君の背中
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13.集中
「だから待てっての!宮田ぁ!」
木村の呼びかけを無視して、宮田は早足で廊下を抜けようとする。
「ちょっと静かにしてください」とナースに注意されながら、木村は走るようにして宮田に追いつき、腕を掴んで振り向かせた。
「なんですか」
不機嫌そうな宮田の顔に、木村は一瞬ひるんで、ごくりと唾を飲んで心を落ち着かせてから言った。
「じゃ、邪魔して悪かったな」
時間が止まったかのような沈黙。
宮田は木村の腕を切るように振りほどき、また早足で歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待てっての!冗談だって!」
「静かにしてくださいよ」
「聞きたいことがあんだよ!止まれって宮田ぁ!」
ナースに再三注意されながらようやく病院の玄関を出たところで、再び宮田を捕まえて聞いた。
「お前、高杉さんと知り合いなんだってな」
宮田は無言でただ木村を見ている。
むしろ、睨むという言葉の方が似合うかもしれないほどの気迫だ。
「木村さんには関係ないでしょう」
宮田が冷たく言い放つと、木村は少し得意げに
「関係なくはねーよ。高杉さんは、うちの商店街のイベント仕切ってくれてんだよ」
木村が挑発的に言い返すと、宮田はさらに睨むような目つきで木村を見た。
「言いたいことはそれだけですか?」
「ちげーよ。そうじゃなくて・・・」
コホン、と小さく咳払いをして、木村がかしこまる。
2~3歩ほど前進して宮田に近づき、小さな声でささやくように聞いた。
「お前ら・・・・付き合ってんの?」
木村の質問を聞いて、宮田は蔑むようにため息をつき、背を向けた。
それから何事も言わず、またスタスタと歩き出してしまった。
「おい!」
「くだらないこと聞かないでください」
宮田は木村が興味本位で聞いているのを知っている。
鴨川の、特にあの3人は他人のゴシップが大好きだということも重々承知している。
何を聞かれても答えないのが一番の策。
嫌な話題を嗅ぎ付けられたもんだ、と宮田は内心イライラしていた。
「一郎ちゃん、そんな態度取っていいのかな~?」
木村が嫌らしい声を出して後ろをつけてくる。
「病室で抱き合ってただなんて、一郎ちゃんも隅に置けないわねぇ」
「相手が倒れかかっただけですよ」
「見つめ合ってたじゃないの~」
「見間違いでしょ」
影のようにまとわりつく木村に、今すぐにでも右ストレートを食らわせたい気分だった。
なにやら気持ちの悪い言葉遣いで苛つかせて、自分の失言を煽っているのは明白。
何を言っても無駄だと理解した宮田は、ピタリと足を止めて木村に向かって言った。
「高杉さんの見舞いに来たんじゃないんですか」
「お。・・・・そうだけどよ」
「面会時間、5時で終わりですよ」
「え!マジで!?」
木村が慌てて腕時計に目をやると、時間は4時45分をさしていた。
今から戻らないと、10分も話せないことになる。
さきほど姿を見られている手前、このまま宮田を追いかけてフェードアウトするのも失礼だと思った木村は、苦々しい顔をしながら、病院の方へ向かって走り出した。
「宮田ぁ!今度ゆっくり聞かせてもらうぞ!」
「言うわけないでしょ」
木村の叫び声を背中で聞きながら、宮田はまだ晴れぬ気持ちを引きずって病院を後にした。
昔からあの3人は、他人の色恋沙汰には目がない。
宮田はまさか奈々が、妙なところで木村とつながっているとは思っていなかった。
木村は病室で奈々と何を話しているのだろうか、と宮田は思った。
とりとめもない日常会話の類いだろうか。
イベントとやらの話でもしているのだろうか。
