HEKIREKI
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1.憧れの雷神
初めて彼を見たときだった。
そのときはまだ「雷神」なんて言葉は知らなかったけれど、俺は確かに打たれたんだ。
あの、閃光のような拳に。
「宮田さん」
川原会長に呼び止められ、宮田父はミットを構える手を休めた。
ちょうどタイマーのブザーが3分間の終了を告げた瞬間だった。
宮田父は相手の選手に「休憩」と言い、ミットを外しながらリングを降りる。
「どうしたんですか、会長」
「ちょっと見てもらいたい練習生がいるんだ」
「練習生?・・・選手じゃなくて?」
川原は頷き、親指を立てて自分の後ろを指さした。
そこに居たのは、三ヶ月ほど前に入門してきた練習生。
毎日熱心に練習していたのは当然知っているが、宮田父はプロ選手の育成にかかりっきりで、あの練習生のことは何一つ知らない。
会長が自分に頼むと言うことは、見込みのある素材なのだろうかと思ってみたものの、練習生からはボクサーにありがちなギラついた闘争心や不良くささがまるで無く、むしろ・・・あの幕之内一歩が入門してきたころを彷彿とさせる、初々しい少年さが目につくばかりだった。
「あの子ですか、会長」
「見たことくらいあるだろ?結構イイモン持ってるんだけど、ちょっと聞かない所があって」
「聞かない?」
「まぁ、ちょっと相手してやってくれないか?・・・おい、高杉!」
会長が練習生を大声で呼ぶと、シャドウに打ち込んでいた春樹がピタッと動きを止めて「はいっ」と返事をした。
春樹はすぐさまリング側まで駆け寄ってきたが、その横にいる宮田父に気づいて一瞬身体をこわばらせた。
「高杉、ミット打ちだ」
「はいっ」
「今日は宮田コーチが相手してやるってよ。頑張れよ」
「ほ、本当ですかっ!?・・・・はいっっ!!頑張りますっっ!!」
宮田父は、春樹のあまりの興奮ぶりにたじろいだ。
自分でも自覚しているが、たいていの練習生は皆、自分の前だと酷く緊張してくれる。
ジムの看板選手・宮田一郎の父親であることもさることながら、自分たち親子はどうも取っつきにくく思われているのかもしれない。
それなのに春樹が目を輝かせながら宮田父のコーチングを待っているのだから、たじろがないワケがない。
度胸があるとでもいうのだろうか・・それとはまた違った、何か憧れめいた目線を宮田父は感じた。
「よし、じゃあまずはワン・ツーだ」
「はいっ」
宮田父がバンっとミットを打ち、構える。
そのときちょうど、ブザーが次の3分間の始まりを告げた。
ボクシングの基礎中の基礎であるワン・ツー。
さすが川原会長が教えただけあって良い動きをしている、と宮田父は感心した。
スピード的にはまだまだ課題があるし、身体のバランスの取り方も改善の余地はありそうだが。
しかし、この拳。
この拳は天性のものだろう、と宮田父は感じていた。
ミットの中の手のひらに響く、鉛のような感触。
自分にはないパンチの質・・・重たい拳。
まだジムに来て3ヶ月だというから、春樹のボクシングスタイルは確立していないはず。
宮田父が試しにミットを軽く春樹の方へ差し出すと、経験不足もあるのかやはり避けられず、鈍い音がジム内に響いた。
『・・・動体視力や反射神経は一般並みか・・・・』
そんなことを考えながら、再びミットを構えようとした直前。
宮田父はギクリとした。
春樹は宮田父を睨むようにしながら、歯を食いしばってそのまま無我夢中でパンチを繰り出してきたのだ。
バチン!!と強烈な音がして、一瞬ジム内が静まりかえった。
手のひらにしびれを感じながら、宮田父が笑って言う。
「気が強いな、高杉・・・・」
「ふーっ、ふーっ・・・ふ、普通ですっ!!」
「よし、続けろ」
「はいっ」
骨まで響きそうな拳の威力。宮田父は思わずニヤリとした。
こんなハードパンチャーは確かに、そうそう居るモノじゃない。
技術は荒削りだが、確かに会長が目にかけるくらいのタマだ。
そこで宮田父はふと疑問を浮かべた。
自分は現役時代も、そして今抱えている主力選手も、どちらかと言えばボクサーからアウトボクサータイプである。
春樹はどちらかと言えばインファイター向きの選手だ。
そうなれば、彼を育てるのはむしろ、会長の方が向いているはずなのに、なぜ自分にミットを?
