太陽の少年

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17.強烈な光



チケットを握りしめて大阪府立体育館に到着すると、イベント開始まであと5分というところなのに、人はまだ少なかった。

やがて最初の試合が始まった。
観客からヤジが飛ぶ。素人目からみても、なんとなくモタついた試合ではあった。
4Rが終わって、判定が読み上げられると、パチパチと乾いた拍手が会場にこだました。


テレビで見るより、思ったより迫力無いんだな、なんて奈々は思った。


「続いて・・・日本フェザー級4回戦を行います」


アナウンスが会場に響く。
ふと周りを見渡すと、先ほどよりも人が多い。


「この千堂って、デビュー戦50秒KOのハードパンチャーやろ?」
「そやねん、ごっつ楽しみなんや!」
「今日はこいつを見に来たっちゅっても過言やないで!」


そんな声があちこちから聞こえてきた。
手が冷たくなるほどの緊張を覚えながらリングを見ると、千堂の名前が呼ばれ、入り口から見慣れた人物が出てくるのが分かった。


本当に、あの、千堂くんだ・・・・


もう1年以上も会っていないが、見間違うはずは無かった。
千堂が高々と手を挙げると、体育館から歓声が起きた。

「千堂ぉ!今日もKOで決めたれよ!」
「お前のKO見に来たんや!」


奈々は座席を立ち、もう少しリングがよく見えるところまで近づいた。千堂の表情がはっきりとわかる。


そして、ゴングが鳴った。


キュッキュッという足音と、グローブのぶつかる音が体育館に響く。
ごくり、と固唾を飲んで見守るもつかの間・・・・


それは、あっという間の出来事だった。
豪快なパンチの音に、相手の選手が沈んで行く。
レフェリーが手を交差して、ゴングが鳴った。

その瞬間に観客の声が高まり、会場がわあっと沸いた。


「やりおったで!また1RKOや!」
「アイツはすごいで!間違いない!」
「千堂ぉっ!お前は世界を穫れるぞ!」

観客のヤジに、千堂は手を挙げて答え、八重歯を見せながら笑って


「当たり前やぁっ!」

と叫んだ。その瞬間に、一緒に居た眼鏡の男に頭をはたかれ、体育館はどっと笑いに包まれた。



千堂くんが、笑ってる。
あの、狂ったような、血にまみれた笑みじゃない。
彼の太陽みたいな笑顔が、彼の拳と共にある。



奈々はメインイベントを見ずに、会場を後にした。
千堂がボクサーになっていた、という事実を改めて認識し、心は酷く混乱していた。



「どつき合いが好きや」



拳の使い方は、闇にしか存在しないと思っていた。
他人を不用意に傷つけて、暴力の元に相手をひれ伏せるものしかないと。


でも、千堂くんは違ったんだ。
それを、光に変える場所を見つけたんだ。


「価値のない拳」、そう吐き捨てた1年前。


でも今、彼が持っているのは・・・誰かに期待される拳なんだ。



もう風化しかけた思い出だった。
彼は将来、ヤクザの用心棒にでもなるんだろう、くらいに思っていた。


こんな強烈な光を、浴びせられるとは思わなかった。
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