HEKIREKI
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6.良かったな
ジムに入門して半年が過ぎた頃。
春樹のプロテストの日がやってきた。
同時期に入門した他の練習生と3人で受けることになり、試験前に川原ジムに集合。
その3人を引き連れて試験会場まで行くのは、宮田父だった。
「まぁ、お前らは筆記は問題ないだろう。実技の方は、今まで教わったことを忠実に出せばいい。あまり緊張することはない」
「は、はいっ」
「じゃあ行くぞ」
いざジムを出ようとした頃、ドアを開けて入って来たのは宮田だった。
「お、一郎どうした?」
普段は夕方から顔を出す宮田が、今日は昼間に姿を見せたので父親は思わず驚いて声をかけた。この時間は、普段なら仕事をしているはずだからだ。
「忘れ物しちまってさ」
「忘れ物?」
「バイトの名札だよ」
どうやら宮田は、バイト先でつける名札をロッカーの中へ置いて来てしまったらしい。朝はジムも開いておらず時間的に間に合わなかったため、休憩時間の合間に、取りに来たようだ。
宮田は父親とその横にいる練習生の中に春樹の姿があるのを見て、またも少しイライラと心が乱される感じがした。
一方の春樹は、例のごとく『テスト前に宮田さんに会えるなんてラッキー』という気持ちが顔に書いてあるかのごとく、目をキラキラ輝かせていた。
「これから練習生のプロテストがあるんだ。お前も一言、声をかけてやったらどうだ」
ロッカー室へ急ぐ宮田の背中に、父親が声をかける。
しかし宮田はそれを聞こえていないかのように無視して、ドアを開けて姿を消してしまった。
「全く・・・。じゃあ、みんな、そろそろ行くぞ」
「は、はいっ」
__________
テストは無事に終了し、後日、テストの成績が発表された。
春樹は見事、C級ライセンスを取得した。
合格を告げられた日、春樹はジムの隅でこっそりとガッツポーズをしたものの、それまでとは何も変わらない生活に、プロボクサーになった実感は何も湧かなかった。
それからしばらくして、日本ボクシングコミッションからライセンス証が送られて来た。
春樹は会長室に呼ばれ、会長から直々にライセンスを手渡される。
「お前もプロ選手として、これから頑張れよ」
「は、はいっ」
「まだ高校生だったよな?学業の方は大丈夫なのか?」
たまたま同席していた宮田父が、ハッと意外そうに目を見開いて
「高杉、お前高校生だったのか」
「あ、はい。そうです」
「大学生くらいかと思っていたよ」
そして腕を組み、ちょっと考えてから
「一郎もライセンスを取った時は高校生だったが・・・学業との両立は問題なくできていたよ。お前もきっと大丈夫だろう」
宮田父から憧れの先輩の名前が出て来て、ついテンションが上がってしまったのだろう。またも目をキラキラさせながら、
「宮田さんも?・・・そっかぁ・・・お揃いですね!」
「あ・・・あ、ああ」
さすがの宮田父も、コレには気色悪さを隠せなかった。
「ありがとうございました」
深々と礼をして、会長室を去る。
階段前の廊下で、誰もいないのを確認してから、春樹はポケットにしまったライセンスを取り出して、うっとりと眺め始めた。
「・・・本当に・・・プロボクサーに・・・なれたんだ・・・」
目頭に熱いものがこみ上げ、思わずそれを腕で拭う。
宮田に憧れて、ボクシングジムの扉を叩いて半年。
来る日も来る日も走って、サンドバッグを叩いて、グローブで叩かれて・・・
ようやく、宮田さんと同じステージに立てるんだ。
そう思えば思うほど、感動の涙が止まらなくなっていく。
自分のことで精一杯だったらしい、下から上がってくる人の気配に全く気づかなかった。
気がつけば、階段の中腹の方で、宮田がピタリと足を止めていた。
「あ・・・宮田さん」
「・・・なにしてんだよ」
「あ・・あの・・・」
宮田がカツンカツンと階段を上がってくる。
そして、春樹の手の中にあるライセンスをチラリと見た。
「あ、すいません・・・か、感動してしまって・・・つい」
「そう」
「だ、誰もいないと・・・思って・・・す、すんません・・・」
グズグズ、と鼻をすすりながら、春樹は照れ笑いしながら頭を掻き続けている。
エヘエヘと笑う様は、プロボクサーとは思えないほど穏やかで、むしろ幼稚にさえ見えた。
それに対峙する宮田の内心は、見た目とは裏腹に穏やかではなかった。
何やら複雑な感情が胸に渦巻くのを、自分でも感じていた。
冗談かと思えば本当にプロになる気らしい。
あの、妙に馴れ馴れしい、うっとおしい、あつかましいジムの後輩が。
あの、思い出せば思い出すほどに、人をイラつかせる拳の持ち主が。
階級は違えど、オレと同じ舞台に上がってきやがった。
・・・・面白い。
「…………良かったな」
ポン、と春樹の肩に手を置いて、宮田は一言だけ言って会長室の方へ歩いて行った。
「え、え、み、宮田さん?」
突然の出来事に、春樹も驚き固まる。
通り過ぎた宮田を振り返って追いかけようと思った頃には、すでにその姿はなかった。
み、宮田さんに「良かったな」なんて言われた・・・
