君の背中
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10.異変
「高杉ちゃん、お疲れ」
そういって缶コーヒーをくれたのは、雑貨店の店長だった。
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、毎日遅くまで大変だったろ」
「…仕事ですから!」
奈々が元気を絞り出すように笑うと、雑貨店の店長は目を細めて笑った。
「うちの商店街、昔はもっと活気があってさ。華やかだったんだよ」
過去を思い出すように遠くを眺め、店長が続ける。
「複合施設に客を持ってかれちまってるからさぁ…。でも、こうやってイベントやって、近所の人とかいろんな人が来て、商店街が活気づくのを見ると、本当に嬉しいんだ」
店長の話を聞いて、奈々は雷に打たれたように、ハッと何かに気づいた。
そうだ、私…好きなんだ。
みんなの喜ぶ顔が。
みんなの楽しい顔が。
それが見たいから、この仕事やってるんだ。
それが見れるから、この仕事が好きなんだ。
「高杉ちゃんの企画のおかげで、今年は去年よりずっと盛り上がってるよ!」
店長がバンバンと大げさに肩を叩いて、奈々の労をねぎらった。
あまりの勢いに、奈々は飲んでいたコーヒーを思わず吹きこぼしそうになったほどだ。
手のひらから、暖かさを感じる。
「よかった」
じわりと流れてきそうな涙を、ぐっと堪えるのに精一杯だった。
宮田くんが言ってたこと、本当だった。
同じことの繰り返しにも意味があって
自分を誇れる瞬間があって
お金じゃ買えない価値があって・・・
頑張った人にしか、見えない景色ってあるんだね。
私がなんで、仕事を辞めないのか。
私がなんで、仕事を頑張るのか。
何のために、やっているのか。
全部、わかったの。
やっと、見えたの。
宮田くんの見ている景色とは少し違うのかもしれないけど。
私、ようやく胸を張って、君に会いに行けるよ。
****
イベントは無事に終了して、機材などの後片付けも終盤となった。
奈々はこのイベントの他に、新たにいくつかの企画や営業を掛け持ちしながら、合間を縫うように駆けつけ、疲労はピークに達していた。
「高杉、そっち終わったか?」
「はい、業者も全部帰って、撤収完了です」
「じゃ、俺らも行くか。車とって来てやるからそこで待ってろ」
「私が行きますよ」
「いいから。お前、だいぶ疲れてんだろうしさ」
そういって上司が駐車場の方向へ歩き始めたときだった。
奈々は突然、自分の視界が歪んだのに気づいた。
しっかり立とうにも足下がおぼつかない。
そのうち、カメラのシャッターを切った瞬間のように、目の前が真っ暗になった。
「おい!高杉!大丈夫か!?高杉!!」
--------------------
タイトルマッチまであと1ヶ月ちょっとになった。
宮田はいつになく張りつめた面持ちでレジに立っている。
試合前はバイトも休む。
今回は特にタイトルマッチともあって、いつもより長い休みをもらう予定だった。
理解のある職場で助かる、と思いつつ、どこか何かが足りない気がしていた。
居心地なんて生温いものには興味が無い。
タイトルマッチの前で緊張する、という性格でもないのは自分でもわかっていた。
ふと、そういえばしばらく、奈々の顔を見ていないなと思った。
自分が、奈々に対してキツい言葉をかけて以来ずっとだ。
それが原因なのか、全く関係ないのかはわからない。
現に奈々は、それほどこの店を利用していたわけではない。
それでも、あの変態事件以来、割とよく顔を出してくれていたのは間違いない。
気にならないといえば、嘘になる。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開いたのと同時に声を発する。
パブロフの犬のような、反射的な挨拶。
ふと見ると、奈々と同じ会社の人間だった。
彼らはよくこの店を利用するし、奈々とも親しげに話しをしていたのでよく覚えている。
「いやぁ、ヤマさん。高杉のやつ、大丈夫ですかね?」
「さすがにぶっ倒れるとはなぁ・・・」
・・・・倒れる?
