君の背中
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5.秘密
食事が一段落ついたころ、厨房から店長と思われる口ひげを生やした男性が、エスプレッソを持って現れた。
「よう、宮田くん。久しぶりだね。」
「どうも」
「次の試合、決まったかい?」
「ええ、4月に」
試合?なんのことだろう?
奈々には何のことかよく分からなかったが、二人の会話を邪魔しないように、ただずっと聞くことに徹した。
「そっか、減量大変だな。今日は食い納めって感じか」
「普段から控えてますけどね。いつも助かってますよ」
「俺も低カロリーのメニュー考えるの面白いからな!また来てくれよ」
「ありがとうございます」
店長は奈々に軽く一礼すると、またすぐ厨房に戻っていった。
「ねぇ宮田くん」
「ん?」
「その、試合とか低カロリーとかって…なんの話?」
「別に」
宮田は少し意地悪そうに目を伏せて答えた。
奈々は面白くなく、少し身を乗り出して再度、
「減量がどうのって言ってたけど、ひょっとして宮田くんって…ボクサーだったりして?」
「…だったとしたら?」
奈々は、自分の目の前にいる、この端整な顔立ちをした、とても人など殴りそうにもない青年がボクサーだという事実に、たちまち困惑した。
ボクサーなんていう職業は、不良のなれの果てがなるような泥臭い、闇の匂いすら感じる危険な商売だとすら思っていたからだ。
「…ホントに?」
奈々は宮田の顔をマジマジと見つめた。
宮田は目の前のエスプレッソカップを手に取り、一気に飲み干して言った。
「嘘ついてどうするんだよ」
「だって、だって、すっごい意外!なんか化石の研究とかしてる大学生かなとか思ってたくらい!」
「なんだそれ…」
奈々がひとしきり驚いて目をくるくると回していると、宮田は外に少し目をやって
「そろそろ出ようぜ」
と言った。
帰り道はまだまだ賑わいの最中にあった。
普通なら「もう一軒飲んでく?」と誘ってもよい時間帯であるが、奈々は宮田がボクサーだということを考慮して、敢えてそういう雰囲気を作らずに帰り道の方向へ足を伸ばした。
互いに家が近所であることは、先ほどの食事中に知った。
帰り道に少し話が出来れば、ことさらにどこかで酒を飲む必要もない。
「ねぇ、宮田くんの試合って誰でも見れるの?」
「…誰でも、って?」
「関係者以外は見られないとか」
「ああ。誰でも大丈夫だよ」
住宅街の壁に、二人の足音がこだまする。
日曜夜の住宅街は、各家庭の温かな光が漏れる他は、とりたててなんのアクションもない。
「じゃあさ、私も見に行っていいかな?」
「ああ」
「今度の試合っていつ?」
「4ヶ月後」
「えー、全然まだまだじゃん。長いなぁ」
奈々が脳天気に言うと、宮田は少し間をおいて「そうでもないぜ」と答えた。
やがて、奈々の住むマンションが見えてきた。
あと100歩、あと50歩と進むうち、自宅は二人の時間を奪う砂時計のように、規則的な速度で近づいてきた。
「今日は楽しかった。本当にありがとう」
「いや…オレもごちそうさま」
「ううん…それじゃ」
「ああ」
宮田は奈々が一階のロビーに入っていくのを見届けてから去るつもりらしく、奈々の挙動を伺っていた。
奈々は宮田を待たせてはいけないと、くるりと方向を変えて背を向け、1歩2歩とロビーに向かった。
本当は、名残惜しかった。
奈々は何度も振り返りたくなったが、自分が「お礼に宮田を誘った」という綺麗な免罪符を保持するために、どうしても振り向くことが出来なかった。
自分が少しでもよこしまな気持ちを抱くと、宮田に対する感謝の念が汚される気がしたのだ。
そして「宮田はお礼だから付き合ってくれた」という後ろ向きな肯定感を、必死に守ろうとした。
「高杉さん」
入口のドアに手を掛けた、というところで、宮田が自分を呼び止める声がした。
幻聴じゃないのかと、足を止めたは良いが振り向くことができない。
彼はまだそこにいるの?いないの?
振り返ってしまうと、自分でも整理できていないほど混沌とした気持ちが、溢れてしまう気がした。
「…おやすみ」
ふと振り返ると、もう宮田の姿は無かった。
すぐさま中に入りオートロックキーで自動ドアを開けて、自宅へ戻る。
重たい鉄の扉が、現実と夢の境目をハッキリと分けてくれるようで、今日はとても心地よく思われた。
すぐさまベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
思い出すのは宮田の一挙一動ばかり。
「別に…何にも意識したつもりはないのに…」
手足をじたばたさせてみたものの、頭から残像が離れない。
「…そりゃ、かっこいいもんね。少しくらいときめいても仕方ないよね?」
奈々は、自分への疑問を打ち消すように、頭から布団をかぶった。
食事が一段落ついたころ、厨房から店長と思われる口ひげを生やした男性が、エスプレッソを持って現れた。
「よう、宮田くん。久しぶりだね。」
「どうも」
「次の試合、決まったかい?」
「ええ、4月に」
試合?なんのことだろう?
