、顔に殴られたようなアザをつくり、息も切れ切れだ。
「ミナミの奴らが・・千堂さんを呼んでるんや」
「またかいな。ほっとけや」
「ち、違うんや・・・その・・・女を・・・」
「あ?」
女、という単語を聞いた瞬間だった。
座っていた千堂が立ち上がると、周りは道をあけるようにさっと身を引いた。
「なんや、言うてみぃ」
ポケットに手を突っ込みながら、千堂が真剣な顔をして聞く。
不良はガクッと腰をおとして、地面に跪きながら言った。
「女、取り返しに、倉庫群まで来いって・・・・」
その言葉に、不良たちがざわめき始めた。
「ワイには女なんておらん」
「さらわれたんは・・・あ、姐御です!」
「姐御?」
「千堂さんの隣の席の、高杉奈々です!」
奈々の名前を聞くやいなや、千堂の形相が激しく変わったのが分かった。
返事をする間もなく、千堂が走り出す。
そうして取り巻きの連中も慌てたように千堂を追いかけた。
「千堂さんがキレよった!」
「数集めんか!戦争やで!」
*****
「アンタが千堂の女か」
「・・・・残念ながら、全然違いますけど」
「いや、確かにこいつです!高杉奈々!」
下っ端の一人が、奈々のポケットから学生証を取り出して名前を確認する。
どうやら、奈々は知らないところでちょっとした有名人になっていたらしい。
「なんの間違いか知らないけど、私は別に・・・」
「アンタがアレの女でもそうでなくても、どうでもええねん。アレが来ればの」
薄暗い倉庫の中。手を縄で縛られて、奈々は身動きが取れない。
不良には慣れていると思っていても、こんなシチュエーションは生まれて初めてだ。
頭では冷静を装っていても、体の芯から震えが止まらない。
ただ、おびえたような顔を見せるのだけは、どうしても嫌だった。
キッと睨むような目線を相手に送ると、バカにしたような笑いが返って来た。
自分が逃げ出さないように、左右に1人ずつ、そしてボスらしき大男が1人。
ざっと見渡して、自分の周りには10人ほどの不良がいる。
そして、倉庫の表には、大勢の不良が集まっているらしい。
「マーくん!千堂のやつ、来よった!」
誰かが倉庫をガラりと開けて叫ぶと、マーくんと呼ばれたボス格の大男が士気を上げるような雄叫びを発した。
「殺ったれや!」
倉庫の表で、激しい乱闘の音がする。
殴り合う音、何かがつぶれるような鈍い音、金属の音、うめき声や叫び声。
扉が閉まっていて、外の様子は分からない。
「100人集めたからの。いくら千堂でもこれはムリやろ」
周りの連中は、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべていた。
しばらくして、再度倉庫の扉が空き、体を引きずるように這い出てきた誰かが叫んだ。
「アカン!止められへん!来るでぇ!!!」
その背中を蹴って沸いた黒い影が、逆光の中に浮かぶ。
スローモーションのようにズルズルと崩れる身体。
扉が完全に開いて見えたのは、横たわる数十人もの不良たちと、その上に立つ数人の男たち。
「100人程度でキタ止められると思うたか?」
「相変わらずミナミは弱いのう」
あざ笑いながら歩みを進めて来たのは、いつも千堂を取り巻いている男たち。
そして、その中央で鬼のような形相を浮かべているのが、千堂だ。
「用があるんは千堂だけや。引かんかいワレェ」
「お前ごとき、千堂さんがやるまでもないんじゃ」
「そうや!早よ姐御を離さんかい!」
姐御という単語を聞いて、奈々はこんな状況にありながらも、思わず笑ってしまいそうになった。
どこの極道映画だと思う状況が、まさに今、目の前で起こっているのだから。
しかし、そんな奈々の安堵を一瞬にして無にする出来事が起きた。
"マーくん"が、いきなり自分の首筋にナイフを向けて来たのだ。
「千堂一人で来い。他の奴らが手ェ出したら、この女、引き裂くで」
無言になった倉庫内で、不良たちがゴクリと唾を飲んだのが分かった。
先に前に出て来ていた千堂の取り巻きが、ゆっくりと後ろを振り返る。
すると千堂が指の関節を鳴らしながら、ゆっくりと前に出て来て言った。
「そっちは何人や?まさかワレ一人やないやろな?退屈すぎて話にならん」
「ぬかせボケが!今日こそ殺ったるからなァ!」
奈々にナイフを突きつけている"マーくん"以外が、一斉に千堂に襲いかかる。
中には、刃物や鉄パイプを持っているのもいる。
千堂は四方八方から来る攻撃を巧みに避け、あるいは受け堪えながら、重たそうな拳を次々にめり込ませていった。
そこには猫と戯れる無邪気な顔はなく、あるのは血に飢えた鬼のような表情だった。
奈々は思わず寒気がした。
鉄パイプで頭を殴られても、くるりと向きを変えて相手の顔面に拳を打つ。
頭から血を流しているのに、何度も殴られているのにも関わらず、その表情は酷く楽しそうに見える。
相手に自分の拳がめり込むたびに、笑みをこぼす。狂人のようだと奈々は思った。
そして、最後の一人がとうとう立てなくなり、全員が床に付したときのことだった。
千堂がのそりと"マーくん"に近づき、立ち上がるように指で合図をする。
"マーくん"は驚きの表情を隠しきれなかったが、仲間は全員倒れ、自分は敵に囲まれている。
なす術のないことを悟り、奈々に向けたナイフを更に顔に近づけて吠えた。
「近づいてみぃ!この女の顔に傷つけたるからなァ!」
すると千堂は近づく足を止め、グッと拳を握って、ニヤリと笑った。
「やってみぃ。殺したるわ」
"マーくん"が恐怖のあまり怯んだ隙に、千堂はものすごい早さで距離をつめ、ナイフを取り上げて顔面を殴りつけた。
血しぶきが奈々の頬に飛んだのが分かった。そして2度、3度と鈍い音が響いた。
相手が動かなくなったのが分かると、千堂は拳を止めた。
倉庫内は完全に沈黙し、すべての人間が千堂を見つめているのが分かった。
「縄、ほどいたれや」
千堂がぐるりと振り返り言うも、誰も返事をしない。
「早よせぇっ!」
「は、はいっ!!」
千堂の取り巻き連中が、奈々の手首に縛られたロープを緩めた。
その間に、千堂がつかつかとこちらに向かってきた。
すっと目の前に差し出された、分厚い手。
以前、屋上でリンチに遭った際にも、差し出されたあの手。
でもあのときと違うのは、千堂の手のひらは、誰のものか分からない血で酷く汚れていた。
「立てるか」
奈々は、千堂の手を掴むことが出来なかった。
たった今、目の前で繰り広げられた乱闘。
血を流して倒れる男たち。
純粋に、恐怖を感じた。
足がすくんで動けない。腰も抜けているようだった。
「お前ら、後始末しとけや」
千堂はそういうと、奈々の身体を持ち上げるように引っぱり、そのまま背負った。
奈々は考える暇もなく千堂におぶわれ、何がなんだか分からないでいる。
倉庫の外に出ると、太陽がまぶしく、奈々は思わず目を細めた。
そして次に目を開けたときに見えたのは、大量に横たわる男たち。
千堂の背中から微かに香る、血のにおい。
彼が、大阪中のヤンキーに狙われ、あるいは疎まれ、あるいは崇められる理由を垣間見た気がした。