太陽の少年
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20.太陽
「久しぶりやな、この家も」
奈々の自宅までの帰り道、千堂がボソリと呟いた。
「ようけ送っていかされたもんやわ」
「・・・一度も頼んだ覚えはないけど」
「黙って送るんが男やないか」
奈々の言葉に、千堂は面白くなさそうに声をあげる。
そうするうちに自宅前についたものの、千堂は相変わらず帰るそぶりを見せない。
「着いたけど」
「おう、あがれや」
自分の家のように言い放つ千堂に、がっくりと肩を落としながら、自宅のドアを開けた。
その途端、カレーのおいしそうな匂いがドアの隙間から漏れて来て、遠くから
「あ、ねーちゃんおかえり」
という声が聞こえた。
「よぉ。元気しとったかぁ~?」
千堂が玄関からそう叫ぶと、台所からガチャンと音がして、慌てたように弟が廊下へ飛び出してきた。
「お、お前、あのときのヤンキー!」
「久しぶりやのぉ」
「ねーちゃん、まだあいつと続いてたの!?」
千堂に向かって失礼な口をきいた弟をペシンと叩いて、奈々が
「あいつじゃなくて、"千堂さん"でしょ?」
「・・・こんばんは、千堂さん」
「おう。なんや、男前になったな」
千堂に褒められて、弟は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
そんな弟の姿をみて、奈々もまた嬉しさを隠しきれなかった。
「おぉ、奈々、帰ってたのか?」
リビングからそう言いながら出て来た父親が、千堂の顔を見て一瞬怯んだのが分かった。
「・・・せ、千堂くんだったっけね。ひ、久しぶり」
「どうも、久しぶりです」
千堂が自分の父親にまともに挨拶をしたので、奈々は少々驚いた。
父親は千堂がなぜここにいるのかと、体をガチガチに固めたまま動けないでいたが、千堂はじーっと観察するように父親を見て、それから急に姿勢を改めて言った。
「お父さん、昔は生意気言うて、えらいすんませんでした」
「い、いや・・・むしろ、礼を言わなきゃ行けないのはこちらで・・・」
父親の話を遮るように、千堂が続ける。
「せやけど、アレ、ホンマですから」
「・・・・なんだい?」
父親と千堂の交互を見ながら、奈々は会話の行く末を見守った。
しかし、千堂が何を言おうとしているのか、さっぱり検討が着かない。
すると千堂は、すうっと深呼吸をしてから
「あんたの娘は、そのうちワイの嫁になるさかい。よろしゅうたのんますわ」
父親どころか、弟も、そして奈々自身も、その言葉にただただ呆然とした。
「ほな、失礼しますー。高杉、またな」
千堂の出て行く姿を眺めながら、ハッと気がついた奈々が慌てて追いかける。マンションの廊下にパタパタと騒がしい音が響く。
「ちょっと、千堂くん!」
「なんやぁ」
いつもと逆のパターンで、奈々が千堂の腕を掴んで振り向かせると、千堂は面倒くさそうに答えた。
「さっきの、どういうことよ」
「さっきのってなんや」
「よ、よ、嫁がどうのって・・・・別に、私たち、つ、付き合ってるわけでもないのに」
すると千堂がはぁ、とおどけたため息をついて、奈々の頬を軽くつねった。
「アホちゃうか」
「にゃ、にゃにひょう」
「何よう」と言いたいのに頬をつねられて上手くしゃべれない。
奈々の言葉に、千堂はニヤニヤといたずらっぽい笑顔を浮かべている。
「顔に書いてあんで」
「にゃ、にゃにが」
すると千堂は、つねった指を離して、人差し指で頬をなぞりながら言った。
「ワイのことが大好きやって」
獲物を見つけたような、イタズラ好きな子虎のような目をして千堂が呟く。
奈々はしばしその場に固まって、千堂の人差し指を掴んで、間接とは逆の方向に曲げた。
「あたたたた!!何すんねん!」
「知らないっ」
あまりの恥ずかしさに、奈々は自分でも見る見るうちに顔が赤くなって行くのが分かった。
指を押さえて痛がる千堂を背に、奈々は自宅へ戻ろうと歩き始めた。
「高杉、ちょい待ち」
ガッと腕を掴まれて、奈々は後ろのめりに倒れそうになった。
その両肩を千堂が掴んで、自分の頬を指差して奈々に近づけて言った。
「ほら、ワイにも書いてあるやろ」
「何がよ」
「ええから読め」
奈々にはもちろん、答えは分かっていた。しかし、そのまま言うのも何となく癪である。
