HEKIREKI
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「ようやく起きたか」
宮田はじりりと前に足を踏み出して呟いた。
「あ、あの・・・先ほどはありがとうございました」
「・・・ああ」
腰が90度ほど曲がった熱意のこもった礼に、宮田は少し面食らって、微妙な反応をしている。
「俺・・・宮田さんに憧れてこのジム入って、たった1試合しかしてないけど・・・プロになれたことを誇りに思います」
春樹はぐいっと顔を上げて、まっすぐ宮田の方を見つめながら言った。
宮田も春樹の真剣な表情を前に、じっと目を見つめ返す。
「最後に宮田さんとスパーできて・・・嬉しかったです。全く手が届かなくて、悔しいですけど」
「たった1年くらいで、手が届いてたまるかよ」
宮田はため息交じりにそう言うと、一歩前に踏み出して、拳を軽く春樹の腹に当てた。
愛嬌のあるボディーブロー。
宮田にしては珍しいコミュニケーションだった。
「達者でな」
宮田はそう言って、再び走り出した。
春樹は素早く前を過ぎ去っていく宮田の背中に向かって、振り返りざま大声で叫んだ。
「絶対・・・世界獲ってください!!俺、ずっと応援してますから!!」
宮田は振り返ることなく、拳を挙げて答えた。
春樹がジムを去ってから1年後。
宮田の3度目の防衛戦後の祝賀会にて。
「ちわっす!リカーショップ高杉です」
まだ開店前のスナックの扉を開けて、挨拶をする男が一人。
「お、高杉。久しぶりだなぁ」
「どもっす。今回も持って来ましたよ」
ずいっとコーチ陣の目の前に出したのは、これまた珍しそうなラベルのついた日本酒。
おお、という歓声とともに、男たちの目がキラキラと光る。
「わかってるじゃねーか、さすがだな」
「お前はやっぱりボクサーより酒屋の方が似合うわ」
茶化されて「やめてくださいよ」などと言いながら、春樹はトラックから次々と酒を運び入れ始めた。
ここのスナックは初防衛戦の祝賀会以降、春樹の店から酒を仕入れることにしたようで、今は春樹の店の超お得意様の一つになっている。
「一郎くんはまだ来ていないんだ。待つかい?」
マネージャーの木田がいうと、春樹は笑って、
「いえ。よろしく伝えてください」
と言ってトラックに乗り込み、あっさりと去っていった。
やがて、宮田たちが登場すると、ホステスがきゃーっと群れをなし飛びついた。
両腕を女性たちに掴まれながらポーカーフェイスで歩く宮田と、その横を苦笑いで歩く父親。
祝賀会のいつもの光景だ。
「一郎くん、さっき高杉くんが配達に来てね。よろしく伝えてくれって」
祝賀会の最中、思い出したように木田がそう告げると、宮田はおもむろにおちょこを持ち出して、“銘酒”とやらを注ぎ出した。
「お、おい一郎!」
「1杯だけだよ」
宮田は窓の外をチラリと眺めて、ぐいっと飲み干した。
喉のヒリヒリする感じが、妙に懐かしかった。
END