HEKIREKI
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3.似ている男
日曜日の夕方。
ジムは休みで、宮田のバイトも休みの休養日。
暇を持て余したのもあって、軽く汗を流しに外へ出た。
ロードワークのコースはだいたいいつも決まっている。
ただこの日は、ちょっと気分転換というか、何の気なしにコースを変えてみたくなった。
それが神様のイタズラを引き起こしたのか、思いもよらぬところで、思いもよらぬ人物に遭遇する。
「宮田さん!?」
とある酒屋の前で、エプロンをしてビール瓶の入ったケースを運んでいる春樹に遭遇した。
宮田は何事もなかったように通り過ぎようとしたのだが、宮田との思わぬ遭遇に舞い上がった春樹が、犬のようにじゃれて来たので思わず足が止まる。
「宮田さん、どうしたんですか、こんなところで!?あ、ここ俺んちなんです、酒屋なんですよぉ」
「・・・」
「日曜日でジムも休みなのにロードワークだなんて、宮田さんさすがです!かっこいいです!」
「・・・」
この独りよがりな感じ・・・妙に既視感があるな、と宮田は少し考え、すぐに気がついた。
なんとなく、幕之内のノリに似ているのだ。
「宮田さん、せっかくだからウチでお茶でも・・」
「いや、いい。じゃあな」
「え。み、宮田さああん!」
宮田はくるりと春樹に背を向けて、そのまま颯爽と走り出して消えてしまった。
春樹はあっという間に小さくなった背中をいつまでも眺めていた。
宮田は何も考えないようにしようと思ったものの、なんだか妙に春樹が気になって仕方がなく、頭からその存在が離れない。
どうしたものかと、しばし考えてみる。
そういえば以前、父親が「コテコテのインファイターが、お前のようなアウトボクサーを目指して入門してきた」と笑いながら話してきたのを思い出した。
あの時、父親が「幕之内を彷彿とさせる」なんて言葉を使ったものだから、少し心に止まるものがあったのかもしれない。
「実家は・・・酒屋か」
あの手慣れた様子では、小さい頃からずっと家業を手伝っていたのだろう。重たいビールケースなどを運び続けた腕力と下半身の強さは、ここから由来しているのか。
奇妙な共通点の多いライバルと、同門の練習生。
宮田は改めて春樹をうっとおしく感じた。
翌日、宮田がジムに顔を出すと春樹がサンドバッグを打っている姿が目に入った。
練習生ながら、ドスンと重たくえげつない、他の練習生が振り返ってみるほどの音を出す。
「いいぞ、インファイター高杉」
「や、やめてくださいコーチ」
コーチが茶化すように言うと、春樹は手を止めて振り返り、
「俺は宮田さんみたいになりたいんっすから!!」
ジム内に響く大声で方向違いの宣言をした春樹の前を、宮田が涼しい顔で通り過ぎる。
誰もが冷たく凍ったような空気を察して固まる中、3分間の終わりを告げるブザーが鳴り響き、ジム内はより一層静まった。
「お前が一郎くんみたいになるのは無理だよ」
コーチが諭すように言うも、春樹は興奮冷めやらぬ様子で
「俺は宮田さんの見てる景色がみたいんです!!」
誰もがピリピリとした雰囲気を感じていた。
宮田本人の耳にも明らかに届いただろう言葉だったが、宮田は振り返ることなく、ロッカーに続くドアを静かに開けて、消えて行った。
「お、お前・・・殺す気かよ。空気読めよ!?」
コーチが小声で肘を小突きながら言う。
「え?なんすか?とにかく俺は・・」
「もうわかったから!うるさい黙れ!」
ギャアギャアと俄かに騒がしくなったジム内に背を向け、ロッカールームで宮田は投げるように自分の荷物を床に置いた。
なんだかイライラと、ムカムカと、心が晴れない。
いつもは静かで精神統一のしやすいジムなのに、最近妙に騒がしいからだろうか。
「一郎、今来たのか?」
ガチャリとロッカールームのドアが開いて、父が話しかける。
いつもなら一言二言、世間話くらいしそうなものだが、今日の息子は少し機嫌が悪いらしく、黙って頷くだけだった。
「どうしたんだ、今日は」
「別に、なんでもないよ」
「そうか・・・実はな、お前の初防衛戦が決まりそうなんだ。あとで2階に来てくれ」
「わかったよ」
タイトルマッチから3ヶ月。
初防衛戦の話がようやく形になった。
それは同時に、次の試合・・・つまり減量へ向けて、カウントダウンが始まったということになる。
余計な雑念は、できる限り消し去りたい。
