HEKIREKI
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12. 全速力
宮田がジムに着くと、何やら木田マネージャーがバタバタと騒がしくしているのが目に入った。
「あ、一郎くん、高杉くんを見なかったかい?」
「…さっき、通り道で会いましたけど」
木田の様子を見る限り、何か緊急のことでも発生したらしい。続きを伺うように木田を見つめると、
「ご実家から電話があってね・・・お母さんが倒れたみたいなんだ。早く伝えて帰らせないと・・・」
オロオロしながら顔色を変える木田の前で、宮田は思うより早く、荷物を床に置き捨ててドアの方向へ走り始めた。
「一郎くん!?」
「オレ、呼んできます」
春樹はきっと自分と同じコースを走っている気がする、と宮田は思った。
そしてその通り、春樹は宮田のコースをなぞるようにして走っており、簡単に探し出すことができた。
OPBF王者の全速力は、駆け出しのプロ選手にあっという間に追いつくレベルだ。
「あ、あれ?宮田さん?」
「・・・高杉、落ち着いて聞け」
「え?どうしたんです?」
宮田がぜぃぜぃと肩で息をし、両手を膝につけて俯いている姿など、全くもって珍しい。
何をそんなに慌てて走ってきたのかと首を傾げていると、宮田は春樹の肩に腕を回し、近づいて小声で、
「お袋さんが倒れたらしい。このままお前の家まで走るぞ」
「え・・・母さん・・が・・・?」
突然言われた言葉に、頭がついていかずにパニックになる。
しかし単語の重みは脳内に入って行ったらしく、意識とは別に体が勝手に震え始めた。
みるみる青ざめていく春樹を見て宮田は小さく舌打ちし、それから腕を引っ張って、やや強い口調で言った。
「行くぞ」
全くもってワケのわからない状態で、目の前でダッシュを始めた宮田に食らいつくように春樹も走り始める。
母さんが、倒れた?
どうして?嘘だろ?
不安に押しつぶされそうな胸が、全速力のおかげでどうにか息をつける。
1人では耐えられそうもない衝撃を、目の前の広い背中が一緒に受け止めてくれている気がした。
春樹の家に着くと、店先で若い女性が腕組みをしながら春樹の帰りを待っていた。
「あ、春樹!」
「姉ちゃん、母さんは?」
「父さんと病院に。今から店閉めて、あたしの運転でアンタも行くわよ」
「う、うん」
「それにしても先輩まで来てくれて・・・大ごとになっちゃったわね」
春樹の姉がチラリと宮田を見て、軽く会釈をする。
「姉ちゃん、この人が宮田さんだよ」
「あ、例の?どうも弟がいつもお世話に・・・」
「・・・どうも」
「本当に噂通りのハンサムね」
「ね、姉ちゃんやめろよ恥ずかしい」
嫌そうな顔をして姉に忠告する春樹を見て、お前に“恥ずかしい”という概念があったのか、と宮田は危うくツッコミを入れそうになった。
「宮田さん、本当にありがとうございました。俺、そしたら病院に行くんで・・・また連絡します」
春樹がペコリとお辞儀をしながら言う。宮田も少し焦り気味に答える。
「いいから早く行け」
「は、はい」
店のシャッターを閉め、臨時休業の張り紙を貼った後、姉の運転する車に乗り込んで春樹は病院へ向かった。
宮田は去って行く車を見届けてから、ロードワークがてらジムまでの道のりを走る。
着替えもする前に走り出してしまったものだから、靴も服も何もかも運動向きではなく、汗でビッショリになってしまった。
自分としたことが、何を慌ててこんな風に・・・
そう思いつつ、病院へ行った春樹の心の平穏と、その母親の無事をただただ心から願うばかりだった。
---------------------
春樹の母親は過労性貧血のようだった。
重い病気ではなく、しばしの休養で回復するらしい。
しかし、春樹は自分がボクシングを始めたせいで家の手伝いができなくなり、そのしわ寄せが母親の方へ言ったのだと思うと、自分の責任を感じてただただ胸が痛んだ。
ベッドに横になる母親に、涙を浮かべながら声をかける。
「母さん、ごめんね」
「何を言ってるのよ、アンタのせいじゃないわよ」
「でも・・・」
「ボクシング、頑張りなさいよ」
