HEKIREKI
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13.人外の世界
数日後、春樹はジムに顔を出して各方面にお礼と報告をして回った。
「あ、あの宮田さんはもう来ていますか?」
「一郎くんかい?まだだけど」
木田マネージャーが答える。
「あの時世話になって・・・お礼と報告を・・・」
「ああ、事の顛末なら話しておいたよ。来たらお礼を言うだけで大丈夫だと思うよ」
そういって軽く流されてしまったが、春樹はやはり自分の口からきちんと話すべきだと思い、宮田が来るのをいつかいつかと待ちながらジムワークに取り組んだ。
そうして1時間ほど練習をしていると、宮田がジムに現れた。春樹は慌てて駆け寄って行く。
「宮田さん、先日はありがとうございました」
「ああ・・・お袋さん、もういいのか」
宮田にしては珍しく、気遣うようなセリフが飛び出す。
「はい、あと数日もすれば退院できます」
「そうか」
ポン、と春樹の肩に手を置いて通り過ぎようとしたところ、春樹はくるりと振り返って、
「み、宮田さん・・・そ、相談があるっす」
またも高杉節が出たか、と他のジムメイトはギョッとしてその素っ頓狂なセリフの行く末に注目する。
さて宮田は一体どう出るのかと、皆固唾を飲んで見守っていると、宮田はこれまたクールに
「相手を間違えているんじゃないか?」
「え・・・いや、俺は・・・」
「悪いが、協力できそうにないな」
そういって宮田がロッカールームへ去っていくと、ジム内は“ほらみろ”と言う心の声があちこちから飛んで来そうなムードに包まれた。
そして、そのムードに臆する春樹ではなかった。
皆の予想通り、宮田の尻を追いかけてロッカールームへと駆けていく。
「み、宮田さああん!!待ってくださいよ!!」
バタン、と閉まる扉の手前で、ジムメイトたちは口々に「あいつはどういう神経をしているんだ」と無謀なる勇気を呆れながら讃えた。
「なんだよ一体」
宮田がシューズの紐を締めながら、煙たそうに聞く。
「あの、その・・か、母さんが倒れて・・・店が人手不足で・・・」
春樹の言葉に顔色ひとつ変える事なく、宮田は逆側の靴紐を締め始めた。
「ボクシング・・・や、辞めようと・・思うんです」
「……そう」
宮田が冷たく言い放つと、春樹は苦しそうな顔を浮かべて、ぎゅっと拳を握りながら呟いた。
「でも俺・・・宮田さんみたいに・・なりたくて・・・」
ずずっ・・と鼻をすする音がロッカーに響く。
涙腺が弱いところまで、誰かさんにそっくりだと宮田はまた苦々しく感じた。
「前にも言ったろ」
宮田は両方の靴紐を閉め終わって、ベンチから立ち上がる。
「そんな目標しかねぇなら、プロなんかやめちまえよ」
「で、でも・・・」
歯切れの悪い返事をする春樹に苛立ちが増したのか、宮田は春樹の襟首を捕んだ。
そして、やや釣り上げるようにして、
「お前、リングで死ぬ覚悟あるのか?」
宮田にそう凄まれて、春樹はハッと宮田の壮絶な減量風景を思い出した。
「そんな甘い夢持って入ってくるな」
血走ったような宮田の目に、春樹は何も返す言葉がなかった。
そうだ、宮田さんは毎回、自分の命をかけて減量をし・・
自分の命をかけて、カウンターを放つ。
勝利のために、その一瞬のために、全てを犠牲にして・・・
自分はどうだ?
宮田さんみたいになりたい?
それだけ?
将来は酒屋の息子として跡を継ぐことしか考えてなかった。
世界チャンピオンになりたい、なんて一度でも思ったことはあったか?