それとも自分とのことを根掘り葉掘り聞き出しているのだろうか。
それに木村はジムに戻ったら、嬉々として今日のことを話すだろう。
鷹村や青木といったタチの悪い連中に、尾ひれがついて広まって行く。
面倒なことになった、と宮田は小さくため息をついた。
「それよりも、目の前のタイトルだ」
宮田は気分を入れ替えて、歩む両足に力を込めた。
「一郎、ようやく刷り上がったぞ」
ジムにつくなり、父親が宮田に話しかけてきた。
手には4月のタイトルマッチのチケットを持っている。
試合まで1ヶ月半ほどとなり、ポスターも併せて納品され、来るべき日が来るのだという雰囲気が、ジム全体を覆っていた。
川原ジムは、宮田が練習に現れたとたん、空気が変わる。
それはどの練習生も、他のプロ選手も感じていることだった。
今回はタイトルマッチである。
空気が一段と温度を下げ、見えないピアノ線がいくつも張り巡らされているような緊張感がただよっていた。
チケットが納品されたと聞いて、宮田はふと奈々を思い出した。
自分の試合を見たいと言っていた。
今回は特に重要な試合、OPBFタイトルマッチ。
自分に取ってはベルト以上の意味がある。
ふと宮田は、自分にはかつて無かったような感情を覚えた。
「父さん」
「ん?」
「チケット、渡したい人がいるから取っておいて」
「ああ、バイト先の店長さんか?」
宮田は返事もせずに練習に戻った。
父親は、息子がいつになく何かを隠しているかのような雰囲気をしていると察知したものの、別段それを問いただすことはなかった。
思い出すのは、奈々が自分の言葉で奮起して戦ったこと。
それについて意外にも礼を言われたこと。
ならば自分は?
「頑張った人にしか見られない景色ってあるんだね」
奈々が言っていた言葉を思い出す。
「頑張っても、見られないこともあるけどよ」
宮田は独り言のようにボソッとつぶやいて、それから
「いや・・・・見せてやるよ」
豪快にサンドバッグを叩く音がジムに響いた。
「だから待てっての!宮田ぁ!」
木村の呼びかけを無視して、宮田は早足で廊下を抜けようとする。
「ちょっと静かにしてください」とナースに注意されながら、木村は走るようにして宮田に追いつき、腕を掴んで振り向かせた。
「なんですか」
不機嫌そうな宮田の顔に、木村は一瞬ひるんで、ごくりと唾を飲んで心を落ち着かせてから言った。
「じゃ、邪魔して悪かったな」
時間が止まったかのような沈黙。
宮田は木村の腕を切るように振りほどき、また早足で歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待てっての!冗談だって!」
「静かにしてくださいよ」
「聞きたいことがあんだよ!止まれって宮田ぁ!」
ナースに再三注意されながらようやく病院の玄関を出たところで、再び宮田を捕まえて聞いた。
「お前、高杉さんと知り合いなんだってな」
宮田は無言でただ木村を見ている。
むしろ、睨むという言葉の方が似合うかもしれないほどの気迫だ。
「木村さんには関係ないでしょう」
宮田が冷たく言い放つと、木村は少し得意げに
「関係なくはねーよ。高杉さんは、うちの商店街のイベント仕切ってくれてんだよ」
木村が挑発的に言い返すと、宮田はさらに睨むような目つきで木村を見た。
「言いたいことはそれだけですか?」
「ちげーよ。そうじゃなくて・・・」
コホン、と小さく咳払いをして、木村がかしこまる。
2~3歩ほど前進して宮田に近づき、小さな声でささやくように聞いた。
「お前ら・・・・付き合ってんの?」
木村の質問を聞いて、宮田は蔑むようにため息をつき、背を向けた。
それから何事も言わず、またスタスタと歩き出してしまった。
「おい!」
「くだらないこと聞かないでください」
宮田は木村が興味本位で聞いているのを知っている。
