HEKIREKI
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2.追いつけない影
川原ジムに入門して3ヶ月。
憧れの宮田コーチにミット打ちをしてもらい、そして
『アウトボクサー向きではない』
なんていう無慈悲な判断を下された春樹。
宮田のOPBFタイトルマッチをテレビで見て以来、まるで小さな子供が特撮戦隊モノのヒーローに入れ込むように、すっかり宮田に取り込まれてしまった春樹は、その強い憧れから、なかなか自分の特性・・・つまりハードパンチャーを売り物にするインファイターとしての特性を、受け入れきれないでいた。
「こんちわ・・・」
「コラァ、高杉!なんだその挨拶は!?」
「は、はいっ、すいません!」
やる気のない挨拶でジムに入ると、すぐに会長からの檄が飛んで来た。無理にピンと背筋を張ってロッカーへ進むと、今日は珍しく、あの憧れの宮田一郎がロッカーで着替えをしていた。
「み、み、宮田さんっ!!こ、こんにちは!!」
「・・・・ああ」
春樹が緊張しすぎてどもりながら挨拶を交わすも、宮田は全く意にも介せず、一瞥もくれないまま小さく返事をするだけだった。
王者といえども、別に特別なロッカールームが設置されているわけでもない。こうやって練習生と同じロッカーを使う。
宮田はいつも、もう少し遅い時間にやってくるのだが、今日はどういうわけか早めに来ていたようだ。
春樹は皮膚を突き刺すような王者のオーラに気圧されながら、半ば縮こまるようにして着替えをした。
そしてふと、とんでもなく無謀なことを思い立ったのである。
「あ、あの、宮田さん!」
「・・・何?」
「俺・・・ロード、ついていっていいですか!?」
入門3ヶ月のど素人が、つい先日OPBF王者になった一流のプロ選手に向かって言う言葉ではないことは、明らかなのだが。
宮田は黙ってベンチに座りながら、何事も聞かなかったかのように、バンテージを巻き続ける。
「あ、あの、宮田さん」
世間知らずとは恐ろしいもので、あからさまな“無視”を『まさか聞こえてなかったのかな』と都合のいいように脳内変換できるらしい。
春樹がぐっと迫るように言うと、宮田はいたってクールにこう返して来た。
「好きにしろよ」
そして、まだ準備の整っていない春樹を置き去りにするように、ベンチから立ち上がってロッカーを出て行った。
「ま、ま、待ってください!宮田さん!!」
春樹が慌てて宮田の背中を追いかけ、ジムの玄関を飛び出した頃には、宮田の影は小さく小さくなっていた。
準備運動もそこそこに、走って追いかける。
決してタラタラと走っているわけじゃない。
それどころか、全速力に近いほどの速度で走っているにも関わらず、全く追いつけない。
「み、み、みや・・・た・・・さん・・・」
そして完全に宮田の後ろ姿を見失ってしまった。
1時間ほどして。
ぜいぜいと息を切らして満身創痍でジムに帰ってくると、ジムの中で宮田が涼しい顔をしてシャドーしているのが目に入った。
「ば、化け物だ・・・・」
フラフラとおぼつかない足取りで鏡の前に立つ。
鏡の向こうに宮田のシャドーが映る。
思わず見とれてしまう。
「何をボケっとしてんだ、高杉!」
バシッと弾けるような音。
コーチに頭を叩かれてふと我に返る。
「み、宮田さんはすごいなと思って・・・・」
「ん?あぁ・・・一郎くんに見とれてたのか。まぁアレは惚れ惚れするようなシャドーだよな」
空気を切り裂く鋭いジャブ、正確無比なジャブ数発の後に繰り出される、閃光のような右ストレート。無駄のないウィービングとステップ。その全てが、美しいまでに完成されている。
「宮田さんって・・・」
「ん?」
「かっこいいですよね」
やや頰を赤らめたようにして春樹がボソリと呟くと、コーチは意地悪そうに笑って、
「・・・なんだお前、ソッチの趣味あるのか?」
「そ、そういう意味じゃないです!!」
「まぁ、一郎くんはハンサムだしなぁ」
「そ、そうですけど、そうじゃなくて・・・」
ビーッと、3分間終了を告げるブザーがなる。
1分のインターバルで、ジム内の空気が少し和らぐ。
宮田はリングにかけてあるタオルで顔を拭って、鏡を見ながらフォームを調整している。インターバルの1分間といえども、ダラリと休むところは見せない。
誰とも話すことなく、ただ黙々と、延々と。
その背中は、孤高であり・・・孤独でもあった。
「コーチ・・・宮田さんって」
「ん?」
「いつも1人で練習してますよね」
「まぁ・・・・ウチは一郎くん以上の選手はいないし」
歴史の浅い川原ジムには、プロ選手はいるが、ランキング入りしている選手や、ましてやタイトルホルダーは宮田の他に誰もいなかった。
「みんなで練習って言っても・・・誰も追いつけないからな」
「お、俺がいつか追いついて・・・」
「無理無理、わはは」
ビーッと、次の3分間の始まりを告げるブザーがなる。
コーチは、“バカみたいな冗談言うなよ”と嗤うように、ポンと春樹の肩を叩いて、その場を離れた。
宮田さんはやっぱり凄いな・・・・