そうして3ラウンドほどミット打ちをして、「今日はここまで」と宮田父がいうと、春樹は物足りなさそうな顔をしながら「ありがとうございましたっ!」と頭を下げた。
「おい、高杉。良いのか?言わなくて」
春樹がリングを降りた直後に、川原が少し笑みを浮かべて聞いた。
「えっ・・・いやっだって・・・その・・・」
「・・なにか問題でもあるのかね?」
煮え切らない態度に、宮田父が聞き返す。
「いや、違うんです。その・・・」
「ファンなんだよな、宮田親子の」
「か、会長っ!!」
「・・・・ファン?」
宮田父がいぶかしげな顔をして尋ねると、春樹は恥ずかしいのか顔を真っ赤にして答えに窮している。
見かねた川原が、ポンと春樹の肩に手を置きながら
「宮田さん、こいつ・・・こいつのボクシング始めたキッカケ・・・」
なぜだか川原は今にも笑い出しそうな顔をしている。
春樹は遮るようにして、
「か、会長!俺、自分で言いますからっ!!・・・宮田コーチ!」
「ふむ」
「俺・・・俺・・・宮田一郎さんに憧れてこのジム入ったんです!」
気がつけば、ジム中の人間が3人に注目していた。
しかし春樹はそんな目線などまるで気づいていないように続ける。
「それで俺、入門してから宮田コーチの現役時代のビデオも見せてもらいました。ホントに凄くて・・・二人とも憧れてます!」
「そ、そうか・・・」
そのやりとりを聞いている川原は、こぼれる笑みを隠しきれないのか、とうとう自分の口元を押さえた。
「だから俺、お二人みたいなボクサーになりたいんす!!!」
明らかに、ジム内がしぃんとなった。
頬を紅潮させた初々しい少年の決意表明を目の当たりにしながら、宮田父はこれから自分の言う答えがその決意をズタボロにすることを知りつつも、答えざるを得なかった。
「無理だ」
「・・・・・・えっ?」
「お前はどう見てもインファイターだろう。一郎も私もカウンターを切り札としたアウトボクサーだ。お前とは全然タイプが違う」
宮田父がキッパリと告げると、川原はとうとう笑いを堪えきれず、大きな笑い声を立てた。
「だーかーら言っただろ、高杉!お前はインファイター向きなんだって!」
「で、でも・・・」
「憧れの宮田コーチに言われたんなら絶対だろ!」
「でも俺・・・」
「無理だっつうの!」
このやりとりで宮田父は、今日なぜ自分がミットを持たされたのかという理由を理解した。
おそらく春樹は、今まで会長の下で練習をしていたものの、自分らに憧れるあまり練習内容に反発することもあったのだろう。
そこで自分がトドメを指せば、大人しくなる・・・といった算段というわけか。
川原の大笑いを前に、春樹は悔しそうにぎゅっと拳を握って、それから
「俺、諦めないっすから!!走ってきます!!」
といって、ロードワークに飛び出した。
「会長・・・」
「なんだい、宮田さん」
「あいつ、面白いですね。良い拳も持ってますし」
「ああ、バカで熱くてまっすぐで、コテコテのインファイターだよ。それが・・・ぷぷっ・・宮田親子を目指してるだなんて・・・ぷっ・・・」
「笑いすぎですよ」
二人の雑談中に、ロードワークに行っていた宮田が帰ってきた。
先ほどまでの騒ぎを、当の本人は知らない。
しかしジムメイトが、自分のことをやたら見ている気がして、宮田は父親に話しかけた。
「何かあったの?」
「む・・・いや・・・」
父親は当初、些か話しづらそうにしていたものの、ゆっくりと本日の事の顛末を話し始めた。
「幕之内を彷彿とさせる朴訥なインファイターなんだがな」
それを聞いて宮田は、「へぇ」とつまらなそうに答えるだけだった。
宮田は汗を拭きながら立ち上がり、グローブを嵌める。
4月の試合で東洋王者になってから、その背中にも風格が出たなと父親は感じた。
あれから3ヶ月。
春樹の入門時期を考えると、彼はテレビ放送されたあのタイトルマッチを見てボクシングを始めたのだろう。
「お前もそれだけ、記憶に残る選手になったってことだ」
「興味ないね。オレはオレのボクシングをするだけさ。他人は関係ない」
いつもの調子だな、と宮田父は苦笑いするしかなかった。
初めて彼を見たときだった。