あまりの感動に、せっかく止めたはずの涙がまた、ぽろぽろととめどなく落ちて来てしまった。
ジムに入門して半年が過ぎた頃。
春樹のプロテストの日がやってきた。
同時期に入門した他の練習生と3人で受けることになり、試験前に川原ジムに集合。
その3人を引き連れて試験会場まで行くのは、宮田父だった。
「まぁ、お前らは筆記は問題ないだろう。実技の方は、今まで教わったことを忠実に出せばいい。あまり緊張することはない」
「は、はいっ」
「じゃあ行くぞ」
いざジムを出ようとした頃、ドアを開けて入って来たのは宮田だった。
「お、一郎どうした?」
普段は夕方から顔を出す宮田が、今日は昼間に姿を見せたので父親は思わず驚いて声をかけた。この時間は、普段なら仕事をしているはずだからだ。
「忘れ物しちまってさ」
「忘れ物?」
「バイトの名札だよ」
どうやら宮田は、バイト先でつける名札をロッカーの中へ置いて来てしまったらしい。朝はジムも開いておらず時間的に間に合わなかったため、休憩時間の合間に、取りに来たようだ。
宮田は父親とその横にいる練習生の中に春樹の姿があるのを見て、またも少しイライラと心が乱される感じがした。
一方の春樹は、例のごとく『テスト前に宮田さんに会えるなんてラッキー』という気持ちが顔に書いてあるかのごとく、目をキラキラ輝かせていた。
「これから練習生のプロテストがあるんだ。お前も一言、声をかけてやったらどうだ」
ロッカー室へ急ぐ宮田の背中に、父親が声をかける。
しかし宮田はそれを聞こえていないかのように無視して、ドアを開けて姿を消してしまった。
「全く・・・。じゃあ、みんな、そろそろ行くぞ」
「は、はいっ」
__________
テストは無事に終了し、後日、テストの成績が発表された。
春樹は見事、C級ライセンスを取得した。
合格を告げられた日、春樹はジムの隅でこっそりとガッツポーズをしたものの、それまでとは何も変わらない生活に、プロボクサーになった実感は何も湧かなかった。
それからしばらくして、日本ボクシングコミッションからライセンス証が送られて来た。
春樹は会長室に呼ばれ、会長から直々にライセンスを手渡される。
「お前もプロ選手として、これから頑張れよ」
「は、はいっ」
「まだ高校生だったよな?学業の方は大丈夫なのか?」
たまたま同席していた宮田父が、ハッと意外そうに目を見開いて
「高杉、お前高校生だったのか」
「あ、はい。そうです」
「大学生くらいかと思っていたよ」
そして腕を組み、ちょっと考えてから
「一郎もライセンスを取った時は高校生だったが・・・学業との両立は問題なくできていたよ。お前もきっと大丈夫だろう」
宮田父から憧れの先輩の名前が出て来て、ついテンションが上がってしまったのだろう。またも目をキラキラさせながら、
「宮田さんも?・・・そっかぁ・・・お揃いですね!」
「あ・・・あ、ああ」
さすがの宮田父も、コレには気色悪さを隠せなかった。
「ありがとうございました」
深々と礼をして、会長室を去る。
階段前の廊下で、誰もいないのを確認してから、春樹はポケットにしまったライセンスを取り出して、うっとりと眺め始めた。
「・・・本当に・・・プロボクサーに・・・なれたんだ・・・」
目頭に熱いものがこみ上げ、思わずそれを腕で拭う。
宮田に憧れて、ボクシングジムの扉を叩いて半年。
来る日も来る日も走って、サンドバッグを叩いて、グローブで叩かれて・・・
ようやく、宮田さんと同じステージに立てるんだ。
そう思えば思うほど、感動の涙が止まらなくなっていく。
自分のことで精一杯だったらしい、下から上がってくる人の気配に全く気づかなかった。
気がつけば、階段の中腹の方で、宮田がピタリと足を止めていた。
「あ・・・宮田さん」
「・・・なにしてんだよ」
「あ・・あの・・・」
宮田がカツンカツンと階段を上がってくる。
そして、春樹の手の中にあるライセンスをチラリと見た。
「あ、すいません・・・か、感動してしまって・・・つい」
「そう」
「だ、誰もいないと・・・思って・・・す、すんません・・・」
グズグズ、と鼻をすすりながら、春樹は照れ笑いしながら頭を掻き続けている。
エヘエヘと笑う様は、プロボクサーとは思えないほど穏やかで、むしろ幼稚にさえ見えた。
それに対峙する宮田の内心は、見た目とは裏腹に穏やかではなかった。
何やら複雑な感情が胸に渦巻くのを、自分でも感じていた。
冗談かと思えば本当にプロになる気らしい。
あの、妙に馴れ馴れしい、うっとおしい、あつかましいジムの後輩が。
あの、思い出せば思い出すほどに、人をイラつかせる拳の持ち主が。
階級は違えど、オレと同じ舞台に上がってきやがった。
・・・・面白い。
「…………良かったな」
ポン、と春樹の肩に手を置いて、宮田は一言だけ言って会長室の方へ歩いて行った。
「え、え、み、宮田さん?」
突然の出来事に、春樹も驚き固まる。
通り過ぎた宮田を振り返って追いかけようと思った頃には、すでにその姿はなかった。
み、宮田さんに「良かったな」なんて言われた・・・
あまりの感動に、せっかく止めたはずの涙がまた、ぽろぽろととめどなく落ちて来てしまった。