奈々には何のことかよく分からなかったが、二人の会話を邪魔しないように、ただずっと聞くことに徹した。
「そっか、減量大変だな。今日は食い納めって感じか」
「普段から控えてますけどね。いつも助かってますよ」
「俺も低カロリーのメニュー考えるの面白いからな!また来てくれよ」
「ありがとうございます」
店長は奈々に軽く一礼すると、またすぐ厨房に戻っていった。
「ねぇ宮田くん」
「ん?」
「その、試合とか低カロリーとかって…なんの話?」
「別に」
宮田は少し意地悪そうに目を伏せて答えた。
奈々は面白くなく、少し身を乗り出して再度、
「減量がどうのって言ってたけど、ひょっとして宮田くんって…ボクサーだったりして?」
「…だったとしたら?」
奈々は、自分の目の前にいる、この端整な顔立ちをした、とても人など殴りそうにもない青年がボクサーだという事実に、たちまち困惑した。
ボクサーなんていう職業は、不良のなれの果てがなるような泥臭い、闇の匂いすら感じる危険な商売だとすら思っていたからだ。
「…ホントに?」
奈々は宮田の顔をマジマジと見つめた。
宮田は目の前のエスプレッソカップを手に取り、一気に飲み干して言った。
「嘘ついてどうするんだよ」
「だって、だって、すっごい意外!なんか化石の研究とかしてる大学生かなとか思ってたくらい!」
「なんだそれ…」
奈々がひとしきり驚いて目をくるくると回していると、宮田は外に少し目をやって
「そろそろ出ようぜ」
と言った。
帰り道はまだまだ賑わいの最中にあった。
普通なら「もう一軒飲んでく?」と誘ってもよい時間帯であるが、奈々は宮田がボクサーだということを考慮して、敢えてそういう雰囲気を作らずに帰り道の方向へ足を伸ばした。
互いに家が近所であることは、先ほどの食事中に知った。
帰り道に少し話が出来れば、ことさらにどこかで酒を飲む必要もない。
「ねぇ、宮田くんの試合って誰でも見れるの?」
「…誰でも、って?」
「関係者以外は見られないとか」
「ああ。誰でも大丈夫だよ」
住宅街の壁に、二人の足音がこだまする。
日曜夜の住宅街は、各家庭の温かな光が漏れる他は、とりたててなんのアクションもない。
「じゃあさ、私も見に行っていいかな?」
「ああ」
「今度の試合っていつ?」
「4ヶ月後」
「えー、全然まだまだじゃん。長いなぁ」
奈々が脳天気に言うと、宮田は少し間をおいて「そうでもないぜ」と答えた。
やがて、奈々の住むマンションが見えてきた。
あと100歩、あと50歩と進むうち、自宅は二人の時間を奪う砂時計のように、規則的な速度で近づいてきた。
「今日は楽しかった。本当にありがとう」
「いや…オレもごちそうさま」
「ううん…それじゃ」
「ああ」
宮田は奈々が一階のロビーに入っていくのを見届けてから去るつもりらしく、奈々の挙動を伺っていた。
奈々は宮田を待たせてはいけないと、くるりと方向を変えて背を向け、1歩2歩とロビーに向かった。
本当は、名残惜しかった。
奈々は何度も振り返りたくなったが、自分が「お礼に宮田を誘った」という綺麗な免罪符を保持するために、どうしても振り向くことが出来なかった。
自分が少しでもよこしまな気持ちを抱くと、宮田に対する感謝の念が汚される気がしたのだ。
そして「宮田はお礼だから付き合ってくれた」という後ろ向きな肯定感を、必死に守ろうとした。
「高杉さん」
入口のドアに手を掛けた、というところで、宮田が自分を呼び止める声がした。
幻聴じゃないのかと、足を止めたは良いが振り向くことができない。
彼はまだそこにいるの?いないの?
振り返ってしまうと、自分でも整理できていないほど混沌とした気持ちが、溢れてしまう気がした。
「…おやすみ」
ふと振り返ると、もう宮田の姿は無かった。
すぐさま中に入りオートロックキーで自動ドアを開けて、自宅へ戻る。
重たい鉄の扉が、現実と夢の境目をハッキリと分けてくれるようで、今日はとても心地よく思われた。
すぐさまベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
思い出すのは宮田の一挙一動ばかり。
「別に…何にも意識したつもりはないのに…」
手足をじたばたさせてみたものの、頭から残像が離れない。
「…そりゃ、かっこいいもんね。少しくらいときめいても仕方ないよね?」
奈々は、自分への疑問を打ち消すように、頭から布団をかぶった。