気になる言葉を受けて、宮田の聴力は一段と緊張感を増した。
「まぁ、10日くらい入院することになったわ」
「入院ですか!?」
「明らかにオーバーワークだった。俺の管理が甘かったわ」
「確かに人一倍動いてましたけど・・・ヤマさん、自分を責めちゃダメっすよ!」
「わかってるけどよ。なんでもっと早く気づいてやれなかったかなって・・・」
奈々の上司らしき男が、見るからに悄気た顔をして後悔の念を語っている。
宮田は黙々と陳列作業を続けながら、済ました顔で耳を傾けた。
「明日、とりあえず見舞いに行くけどお前は?」
「俺も行きます!病院どこですか?」
「東総合病院だよ。時間が合えば一緒にいくか?それとも一人がいいか?」
「えっ・・・・お、俺はどっちでも・・・」
「またまたぁ。お前、高杉狙いだろ?俺は知ってんだからな?」
「ち、ち、違いますよっ!何を言ってるんですか、全くもう!」
奈々の同僚たちが品物を選び終わりレジに向かったのを見て、宮田もレジへ戻る。
機械的にレジ打ちを済ませている間も、同僚達は奈々の話題を話し続けていた。
「ありがとうございました」
店内には誰もいなくなった。
10時という、朝でも昼でもない微妙な時間帯だ。
ガランとした店内に響く、無駄に明るいBGM。
宮田はまたすぐに陳列作業に戻った。
「店長、オレ、バックヤード入りますんで」
宮田は店の奥の扉を開けて、段ボールが山積みになった寒々しい倉庫へ行った。
無心を装い、重なった段ボールをおろしては、陳列する商品を取り出している。
ここには騒々しいBGMは無い。
ガサガサと作業の音がやけに響くだけだ。
何も考えないようにしながらも、頭の中は何かを考えている。
宮田はふと、自分の手が止まっていることに気づいた。
奈々が、おそらく過労か何かが原因で入院した、ということは宮田にとって、思いもよらない知らせだった。
3週間ほど前に会ったときに、奈々が言っていたことを思い出す。
あの思い詰めたような表情や、助けを求めるような声。
そして、自分が放った一言も。
突き放したのにはワケがあっても、相手はそんなこと知る由もない。
「東総合病院って言ってたな・・・」
宮田はしばらく考えて、それから気分を整えるかのように深呼吸をした。
「高杉ちゃん、お疲れ」
そういって缶コーヒーをくれたのは、雑貨店の店長だった。
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、毎日遅くまで大変だったろ」
「…仕事ですから!」
奈々が元気を絞り出すように笑うと、雑貨店の店長は目を細めて笑った。
「うちの商店街、昔はもっと活気があってさ。華やかだったんだよ」
過去を思い出すように遠くを眺め、店長が続ける。
「複合施設に客を持ってかれちまってるからさぁ…。でも、こうやってイベントやって、近所の人とかいろんな人が来て、商店街が活気づくのを見ると、本当に嬉しいんだ」
店長の話を聞いて、奈々は雷に打たれたように、ハッと何かに気づいた。
そうだ、私…好きなんだ。
みんなの喜ぶ顔が。
みんなの楽しい顔が。
それが見たいから、この仕事やってるんだ。
それが見れるから、この仕事が好きなんだ。
「高杉ちゃんの企画のおかげで、今年は去年よりずっと盛り上がってるよ!」
店長がバンバンと大げさに肩を叩いて、奈々の労をねぎらった。
あまりの勢いに、奈々は飲んでいたコーヒーを思わず吹きこぼしそうになったほどだ。
手のひらから、暖かさを感じる。
「よかった」
じわりと流れてきそうな涙を、ぐっと堪えるのに精一杯だった。
宮田くんが言ってたこと、本当だった。
同じことの繰り返しにも意味があって
自分を誇れる瞬間があって
お金じゃ買えない価値があって・・・
頑張った人にしか、見えない景色ってあるんだね。
私がなんで、仕事を辞めないのか。
私がなんで、仕事を頑張るのか。
何のために、やっているのか。
全部、わかったの。
やっと、見えたの。
宮田くんの見ている景色とは少し違うのかもしれないけど。
私、ようやく胸を張って、君に会いに行けるよ。
****
イベントは無事に終了して、機材などの後片付けも終盤となった。
奈々はこのイベントの他に、新たにいくつかの企画や営業を掛け持ちしながら、合間を縫うように駆けつけ、疲労はピークに達していた。
