太陽の少年
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13.最終日
「ぐはぁっ!」
「ば、化け物や・・!引けっ!引けぇっ!」
既に意識のない血まみれの男たちが、何人も地面に倒れている。
引け、と言われてもすでに足がすくんで動かない。
"化け物"はゆっくりとこちらに近づき、拳についた血を舐めて笑った。
「機嫌が悪い言うたやろ?どないしてくれようかのう」
「ひっ・・・ひぃいい!!」
鈍い打撃音がする。
言葉を発することの出来る人間は、もう立っていなかった。
千堂は拳についた血を制服で拭うと、くるりと背を向けてその場を立ち去った。
「退屈や」
*****
「姐御、ホンマに転校すんでっか?」
珍しく誰かに話しかけられたと思ったら、いつも千堂の周りを取り囲んでいるヤンキーの一人だった。奈々は聞いていた音楽プレイヤーのイヤフォンを片方外して答える。
「うん、明日が最後」
「さ、寂しくなりまんなぁ」
「姐御が居ないと、千堂さんが悲しみまっせ」
「ア、アホォ!千堂さんに聞かれたらどつかれるぞ!」
今の自分の立ち位置は一体なんなのだろうと疑問に思いつつ、愛想笑い的なものを返してその場を流した。
「ワイがなんやって?」
「ひっ・・・ひえええ!!」
「千堂さんっ!居てたんですか!?」
「今来たとこや」
不機嫌そうにドカッと椅子に腰掛け、足を机の上に乗せ、どこともつかぬ方向を見ている千堂。
「アホちゃう」
あの日から、ロクに会話もしていなかった。
千堂の方が自分を避けているような気もしていた。
取り巻きがワラワラと増えて、再び奈々と千堂の間に壁が出来る。
特に話しかける話題も無い。
奈々は再びイヤフォンを耳に押し込んで、音楽に没頭した。
「高杉」
玄関で千堂に呼び止められ、思わず足を止める。
「明日で最後か」
「うん」
「そか」
会話が続かない。
千堂は相変わらず厳しい顔をして、どことなく寂しそうな気配を漂わせている。
「ほな、明日な」
「・・・・明日、来るんだ?」
奈々が意外そうな声を出すと、千堂は意地悪そうな顔をして、少しおどけて
「当たり前やぁ」
と笑った。そして、一瞬何かを言おうと口を開いたものの、すぐ様ギュッと閉じて、何も言わずに立ち去ってしまった。
その後ろを、どこからとも無くヤンキーがついてくる。
校門を出る頃には、あっというまに20人ほどの集団にふくれあがっていた。
その雰囲気は、やはり彼は自分とはほど遠い存在なのだと認識させるのに十分な威厳を放っていた。
奈々は自宅への帰り道、音楽を聴きながらこれまでの学校生活を思い出していた。
なんだかんだで明日が最後。色々あったけど、終わりよければすべてよし、そんな風に考えて、優等生生活にはあり得ない様々な出来事を思い出しては、一人クスリと吹き出していた。
千堂に会うのは、明日が最後か。
そう思うと、胸がギュッと締め付けられる気がした。
屋上でお弁当を上げた時の子供のような顔、猫と戯れる無邪気な笑顔、他人と真剣に向き合う熱いところ・・・教室では見られない、彼の姿。
一方で、人を殴りつけているときの狂気にも似たオーラ、血にまみれた拳。
千堂の陰と陽が、奈々の心に渦巻く。
太陽のような彼の存在には、正直心惹かれるものがある。
けれども、漆黒の闇のような彼があるのも、また事実。
奈々は自分の心が分からなかった。
終業式の当日。
担任が、奈々を教壇に立たせて「高杉さんが転校します」と簡単な挨拶をした。
普段、他人には無関心というか、HR自体をまるで聞いていないはずの教室が静まり返り、皆が一斉にこちらを振り向いた。
「ホンマでっか姐御!?」
「嘘やろ!?」
どうやら自分は案外その存在を知られていたんだな、と奈々が初めて肌で感じた瞬間だった。
教室内がいつになくざわつく。
担任がたしなめるも、そんなのに聞く耳を持つ連中ではない。
はぁ、と小さくため息をついた担任に奈々が小さく微笑むと、担任も微笑みを返した。
「今まで、ありがとうございました」
奈々が丁寧におじぎをすると、教室内からはパラパラと拍手が起きた。
ああ、これでこの学校ともおさらばなんだ、と奈々はしみじみ感じた。
