HEKIREKI
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9.覚えてろ
祝賀会会場は、川原会長の行きつけのスナックのようだ。
少し露出度の高い服を着た綺麗な女性が数人、お出迎えをする。
ステージの上には「祝・OPBFフェザー級王者・宮田一郎・初防衛成功」という垂れ幕がかかっていて、テーブルの上にはオードブルとビール、焼酎などの酒類が並んでいる。
人もぞろぞろと集まって来て、あちこちで挨拶を交わす。華やかな雰囲気に、春樹はゾワゾワと胸が高鳴るのを覚えた。
「お、来たか」
「待っていたよ、一郎くん」
「キャアア!一郎くんよぉ!」
店のドアが開いて、現れたのは宮田と父親だった。
場の雰囲気が一層華やかになり、ボルテージが一段上がったのを誰もが感じた。
「一郎くん、こっち座ってぇ!」
「やだ、アタシの横に座ってよぉ!」
「ちょっとちょっと、女の子たち落ち着いて」
左右の腕を女性に絡まれながらも、宮田は何事もなかったかのように目を伏せて歩き続ける。
「相変わらずモテモテだなぁ、宮田さん」
「ちっとも嬉しそうじゃねぇけど、モテすぎてもうウンザリしてる境地なのかなぁ」
「すげえなぁ」
ジムメイトが次々に口を開く傍で、春樹は面白くなさそうに、少し膨れて反論する。
「宮田さんには年上の彼女がいるんですよ。そんな人が、ちょっと綺麗な人に言い寄られたくらいで、ウキウキするはずないじゃないですか!」
「お、お前・・・それ本当か?」
「宮田さん彼女いるのかよ?」
「お前なんで知ってるんだよ」
にわかにザワザワと騒がしくなるスナックの一角だったが、特に誰の注目を浴びるわけでもないくらい、各テーブルの全てが賑やかに盛り上がっていた。
「それじゃ、宮田一郎選手の初防衛を祝してカンパーイ!」
後援会会長の音頭を合図に、宴会が始まった。
酒屋の息子である春樹、お酌は得意なものらしく、率先して各テーブルを周り、酒を注いだ。
そして宮田のテーブルへ。
宮田の両隣は、父親と木田マネージャー。
テーブルにはホステス、後援会会長やその関係者などが座っていた。
「宮田さん、初防衛おめでとうございます」
そう言ってビール瓶を差し出そうとしたとき、宮田の前においてあるグラスに透明な液体が注がれていることに気がついた。
「あ、宮田さんは焼酎派ですか?」
すると宮田父が、
「高杉、一郎は酒を飲まないんだよ」
「あ、じゃあこれ水ですか?」
それなら、ということで宮田父のグラスにビールを注ぐ。
宮田はどうやら一滴のアルコールも摂取していないようだ。
「ボクサーって酒禁止ですか?」
春樹が聞くと、今度は木田が答える。
「いや、試合前と直後以外は、本人の節度に任せているよ」
「じゃあ、どうして・・・」
「嫌いなんだよ」
それまでダンマリを決め込んでいた宮田が急に口を開いたので、春樹はおろか宮田父も木田も驚いた顔をした。
「宮田さん、下戸ですか?」
春樹が聞くと、宮田は冷たくこう答えた。
「酒なんて、飲む必要が見当たらない」
さすがに酒屋の息子ともなると、この手のセリフには黙っていられないらしい。春樹は持っていたビール瓶をテーブルに置くと、身を乗り出すようにして、
「どうしてですか?飲んでみてくださいよ!俺、家から一番良い酒、持って来たんですから!」
「家?」
宮田父が聞く。
「はい、俺んち酒屋なんで!」
「酒屋の一番良い酒か・・・気になるな」
「と、父さん!」
「今持って来ますね!」
酒好きの宮田父は少し酔いが回っているのもあり、春樹の申し出を嬉しそうに受けた。
一方の息子は全く面白くない表情を浮かべている。
「お待たせしました!ささ、どうぞ!ウチでも1本しか入荷しなかった幻の銘酒なんですよ!」
ラベルもロクに貼っていないような瓶が返ってレア感を増幅させ、テーブルに集う関係者たちから「おぉ」と低めの感嘆が上がる。
「さ、宮田さんもどうぞ!」
「・・・」
断ろうと思ったものの、先日父親に言われた『愛想を良くして』という注意が頭をよぎり、この流れを壊してはいけないような気になって、何も言えなくなった。
小さいおちょこに、なみなみと注がれる液体。
それが全員に行き渡った後、また「それではカンパーイ!」の音頭でみなが一斉に口に運ぶ。
「さあ、宮田さんも乾杯!」
春樹もちゃっかりと自分のおちょこを手にして、宮田の前に差し出す。
「お前…高校生だろうが」
「俺は酒屋の息子ですよ?物心つく前から飲酒してますよ!」
春樹はそういってグイッと一気飲みをしてみせる。
なにも見せつけるわけでなく、ごく自然な所作ではあったのだが、宮田は何か喧嘩を売られた気がして、ついつい負けじ魂に火がついてしまった。
宮田もおちょこを手に取り、グイッと飲み干してみる。
「お、おい一郎、大丈夫か?」
口の中がカーッと熱くなり、ジンジンとする。
これが“銘酒”?