俺も早く、追いつきたい・・・・
春樹は燃える闘志を内に秘め、拳を固く握った。
川原ジムに入門して3ヶ月。
憧れの宮田コーチにミット打ちをしてもらい、そして
『アウトボクサー向きではない』
なんていう無慈悲な判断を下された春樹。
宮田のOPBFタイトルマッチをテレビで見て以来、まるで小さな子供が特撮戦隊モノのヒーローに入れ込むように、すっかり宮田に取り込まれてしまった春樹は、その強い憧れから、なかなか自分の特性・・・つまりハードパンチャーを売り物にするインファイターとしての特性を、受け入れきれないでいた。
「こんちわ・・・」
「コラァ、高杉!なんだその挨拶は!?」
「は、はいっ、すいません!」
やる気のない挨拶でジムに入ると、すぐに会長からの檄が飛んで来た。無理にピンと背筋を張ってロッカーへ進むと、今日は珍しく、あの憧れの宮田一郎がロッカーで着替えをしていた。
「み、み、宮田さんっ!!こ、こんにちは!!」
「・・・・ああ」
春樹が緊張しすぎてどもりながら挨拶を交わすも、宮田は全く意にも介せず、一瞥もくれないまま小さく返事をするだけだった。
王者といえども、別に特別なロッカールームが設置されているわけでもない。こうやって練習生と同じロッカーを使う。
宮田はいつも、もう少し遅い時間にやってくるのだが、今日はどういうわけか早めに来ていたようだ。
春樹は皮膚を突き刺すような王者のオーラに気圧されながら、半ば縮こまるようにして着替えをした。
そしてふと、とんでもなく無謀なことを思い立ったのである。
「あ、あの、宮田さん!」
「・・・何?」
「俺・・・ロード、ついていっていいですか!?」
入門3ヶ月のど素人が、つい先日OPBF王者になった一流のプロ選手に向かって言う言葉ではないことは、明らかなのだが。
宮田は黙ってベンチに座りながら、何事も聞かなかったかのように、バンテージを巻き続ける。
「あ、あの、宮田さん」
世間知らずとは恐ろしいもので、あからさまな“無視”を『まさか聞こえてなかったのかな』と都合のいいように脳内変換できるらしい。
春樹がぐっと迫るように言うと、宮田はいたってクールにこう返して来た。
「好きにしろよ」
そして、まだ準備の整っていない春樹を置き去りにするように、ベンチから立ち上がってロッカーを出て行った。
「ま、ま、待ってください!宮田さん!!」
春樹が慌てて宮田の背中を追いかけ、ジムの玄関を飛び出した頃には、宮田の影は小さく小さくなっていた。
準備運動もそこそこに、走って追いかける。
決してタラタラと走っているわけじゃない。
それどころか、全速力に近いほどの速度で走っているにも関わらず、全く追いつけない。
「み、み、みや・・・た・・・さん・・・」
そして完全に宮田の後ろ姿を見失ってしまった。
1時間ほどして。
ぜいぜいと息を切らして満身創痍でジムに帰ってくると、ジムの中で宮田が涼しい顔をしてシャドーしているのが目に入った。
「ば、化け物だ・・・・」
フラフラとおぼつかない足取りで鏡の前に立つ。
鏡の向こうに宮田のシャドーが映る。
思わず見とれてしまう。
「何をボケっとしてんだ、高杉!」
バシッと弾けるような音。
コーチに頭を叩かれてふと我に返る。
「み、宮田さんはすごいなと思って・・・・」
「ん?あぁ・・・一郎くんに見とれてたのか。まぁアレは惚れ惚れするようなシャドーだよな」
空気を切り裂く鋭いジャブ、正確無比なジャブ数発の後に繰り出される、閃光のような右ストレート。無駄のないウィービングとステップ。その全てが、美しいまでに完成されている。
「宮田さんって・・・」
「ん?」
「かっこいいですよね」
やや頰を赤らめたようにして春樹がボソリと呟くと、コーチは意地悪そうに笑って、
「・・・なんだお前、ソッチの趣味あるのか?」
「そ、そういう意味じゃないです!!」
「まぁ、一郎くんはハンサムだしなぁ」
「そ、そうですけど、そうじゃなくて・・・」
ビーッと、3分間終了を告げるブザーがなる。
1分のインターバルで、ジム内の空気が少し和らぐ。
宮田はリングにかけてあるタオルで顔を拭って、鏡を見ながらフォームを調整している。インターバルの1分間といえども、ダラリと休むところは見せない。
誰とも話すことなく、ただ黙々と、延々と。
その背中は、孤高であり・・・孤独でもあった。
「コーチ・・・宮田さんって」
「ん?」
「いつも1人で練習してますよね」
「まぁ・・・・ウチは一郎くん以上の選手はいないし」
歴史の浅い川原ジムには、プロ選手はいるが、ランキング入りしている選手や、ましてやタイトルホルダーは宮田の他に誰もいなかった。
「みんなで練習って言っても・・・誰も追いつけないからな」
「お、俺がいつか追いついて・・・」
「無理無理、わはは」
ビーッと、次の3分間の始まりを告げるブザーがなる。
コーチは、“バカみたいな冗談言うなよ”と嗤うように、ポンと春樹の肩を叩いて、その場を離れた。
宮田さんはやっぱり凄いな・・・・
俺も早く、追いつきたい・・・・
春樹は燃える闘志を内に秘め、拳を固く握った。