今まで殆ど誰とも話をしたことはなかったけど、クラスメイトの顔はだいたい覚えている。
妙な親近感を感じながら、奈々は少し寂しくなった。
そして・・・教室に、千堂の姿は無かった。
奈々は「やっぱりね」と思いながら、そのことが一番寂しく感じた。
「千堂ぉ」
学校に向かう途中で呼び止められ、千堂は抱えていた猫ごと振り返ると、つい先日叩きのめしたヤンキーと同じ制服の男たちが、ズラリと並んでいた。
「こないだはよくもやってくれたのぉ」
「なんやゾロゾロと。ワイは忙しいんや、後にせぇ」
「ナメとんのかワレェ・・・この人数見てビビっとんのか」
「後にせぇっちゅーのが聞こえんのか、アホが」
千堂は耳をほじりながらつまらなそうに答え、抱えていた猫を塀の上に放した。
真剣さの微塵も感じられない千堂にプライドを傷つけられた相手は、血管を浮き上がらせながら叫んだ。
「・・・殺れ!」
*****
「高杉、おつかれやったな」
「先生にもお世話になりました」
「・・・千堂、来ぇへんかったな」
担任は別に、何か裏を含んで言ったわけではないらしい。
ただ単に、この学校では自分と千堂はコンビのように思われているのだろうと奈々は思った。
「あいつ、高杉に散々世話になっといて、挨拶もせんと最後まで何してんねん」
「いや、いいんです。千堂くんらしいじゃないですか」
「せやけどな・・・まぁ、新しい学校でも頑張れな。応援してるで」
担任はいつまでも長いこと手を振って送り出してくれた。
奈々も何度も振り返っては、手を振る。
たった2ヶ月くらいの学校生活だった。
初めてこの門をくぐったときは、吐き気にも似た気持ちを覚えたのに。
【教員一同より】と書かれた花束のメッセージに、少しだけ涙腺が緩む。
ああ、なんだ、結構愛着あるんじゃん。
そんな風に想って、2ヶ月前の自分を思い返して、一人笑った。
家までの道のりを名残惜しく歩いていると、途中で見知ったシルエットが目に入った。
「高杉」
髪はグチャグチャに乱れて、制服も汚れていて、顔も傷だらけで、血も出ている。
たったいまケンカしてきました、という感じの出で立ちで、千堂が立っていた。
「ぐはぁっ!」
「ば、化け物や・・!引けっ!引けぇっ!」
既に意識のない血まみれの男たちが、何人も地面に倒れている。
引け、と言われてもすでに足がすくんで動かない。
"化け物"はゆっくりとこちらに近づき、拳についた血を舐めて笑った。
「機嫌が悪い言うたやろ?どないしてくれようかのう」
「ひっ・・・ひぃいい!!」
鈍い打撃音がする。
言葉を発することの出来る人間は、もう立っていなかった。
千堂は拳についた血を制服で拭うと、くるりと背を向けてその場を立ち去った。
「退屈や」
*****
「姐御、ホンマに転校すんでっか?」
珍しく誰かに話しかけられたと思ったら、いつも千堂の周りを取り囲んでいるヤンキーの一人だった。奈々は聞いていた音楽プレイヤーのイヤフォンを片方外して答える。
「うん、明日が最後」
「さ、寂しくなりまんなぁ」
「姐御が居ないと、千堂さんが悲しみまっせ」
「ア、アホォ!千堂さんに聞かれたらどつかれるぞ!」
今の自分の立ち位置は一体なんなのだろうと疑問に思いつつ、愛想笑い的なものを返してその場を流した。
「ワイがなんやって?」
「ひっ・・・ひえええ!!」
「千堂さんっ!居てたんですか!?」
「今来たとこや」
不機嫌そうにドカッと椅子に腰掛け、足を机の上に乗せ、どこともつかぬ方向を見ている千堂。
「アホちゃう」
あの日から、ロクに会話もしていなかった。
千堂の方が自分を避けているような気もしていた。
取り巻きがワラワラと増えて、再び奈々と千堂の間に壁が出来る。
特に話しかける話題も無い。
奈々は再びイヤフォンを耳に押し込んで、音楽に没頭した。
「高杉」
玄関で千堂に呼び止められ、思わず足を止める。
「明日で最後か」
「うん」
「そか」
会話が続かない。
千堂は相変わらず厳しい顔をして、どことなく寂しそうな気配を漂わせている。
「ほな、明日な」
「・・・・明日、来るんだ?」
奈々が意外そうな声を出すと、千堂は意地悪そうな顔をして、少しおどけて
「当たり前やぁ」