ああ、そうだ。
ここは俺の・・・
中途半端な憧れしか持たない人間の、入る世界じゃないんだ・・・
「宮田さん、俺・・・」
ポロポロと涙が溢れてくる。
男のくせに、昔から、姉に殴られただけで涙が出るほど涙腺が弱い。
「宮田さんになれないんですね・・・」
グズグズと鼻水を垂らしながら泣きじゃくる目の前のガキに、宮田はどう対処していいか少し戸惑いながら、ねじりあげた胸元を緩めて、そのまま手を放した。
「オレになんざ、ならなくていいだろ」
「でも・・・憧れだったんす・・・強くて、かっこよくて・・・」
素直な言葉がむず痒い。
自分もかつて、父親に対してそういう思いを抱いていたから、気持ちはわからないではないが・・・
ボクシングの世界で上を目指す、確固たる信念がなければ、いくら強い武器を持っていたって、やる意味がない。
憧れだけでは、プロのリングには上がれない。
ましてやコイツには……温かい家庭がある。
コイツの命は、そのためにある。
「また・・・」
春樹が顔を上げると、宮田は顔を背けて続けた。
「良い酒、仕入れてこいよ」
宮田はグローブを拾って、そのまま春樹の顔も見ずにロッカーを後にした。
ロッカーに残された春樹はただ、その場から動けずに、しばらく座り込んでいた。
数日後、春樹はジムに顔を出して各方面にお礼と報告をして回った。
「あ、あの宮田さんはもう来ていますか?」
「一郎くんかい?まだだけど」
木田マネージャーが答える。
「あの時世話になって・・・お礼と報告を・・・」
「ああ、事の顛末なら話しておいたよ。来たらお礼を言うだけで大丈夫だと思うよ」
そういって軽く流されてしまったが、春樹はやはり自分の口からきちんと話すべきだと思い、宮田が来るのをいつかいつかと待ちながらジムワークに取り組んだ。
そうして1時間ほど練習をしていると、宮田がジムに現れた。春樹は慌てて駆け寄って行く。
「宮田さん、先日はありがとうございました」
「ああ・・・お袋さん、もういいのか」
宮田にしては珍しく、気遣うようなセリフが飛び出す。
「はい、あと数日もすれば退院できます」
「そうか」
ポン、と春樹の肩に手を置いて通り過ぎようとしたところ、春樹はくるりと振り返って、
「み、宮田さん・・・そ、相談があるっす」
またも高杉節が出たか、と他のジムメイトはギョッとしてその素っ頓狂なセリフの行く末に注目する。
さて宮田は一体どう出るのかと、皆固唾を飲んで見守っていると、宮田はこれまたクールに
「相手を間違えているんじゃないか?」
「え・・・いや、俺は・・・」
「悪いが、協力できそうにないな」
そういって宮田がロッカールームへ去っていくと、ジム内は“ほらみろ”と言う心の声があちこちから飛んで来そうなムードに包まれた。
そして、そのムードに臆する春樹ではなかった。
皆の予想通り、宮田の尻を追いかけてロッカールームへと駆けていく。
「み、宮田さああん!!待ってくださいよ!!」
バタン、と閉まる扉の手前で、ジムメイトたちは口々に「あいつはどういう神経をしているんだ」と無謀なる勇気を呆れながら讃えた。
「なんだよ一体」
宮田がシューズの紐を締めながら、煙たそうに聞く。
「あの、その・・か、母さんが倒れて・・・店が人手不足で・・・」
春樹の言葉に顔色ひとつ変える事なく、宮田は逆側の靴紐を締め始めた。
「ボクシング・・・や、辞めようと・・思うんです」
「……そう」
宮田が冷たく言い放つと、春樹は苦しそうな顔を浮かべて、ぎゅっと拳を握りながら呟いた。
「でも俺・・・宮田さんみたいに・・なりたくて・・・」
ずずっ・・と鼻をすする音がロッカーに響く。
涙腺が弱いところまで、誰かさんにそっくりだと宮田はまた苦々しく感じた。
「前にも言ったろ」
宮田は両方の靴紐を閉め終わって、ベンチから立ち上がる。
「そんな目標しかねぇなら、プロなんかやめちまえよ」
「で、でも・・・」
歯切れの悪い返事をする春樹に苛立ちが増したのか、宮田は春樹の襟首を捕んだ。
そして、やや釣り上げるようにして、
「お前、リングで死ぬ覚悟あるのか?」
宮田にそう凄まれて、春樹はハッと宮田の壮絶な減量風景を思い出した。
「そんな甘い夢持って入ってくるな」
血走ったような宮田の目に、春樹は何も返す言葉がなかった。
そうだ、宮田さんは毎回、自分の命をかけて減量をし・・
自分の命をかけて、カウンターを放つ。
勝利のために、その一瞬のために、全てを犠牲にして・・・
自分はどうだ?
宮田さんみたいになりたい?
それだけ?
将来は酒屋の息子として跡を継ぐことしか考えてなかった。
世界チャンピオンになりたい、なんて一度でも思ったことはあったか?
ああ、そうだ。
ここは俺の・・・
中途半端な憧れしか持たない人間の、入る世界じゃないんだ・・・
「宮田さん、俺・・・」
ポロポロと涙が溢れてくる。
男のくせに、昔から、姉に殴られただけで涙が出るほど涙腺が弱い。
「宮田さんになれないんですね・・・」
グズグズと鼻水を垂らしながら泣きじゃくる目の前のガキに、宮田はどう対処していいか少し戸惑いながら、ねじりあげた胸元を緩めて、そのまま手を放した。
「オレになんざ、ならなくていいだろ」
「でも・・・憧れだったんす・・・強くて、かっこよくて・・・」
素直な言葉がむず痒い。
自分もかつて、父親に対してそういう思いを抱いていたから、気持ちはわからないではないが・・・
ボクシングの世界で上を目指す、確固たる信念がなければ、いくら強い武器を持っていたって、やる意味がない。
憧れだけでは、プロのリングには上がれない。
ましてやコイツには……温かい家庭がある。
コイツの命は、そのためにある。
「また・・・」
春樹が顔を上げると、宮田は顔を背けて続けた。
「良い酒、仕入れてこいよ」
宮田はグローブを拾って、そのまま春樹の顔も見ずにロッカーを後にした。
ロッカーに残された春樹はただ、その場から動けずに、しばらく座り込んでいた。