そのときはまだ「雷神」なんて言葉は知らなかったけれど、俺は確かに打たれたんだ。
あの、閃光のような拳に。
「宮田さん」
川原会長に呼び止められ、宮田父はミットを構える手を休めた。
ちょうどタイマーのブザーが3分間の終了を告げた瞬間だった。
宮田父は相手の選手に「休憩」と言い、ミットを外しながらリングを降りる。
「どうしたんですか、会長」
「ちょっと見てもらいたい練習生がいるんだ」
「練習生?・・・選手じゃなくて?」
川原は頷き、親指を立てて自分の後ろを指さした。
そこに居たのは、三ヶ月ほど前に入門してきた練習生。
毎日熱心に練習していたのは当然知っているが、宮田父はプロ選手の育成にかかりっきりで、あの練習生のことは何一つ知らない。
会長が自分に頼むと言うことは、見込みのある素材なのだろうかと思ってみたものの、練習生からはボクサーにありがちなギラついた闘争心や不良くささがまるで無く、むしろ・・・あの幕之内一歩が入門してきたころを彷彿とさせる、初々しい少年さが目につくばかりだった。
「あの子ですか、会長」
「見たことくらいあるだろ?結構イイモン持ってるんだけど、ちょっと聞かない所があって」
「聞かない?」
「まぁ、ちょっと相手してやってくれないか?・・・おい、高杉!」
会長が練習生を大声で呼ぶと、シャドウに打ち込んでいた春樹がピタッと動きを止めて「はいっ」と返事をした。
春樹はすぐさまリング側まで駆け寄ってきたが、その横にいる宮田父に気づいて一瞬身体をこわばらせた。
「高杉、ミット打ちだ」
「はいっ」
「今日は宮田コーチが相手してやるってよ。頑張れよ」
「ほ、本当ですかっ!?・・・・はいっっ!!頑張りますっっ!!」
宮田父は、春樹のあまりの興奮ぶりにたじろいだ。
自分でも自覚しているが、たいていの練習生は皆、自分の前だと酷く緊張してくれる。
ジムの看板選手・宮田一郎の父親であることもさることながら、自分たち親子はどうも取っつきにくく思われているのかもしれない。
それなのに春樹が目を輝かせながら宮田父のコーチングを待っているのだから、たじろがないワケがない。
度胸があるとでもいうのだろうか・・それとはまた違った、何か憧れめいた目線を宮田父は感じた。
「よし、じゃあまずはワン・ツーだ」
「はいっ」
宮田父がバンっとミットを打ち、構える。
そのときちょうど、ブザーが次の3分間の始まりを告げた。
ボクシングの基礎中の基礎であるワン・ツー。
さすが川原会長が教えただけあって良い動きをしている、と宮田父は感心した。
スピード的にはまだまだ課題があるし、身体のバランスの取り方も改善の余地はありそうだが。
しかし、この拳。
この拳は天性のものだろう、と宮田父は感じていた。
ミットの中の手のひらに響く、鉛のような感触。
自分にはないパンチの質・・・重たい拳。
まだジムに来て3ヶ月だというから、春樹のボクシングスタイルは確立していないはず。
宮田父が試しにミットを軽く春樹の方へ差し出すと、経験不足もあるのかやはり避けられず、鈍い音がジム内に響いた。
『・・・動体視力や反射神経は一般並みか・・・・』
そんなことを考えながら、再びミットを構えようとした直前。
宮田父はギクリとした。
春樹は宮田父を睨むようにしながら、歯を食いしばってそのまま無我夢中でパンチを繰り出してきたのだ。
バチン!!と強烈な音がして、一瞬ジム内が静まりかえった。
手のひらにしびれを感じながら、宮田父が笑って言う。
「気が強いな、高杉・・・・」
「ふーっ、ふーっ・・・ふ、普通ですっ!!」
「よし、続けろ」
「はいっ」
骨まで響きそうな拳の威力。宮田父は思わずニヤリとした。
こんなハードパンチャーは確かに、そうそう居るモノじゃない。
技術は荒削りだが、確かに会長が目にかけるくらいのタマだ。
そこで宮田父はふと疑問を浮かべた。
自分は現役時代も、そして今抱えている主力選手も、どちらかと言えばボクサーからアウトボクサータイプである。
春樹はどちらかと言えばインファイター向きの選手だ。
そうなれば、彼を育てるのはむしろ、会長の方が向いているはずなのに、なぜ自分にミットを?
