君の背中
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7.ボクサー
なんのためにやってるんだ、って自分に何度も聞いた。
どうしてやめないんだ、って。
自分でも、わからない。
連日の外勤、連日の残業。
身体はとうにくたびれ果てて、最後に残ったのは気力しかなかった。
思い出すのは、宮田に言われたあの言葉。
「甘いんだよ」
思い出す度に、奈々は歯を食いしばって自分を奮い立たせた。
自分は仕事に懸命に取り組んでいたのに、「甘い」と言われた。
悔しいけれど、忙しいことを理由に目的も目標も見失っていたのは事実。
「同じことの繰り返しにも意味はある。誰も褒めてくれなくったって、自分を誇れるときがある。金じゃ買えない価値もある。すべて自分の意志次第でどうにでも転がるんだよ。」
宮田の言葉が頭を駆けめぐる。
「高杉、打ち合わせ行くぞー」
上司の声でふっと我に返り、慌てて準備をしたところ、机の上のカップにカバンを引っかけて落としてしまった。
ガツっと鈍い音がして、カップの取っ手が折れた。
奈々はそのまま素手で欠片を拾った。片付ける時間も惜しいのだ。
「高杉!早く!」
「今行きます!!」
上司に促され、割れたコップをそのままゴミ箱に捨てて、会社を後にした。
*****
奈々の会社は小さなイベント会社である。
奈々は昨年の暮れから、商店街で定期的に行われる屋外企画の担当になった。
今日は商工会の一同が集まり、イベントの最終調整をする打ち合わせだ。
イベントの2週間前ともあってか、商工会メンバーの大勢が出席していた。
一通り挨拶し、あーでもない、こーでもない、と打ち合わせが進む。
会議は2時間ほどで終了し、みなが立ち上がり帰り際の談笑をしている時だった。
「木村さんとこの達也くん、もうすぐタイトルマッチだろ?」
タイトルマッチ?
「しっかし凄いよなぁ。勝てば日本チャンピオンか」
「応援してるからねぇ!」
「うちの商店街からチャンピオン!いいPRになるよ!」
「いや、まだ勝ったわけじゃないから・・・」
木村園芸の店長が、商工会の人に囲まれて照れ笑いしている。
奈々は上司をその場に置き去りにして、思わず話題の中心へと足を向けた。
「おい、高杉!」
「先に帰っててください」
輪になって固まっている人の群れをかき分けて、奈々がグッと顔を出す。
「木村さんの息子さんって、ボクサーだったんですか?」
「あれー?高杉ちゃん、知らなかったの?」
「高杉ちゃんはこの仕事引き継いだばっかだもんな。まぁ有名なんだよ、達也くんは」
「初めて巡ってきたビッグチャンスで、我々も凄く興奮してるんだよな!」
奈々は木村園芸の店長を見た。気恥ずかしそうに、うつむきつつ頭を掻いている。
とても、息子がボクサーであるような雰囲気は感じられない穏やかそうな人だ。
「あの」
「はい?」
「ボクサーって・・・・普段どんな風に過ごしてるんですか?」
店長は予想外のことを聞かれたように、少しポカンとした顔を浮かべた。
奈々はハッと思い直し、再度言葉を選んで続けた。
「その、練習とか・・・減量とか・・・・大変そうだから・・・」
「ああ」
店長は意を得たりと笑って答える。
「そうだね、毎日ボロボロになって帰ってくるよ」
「ボ、ボロボロですか?」
「特に最近はね、今までにないくらいの意気込みなんだ。」
「そうなんですか・・・」
「ボクサーっていうのは、毎日、同じ事を繰り返し繰り返し練習するんだそうだ。何千何万と繰り返した練習が、試合に生きるんだって言ってたよ」
「同じ事を繰り返し・・・・」
「あいつもあいつなりに、この試合に賭けるものがあるみたいでね・・・」
店長は息子が誇らしいようで、目を輝かせながら話をしてくれていたが、やがて他の誰かに呼ばれてその場を後にしてしまった。
小さく手を振って挨拶する店長に、奈々も小さく手を振り返した。
しかしすでに視界には何も入らなかった。
「同じ事の繰り返しにも意味がある」
宮田の言葉が頭を駆けめぐる。
「何千何万と繰り返した練習が、試合に生きるんだって」
店長の言葉が頭に浮かぶ。
ボクサーの生きる世界。
きっと想像を絶する過酷な世界なんだろう。
辛くて、痛くて、辞めたいって思うことばっかりなんだろう。
そんな人の前で私は、軽々しく弱音を吐いた。
合わせる顔なんて無い。
会社の近くへと戻ってきた。
本日も残業とあって、夕食を買いにコンビニに入ろうとしたが、宮田と顔を合わせるのに躊躇して、反対側にある別のコンビニへと足を運んだ。
このままじゃ、合わせる顔がない。
でも、このままじゃ悔しい。
胸を張って、会いたい。
「・・・・負けない。」
奈々は小さく呟いて、自分のデスクに戻った。