全く美味いともなんとも思えない。
宮田はヒリヒリする喉に手を当てたいのをこらえながら、必死に涼しい顔を作る。
「宮田さん!お強いですね!ささ、もう1杯!」
「高杉、もうそのくらいで・・・」
「いいよ父さん」
そうして注がれた酒をまたグイッと飲み干す。
「一郎、良い加減にしろ・・・お前、酒飲んだことないだろう?」
「え?そ、そうなんですか?」
宮田は幼少の頃に酒乱の父を目撃した影響からか、20歳を過ぎても酒を全く飲まなかった。
父親が勧めても、一口も口をつけたことがなかったのだ。
酒を飲んだことのない人間に、日本酒2杯を一気は危ないと、春樹はこれまた酒屋の息子らしく酒を注ぐのをやめた。
そして、また別のテーブルに回ってお酌を続けることにした。
「いやぁ、それにしても本当に美味い。銘酒とはまさにこのことだな」
「本当に・・・良いヤツが入門したもんですな!」
「次回の祝賀会はアイツの家から酒を仕入れましょうか」
わっはっは、という形容がふさわしい和気藹々とした雰囲気の中で1人、姿勢を保てずにズルリと倒れそうになっている人物がいる。
「お、おい一郎?どうした?」
「一郎くん、大丈夫!?」
宮田は父親に体を預けるようにして、うなだれている。顔どころか身体中が真っ赤になっているようだ。
「だ、大丈夫・・・」
「真っ赤だぞ一郎?誰か、水!水!」
「一郎くん、しっかりしてぇ!」
「いやん、真っ赤になってかわいい!」
中央テーブルがガヤガヤと騒がしくなり、それに気づいた周囲のテーブルがどんどん静かになっていく。
「み、宮田さん!?大丈夫ですか!?」
店の端っこに置いてあるソファに宮田が運ばれる。
真っ赤な顔で時々苦しそうに呻く宮田を見て、春樹はたった2杯とは言え酒を注いだ自分の責任を深く痛感した。
「まぁ、少し寝れば大丈夫だろう。みなさんすみません、宴会を続けましょう!」
父親はそんなに心配していないらしい。愛想の悪い息子に代わって、後援会とのコネクション作りに専念する。
春樹は、冷たいおしぼりを宮田の頭に乗せ、脈を測る。脈は逸ってはいるが、急性アルコール中毒というわけではなく、単に酔っ払っただけのようだ。
宮田が動いたせいでズレたおしぼりを、春樹がそっと押さえ直すと、宮田は少しかすれた声で呟いた。
「・・・奈々・・・さん・・」
聞きなれない女性の名前。
ひょっとして・・・
「宮田さん、俺っす。高杉っす」
「・・・」
「彼女さんじゃ、ないっす」
おしぼりで覆われていない口元が歪み、チッと舌打ちのような声が聞こえてきた。
「奈々さんって言うんですね、彼女さん」
ニヤニヤと意地悪そうに春樹が言うと、宮田はさらに低い声で、恨めしそうに返した。
「・・・覚えてろ」
祝賀会会場は、川原会長の行きつけのスナックのようだ。
少し露出度の高い服を着た綺麗な女性が数人、お出迎えをする。
ステージの上には「祝・OPBFフェザー級王者・宮田一郎・初防衛成功」という垂れ幕がかかっていて、テーブルの上にはオードブルとビール、焼酎などの酒類が並んでいる。
人もぞろぞろと集まって来て、あちこちで挨拶を交わす。華やかな雰囲気に、春樹はゾワゾワと胸が高鳴るのを覚えた。
「お、来たか」
「待っていたよ、一郎くん」
「キャアア!一郎くんよぉ!」
店のドアが開いて、現れたのは宮田と父親だった。
場の雰囲気が一層華やかになり、ボルテージが一段上がったのを誰もが感じた。
「一郎くん、こっち座ってぇ!」
「やだ、アタシの横に座ってよぉ!」
「ちょっとちょっと、女の子たち落ち着いて」
左右の腕を女性に絡まれながらも、宮田は何事もなかったかのように目を伏せて歩き続ける。
「相変わらずモテモテだなぁ、宮田さん」