自分の気持ちは相手にバレバレで、もちろん相手の気持ちなどとっくに分かっている。
でも、そんなの、恥ずかしくて言えるわけがない。
「カレーが食べたい」
奈々は意地悪そうに、千堂の頬を見ながら棒読みで答えた。
「・・・・全然ちゃうけど、確かに食べたい」
期待した答えと違う言葉が返って来て、千堂は不服そうな顔を浮かべたが、確かにカレーが食べたいのも外れではないと思い直して、少し空いて来たお腹をさすった。
「じゃあ、ウチに寄れば?」
「ああ・・・・ほな、お言葉に甘えて」
奈々の後ろを歩きながら、「なんか違う」と不服そうな顔を浮かべる千堂。再び玄関の前まで来て、奈々がドアを開けようとした瞬間だった。
ドン、と音がして振り返ると、千堂が拳でドアを押さえている。
ふっと自分の顔に降りる影。間近で見る、千堂の顔。
「カレーの前に、食べたいモンがあったわ」
「・・・えっ?」
千堂は獲物を得たりと笑って、ゆっくりと顔を近づけた。
灯りに照らされた二人の影が、重なり合う。
吐息が熱い。
それから千堂がゆっくりと唇を離して、ニヤリと笑って言った。
「足りひんな」
「・・・カレーがあるわよ」
「お前、さっきから照れすぎやぞ」
千堂は、奈々の額に自分の額をくっつけてグリグリと威嚇したあと、小さく笑ってまた唇を重ねた。
*****
「勝者、千堂!」
レフェリーのコールに、大阪府立体育館が揺れる。
千堂が高らかに拳を突き上げると、歓声と拍手はいっそう大きくなった。
リングに集められた照明が、千堂の汗に反射してキラキラと光る。
「これで6連続KOやぁ!」
「さすがやで!ずっと応援してくさかい!」
「ロッキー!お前はもう大阪の星や!期待してんで!」
大勢の人からの、たくさんの声援。
そのひとつひとつに答えるように、千堂は拳を突き上げてリングを回る。
そこに、あの狂気に満ちたオーラはない。
千堂はリングを降りる途中に、奈々に気づいたらしい。
ニカッと笑って、大きく腕を上げた。
誰もが皆、その男の拳に夢を見る。
かつて、誰もが恐れたその拳に。
美しい花道に、もうかつてのような黒い血痕はない。
あるのはただ眩しくて、まっすぐな光。
太陽のような、君の拳。
おわり
「久しぶりやな、この家も」
奈々の自宅までの帰り道、千堂がボソリと呟いた。
「ようけ送っていかされたもんやわ」
「・・・一度も頼んだ覚えはないけど」
「黙って送るんが男やないか」
奈々の言葉に、千堂は面白くなさそうに声をあげる。
そうするうちに自宅前についたものの、千堂は相変わらず帰るそぶりを見せない。
「着いたけど」
「おう、あがれや」
自分の家のように言い放つ千堂に、がっくりと肩を落としながら、自宅のドアを開けた。
その途端、カレーのおいしそうな匂いがドアの隙間から漏れて来て、遠くから
「あ、ねーちゃんおかえり」
という声が聞こえた。
「よぉ。元気しとったかぁ~?」
千堂が玄関からそう叫ぶと、台所からガチャンと音がして、慌てたように弟が廊下へ飛び出してきた。
「お、お前、あのときのヤンキー!」
「久しぶりやのぉ」
「ねーちゃん、まだあいつと続いてたの!?」
千堂に向かって失礼な口をきいた弟をペシンと叩いて、奈々が
「あいつじゃなくて、"千堂さん"でしょ?」
「・・・こんばんは、千堂さん」
「おう。なんや、男前になったな」
千堂に褒められて、弟は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
そんな弟の姿をみて、奈々もまた嬉しさを隠しきれなかった。
「おぉ、奈々、帰ってたのか?」
リビングからそう言いながら出て来た父親が、千堂の顔を見て一瞬怯んだのが分かった。
「・・・せ、千堂くんだったっけね。ひ、久しぶり」
「どうも、久しぶりです」
千堂が自分の父親にまともに挨拶をしたので、奈々は少々驚いた。
父親は千堂がなぜここにいるのかと、体をガチガチに固めたまま動けないでいたが、千堂はじーっと観察するように父親を見て、それから急に姿勢を改めて言った。
「お父さん、昔は生意気言うて、えらいすんませんでした」
「い、いや・・・むしろ、礼を言わなきゃ行けないのはこちらで・・・」
父親の話を遮るように、千堂が続ける。
「せやけど、アレ、ホンマですから」
「・・・・なんだい?」