「高杉、そっち終わったか?」
「はい、業者も全部帰って、撤収完了です」
「じゃ、俺らも行くか。車とって来てやるからそこで待ってろ」
「私が行きますよ」
「いいから。お前、だいぶ疲れてんだろうしさ」
そういって上司が駐車場の方向へ歩き始めたときだった。
奈々は突然、自分の視界が歪んだのに気づいた。
しっかり立とうにも足下がおぼつかない。
そのうち、カメラのシャッターを切った瞬間のように、目の前が真っ暗になった。
「おい!高杉!大丈夫か!?高杉!!」
--------------------
タイトルマッチまであと1ヶ月ちょっとになった。
宮田はいつになく張りつめた面持ちでレジに立っている。
試合前はバイトも休む。
今回は特にタイトルマッチともあって、いつもより長い休みをもらう予定だった。
理解のある職場で助かる、と思いつつ、どこか何かが足りない気がしていた。
居心地なんて生温いものには興味が無い。
タイトルマッチの前で緊張する、という性格でもないのは自分でもわかっていた。
ふと、そういえばしばらく、奈々の顔を見ていないなと思った。
自分が、奈々に対してキツい言葉をかけて以来ずっとだ。
それが原因なのか、全く関係ないのかはわからない。
現に奈々は、それほどこの店を利用していたわけではない。
それでも、あの変態事件以来、割とよく顔を出してくれていたのは間違いない。
気にならないといえば、嘘になる。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開いたのと同時に声を発する。
パブロフの犬のような、反射的な挨拶。
ふと見ると、奈々と同じ会社の人間だった。
彼らはよくこの店を利用するし、奈々とも親しげに話しをしていたのでよく覚えている。
「いやぁ、ヤマさん。高杉のやつ、大丈夫ですかね?」
「さすがにぶっ倒れるとはなぁ・・・」
・・・・倒れる?
気になる言葉を受けて、宮田の聴力は一段と緊張感を増した。
「まぁ、10日くらい入院することになったわ」
「入院ですか!?」
「明らかにオーバーワークだった。俺の管理が甘かったわ」
「確かに人一倍動いてましたけど・・・ヤマさん、自分を責めちゃダメっすよ!」
「わかってるけどよ。なんでもっと早く気づいてやれなかったかなって・・・」
奈々の上司らしき男が、見るからに悄気た顔をして後悔の念を語っている。
宮田は黙々と陳列作業を続けながら、済ました顔で耳を傾けた。
「明日、とりあえず見舞いに行くけどお前は?」
「俺も行きます!病院どこですか?」
「東総合病院だよ。時間が合えば一緒にいくか?それとも一人がいいか?」
「えっ・・・・お、俺はどっちでも・・・」
「またまたぁ。お前、高杉狙いだろ?俺は知ってんだからな?」
「ち、ち、違いますよっ!何を言ってるんですか、全くもう!」
奈々の同僚たちが品物を選び終わりレジに向かったのを見て、宮田もレジへ戻る。
機械的にレジ打ちを済ませている間も、同僚達は奈々の話題を話し続けていた。
「ありがとうございました」
店内には誰もいなくなった。
10時という、朝でも昼でもない微妙な時間帯だ。
ガランとした店内に響く、無駄に明るいBGM。
宮田はまたすぐに陳列作業に戻った。
「店長、オレ、バックヤード入りますんで」
宮田は店の奥の扉を開けて、段ボールが山積みになった寒々しい倉庫へ行った。
無心を装い、重なった段ボールをおろしては、陳列する商品を取り出している。
ここには騒々しいBGMは無い。
ガサガサと作業の音がやけに響くだけだ。
何も考えないようにしながらも、頭の中は何かを考えている。
宮田はふと、自分の手が止まっていることに気づいた。
奈々が、おそらく過労か何かが原因で入院した、ということは宮田にとって、思いもよらない知らせだった。
3週間ほど前に会ったときに、奈々が言っていたことを思い出す。
あの思い詰めたような表情や、助けを求めるような声。
そして、自分が放った一言も。
突き放したのにはワケがあっても、相手はそんなこと知る由もない。
「東総合病院って言ってたな・・・」
宮田はしばらく考えて、それから気分を整えるかのように深呼吸をした。