「ちっとも嬉しそうじゃねぇけど、モテすぎてもうウンザリしてる境地なのかなぁ」
「すげえなぁ」
ジムメイトが次々に口を開く傍で、春樹は面白くなさそうに、少し膨れて反論する。
「宮田さんには年上の彼女がいるんですよ。そんな人が、ちょっと綺麗な人に言い寄られたくらいで、ウキウキするはずないじゃないですか!」
「お、お前・・・それ本当か?」
「宮田さん彼女いるのかよ?」
「お前なんで知ってるんだよ」
にわかにザワザワと騒がしくなるスナックの一角だったが、特に誰の注目を浴びるわけでもないくらい、各テーブルの全てが賑やかに盛り上がっていた。
「それじゃ、宮田一郎選手の初防衛を祝してカンパーイ!」
後援会会長の音頭を合図に、宴会が始まった。
酒屋の息子である春樹、お酌は得意なものらしく、率先して各テーブルを周り、酒を注いだ。
そして宮田のテーブルへ。
宮田の両隣は、父親と木田マネージャー。
テーブルにはホステス、後援会会長やその関係者などが座っていた。
「宮田さん、初防衛おめでとうございます」
そう言ってビール瓶を差し出そうとしたとき、宮田の前においてあるグラスに透明な液体が注がれていることに気がついた。
「あ、宮田さんは焼酎派ですか?」
すると宮田父が、
「高杉、一郎は酒を飲まないんだよ」
「あ、じゃあこれ水ですか?」
それなら、ということで宮田父のグラスにビールを注ぐ。
宮田はどうやら一滴のアルコールも摂取していないようだ。
「ボクサーって酒禁止ですか?」
春樹が聞くと、今度は木田が答える。
「いや、試合前と直後以外は、本人の節度に任せているよ」
「じゃあ、どうして・・・」
「嫌いなんだよ」
それまでダンマリを決め込んでいた宮田が急に口を開いたので、春樹はおろか宮田父も木田も驚いた顔をした。
「宮田さん、下戸ですか?」
春樹が聞くと、宮田は冷たくこう答えた。
「酒なんて、飲む必要が見当たらない」
さすがに酒屋の息子ともなると、この手のセリフには黙っていられないらしい。春樹は持っていたビール瓶をテーブルに置くと、身を乗り出すようにして、
「どうしてですか?飲んでみてくださいよ!俺、家から一番良い酒、持って来たんですから!」
「家?」
宮田父が聞く。
「はい、俺んち酒屋なんで!」
「酒屋の一番良い酒か・・・気になるな」
「と、父さん!」
「今持って来ますね!」
酒好きの宮田父は少し酔いが回っているのもあり、春樹の申し出を嬉しそうに受けた。
一方の息子は全く面白くない表情を浮かべている。
「お待たせしました!ささ、どうぞ!ウチでも1本しか入荷しなかった幻の銘酒なんですよ!」
ラベルもロクに貼っていないような瓶が返ってレア感を増幅させ、テーブルに集う関係者たちから「おぉ」と低めの感嘆が上がる。
「さ、宮田さんもどうぞ!」
「・・・」
断ろうと思ったものの、先日父親に言われた『愛想を良くして』という注意が頭をよぎり、この流れを壊してはいけないような気になって、何も言えなくなった。
小さいおちょこに、なみなみと注がれる液体。
それが全員に行き渡った後、また「それではカンパーイ!」の音頭でみなが一斉に口に運ぶ。
「さあ、宮田さんも乾杯!」
春樹もちゃっかりと自分のおちょこを手にして、宮田の前に差し出す。
「お前…高校生だろうが」
「俺は酒屋の息子ですよ?物心つく前から飲酒してますよ!」
春樹はそういってグイッと一気飲みをしてみせる。
なにも見せつけるわけでなく、ごく自然な所作ではあったのだが、宮田は何か喧嘩を売られた気がして、ついつい負けじ魂に火がついてしまった。
宮田もおちょこを手に取り、グイッと飲み干してみる。
「お、おい一郎、大丈夫か?」
口の中がカーッと熱くなり、ジンジンとする。
これが“銘酒”?