父親と千堂の交互を見ながら、奈々は会話の行く末を見守った。
しかし、千堂が何を言おうとしているのか、さっぱり検討が着かない。
すると千堂は、すうっと深呼吸をしてから
「あんたの娘は、そのうちワイの嫁になるさかい。よろしゅうたのんますわ」
父親どころか、弟も、そして奈々自身も、その言葉にただただ呆然とした。
「ほな、失礼しますー。高杉、またな」
千堂の出て行く姿を眺めながら、ハッと気がついた奈々が慌てて追いかける。マンションの廊下にパタパタと騒がしい音が響く。
「ちょっと、千堂くん!」
「なんやぁ」
いつもと逆のパターンで、奈々が千堂の腕を掴んで振り向かせると、千堂は面倒くさそうに答えた。
「さっきの、どういうことよ」
「さっきのってなんや」
「よ、よ、嫁がどうのって・・・・別に、私たち、つ、付き合ってるわけでもないのに」
すると千堂がはぁ、とおどけたため息をついて、奈々の頬を軽くつねった。
「アホちゃうか」
「にゃ、にゃにひょう」
「何よう」と言いたいのに頬をつねられて上手くしゃべれない。
奈々の言葉に、千堂はニヤニヤといたずらっぽい笑顔を浮かべている。
「顔に書いてあんで」
「にゃ、にゃにが」
すると千堂は、つねった指を離して、人差し指で頬をなぞりながら言った。
「ワイのことが大好きやって」
獲物を見つけたような、イタズラ好きな子虎のような目をして千堂が呟く。
奈々はしばしその場に固まって、千堂の人差し指を掴んで、間接とは逆の方向に曲げた。
「あたたたた!!何すんねん!」
「知らないっ」
あまりの恥ずかしさに、奈々は自分でも見る見るうちに顔が赤くなって行くのが分かった。
指を押さえて痛がる千堂を背に、奈々は自宅へ戻ろうと歩き始めた。
「高杉、ちょい待ち」
ガッと腕を掴まれて、奈々は後ろのめりに倒れそうになった。
その両肩を千堂が掴んで、自分の頬を指差して奈々に近づけて言った。
「ほら、ワイにも書いてあるやろ」
「何がよ」
「ええから読め」
奈々にはもちろん、答えは分かっていた。しかし、そのまま言うのも何となく癪である。
自分の気持ちは相手にバレバレで、もちろん相手の気持ちなどとっくに分かっている。
でも、そんなの、恥ずかしくて言えるわけがない。
「カレーが食べたい」
奈々は意地悪そうに、千堂の頬を見ながら棒読みで答えた。
「・・・・全然ちゃうけど、確かに食べたい」
期待した答えと違う言葉が返って来て、千堂は不服そうな顔を浮かべたが、確かにカレーが食べたいのも外れではないと思い直して、少し空いて来たお腹をさすった。
「じゃあ、ウチに寄れば?」
「ああ・・・・ほな、お言葉に甘えて」
奈々の後ろを歩きながら、「なんか違う」と不服そうな顔を浮かべる千堂。再び玄関の前まで来て、奈々がドアを開けようとした瞬間だった。
ドン、と音がして振り返ると、千堂が拳でドアを押さえている。
ふっと自分の顔に降りる影。間近で見る、千堂の顔。
「カレーの前に、食べたいモンがあったわ」
「・・・えっ?」
千堂は獲物を得たりと笑って、ゆっくりと顔を近づけた。
灯りに照らされた二人の影が、重なり合う。
吐息が熱い。
それから千堂がゆっくりと唇を離して、ニヤリと笑って言った。
「足りひんな」
「・・・カレーがあるわよ」
「お前、さっきから照れすぎやぞ」
千堂は、奈々の額に自分の額をくっつけてグリグリと威嚇したあと、小さく笑ってまた唇を重ねた。
*****
「勝者、千堂!」
レフェリーのコールに、大阪府立体育館が揺れる。
千堂が高らかに拳を突き上げると、歓声と拍手はいっそう大きくなった。
リングに集められた照明が、千堂の汗に反射してキラキラと光る。
「これで6連続KOやぁ!」
「さすがやで!ずっと応援してくさかい!」
「ロッキー!お前はもう大阪の星や!期待してんで!」
大勢の人からの、たくさんの声援。
そのひとつひとつに答えるように、千堂は拳を突き上げてリングを回る。
そこに、あの狂気に満ちたオーラはない。
千堂はリングを降りる途中に、奈々に気づいたらしい。
ニカッと笑って、大きく腕を上げた。
誰もが皆、その男の拳に夢を見る。
かつて、誰もが恐れたその拳に。
美しい花道に、もうかつてのような黒い血痕はない。
あるのはただ眩しくて、まっすぐな光。
太陽のような、君の拳。
おわり