その言葉に、返事ができなかった。
宮田がジムに着くと、何やら木田マネージャーがバタバタと騒がしくしているのが目に入った。
「あ、一郎くん、高杉くんを見なかったかい?」
「…さっき、通り道で会いましたけど」
木田の様子を見る限り、何か緊急のことでも発生したらしい。続きを伺うように木田を見つめると、
「ご実家から電話があってね・・・お母さんが倒れたみたいなんだ。早く伝えて帰らせないと・・・」
オロオロしながら顔色を変える木田の前で、宮田は思うより早く、荷物を床に置き捨ててドアの方向へ走り始めた。
「一郎くん!?」
「オレ、呼んできます」
春樹はきっと自分と同じコースを走っている気がする、と宮田は思った。
そしてその通り、春樹は宮田のコースをなぞるようにして走っており、簡単に探し出すことができた。
OPBF王者の全速力は、駆け出しのプロ選手にあっという間に追いつくレベルだ。
「あ、あれ?宮田さん?」
「・・・高杉、落ち着いて聞け」
「え?どうしたんです?」
宮田がぜぃぜぃと肩で息をし、両手を膝につけて俯いている姿など、全くもって珍しい。
何をそんなに慌てて走ってきたのかと首を傾げていると、宮田は春樹の肩に腕を回し、近づいて小声で、
「お袋さんが倒れたらしい。このままお前の家まで走るぞ」
「え・・・母さん・・が・・・?」
突然言われた言葉に、頭がついていかずにパニックになる。
しかし単語の重みは脳内に入って行ったらしく、意識とは別に体が勝手に震え始めた。
みるみる青ざめていく春樹を見て宮田は小さく舌打ちし、それから腕を引っ張って、やや強い口調で言った。
「行くぞ」
全くもってワケのわからない状態で、目の前でダッシュを始めた宮田に食らいつくように春樹も走り始める。
母さんが、倒れた?
どうして?嘘だろ?
不安に押しつぶされそうな胸が、全速力のおかげでどうにか息をつける。
1人では耐えられそうもない衝撃を、目の前の広い背中が一緒に受け止めてくれている気がした。
春樹の家に着くと、店先で若い女性が腕組みをしながら春樹の帰りを待っていた。
「あ、春樹!」
「姉ちゃん、母さんは?」
「父さんと病院に。今から店閉めて、あたしの運転でアンタも行くわよ」
「う、うん」
「それにしても先輩まで来てくれて・・・大ごとになっちゃったわね」
春樹の姉がチラリと宮田を見て、軽く会釈をする。
「姉ちゃん、この人が宮田さんだよ」
「あ、例の?どうも弟がいつもお世話に・・・」
「・・・どうも」
「本当に噂通りのハンサムね」
「ね、姉ちゃんやめろよ恥ずかしい」
嫌そうな顔をして姉に忠告する春樹を見て、お前に“恥ずかしい”という概念があったのか、と宮田は危うくツッコミを入れそうになった。
「宮田さん、本当にありがとうございました。俺、そしたら病院に行くんで・・・また連絡します」
春樹がペコリとお辞儀をしながら言う。宮田も少し焦り気味に答える。
「いいから早く行け」
「は、はい」
店のシャッターを閉め、臨時休業の張り紙を貼った後、姉の運転する車に乗り込んで春樹は病院へ向かった。
宮田は去って行く車を見届けてから、ロードワークがてらジムまでの道のりを走る。
着替えもする前に走り出してしまったものだから、靴も服も何もかも運動向きではなく、汗でビッショリになってしまった。
自分としたことが、何を慌ててこんな風に・・・
そう思いつつ、病院へ行った春樹の心の平穏と、その母親の無事をただただ心から願うばかりだった。
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春樹の母親は過労性貧血のようだった。
重い病気ではなく、しばしの休養で回復するらしい。
しかし、春樹は自分がボクシングを始めたせいで家の手伝いができなくなり、そのしわ寄せが母親の方へ言ったのだと思うと、自分の責任を感じてただただ胸が痛んだ。
ベッドに横になる母親に、涙を浮かべながら声をかける。
「母さん、ごめんね」
「何を言ってるのよ、アンタのせいじゃないわよ」
「でも・・・」
「ボクシング、頑張りなさいよ」
その言葉に、返事ができなかった。