そうして3ラウンドほどミット打ちをして、「今日はここまで」と宮田父がいうと、春樹は物足りなさそうな顔をしながら「ありがとうございましたっ!」と頭を下げた。
「おい、高杉。良いのか?言わなくて」
春樹がリングを降りた直後に、川原が少し笑みを浮かべて聞いた。
「えっ・・・いやっだって・・・その・・・」
「・・なにか問題でもあるのかね?」
煮え切らない態度に、宮田父が聞き返す。
「いや、違うんです。その・・・」
「ファンなんだよな、宮田親子の」
「か、会長っ!!」
「・・・・ファン?」
宮田父がいぶかしげな顔をして尋ねると、春樹は恥ずかしいのか顔を真っ赤にして答えに窮している。
見かねた川原が、ポンと春樹の肩に手を置きながら
「宮田さん、こいつ・・・こいつのボクシング始めたキッカケ・・・」
なぜだか川原は今にも笑い出しそうな顔をしている。
春樹は遮るようにして、
「か、会長!俺、自分で言いますからっ!!・・・宮田コーチ!」
「ふむ」
「俺・・・俺・・・宮田一郎さんに憧れてこのジム入ったんです!」
気がつけば、ジム中の人間が3人に注目していた。
しかし春樹はそんな目線などまるで気づいていないように続ける。
「それで俺、入門してから宮田コーチの現役時代のビデオも見せてもらいました。ホントに凄くて・・・二人とも憧れてます!」
「そ、そうか・・・」
そのやりとりを聞いている川原は、こぼれる笑みを隠しきれないのか、とうとう自分の口元を押さえた。
「だから俺、お二人みたいなボクサーになりたいんす!!!」
明らかに、ジム内がしぃんとなった。
頬を紅潮させた初々しい少年の決意表明を目の当たりにしながら、宮田父はこれから自分の言う答えがその決意をズタボロにすることを知りつつも、答えざるを得なかった。
「無理だ」
「・・・・・・えっ?」
「お前はどう見てもインファイターだろう。一郎も私もカウンターを切り札としたアウトボクサーだ。お前とは全然タイプが違う」
宮田父がキッパリと告げると、川原はとうとう笑いを堪えきれず、大きな笑い声を立てた。
「だーかーら言っただろ、高杉!お前はインファイター向きなんだって!」
「で、でも・・・」
「憧れの宮田コーチに言われたんなら絶対だろ!」
「でも俺・・・」
「無理だっつうの!」
このやりとりで宮田父は、今日なぜ自分がミットを持たされたのかという理由を理解した。
おそらく春樹は、今まで会長の下で練習をしていたものの、自分らに憧れるあまり練習内容に反発することもあったのだろう。
そこで自分がトドメを指せば、大人しくなる・・・といった算段というわけか。
川原の大笑いを前に、春樹は悔しそうにぎゅっと拳を握って、それから
「俺、諦めないっすから!!走ってきます!!」
といって、ロードワークに飛び出した。
「会長・・・」
「なんだい、宮田さん」
「あいつ、面白いですね。良い拳も持ってますし」
「ああ、バカで熱くてまっすぐで、コテコテのインファイターだよ。それが・・・ぷぷっ・・宮田親子を目指してるだなんて・・・ぷっ・・・」
「笑いすぎですよ」
二人の雑談中に、ロードワークに行っていた宮田が帰ってきた。
先ほどまでの騒ぎを、当の本人は知らない。
しかしジムメイトが、自分のことをやたら見ている気がして、宮田は父親に話しかけた。
「何かあったの?」
「む・・・いや・・・」
父親は当初、些か話しづらそうにしていたものの、ゆっくりと本日の事の顛末を話し始めた。
「幕之内を彷彿とさせる朴訥なインファイターなんだがな」
それを聞いて宮田は、「へぇ」とつまらなそうに答えるだけだった。
宮田は汗を拭きながら立ち上がり、グローブを嵌める。
4月の試合で東洋王者になってから、その背中にも風格が出たなと父親は感じた。
あれから3ヶ月。
春樹の入門時期を考えると、彼はテレビ放送されたあのタイトルマッチを見てボクシングを始めたのだろう。
「お前もそれだけ、記憶に残る選手になったってことだ」
「興味ないね。オレはオレのボクシングをするだけさ。他人は関係ない」
いつもの調子だな、と宮田父は苦笑いするしかなかった。
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