と笑った。そして、一瞬何かを言おうと口を開いたものの、すぐ様ギュッと閉じて、何も言わずに立ち去ってしまった。
その後ろを、どこからとも無くヤンキーがついてくる。
校門を出る頃には、あっというまに20人ほどの集団にふくれあがっていた。
その雰囲気は、やはり彼は自分とはほど遠い存在なのだと認識させるのに十分な威厳を放っていた。
奈々は自宅への帰り道、音楽を聴きながらこれまでの学校生活を思い出していた。
なんだかんだで明日が最後。色々あったけど、終わりよければすべてよし、そんな風に考えて、優等生生活にはあり得ない様々な出来事を思い出しては、一人クスリと吹き出していた。
千堂に会うのは、明日が最後か。
そう思うと、胸がギュッと締め付けられる気がした。
屋上でお弁当を上げた時の子供のような顔、猫と戯れる無邪気な笑顔、他人と真剣に向き合う熱いところ・・・教室では見られない、彼の姿。
一方で、人を殴りつけているときの狂気にも似たオーラ、血にまみれた拳。
千堂の陰と陽が、奈々の心に渦巻く。
太陽のような彼の存在には、正直心惹かれるものがある。
けれども、漆黒の闇のような彼があるのも、また事実。
奈々は自分の心が分からなかった。
終業式の当日。
担任が、奈々を教壇に立たせて「高杉さんが転校します」と簡単な挨拶をした。
普段、他人には無関心というか、HR自体をまるで聞いていないはずの教室が静まり返り、皆が一斉にこちらを振り向いた。
「ホンマでっか姐御!?」
「嘘やろ!?」
どうやら自分は案外その存在を知られていたんだな、と奈々が初めて肌で感じた瞬間だった。
教室内がいつになくざわつく。
担任がたしなめるも、そんなのに聞く耳を持つ連中ではない。
はぁ、と小さくため息をついた担任に奈々が小さく微笑むと、担任も微笑みを返した。
「今まで、ありがとうございました」
奈々が丁寧におじぎをすると、教室内からはパラパラと拍手が起きた。
ああ、これでこの学校ともおさらばなんだ、と奈々はしみじみ感じた。
今まで殆ど誰とも話をしたことはなかったけど、クラスメイトの顔はだいたい覚えている。
妙な親近感を感じながら、奈々は少し寂しくなった。
そして・・・教室に、千堂の姿は無かった。
奈々は「やっぱりね」と思いながら、そのことが一番寂しく感じた。
「千堂ぉ」
学校に向かう途中で呼び止められ、千堂は抱えていた猫ごと振り返ると、つい先日叩きのめしたヤンキーと同じ制服の男たちが、ズラリと並んでいた。
「こないだはよくもやってくれたのぉ」
「なんやゾロゾロと。ワイは忙しいんや、後にせぇ」
「ナメとんのかワレェ・・・この人数見てビビっとんのか」
「後にせぇっちゅーのが聞こえんのか、アホが」
千堂は耳をほじりながらつまらなそうに答え、抱えていた猫を塀の上に放した。
真剣さの微塵も感じられない千堂にプライドを傷つけられた相手は、血管を浮き上がらせながら叫んだ。
「・・・殺れ!」
*****
「高杉、おつかれやったな」
「先生にもお世話になりました」
「・・・千堂、来ぇへんかったな」
担任は別に、何か裏を含んで言ったわけではないらしい。
ただ単に、この学校では自分と千堂はコンビのように思われているのだろうと奈々は思った。
「あいつ、高杉に散々世話になっといて、挨拶もせんと最後まで何してんねん」
「いや、いいんです。千堂くんらしいじゃないですか」
「せやけどな・・・まぁ、新しい学校でも頑張れな。応援してるで」
担任はいつまでも長いこと手を振って送り出してくれた。
奈々も何度も振り返っては、手を振る。
たった2ヶ月くらいの学校生活だった。
初めてこの門をくぐったときは、吐き気にも似た気持ちを覚えたのに。
【教員一同より】と書かれた花束のメッセージに、少しだけ涙腺が緩む。
ああ、なんだ、結構愛着あるんじゃん。
そんな風に想って、2ヶ月前の自分を思い返して、一人笑った。
家までの道のりを名残惜しく歩いていると、途中で見知ったシルエットが目に入った。
「高杉」
髪はグチャグチャに乱れて、制服も汚れていて、顔も傷だらけで、血も出ている。
たったいまケンカしてきました、という感じの出で立ちで、千堂が立っていた。