それなのに、雑音ばかりを聞かせてくる、やたらとまとわりついてくる練習生の存在が、うっとおしくて仕方なかった。
日曜日の夕方。
ジムは休みで、宮田のバイトも休みの休養日。
暇を持て余したのもあって、軽く汗を流しに外へ出た。
ロードワークのコースはだいたいいつも決まっている。
ただこの日は、ちょっと気分転換というか、何の気なしにコースを変えてみたくなった。
それが神様のイタズラを引き起こしたのか、思いもよらぬところで、思いもよらぬ人物に遭遇する。
「宮田さん!?」
とある酒屋の前で、エプロンをしてビール瓶の入ったケースを運んでいる春樹に遭遇した。
宮田は何事もなかったように通り過ぎようとしたのだが、宮田との思わぬ遭遇に舞い上がった春樹が、犬のようにじゃれて来たので思わず足が止まる。
「宮田さん、どうしたんですか、こんなところで!?あ、ここ俺んちなんです、酒屋なんですよぉ」
「・・・」
「日曜日でジムも休みなのにロードワークだなんて、宮田さんさすがです!かっこいいです!」
「・・・」
この独りよがりな感じ・・・妙に既視感があるな、と宮田は少し考え、すぐに気がついた。
なんとなく、幕之内のノリに似ているのだ。
「宮田さん、せっかくだからウチでお茶でも・・」
「いや、いい。じゃあな」
「え。み、宮田さああん!」
宮田はくるりと春樹に背を向けて、そのまま颯爽と走り出して消えてしまった。
春樹はあっという間に小さくなった背中をいつまでも眺めていた。
宮田は何も考えないようにしようと思ったものの、なんだか妙に春樹が気になって仕方がなく、頭からその存在が離れない。
どうしたものかと、しばし考えてみる。
そういえば以前、父親が「コテコテのインファイターが、お前のようなアウトボクサーを目指して入門してきた」と笑いながら話してきたのを思い出した。
あの時、父親が「幕之内を彷彿とさせる」なんて言葉を使ったものだから、少し心に止まるものがあったのかもしれない。
「実家は・・・酒屋か」
あの手慣れた様子では、小さい頃からずっと家業を手伝っていたのだろう。重たいビールケースなどを運び続けた腕力と下半身の強さは、ここから由来しているのか。
奇妙な共通点の多いライバルと、同門の練習生。
宮田は改めて春樹をうっとおしく感じた。
翌日、宮田がジムに顔を出すと春樹がサンドバッグを打っている姿が目に入った。
練習生ながら、ドスンと重たくえげつない、他の練習生が振り返ってみるほどの音を出す。
「いいぞ、インファイター高杉」
「や、やめてくださいコーチ」
コーチが茶化すように言うと、春樹は手を止めて振り返り、
「俺は宮田さんみたいになりたいんっすから!!」
ジム内に響く大声で方向違いの宣言をした春樹の前を、宮田が涼しい顔で通り過ぎる。
誰もが冷たく凍ったような空気を察して固まる中、3分間の終わりを告げるブザーが鳴り響き、ジム内はより一層静まった。
「お前が一郎くんみたいになるのは無理だよ」
コーチが諭すように言うも、春樹は興奮冷めやらぬ様子で
「俺は宮田さんの見てる景色がみたいんです!!」
誰もがピリピリとした雰囲気を感じていた。
宮田本人の耳にも明らかに届いただろう言葉だったが、宮田は振り返ることなく、ロッカーに続くドアを静かに開けて、消えて行った。
「お、お前・・・殺す気かよ。空気読めよ!?」
コーチが小声で肘を小突きながら言う。
「え?なんすか?とにかく俺は・・」
「もうわかったから!うるさい黙れ!」
ギャアギャアと俄かに騒がしくなったジム内に背を向け、ロッカールームで宮田は投げるように自分の荷物を床に置いた。
なんだかイライラと、ムカムカと、心が晴れない。
いつもは静かで精神統一のしやすいジムなのに、最近妙に騒がしいからだろうか。
「一郎、今来たのか?」
ガチャリとロッカールームのドアが開いて、父が話しかける。
いつもなら一言二言、世間話くらいしそうなものだが、今日の息子は少し機嫌が悪いらしく、黙って頷くだけだった。
「どうしたんだ、今日は」
「別に、なんでもないよ」
「そうか・・・実はな、お前の初防衛戦が決まりそうなんだ。あとで2階に来てくれ」
「わかったよ」
タイトルマッチから3ヶ月。
初防衛戦の話がようやく形になった。
それは同時に、次の試合・・・つまり減量へ向けて、カウントダウンが始まったということになる。
余計な雑念は、できる限り消し去りたい。
それなのに、雑音ばかりを聞かせてくる、やたらとまとわりついてくる練習生の存在が、うっとおしくて仕方なかった。