鴨川の、特にあの3人は他人のゴシップが大好きだということも重々承知している。
何を聞かれても答えないのが一番の策。
嫌な話題を嗅ぎ付けられたもんだ、と宮田は内心イライラしていた。
「一郎ちゃん、そんな態度取っていいのかな~?」
木村が嫌らしい声を出して後ろをつけてくる。
「病室で抱き合ってただなんて、一郎ちゃんも隅に置けないわねぇ」
「相手が倒れかかっただけですよ」
「見つめ合ってたじゃないの~」
「見間違いでしょ」
影のようにまとわりつく木村に、今すぐにでも右ストレートを食らわせたい気分だった。
なにやら気持ちの悪い言葉遣いで苛つかせて、自分の失言を煽っているのは明白。
何を言っても無駄だと理解した宮田は、ピタリと足を止めて木村に向かって言った。
「高杉さんの見舞いに来たんじゃないんですか」
「お。・・・・そうだけどよ」
「面会時間、5時で終わりですよ」
「え!マジで!?」
木村が慌てて腕時計に目をやると、時間は4時45分をさしていた。
今から戻らないと、10分も話せないことになる。
さきほど姿を見られている手前、このまま宮田を追いかけてフェードアウトするのも失礼だと思った木村は、苦々しい顔をしながら、病院の方へ向かって走り出した。
「宮田ぁ!今度ゆっくり聞かせてもらうぞ!」
「言うわけないでしょ」
木村の叫び声を背中で聞きながら、宮田はまだ晴れぬ気持ちを引きずって病院を後にした。
昔からあの3人は、他人の色恋沙汰には目がない。
宮田はまさか奈々が、妙なところで木村とつながっているとは思っていなかった。
木村は病室で奈々と何を話しているのだろうか、と宮田は思った。
とりとめもない日常会話の類いだろうか。
イベントとやらの話でもしているのだろうか。
それとも自分とのことを根掘り葉掘り聞き出しているのだろうか。
それに木村はジムに戻ったら、嬉々として今日のことを話すだろう。
鷹村や青木といったタチの悪い連中に、尾ひれがついて広まって行く。
面倒なことになった、と宮田は小さくため息をついた。
「それよりも、目の前のタイトルだ」
宮田は気分を入れ替えて、歩む両足に力を込めた。
「一郎、ようやく刷り上がったぞ」
ジムにつくなり、父親が宮田に話しかけてきた。
手には4月のタイトルマッチのチケットを持っている。
試合まで1ヶ月半ほどとなり、ポスターも併せて納品され、来るべき日が来るのだという雰囲気が、ジム全体を覆っていた。
川原ジムは、宮田が練習に現れたとたん、空気が変わる。
それはどの練習生も、他のプロ選手も感じていることだった。
今回はタイトルマッチである。
空気が一段と温度を下げ、見えないピアノ線がいくつも張り巡らされているような緊張感がただよっていた。
チケットが納品されたと聞いて、宮田はふと奈々を思い出した。
自分の試合を見たいと言っていた。
今回は特に重要な試合、OPBFタイトルマッチ。
自分に取ってはベルト以上の意味がある。
ふと宮田は、自分にはかつて無かったような感情を覚えた。
「父さん」
「ん?」
「チケット、渡したい人がいるから取っておいて」
「ああ、バイト先の店長さんか?」
宮田は返事もせずに練習に戻った。
父親は、息子がいつになく何かを隠しているかのような雰囲気をしていると察知したものの、別段それを問いただすことはなかった。
思い出すのは、奈々が自分の言葉で奮起して戦ったこと。
それについて意外にも礼を言われたこと。
ならば自分は?
「頑張った人にしか見られない景色ってあるんだね」
奈々が言っていた言葉を思い出す。
「頑張っても、見られないこともあるけどよ」
宮田は独り言のようにボソッとつぶやいて、それから
「いや・・・・見せてやるよ」
豪快にサンドバッグを叩く音がジムに響いた。