割れたコップはゴミ箱の中身ごと、綺麗に無くなっていた。
なんのためにやってるんだ、って自分に何度も聞いた。
どうしてやめないんだ、って。
自分でも、わからない。
連日の外勤、連日の残業。
身体はとうにくたびれ果てて、最後に残ったのは気力しかなかった。
思い出すのは、宮田に言われたあの言葉。
「甘いんだよ」
思い出す度に、奈々は歯を食いしばって自分を奮い立たせた。
自分は仕事に懸命に取り組んでいたのに、「甘い」と言われた。
悔しいけれど、忙しいことを理由に目的も目標も見失っていたのは事実。
「同じことの繰り返しにも意味はある。誰も褒めてくれなくったって、自分を誇れるときがある。金じゃ買えない価値もある。すべて自分の意志次第でどうにでも転がるんだよ。」
宮田の言葉が頭を駆けめぐる。
「高杉、打ち合わせ行くぞー」
上司の声でふっと我に返り、慌てて準備をしたところ、机の上のカップにカバンを引っかけて落としてしまった。
ガツっと鈍い音がして、カップの取っ手が折れた。
奈々はそのまま素手で欠片を拾った。片付ける時間も惜しいのだ。
「高杉!早く!」
「今行きます!!」
上司に促され、割れたコップをそのままゴミ箱に捨てて、会社を後にした。
*****
奈々の会社は小さなイベント会社である。
奈々は昨年の暮れから、商店街で定期的に行われる屋外企画の担当になった。
今日は商工会の一同が集まり、イベントの最終調整をする打ち合わせだ。
イベントの2週間前ともあってか、商工会メンバーの大勢が出席していた。
一通り挨拶し、あーでもない、こーでもない、と打ち合わせが進む。
会議は2時間ほどで終了し、みなが立ち上がり帰り際の談笑をしている時だった。
「木村さんとこの達也くん、もうすぐタイトルマッチだろ?」
タイトルマッチ?
「しっかし凄いよなぁ。勝てば日本チャンピオンか」
「応援してるからねぇ!」
「うちの商店街からチャンピオン!いいPRになるよ!」
「いや、まだ勝ったわけじゃないから・・・」
木村園芸の店長が、商工会の人に囲まれて照れ笑いしている。
奈々は上司をその場に置き去りにして、思わず話題の中心へと足を向けた。
「おい、高杉!」
「先に帰っててください」
輪になって固まっている人の群れをかき分けて、奈々がグッと顔を出す。
「木村さんの息子さんって、ボクサーだったんですか?」
「あれー?高杉ちゃん、知らなかったの?」
「高杉ちゃんはこの仕事引き継いだばっかだもんな。まぁ有名なんだよ、達也くんは」
「初めて巡ってきたビッグチャンスで、我々も凄く興奮してるんだよな!」
奈々は木村園芸の店長を見た。気恥ずかしそうに、うつむきつつ頭を掻いている。
とても、息子がボクサーであるような雰囲気は感じられない穏やかそうな人だ。
「あの」
「はい?」
「ボクサーって・・・・普段どんな風に過ごしてるんですか?」
店長は予想外のことを聞かれたように、少しポカンとした顔を浮かべた。
奈々はハッと思い直し、再度言葉を選んで続けた。
「その、練習とか・・・減量とか・・・・大変そうだから・・・」
「ああ」
店長は意を得たりと笑って答える。
「そうだね、毎日ボロボロになって帰ってくるよ」
「ボ、ボロボロですか?」
「特に最近はね、今までにないくらいの意気込みなんだ。」
「そうなんですか・・・」
「ボクサーっていうのは、毎日、同じ事を繰り返し繰り返し練習するんだそうだ。何千何万と繰り返した練習が、試合に生きるんだって言ってたよ」
「同じ事を繰り返し・・・・」
「あいつもあいつなりに、この試合に賭けるものがあるみたいでね・・・」
店長は息子が誇らしいようで、目を輝かせながら話をしてくれていたが、やがて他の誰かに呼ばれてその場を後にしてしまった。
小さく手を振って挨拶する店長に、奈々も小さく手を振り返した。
しかしすでに視界には何も入らなかった。
「同じ事の繰り返しにも意味がある」
宮田の言葉が頭を駆けめぐる。
「何千何万と繰り返した練習が、試合に生きるんだって」
店長の言葉が頭に浮かぶ。
ボクサーの生きる世界。
きっと想像を絶する過酷な世界なんだろう。
辛くて、痛くて、辞めたいって思うことばっかりなんだろう。
そんな人の前で私は、軽々しく弱音を吐いた。
合わせる顔なんて無い。
会社の近くへと戻ってきた。
本日も残業とあって、夕食を買いにコンビニに入ろうとしたが、宮田と顔を合わせるのに躊躇して、反対側にある別のコンビニへと足を運んだ。
このままじゃ、合わせる顔がない。
でも、このままじゃ悔しい。
胸を張って、会いたい。
「・・・・負けない。」
奈々は小さく呟いて、自分のデスクに戻った。
割れたコップはゴミ箱の中身ごと、綺麗に無くなっていた。