全く美味いともなんとも思えない。
宮田はヒリヒリする喉に手を当てたいのをこらえながら、必死に涼しい顔を作る。
「宮田さん!お強いですね!ささ、もう1杯!」
「高杉、もうそのくらいで・・・」
「いいよ父さん」
そうして注がれた酒をまたグイッと飲み干す。
「一郎、良い加減にしろ・・・お前、酒飲んだことないだろう?」
「え?そ、そうなんですか?」
宮田は幼少の頃に酒乱の父を目撃した影響からか、20歳を過ぎても酒を全く飲まなかった。
父親が勧めても、一口も口をつけたことがなかったのだ。
酒を飲んだことのない人間に、日本酒2杯を一気は危ないと、春樹はこれまた酒屋の息子らしく酒を注ぐのをやめた。
そして、また別のテーブルに回ってお酌を続けることにした。
「いやぁ、それにしても本当に美味い。銘酒とはまさにこのことだな」
「本当に・・・良いヤツが入門したもんですな!」
「次回の祝賀会はアイツの家から酒を仕入れましょうか」
わっはっは、という形容がふさわしい和気藹々とした雰囲気の中で1人、姿勢を保てずにズルリと倒れそうになっている人物がいる。
「お、おい一郎?どうした?」
「一郎くん、大丈夫!?」
宮田は父親に体を預けるようにして、うなだれている。顔どころか身体中が真っ赤になっているようだ。
「だ、大丈夫・・・」
「真っ赤だぞ一郎?誰か、水!水!」
「一郎くん、しっかりしてぇ!」
「いやん、真っ赤になってかわいい!」
中央テーブルがガヤガヤと騒がしくなり、それに気づいた周囲のテーブルがどんどん静かになっていく。
「み、宮田さん!?大丈夫ですか!?」
店の端っこに置いてあるソファに宮田が運ばれる。
真っ赤な顔で時々苦しそうに呻く宮田を見て、春樹はたった2杯とは言え酒を注いだ自分の責任を深く痛感した。
「まぁ、少し寝れば大丈夫だろう。みなさんすみません、宴会を続けましょう!」
父親はそんなに心配していないらしい。愛想の悪い息子に代わって、後援会とのコネクション作りに専念する。
春樹は、冷たいおしぼりを宮田の頭に乗せ、脈を測る。脈は逸ってはいるが、急性アルコール中毒というわけではなく、単に酔っ払っただけのようだ。
宮田が動いたせいでズレたおしぼりを、春樹がそっと押さえ直すと、宮田は少しかすれた声で呟いた。
「・・・奈々・・・さん・・」
聞きなれない女性の名前。
ひょっとして・・・
「宮田さん、俺っす。高杉っす」
「・・・」
「彼女さんじゃ、ないっす」
おしぼりで覆われていない口元が歪み、チッと舌打ちのような声が聞こえてきた。
「奈々さんって言うんですね、彼女さん」
ニヤニヤと意地悪そうに春樹が言うと、宮田はさらに低い声で、恨めしそうに返した。
「・・・覚えてろ」